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火葬の第三撃――クリメィションサード

 

 夜の神社の境内にて。


「う、おらああああっっ」

 零二の気迫のこもった右拳が炸裂。仏子津蓼科の鳩尾を打ち抜く一撃は彼の体躯を易々と後方に吹き飛ばす。

 傍目から見て、息一つ切らさずに拳を突き出した少年と、ごろごろと成す術なく、地面を転がる相手を見比べて、どちらが優位なのかを疑う者はまずいないだろう。

 しかし、零二の表情には己が優位だという確信は浮かんではいなかった。

 それは、彼には疑問があったからだ。

 手応えはある、そう先程から自身が放ったあらゆる攻撃の悉くは狙いを寸分違わずに標的を捉えていた。

 左拳は肋骨を砕き、両の手刀は肩に、腕にと直撃もした。

 膝は幾度も腹部や顎、鼻柱に叩き込んだ、

 相手の出方を窺おうと手は抜いていたものの、それでも既に倒れていてもおかしくないダメージを負わせたはずだ。

 だが、相手の様子に変化は無い。

 されるがまま、という表現が一番しっくりと来るだろう。

「ち、効いてるのかどうかよく分からねェな……」

 先程から注意深く目を凝らし、相手の様子を伺ってみたものの、折れた肋骨を庇う様子は見受けられない。

 鼻も砕いた感触があったが、一度とてその負傷にも気を払う様子すらない。ドロリ、とした赤黒い鼻血も流れるままだ。

 あれでは呼吸をするのにも不都合があるというのに……そう、まるで何も感じていないかの如くに。


 零二は今、判明しているだけの情報を元に相手のタフネスぶりについて推測を試みる。そして、浮かんだ考えが、

(痛覚自体がねェのか?)

 という物であった。

 だとすれば、単純な攻撃では倒し切るのは難しい。

「ならッッッ」

 零二は意を決し、再度相手へと肉迫。

 まずは右足でのローを仏子津の脛へ喰らわせる。そこから今度は左の肘打ちを右肋骨へ叩き込む。

 既にこの攻撃で、折れかけていたか、もう折れていた骨が内蔵に突き刺さる事だろう。

 だがまだ止まらない。続けて右肘を反対――つまりは左の肋骨へ追い打ちとなる攻撃。さらに腕を滑らせて肘を鳩尾へ押し込む。痛みを感じていようとそうで無かろうと、人体構造上の動きはどうしようもない。相手の上半身が九の字に折れ曲がり、その顔が下がる。そこを見計らう様に今度は思いきり飛び上がりつつ、頭突きで顔面を打ち付けた。

 ガツン、という鈍器で殴打した様な鈍い音に感触。

 クラ、と大きく相手の身体が後ろへとよろめく。零二はまだ止まらない。相手の襟口を押さえ、腕を取ると、そのまま投げ捨てる。トドメとばかりに自身の身体をも相手に浴びせる。

「がは、っっっ」

 これは流石に効いたのか、仏子津は呻く。

 零二は素早く起き上がると一旦距離を取り、――相手の様子を再度窺う。

 今のも本気でこそないが、それでも充分に強烈な攻撃であったと自負している。内蔵にもダメージがあるのは当然だし、全身骨折に、多量の流血。これ程までにダメージが蓄積しているのであれば、何かしらさっきまでとは違う反応があってもいいはず。それが零二の考えだった。


