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逃亡者

 

「ぐはっっ」

 呻き声をあげつつ、崩れ落ちたのは一見すると学生だが、実際には防人の一人。

 彼が何故、殴打されこうなったのか?

 その理由は簡単で、ある少年、……つまりは零二の身柄を確保する、という指示で動いていた彼らが標的と遭遇。戦闘状態に突入したのだが反撃に遭い、こうして拳を顔面に貰ったからだ。

「おっ、と!」

 零二は背後から来る敵に気付き、上半身を横に逸らした。

「くそッ、なめるな!」

 そのすぐ真横を槍の穂先が掠めていく。丁度零二の腹部を刺し貫くつもりであったらしい。更に穂先を横に動かし、牽制をかけてくる。だが、初撃たる突きと比すれば如何せんその速度は遅い。容易く躱す。

「お、うらっっ」

 零二はその槍の先端部、銅金と鏑巻きに左右の手を乗せると体重をかける。不意の重みに耐えられず、その姿勢を崩され、槍の防人の構えが崩れる。それを見計らい、左右の手を滑らせ柄を押さえながら回る様に身体を反転。間合いを詰めるや否や――右肘を相手の顎先へ叩きつける。

 ぐ、ぎゃ、という呻きをあげ、槍の防人も崩れた。

 しゅん、今度は風切り音。

「と、とっっ」

 後ろに飛び退くと、一本の矢が地面に突き刺さった。

 一息付かせるつもりは無いらしい。

「飛び道具か、……めンどくせェな」

 しゅ、しゅん。今度は二本。どうやら射手は少なくとも二人はいるらしい。

 一本を躱し、もう一本は左の手刀で弾き飛ばす。

 それに、どうやら更なる追っ手が迫って来るらしく、足音も聞こえて来る。


「ち、うじゃうじゃ出やがる。キリがねェな、コリャ」

 倒れ伏した相手に一瞥をくれると、零二はすぐにその場を離れる。


 スマホを取り出し、時間を確認してみる。零二が士華から離れてかれこれ一時間は経った様だ。

 かれこれ二〇人程は倒した。無論殺してはいない。

 何せ、連中の言い分は言い掛かりにも程があったからだ。


「オレが犯人ねェ……ったくどうしてそういう話になってンだ?」


 全く身に覚えのない話だ。

 何せ、京都に来て三日目になるが、彼は常に士華と行動を共にしていたのだから。

 わざわざ夜中に一人で出歩いてまで誰かと戦うのも面倒臭いし、ましてや殺すとなると、意味が分からない。

 物陰から様子を窺う。

 連中は基本三人から五人組で行動するらしい。

 互いに間合いの違う得物を持っていた事から攻撃と支援の役割が明確化されているのだろう。かなり厄介だと言えた。


「ち、捕捉されたみてェだな」


 どうやらさっきから追跡されている、と感じていた。

 何処に逃げてもすぐに追っ手がかかる。

 確かに彼方には土地勘もあるだろう。だがそれだけとも思えない。可能性は、何らかのイレギュラーであろうか。


「だがよ、何となく傾向は掴ンだぜ」


 若干のタイムラグがあるのは、どういう追跡方法にせよ、自分に何かを付けた訳ではない、という事だろう。

 恐らくは監視の様な能力。


「だったらよ、何処まで追えるか試すか――」


 零二は不敵に笑うと右拳へ熱を集約。白く輝かせる。

 そして何を思ったかその拳を思い切り地面へ叩き付ける。

 があん、というまるで爆発の如き轟音。そして振動と衝撃。

 周囲を捜索していた防人達はその爆撃の様な事態に、思わず足が竦み、幾人かはバランスを崩して倒れ、そして何よりも辺り一面が煙で覆い尽くされ、視界は劣悪極まりない。

 もうもうとしたその土煙が晴れた頃、防人達が見つけたのは小型の爆弾でも炸裂したかの様な地面に穿った穴だけ。

 既にそれを行ったであろう、標的の姿はそこには既に無かった。


 そして同時にその行動は空から相手を監視していた一羽の雀からしても、監視対象を見失う、という事でもあったのだ。



「ふふ、あららぁ。これはどうしてどうしてなかなかに強かなお子さんどすなぁ」


 からから、と笑い声を挙げ、防人の総元締めたる妙は微笑むのであった。



 ◆◆◆



「真名さん、どうしてだよ!! 何で武藤零二が犯人扱いされなきゃいけないんだよ」

 真名と合流した士華は開口一番まくしたてる。

 彼女は腹を立てていた。

 あの場から横にいた少年を、逃がしてしまった事に。

 彼女は確かに聞いたのだ。あの態度のでかい不良少年の口から謝罪の言葉を。つまりは、彼はあの状況に於いて自分の身よりも、他人である士華へ災禍が訪れる事をより嫌がったのだ。

