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密約

 

「ったくよ、何でこうウジャウジャと出てくるかなあ、お前ら。うぐ、むぐ……」

 小刻みに口を動かしつつも、ハァ、とため息混じりに肩を竦める零二。

 その足元には死屍累々たる、というのは大袈裟だが、十数人もの相手が転がっている。

 いずれも防人の面々であり、それぞれが零二を狙って襲いかかって来たのを返り討ちにした結果が今の状況だ。

「ま、確かにオレも手っ取り早く情報収集しようとは思ってたケドよぉ、ちょっとずつでいいンじゃねェか、全くさ……もぐ、むぐ」

 思惑がものの見事に外され、やれやれ、とばかりに大袈裟に肩を竦める。

 バリボリバリ、とかじっているのは、お土産屋さんで購入したばかりの沢庵漬け。

 零二は隠れるのを諦めた。

 何といっても、土地勘が無い以上隠れていてもジリ賃になるのが関の山だったし、どうもここには様々な神社仏閣等を起点に無数の結界、つまりはフィールドの様なモノが張り巡らされいる。おまけに誰かに視られている感じがここに至りますます強くなっている。後は単純にこそこそと隠れるのが性分に合わない。

 さっきまでは何も食べていなかったからこそ、エネルギー切れを考えて隠れていたのだ。

 今は、頻繁に飲食しながら移動しているので、空腹になる懸念は無い。幸いだったのは京都が街一帯が観光地であった事だ。

 お土産なら手早く購入出来るので、先程から八ツ橋を二箱は空にした。

 で、流石に糖分ばっかりでは口が飽きてくるので、今は沢庵をかじっていたのだった。

「ぷふう、あー食った食った。これで三〇分は平気だな」

 改めて周囲を見回すが、特に気配は感じない。その内また増援は来るかも知れないが、今すぐでは無さそうだ。

「ンじゃ、コイツでいっか」

 と言いつつ、一番近くにいる失神した防人の顔をパチパチ、と叩いて起こす。

「うう、っ」

「よぉ、起きたな」

「ひきぃぃっっ」

「そんなにびびンなっての。ちょいとばっかしアンタに聞きたいコトがあるンだけどさ…………とーぜん答えてくれるよな♪」

 その防人は後々まで仲間に語った。あれだけ恐ろしい笑顔を俺はもう二度とお目にする事はないだろう、と。



 数分後。



「ぬあー、ダメかぁ。なかなか情報収集ってのもムッずかしいモンだよなぁ」

 苦笑しながら頭を掻く。

 あちらの物陰での懇切丁寧な問いかけに対する相手からの回答は、またも空振りであった。

 零二が今、求めている情報は二つ。

 一つは、自分を陥れたのは誰か、つまりはこの情報を流したのが誰なのか? という事。

 もう一つは、防人のトップについて。このまま七〇〇もの防人とやり合うのは現実問題面倒くさい。それよりも、手っ取り早く事を収めるならば、リーダーとの面談が一番。それは九頭龍支部で九条羽鳥が様々な組織との折衝でよく用いていたのを零二は幾度もその目で見てきたのだ。

 彼女はこう言った物だ。


 ――物事を大きく進めたければ、組織の頂点との直接面談が一番手っ取り早いのです。

 途中経過がどうであれ、ね。


 はは、とその時は思っていたが、実際こうして自分が追い立てられるに及び、あの言葉が真実である、と実感する。


「ま、別に七〇〇人いようが一〇〇〇人いようが負ける気はしねェケドな」

 強がりを言える位にはまだ余裕はある。

 交渉するなら、まだ余力を持っている内に。

 そう思っての問いかけであった。

 だがその結果は未だ芳しくは無かった。

 どうやら京都に於いて防人のトップは、通称元締めだとか総元締めと呼称するらしいが、下っ端の構成員はそれが誰なのかについては知らされていないらしい。

 知っているのは一部の幹部連中等らしいが、そういった連中は追いかけっこに興じる暇は無いのだそうだ。

(ちェ、まあしゃあねェか。ンな簡単に分かるわけないよな。

 ンじゃ、今度はその幹部連中ってのを叩くか?

