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輝きの双拳

 

 九頭龍――武藤の家の中庭にて。



「くあっっ、つう……」

 そう呻きながら、零二は倒れ伏す。

 着ているジャージは泥や土まみれで、ボロボロもいいところだった。さっきからコテンパンにやられていて、全く手も足も出ないのだったの程度で音を上げるとは……真に情けないですぞ」

 やれやれとばかりに肩を竦める秀じいはと言うと、零二と同じジャージ姿ながら、対照的に汚れ等殆どなく更に付け加えるなら、息一つ切らしてすらいない。

「ちっくしょ、……もうちょい弱くたっていいだろ、爺さンなくせに強すぎだっての」

 そう言いつつ、起き上がり様に――手に掴んでいた泥を叩き付ける様に投げ放つ。距離にして三メートル。それも零二は前に一歩踏み込んだ上で、だ。

 勢いよく、しかも至近距離で投げ入れたのだ。これを躱すのはほぼ不可能だと言えよう。

 その泥は、後見人の胸部へと命中。普通なら目潰しとして放ったのならば、文字通り目を狙うのがセオリーなのだが、秀じいに限ってはこれで狙い通りであった。

 何故なら彼の目には、光が宿っていないのだから。

 盲目である彼に泥での目潰し等は意味のない行為だ。

 だが、それでも今の行為自体には充分に意味はあった。

 盲人である彼が周囲の状況を把握するのには、まず杖。あとは五感を総動員する事で対処するのだそう。

 今の泥は、その五感を少しでも狂わせる為の行為。零二が攻撃を仕掛けるに際しての、相手の挙動を少しでも遅く、狂わせる為の布石であった。実際、効果はあった。

 秀じいはほんの一瞬でこそあれ、動き出しが遅れる。

 それで充分だ、零二は熱操作により自身の身体能力を増大。

 普段の手合わせでは、イレギュラーの使用を禁じられていたのだが、そんな事は失念していた。今、彼の頭の中では、とにかく一回でもいいから目の前にいる後見人兼師匠たる老執事から一本取りたい、という一念で占められていたのだから。


 下から潜り込みつつ、左右の手を伸ばす。

 狙いは襟を掴んでからの攻撃。これまで秀じいに散々やられたので、身に染みている。掴む事で投げ、打撃、絞め、極めと様々な攻撃へと派生するのだ。相手は掴まれた事で動きを制限され、後手に回らざるを得なくなる。

(一本もらったぜ)

 そう確信した零二であったが、次の瞬間。視点が反転している事に気付く。そして何が起きたのかよく分からないままに、地面へと叩き付けられていた。

「ぐあっっ、」

 背中を強打したものの、それでも無意識に受け身を取った為に怪我は特にはない。

 くらくらしつつ、何が起きたのかを冷静に思い返そうと、秀じい方を見上げると、いつの間にか自分の袖口が掴まれている事に気付く。

 つまりは、コントロールしていたつもりで、完全にコントロールされていた、という事らしい。

「くっそーーーー、全然勝てねェよ、ったく」

 零二はあーあ、とボヤきつつ、手足をバタバタさせる。


「それは当然ですぞ、若。戦いとは先読みです。彼我の戦力差を鑑みて、その上で己が優位に立てるように事態を進めていく。

 ですが、それを実践するには……まだまだ若は若過ぎます故に」

「……ソレって暗に一〇〇年早いぞ、コゾーってコトだな……」

 ジトリとした零二の視線を後見人たる老人は華麗にスルーし、大の字で倒れている弟子へ手を差し出す。

 弟子たる不良少年も、頬を膨らませつつもその手を掴み、起き上がる。



 イレギュラーについての本格的な鍛練が始まったのは、零二が武藤の家に来てからおよそ半年になろうかという頃だ。

 既に熱操作については、秀じいにはバレていた。冷静に考えれば当然だろう。あれだけ派手に暴れたのだから。

 秀じいは特段怒ったりはしなかった。

 ただこう言っただけだ。「得た力を何の為に使うのか、……それだけを考えてください」と。

 それからしばらくは、熱操作についての基本的な鍛練を繰り返す日々で、正直飽き飽きしていたのだ。


 だが、この日は違った。


「若、右手に意識を傾けてくだされ」


 そう言われた零二は、一度頷くと己の右手、その拳へと熱を集約させる。すると、拳は赤く、そして黄色と色を変えていき、最後に白く輝きを放ち出す。


「これでいいンだろ……次はどうすンだよ?」


 秀じいは零二の様子をしげしげと眺める。

 目は見えずとも、零二から発せられる強い熱は肌で感じ取れるので問題は全くない。

「フム、確かに強力ではありますな。ですが……ああ、右拳はそのままを維持してくだされ」

 何やらぶつぶつと呟く後見人。秀じいは思考に集中すると時折、こういう状態になる事がある。一見すると隙だらけにも思えるこの隙に一本取れるかと、問われたら無理だ、と答えるが。