 だが、しかし。


 仏子津蓼科はゆらり、と起き上がる。

 だが、それだけだ。

 彼はあれだけ全身を痛め付けられたはずなのに、全身不自然な動きを見せていると言うのに、まるで気にする様子もなく、平然としていた。

「うっそだろ?」

 思わず零二は声を洩らす。

 そして、これはもう単なる痛覚の麻痺だとか、そういう次元の事では無いのだ、と理解せざるを得なかった。


「お前なンなンだよ、オイ?」

「……む、とう零……二ぃ」


 仏子津の声はもう今にも消え入りそうな程にか細い。

 生きているのが不思議という状態にしか見えない。


「おま、え……を必、ず殺し………てや、る」


 彼はそう死の宣告をする。

 自分こそが、今にも死に至りそうな程の状態だというのに。

 その目だけが異様にギラつく。

 例えるなら身体は草食獣なのに、その目だけは肉食獣の様な獰猛さを称えている、とでも言えばいいのか。


「へっ、上等だ。来なよ」

 零二もその挑発に応じると、手招きをする。

 すると、先程まで自分からは決して動かなかった仏子津が足を踏み出す。一歩、また一歩と慎重に歩み寄る姿からは負っている筈のダメージは微塵も感じさせない。


 ゾクリ、とした悪寒を零二は感じた。

 何故かは分からないが、このままでは危険である、と。そう彼の勘は訴えかけてくる。

 自然と足が動いていた。相手が何をするつもりかは知らない。だが、それを行う前に仕留める。

 零二はこの戦いが始まってから、初めてその右拳に熱を集約させた。ほぼ瞬時に白く輝いた拳をゆっくりとこちらへ迫る敵へと向ける。そして、迎え撃つべく飛び出す。

「喰らいやがれ――」

 狙うは相手の腹部。これまで幾度も痛めつけた部位。触れた相手の肉を熱し、内面を、つまりはあらゆる水分を沸騰。それにより蒸発せしめる必殺の拳。

 そう、触れるだけでいいのだ。

 別段、相手を殴打する必要すらない。

 今回もそう。この一手で決着するはずだった。


 それは、拳が相手へと向かっていく時の事。


 零二は見た。

 不意に仏子津の纏うロングコートが、そのボタンが解き放たれるのを。

 それは、実に奇妙な事だった。何故なら今、風など吹いていないのだから。だと言うのに。

 そのコートは巻き上がる。まるでそれ自体に意思でもあるかの様に。


 そして、”ソレ”が露になる。

 ソレはあまりに不自然。ハァ、ハァと呼気がする。

 ソレからは無数の牙が伸びる。

 そしてそれは獰猛にそのあぎとを開いた。


 そう、仏子津蓼科のコートの下にあったのは巨大な口。

 彼の上半身全てが、明らかに人とは異なる異形のソレの口であったのだ。

 開け放たれた口はまるで何もかもを飲み込む様に思えた。

 実際そうであった。

 零二はその異様な口を目にした瞬間、己の攻撃を中止した。

 ソレを一目見て……理解したのだ。

 あれは異様なモノであるのだ、と。

 今、このまま攻撃しても通用しないのだ、と。

 だが、既に時遅し。


「な、……ッッッ」

 止まったはずの身体が前に動いた。

 無論、零二の意思ではない。彼は動きを止めていたのだから。

 更に周囲の小石や、木の枝が宙に浮き上がると、一気に吸い込まれていく。あの異形の口へと。

 ズ、ズズズ、と地面を抉りつつ、零二の身体もまた吸い寄せられていく。圧倒的な吸引力を前に零二が如何に踏み留まろうと試みても、通用しない。

 先に吸い込まれた小石がバリボリと音を立てて、砕かれる。

「や、っべェェェェッッッ」

 このままだと自分がどうなるのかを確信した零二は即断した。

 何を思ったか右手を突き出す。そしてあの異形の口へ右手が飲み込まれていく。

 手首から、肘へと飲み込まれつつあった時。

 ダン、という音と衝撃が走り、――直後。爆炎が巻き上がる。

「ぐうううう」という呻き声をあげつつ、零二の身体が吹き飛んでいく。

 何とか着地した零二は即座に相手へと視線を向ける。

 もうもう、とした黒煙が巻き起こっている。

≪グ、グゴゴゴゴ。小童めが≫

 その声は仏子津蓼科のモノではない。まるで老人の様なしわがれた、明らかに別人の声。


「へっ、……アンタ誰だ?」

≪貴様の様な下賤な生き物がワシに仇なす等……許せぬ≫

「オイオイ、答えろよバケモノ。アンタ誰だよ?」

≪ワシは貴様の様な愚昧なモノとは違うのだ、名乗る名前等必要ない≫


 その声からは、明らかな怒りを抱いている事が伝わる。


「ンで、どうだい? オレの腕の味はよ?」


 不敵に微笑む零二だが、その右腕は無くなっていた。

 原因はあの口に飲み込まれたのが原因ではない。

 零二の左手。

 その左手は白く輝いていた。

 あの瞬間、零二は左手に熱を集中。その手刀で己の右腕を断ち切り、同時に切り放たれた右腕に宿った熱が解放。そのエネルギーが炸裂したのだ。近接戦闘しかこなせない、と思われがちな零二の云わば飛び道具。その名は――!


「【火葬クリメィション第三撃サード】って言うのさ。どうだよ、なかなかだったろ?」


 ふん、という叫びと共に欠損した右腕をヒュン、と振るう。すると零二の断たれた右腕にぼう、焔が伸びる。その焔は瞬時に形を整えていくと、あっという間に新たな右腕と化する。

「さって、と。こっからが本番だぜバケモン」

 そう言いつつ、悪戯小僧の様に零二は口元を釣り上げるのだった。


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