 いや、そうなると流石にヤバイかもな……)

 うーんと唸りながら両手で髪をグシャグシャと掻く。

 どうにも考えが纏まらない。

 そして、纏めるだけの時間の余裕を相手側は与えて等くれない。


「げ、もう来やがったのかよ!」


 しゃあねェな、と零二は、連戦に次ぐ連戦に流石に苦笑しながらも、追っ手に向かっていくのであった。



 ◆◆◆



「これはどういうおつもりどす?」

 京都祇園、そのすぐ近くにある八坂神社。

 その境内。

 そこにいるのは二人の人影。

 一人はその和装に、化粧から舞妓であろう事は容易に想像出来る。その舞妓は単なる一般人ではない。

 その名を妙。歳もまだ二〇の半ばでこそあれ、彼女にはある肩書きが付いているのだ。

 京都七〇〇人からなる異能集団、通称防人の頭領たる総元締めという裏の肩書きが。


 普段と同様にこやかな笑みを浮かべこそすれ、彼女の口調は厳しい。

 その理由は今、こうして対峙する相手のせいだ。

 彼はここ京都に於いて権力を持っていた。

 彼、正確には彼の一家は防人のみならず、退魔師にも顔が利き、その頭領達との交流も深い。


「まぁ、そう邪険にしなくても良いのでは無いかね? 元締め」

「あんさんにそう言われると、こそばゆいです。……はよう用件言ってくだはりますか?」

「はは、怖い怖い。此方とて防人と事を構えるつもりは毛頭ない」

 男は鷹揚にそう言葉を返す。

 しゅ、という音はマッチを擦る音。ぼっ、と闇の中に小さく赤い光が灯ると、ケースに入れていた葉巻の先端を噛み切って、火を付けた。

「あんさん、ここは神様のおわす場所ですえ、そないなもの消してくだはりませ」

「こんなモノ大した害毒でもなかろうさ。線香だとか何かでも位は出るぞ、細かい事は良いではないのかね?」

「不謹慎な」

「そもそも、君らの様な集団がここで溶け込めたのも、我らの意向に依る物だ。そして君らがここの、神様だか何だかを守っている。ここだけじゃない、無数の神社仏閣の神やら仏やらは君らと同時に我らにも感謝の念こそあれ、怒り等抱こうはずもないさ」


 男は傲然と言い切る。

 妙は、最初に出会った時からこの男が嫌いであった。

 この男は、果たして何をした、というのか?

 答えは単純だ、何もしてなどいない。

 この男は単に自分以外の権力を笠に着ているに過ぎないのだ。

 たまたま、有力者の一家に生まれつき、そしてたまたま、異能を持っていた。ただそれだけの理由で一族内で発言力を持っているのに過ぎない愚物。

 この男の持っている物は残らず借り物。自分で得た物等一体どれだけある事やら。

 きっと、自分の力で何かを為そうとは露程も思わないに違いない。常に他力本願で、権力と言う虎の威を借りる狐でしかない男。

 それが今、目の前にいる男の本質だ。

 出来る事ならば今すぐに叩き伏せてやりたい。

 だがそれは叶わぬ願いであった。もしもそれをすれば彼の御自慢の権力はまず間違いなく防人を潰しにかかる事であろう。

 そうなれば、多くの犠牲を出す事になる。

 ギリ、と歯噛みしつつも、怒りの発露を抑える他ない。

 そしてその男は、そんな彼女の心情を理解しているに違いない。


「もう宜しゅうおます。それで、どういうご用向きでお呼びにならはりましたん?」

「くく、まぁいい。用件を言うとしよう。今宵から数日間この京都に於いて少し騒ぎが起こるかも知れん」

「それはどういう意味でっしゃろか?」

「言ったままの意味だ。騒ぎが起きる、ただそれだけの事さ。

 だから、迂闊に手を出すのはよした方がいい。

 大事にしてあらぬ犠牲を出す必要もないのだからな」

「何をされるつもりですかえ?」

「さぁな、此方も先方から何かをする、としか聞いておらぬ。

 そもそも、先方がどうなろうとも知った事でもないしな」

「随分と杜撰ですなぁ、責任は持ちませんよ」

「その点は抜かりはないさ、丁度いいスケープゴートが間もなく京都に到来するのだからな」

 ははは、と哄笑を挙げながら男は境内を立ち去る。

 口にしていた葉巻を投げ捨てた上で。

 妙は、まだ煙を吐く葉巻を草履で踏み潰す。

 場を去る男の背中へ、相手に対する軽蔑の色をありありと浮かべた視線を向けつつ呟く。

「何もかもがあんさんの思惑通りに行くとは思わない事ですえ」

 そして彼女もまた自身の住まう世界へ、芸の世界へ戻るのであった。


 それは零二が京都に至る二日前の夜に密かに結ばれた密約。

 そして襲撃事件が勃発する一日前の事であった。


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