妖狩り
「うっわ、ちょっと待てって……うおい!!」
零二は続々と向かって来る無数の蛇を目の当たりにし、思わず逃げ出す。その数はとてもじゃないが、数え切れるモノではなく、まるで一つの奔流の如く。
そんな中で零二は全身から熱を発しつつ、襲い来る蛇の群れを跳ね除けて、蹴散らしていく。
蛇の群れは、数こそ凄まじいものの一体一体は然程強い訳でもなく、容易に倒れていく。正直言って雑魚といって差し支えない程度の相手であった。
「はい、そこ。サボらない逃げない。さっさとやっつけちゃって」
そんな零二を木の上から士華が見下ろしている。
ぼりぼり、とリンゴを齧りながら足をブラブラ揺らす。
「いや、サボってるのはそっちだろうがよ」
「何か言ったかなぁ、大飯食らいの武藤零二く・ん」
「ハイハイ、そうですそうです。大飯食らいはオレですよーだ。
……ちェ、どうも昨日の寿司は高くついちまったみてェだなぁ」
「はいそこ、ぐだぐだと文句を言わない」
「あいよ、ったくやれやれだな。しゃーねェな、一気に片を付けるかぁ――ッッッ!!」
一拍の間を持って零二の右拳は白く輝き出す。
いつもであれば拳に熱を集約させて殴るのだが、今回は少し違う。その白い輝きは拳から肘へ、そのまま腕へと広がっていく。
闇夜の中で、白い輝きを放つ右腕を突き出すや否や、突進。
牙を向き、飛び掛かる蛇の群れは腕に触れた刹那、消滅。
そうして零二は群れを駆逐していく。
「おーおー、いいねぇ。やるなぁいいぞ武藤零二」
相変わらず士華は呑気な声を挙げている。
リンゴはどうやら食べ切ったらしい。
蛇の群れは自身の不利を悟ったらしく、零二から距離を取る。
そうして、何を思ったか、互いを飲み込み始めた。
「なンだよ、共食いか?」
呆れた様子で事態を見ていた零二だったが、その表情がにわかに険しくなる。
何故なら蛇の群れは数を減らしながらも、同時にその身を肥大化させていく。
みるみる内にその場に残されたのは三匹の大蛇。
その大きさはおよそ二メートル。
≪人間風情が我らを侮るとは許せぬ≫
その声からは激しい怒りと憎悪が向けられている。
「オイオイ、蛇が喋ったぞ」
「そりゃそうだよ、アイツらは妖なんだからさ」
「ああ、それもそうか。バケモノだったな、アンタらはさ」
零二と士華には緊張感の欠片もない。
≪オノレ我らを愚弄するか、この愚か者どもめが――!!≫
そんな二人の態度が余程腹に据えかねたらしく大蛇は怒気を露にすると、飛びかかっていく。
地を這う速度も先程とは段違い。
まるで自動車の様な速度で接敵せしめるとその尻尾を振るい襲いかかる。
「――!!」
危険を察知した零二は咄嗟にその場から後ろへ飛び退く。
びゅおん、と凄まじい風切り音。
まるで突風の様な風がよぎる。
思わず、動きが遮られ、そこに続いて二匹目の大蛇が飛びかかってきた。突風を切り裂くかのようにきりもみしながらの突進は思いの外、素早く――そして鋭い。
≪シャアアアアアア≫
まるで狼の如きその獰猛な牙をこちらに向けて零二へ。
「ち、っっ」
零二は舌打ちする。
牙が目前にまで迫って来る。
大蛇はこれで愚かな少年が死ぬ、と思ったに相違なかっただろう。彼らは、ある異界では神の如く君臨してきた。
彼らは、その異界に於いて信仰をされ、そして何をしても許される立場であった。だからこそ、この世界に来ても自分達が何をしても許される立場であると、そう思っていた。
彼らは群体にして単一の個体である。
自身の身を無数に分裂させ、小さくするのは彼らがあらゆる状況下でも生き抜く為の知恵。
一体でも生き残れば、そこからまた再分裂。そうして命脈を長らえてきたのだから。
だが彼らは知らなかった。
目の前にいる少年が想像を絶する程の戦闘経験を積んでいる事に。そして何よりも、相手もまた自分達、自分と同様に異能を使いこなせる事を失念していた。
その牙が獲物である少年の喉笛に届く事は無かった。
何故ならそれよりも早く――白く輝く拳がその腹を撃ち抜いたのだから。
≪グギャアアアアアアアアア≫
