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衝突

 

 バーの裏口から外に出た途端、零二の耳に届いたのは幾つもの声。

「くそっっ」「なめてんのか」「やったれ」

 怒号混じり、殺気だった剣呑な空気と一緒に物騒な言葉がいくつも入り混じり、通りで騒ぎが起きているのはまず間違いないだろう。もっとも、彼が外に出てきたのはその気配を感じ取ったからなのだが。

 通りに出た零二がまず目にしたのは、数人の男達。

 その内の七人は、間違いなくさっき彼が蹴散らした黒服。

 その顔には痛々しい絆創膏であったり、包帯を巻き付けているのを見逃さない。もしもマイノリティであれば”リカバー”でとっくに回復しているはず。つまり連中はあくまでも一般人という事だろう。

 彼らはある建物の前に立ち尽くしている。

 そこは、ここいらを昔から縄張りにするいわゆる任侠の組織。

 かつては泣く子も黙る、と恐れられた武闘派集団だったらしく、他の組織からも一目置かれていたらしい。

 とはいえ、根城である小さなビルも薄汚れ、その見た目通りに今じゃ見る影もなく落ちぶれているのだが。

 薬には手を出さない、売春も反対。おまけに堅気には手を出さない、とそういう昔ながらの決め事に拘昔気質の気質が裏目に出ていて、近年は外からの犯罪組織に縄張りを侵食、奪われているらしい。他にも原因はいくつかあるが、最近の凋落の最大要因は零二だった。

 彼が九頭龍に、この繁華街に住み着いた直後にケンカをして、彼らを人前で散々に蹴散らしたのがその理由らしい。

 それまでは、まがりながりにもその筋では一目置かれていた彼らも、たった一人の、おまけに未成年のガキにコテンパンにされたという噂は、あっという間に街の裏社会に響き渡り、その面子は失墜。今ではこの通り沿いを始めとした僅かな縄張りを細々と仕切っていくので精一杯らしい。


 ガシャアアン。

 その事務所からガラスが粉々に鳴るような音が外まで響き渡る。誰かが中でかなり派手に暴れているらしい。

「れ、零二さ……ん 」

 虚ろな目で呻きながら声をかけてきたのは、この組の武闘派とされる禿頭の筋肉男。その強面の顔には恐怖が浮かんでいる。

 どうやら派手にやられたらしく、巨体をゴロリと横たえている。

 ヒュー、と口笛を鳴らしながら零二が事務所へと歩み寄る。

「よ、ハデにやられちまったなぁ」

 バタン、バタタン。

 すると、それまでは窓から様子を伺っていた通りに住む住人達が、一斉に窓から離れる。そしてある者はブラインドを降ろし、ある者は慌てて窓に鉄板らしき物をはめ込む。

 彼らの表情は焦りと恐怖で引きつっていた。そう、今この場に現れた危険人物、零二が暴れたら巻き添えを喰らいかねないからだ。この通りの住人の多くは裏社会に関わる連中であり、いずれもそれなりに名の知れた札付きではあったが、それでも一般人。これまでに幾度となくこの通りで不良少年が暴れた結果を目にした彼らこそ、誰よりも零二の恐ろしさを間近で知り尽くしていたのだった。