(僕は気を使われた)

 その事実が悔しかった。

 あの場を収められなかった自身の不甲斐なさに心底から怒りを感じていたのだ。

 その事を真名もまた理解していた。

 あの少年は、ああ見えてその神経が細やかである事は真名もまた見抜いていた。

 かの少年の境遇について彼なりに調べてもみた。

 だが何も分からない。

 理由は簡単で、武藤零二という少年の経歴そのものが”重要機密”であったから。

 辛うじて判明したのは、彼が九頭龍支部に入ったのが二年前の事で、その前には極秘実験の被験者であった、という事のみ。

 だから、正直言うとそんな正体不明の少年エージェントが京都に来るに及び、不安の方が大きかったのは事実であった。

 もしもその依頼が知己を得ていた加藤秀二からでなければまず断ったに違いない。

 武藤零二がどういう人格なのか、漏れ伝わる情報だけでは芳しくはない。

 だが、あの加藤秀二という人物は高潔な男。そんな彼が紹介する人物なのだから、世間での評判とは違うに違いない。結果としてそれが決め手となり、彼の身を受け入れる事にしたのであった。


 それから三日。たったそれだけの短い期間ではあったが、それでも客人たる少年の人となりを知るには充分。

 果たして、彼は伝え聞くのとは違う印象を真名に与えた。

 確かに決して上品なお坊っちゃまではなかった。それとは真逆とも言っても差し支えない粗暴な少年。

 だが、それも無理なき事であったと思う。

 彼を見てまず気付いたのは、あの少年は他人との間に壁を作っている、という事だ。

 あのつんけんとした態度は、恐らくは他者を遠ざける為の無意識の行為であろう。

 そういう意味でも彼をここに受け入れる様に頼んだ加藤秀二の見立ては正しかったに相違ない。

 この事務所兼住居には自分ともう一人、あの士華がいる。


 彼女もまた、複雑な事情を抱えた少女だ。


 彼女の身元を引き受けた当初は、正直不安しかなかった。

 何せ彼女もまた、その特殊な生い立ちの為に世事に疎く、色々と苦労してきたのだ。

 あの口ぶりや性格からは想起するのは難しいのだが、彼女は極めて繊細な心の持ち主だ。

 だからだろうか。

 あの少年を受け入れる、と言い出した際に彼女はその事に一切反対しなかった。

 そして、彼を迎えに行く、と聞かず会いに行った。


 その結果、彼女は零二に親近感を抱いたのだ。

 恐らくは自分と何処か似たモノを感じ取ったのだろう。

 何処か不安定で、放って置くとフラフラといなくなりそうな雰囲気を漂わせる少年に、士華は心を開くのが見て取れた。


 そんな彼女を零二も、何だかんだと言いつつも、存外気に入ったのだろう。この三日の二人の関係はまるで、姉弟の様だった。

 今までとは違い、色々な事が新鮮に思えた。

 そう、思いの外。

 結局の所、真名もまたあの不良少年を気に入っていたのだ。

 だからこそ、先程は妙にああも反発を覚えたのだろう。

 自分達はその持ってしまった力によって様々な理不尽に巻き込まれ、または巻き込んでしまう。

(でもだからと言って、ですね)

 そう、だからと言って理不尽を許してはいけない。

 少なくとも無実の少年に罪を被せようとする今の防人に彼は協力するつもりは毛頭ない。何せ自分達の立場は、あくまでも”協力者”なのであって仲間とは少し違うのだから。


「……分かりましたよ。では行くとしましょうか、士華さん」

「――真名さん、じゃあ」

「ええ、彼を助けましょう。当然力を貸してくれますね?」

「うん、あったぼうよ。任せて」

 ぶんぶん、と幾度も大きくかぶりを振る少女の頭をそっと撫でると、真名はサングラスをずらす。そして、にわかにその眼差しを変えるのであった。


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