 秀じいは手にした杖を動かしており、零二が仕掛けようとその素振りを見せただけで先端をこちらへ向けて牽制してくる。

 ここで強行すると、容赦なく杖が鳩尾や鼻先に突き出されるのは必定であった。


「――あらら零二さん、暇そうねぇ♪」


 背後から、何とも艶のある声がした。

 と言うより、既に真後ろにいる。

「ひうっっ」

 思わず変な声が口をつく。その相手が零二の無防備な臀部を触ったからだ。くく、と笑う彼女は、お色気モンスターこと皐月だ。

 武藤の家のメイド長であり、護衛であり、健康管理を承ってもいる、零二にとって秀じいの次に苦手な相手だ。

「あららぁ、そんな声出さなくても。お姉さんが後で一杯喘がせてあげるのにぃ」

 そう耳元でふぅ、と吐息を浴びせながら囁くモンスターに零二は集中力を削がれまくっている。右拳の輝きが消えそうになっている。

「ざっけンな。お前の超痛い治療はもうゴメン被るわ。純情な少年を弄るのはよせよ、もう!!」

 ブンブンとかぶりを幾度も振り、余計な思念が入らない様に目を閉じると拳へと意識を向ける。


 零二はそれから数分間、皐月からの様々な口撃やらボディタッチを歯を食い縛りながら耐え続けた。

 そして暫しの後に秀じいはこう言った。


「では、若。今度はその輝きを……左でも出してくだされ」


 零二は言葉通りに今度は左拳へと意識を傾ける。右拳程にスムーズにはいかなかったものの、拳は白い輝きを発していた。


 それからしばらくは左右の拳を交互に輝かせる事が零二の日課となった。ただ拳を輝かせる、別に何かを壊す訳でも、手合わせする訳でも無いのだが、これがどうしてかなり疲労を伴うものであった。

 皐月曰く、

「零二さんの場合、右手が利き手だからでしょうね。無意識下で普段から右手には集中しやすいのは。左手は普段使う機会に乏しいから、いざという時に上手く扱えないのですよ」

 との事だった。

 ならば、と以来零二は日常生活から左手をなるべく使える様にした。箸を扱う際も、ノートに記入する際も、日常で何気無く行っていた動作を可能な限りで左右均等に行うのであった。


 そうした地味な鍛練を続けて数日後。


「では若、今度は左右の拳を輝かせてくだされ」


 後見人は平然とそう言った。


 零二も、この数日で、それとなく手応えは感じていた。

(片手ずつだったのを両拳でやるだけのこった。大丈夫、ダイジョーブ)


 だがその結果は、惨憺たる物であった。

 確かに左右の拳を輝かせる事には成功した。


 しかし、零二は想像だにしなかった。

 左右の輝く拳の制御がかくも困難であった事を。

 拳を通して熱が溢れ出す。

 言い方を変えるのならば、熱放出が止まらなかった。

 その白い輝きはやがて白い焔と化し、周囲を巻き込んでいき――辺り一帯を消し去ったのだった。


 不幸中の幸い、と言うべきか被害者は誰もいなかった。

 だがそれ以来、零二の心にその時の事は深く刻み込まれた。

 自分は、また白い箱庭を灼き尽くした時を繰り返すかも知れないのだと。


 だから鍛練でこそ、秀じいの近くや周囲に何も無い場所でなら両拳を輝かせようと試みた事はあったのだが、成功した事はついぞ無かった。




 だが、今。


「き、貴様……何だそれは?」

 藤原慎二は硬直している。

≪な、何をしている……奴を殺さぬか!≫

 怪物もまた、動きを止めた。両者共に零二の左右の拳が白く輝いている事に無意識下で恐れを抱いたのだ。


「行くぜェッッッッ」


 目を見開いた零二は、そう叫ぶと二人の敵へと向かっていく。

 それはそう……名付けて”シャインきの双拳ダブル”が完成した瞬間であった。



今更ながらの補足。


零二は特に口にはしませんが、白く輝いた拳は

拳一つの場合は【シャインきのナックル

今回の双拳の場合は【シャインきの双手ダブル

と相成ります。


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