「あ、お前っ」

 黒服の一人が零二に気が付いた。

「野郎ッッッ」

 それを皮切りに彼らは迷う事なく拳銃を抜き出す。

「おいおいおいおい、物騒だなぁ」

 零二はそう言いつつも、平然とした様子で踏み出す。

「やっちまえ」

 一人がそう叫ぶや否や拳銃が火を吹いた。

 パパパパパン。

 一斉に弾丸が襲いかかっていく。

 普通なら間違いなく死ぬだろうその弾丸を前にしても、不良少年は眉一つ動かさない。そのまま何事も無いかの如く前に歩む。

 ザシュ、ザシャと地面を、アスファルトを踏み締める様にゆっくりと歩む姿は野生の獣が獲物に狙いを定めたかの様にも見える。

 弾丸は届かない。

 零二の身体に触れる前にアッサリと熱の壁に阻まれ、溶解。

 更に勢いを削がれ、カラカラ、甲高い音を立ててアスファルトに転がっていく。

「くっだンね、オモチャでどうにか出来ると思うなよ」

 ハン、と鼻で笑いつつ、尚も黒服達へと迫る。

 ここに来て自分達の相手が上司と”同じ”だと理解した黒服達はジリジリと後退りしていく。


「ぎゃあああああ」

 そこへ悲鳴を上げながらそこに外に飛び出して来たのは、年は五十代半ばの壮年の男。このヤクザな組織の組長だ。

 普段ならば高級ブランドのスーツに身を包み、ムダにダンディなイメージを保っている彼だがリラックスしていたのか、今は上はガウンに下は褌姿。

「な、何なんだテメェは?」

 全身を震わせながら、絞り出すようにそう吠えてみせるのは精一杯の意地だろう。威勢のいい言葉とは裏腹に全身は小刻みに震え、まるで小動物の様ですらある。

「オッサン、どきな」

 零二はそう言いながら、組長の前に進み出る。

「れ、レイジじゃないか。あのイカれたヤツを何とかしてくれっ」

 頼む、と言いながら零二の影に隠れる。最早、威厳も何もあったものじゃない、そう思った零二は思わず苦笑する。

「ほう、助っ人かな?」

 神経質そうな声を上げながらゆっくりと出てきたのは白いスーツに身を包んだサングラスの男、藤原慎二。

「ヘェ、なかなか強そうだな……アンタ」

 零二は見た瞬間に相手が同類マイノリティだと理解した。

「君は……」

 藤原慎二は自身の目前に立つ零二と、その少年に怯える様な姿勢を見せている部下達を交互に見た。そしてサングラスのフレームをカチャリと整えると「ふむ、どうやら我々の【仕事】の邪魔をしてくれた少年だね」と言い口元を歪めた。

「オッサン……何か用か?」

 零二はそう言いながら、相手に一歩近付く。

「ふははは、君にはどうやら口の聞き方から教えなければいけない様だ……!」

 そう言い終わる前に零二が仕掛けていた。

 一気に間合いに飛び込むや否やの右拳が相手の顔面を直撃。

 ガッシャアアアアン。

 藤原慎二の身体がまるで冗談みたいな速度で吹き飛び、事務所へと突っ込んでいく。

「ンなこたぁよ、どうでもいいじゃねェかよ……」

 零二は全身をブルリと一度震わせる。

「いいからよ──殺ろうぜ」

 その言葉に応じたかの様に相手が、藤原慎二が飛び出してきた。

「ふはははっっっっ」

 その両の手は既に異形と化している。

 まるで着ている白一色に半比例するかの様に黒く、指先は獣の如く鋭利に尖った異形の手。

「うひいいいい」

 明らかな”非日常”。それを目にした組長が悲鳴をあげる。

「喰らえ小僧っっっっ」

 お返しとばかりに藤原慎二が踏み込みながら拳を叩き付ける。

 零二はそれを避けようともせずに顔面に喰らう。

 だが…………。

 その小さな、相手よりも一回りは小さな体躯は後ろに後退りしつつも、衝撃で吹き飛ぶ事を拒否する。

 バアアン。

 その一方で、零二の背後にあった空き店舗のシャッターが吹き飛ぶ。丁度零二の背格好だけを残して。


「らあああっっっ」

 零二が頭を前に振り、相手の異形の拳を弾く。

 同時にビキビキビキ、という身体中の筋繊維が切れる感覚が全身を走り抜けた。

 久々に感じる筋肉の軋みに痛み。

 少年は思わず笑っていた。

 それを目にした黒服達及びに、組長達はゾクリとした悪寒に身を包まれる。そして疑問を浮かべる。

 この少年は一体どの様な人生を歩んで来たのだろうか?

 一体、どう生きてくればこんな表情を浮かべる事が可能なのだろうか?

 そう思わせる程に凄絶な、あまりにも獰猛な笑みを……零二は浮かべていた。


「お前は誰だ?」

 藤原慎二も正直驚いていた。

 相手が同類マイノリティであった事にではない。

 自分達の部下達がアッサリと蹴散らされたと聞いた時から、その相手がマイノリティである可能性は当然考慮していた。


 藤原慎二。

 彼はこれ迄の人生で”失敗”とはおよそ無縁であった。

 常に勝利し、ゆくゆくは全てを手に入れるだろう。

 そう周囲にも思われていたし、自分でも確信してきた。

 彼は”藤原・・”の一員であるのだから。

 藤原とは、古来よりこの日本に君臨・・してきた一族。

 歴史の表から裏へ、裏から表へとその都度に立ち位置を変えながらその命脈と力を保ち続けてきた。

(藤原一族こそこの国の支配者にして指導者たる存在)

 そう彼は常々思い、生きてきた。

 マイノリティとして覚醒し、イレギュラーを扱える事は一族での地位を約束する。

 ゆくゆくは一族内でも権力を握ると目された彼は、一族のしきたりに従い、外の世界に出た。

 全ては自身の未来、栄光の為の糧に。



「小僧、答えろ」

 藤原慎二はずれたサングラスを元に戻しながら睨み付ける。

「へっ、武藤零二だ。ンでオッサンは?」

「武藤、零二だと?」

 相手の名前を聞き、神経質そうな表情が一層険しくなる。

 そして不意に、ふははは、と高笑いを始める。

 突然の笑い声を見た黒服達に組長は白スーツの男の気でも狂ったか? と言わんばかりの視線を向ける。

 零二だけが獰猛な笑顔のままで相手を睨んでいる。

「【深紅クリムゾンゼロ】だったとはな、確かに九頭龍にいるとは聞いてはいたが…………」

「どうやらアンタも……WDみうちだな」

 零二も薄々は察してはいた。相手がWDなのでは? と。


 九頭龍は一種の中立地帯だ。

 そんな場所で騒ぎを起こそうと考えるのは、事態の悪化を望むバカか、もしくはWD、具体的にはこの経済特区の支部長である九条羽鳥に反発するよその支部だろう。

 もっとも、よその支部とは言ったが、WDはあくまでも個人主義の集まり、寄り合い所帯に過ぎない。だから、支部長もとい責任者の指示をすら無視している場合も充分に有り得る。


 零二の問いかけに白スーツの男は「そうだ」と答える。

 その様子を見る限り、さっきの挨拶代わりの一発は然程にも効いていない様だった。

「私は藤原慎二だ──そうか、身内であれば話は早い、【歌姫ディーヴァ】をこちらに寄越せ。…………そうすればお前を殺さずにおいてやる」

 あからさまな殺気を前面に押し出しながら、藤原慎二はそう提案した。

「ヘェ、わざわざ提案してくれンだな。思ったより親切じゃねェかよ、アンタ」

 零二はそう言いながらかぶりを振る。

 そうして、はぁ、と小さく溜め息を付くと腰を落とし、身構える。

 今度はさっきの様に熱代謝による身体能力の増大ではない。

 右拳に熱を集中させていく。拳の周囲をもやが覆っていく。

 そのボヤけたもやが更に集約──ボウッと音をたてる。

 その様子を目にした藤原慎二は、ほう、と感心する様な声をあげる。


 拳が白く輝いている。

 それはまるで、傍目から見ればまるでアニメとか特撮の演出の様な光景であり、にわかには信じられない物だろう。

 だが、その場にいた者は誰一人として目の前の光景を事実だと理解していた。

 黒服達は上司の異能力をこれ迄に幾度となく目にした事があったし、組長を始めとしたこの通りの住人達も武藤零二という不良少年の人間離れした強さを目の当たりにしてきたのだ。

 今更、驚く程ではない。


「ほう、それがお前の【切り札】か? ……しかしいいのかね? 目撃者がこう多いと困った事になるのではないか?」

 藤原慎二は、愉快そうな表情で周囲にいる目撃者を見回す。

 ”フィールド”も展開せずに、こう堂々と白昼でイレギュラーを見せるという事は目撃者を消すのか? そう問いかけている様だ。

「へっ、余計なお世話だっての。そこのオッサン達はくだらねェ事をイチイチ言いふらしたりはしねェさ…………なぁ?」

 零二はそう言いながら、チラリと目撃者……具体的には組長達にへと微笑みかける。哀れなご近所さん達はまるで蛇に睨まれた蛙の様に全身をガタガタと震わせ、何度も頷いている。

「……な? 問題ねェだろ」

「成る程な」

 互いに軽く笑った瞬間に相手に向かっていく。

 黒い手が、白く輝く拳が互いの顔を、腹部を、抉り、その骨を砕かんとする。

「「く、ぐっっ」」

 単純な速度で言うのならば熱代謝による身体能力を飛躍的に向上出来る零二が勝っている。

 現に白く輝く拳は相手の腹部にめり込む。

 手応えはある。確実に相手にダメージを与えている。

 そもそも、零二の右拳は相手に触れただけでその熱を操作出来る。本来であれば別に殴打の必要もないのだ。これで五回は相手の身体を直撃しているはず。

 普通であればもう立ち上がるのもキツい程に疲労していてもおかしくはないはずであり、下手をすれば全身を焼き尽くされてもおかしくはないはずだった。

 だが奇妙な事に、藤原慎二の表情には焦りの色は浮かんではいない。それどころか口元にはまだ微かに余裕からだろうか、笑みすら浮かんでいる。その様子からこの白スーツの男は追い詰められているとは思えない。


 零二の顔面に黒い手が迫る。

 零二の右拳が基本的に殴打を主眼にしているのに対して、この黒い手は基本的に相手を引き裂くのが目的らしい。

 熱の壁を易々と突き破ってくる所からそれなりに攻撃力は高いのだろう。

「ちっ」

 零二は顔を反らす事で直撃を避ける。

 チリッ、とした痛みと熱が頬に走った。

 ツウッ、と頬から血が滴る。


 零二は一旦間合いを取る。藤原慎二も同様に一歩下がる。

(ち、うっとうしい。…………にしても)

 零二は考える。

 相手のイレギュラーだが、少なくともあの手の攻撃力から推測すると”肉体操作能力ボディ”だろう。だが、何かおかしい。

 確かに戦闘技術はかなり高い。体捌きも悪くはない。

 だが、本来であればここまで長引く程の相手でもなかった。

 強いのは事実だが、自分と互角に渡り合えるレベルではない、そう判断出来た。

(ンじゃ、何故あのいけすかねェオッサンは立っている)

 それが分からなかった。

「ふははは、どうした? 随分と困惑している様に見える」

 その零二の心中を見透かす様に、白スーツの男は言葉をかける。

「へっ、抜かせ。こっからだっつーの」

「ならば来たまえ」

 両者は睨み合い……再度交戦しようと一歩を踏み出そうとした時だった。


「やめろっっっっ」


 声が二人の動きを遮る。


「もうやめろよっっ」

 そう声をあげたのは、神宮寺巫女だった。


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