凄まじい断末魔の声。
彼は理解した。この少年の異能が自分よりも高みにあるのだと。
だがもう手遅れだ。
その千切れ、二つに分かたれた己が身体は内部から沸騰。
血液、体液、臓器に至るまで全てが瞬時に失われていく。
≪バ、バカナ――≫
哀れな大蛇は一体が瞬時に蒸発するのをその目でしかと見た。
そして少年に恐れを抱く。
だがそれも遅い。
既に零二は己の体内を沸騰させ、蒸気を噴出。
その爆発的なエネルギーで加速。――もう眼前へ詰めていたのだから。
「激情の初撃!!」
右拳は狙いを違えず、その頭部を直撃。簡単に破壊し、吹き飛ばす。強烈な衝撃と共に後方に吹き飛びながら、大蛇は完全に消え失せるのだった。
「うーンと、あと一匹は、っと。……あ」
残った三匹目を零二は探す。熱探知目で周辺を見渡し、そしてその姿を捕捉した所で「あーあ」と呟く。
「その選択は最悪だぜ」
≪オノレ、オノレ、オノレェェェェ!!≫
激昂しながらも三匹目の大蛇は、されど冷静に行動する。
零二のあの拳を鑑みて、その猛威を前に戦うのを拒否する。
≪ダガ、このままでは終わらない。殺してやる≫
三匹目の大蛇が狙うは、零二とは別の少女。
木の上から偉そうに足をブラブラと、見下ろしていたま生意気な少女だ。
地を這い、音もなく獲物のいる木の根元へ到達。そのまま一気に駆け上がり仕留めん、とそう思った時だった。
「はい、こっちだよ」
既に士華は自身の身を翻していた。
木の上から飛び出し、そのまま空中で一回転。銀閃が煌めく。
大蛇は何も出来なかった。
頭上からその身をバッサリと一撃で真っ二つにされたのだから。
すたん、と着地する士華の手に握られるは銀色に煌めく日本刀。
その刀身は怪しい程に煌めいており、その刀が尋常なモノではない事は明々白々。
まるで何も斬っていないかの如く、その刀身には仕留めたはずの相手の痕跡もない。
「…………ふぅ、」
チン、と刀を鞘に収める。
と、同時に最後の大蛇はその身を粉々に砕け散らせた。
その最期を見届けた零二は、
「あーあ、だからよせば良かったのによぉ」
と自分の事を棚上げする言葉を吐くのであった。
と同時に、たった今獲物を仕留めたピンクの髪の少女の強さに感心
しつつも、同時に僅かな時間とは言え、怖気を覚える程の闘気を放った彼女に関心も抱いていた。
「さってと、今日のお務めは終わりだよ。帰ろうか武藤零二」
つい今戦ったとは思えない程の、底抜けに明るい笑顔に表情を浮かべて、士華が声をかける。
「ン、ああ。そだな」
零二も応じて、二人は帰路に着くのであった。
零二が京都に来てから二日目の夜になっていた。
昨晩から零二はこの古都にてある活動に”協力”していた。
それは”妖狩り”。つまりは異界からの、または異界の影響で産み落ちた怪物を速やかに狩る裏家業。
◆◆◆
先日、午後八時。
京都郊外、ある参道にて。
「で、今何処に向かってンだよ?」
零二は前方を歩く士華に問いかける。
今、自分が何処に向かっているかがさっぱり掴めない。
ただ分かるのは、歩く度にどんどん自分が街から離れていっている事実のみだ。
「へへへ、内緒だよ」
士華はさっきからずっとこの調子であった。
零二の問いかけをはぐらかし、前に歩いていく。
「はぁ、どうしてこうなったンだよ?」
幾度となくかぶりを振って、思わずボヤいてしまう。
こうして最寄り駅から歩く事およそ二〇分といった所だろうか。
特上寿司を食い倒した零二は、真名と士華から様々な話を聞かされた。
「いいかい、僕達は一応防人に協力してる。でも、二人共に余所者だし、新参者ってことで汚れ仕事ばっか来るんだ」
「へェ、ってかよ、その妖を倒すのが防人の仕事じゃねェのかよ?」
「うん、そだよ。でもさ、長年の歴史のうんたらかんたらが有るからとかって事で最近じゃ防人もあんまり動きたがらないんだ。
で、その代行者として僕達みたいな余所者と契約してるって訳」
「はっ、そりゃ確かに汚れ仕事扱いだよな。くっだらね」
「でしょでしょ、まぁ、お金はそれなりに入るからいいんだけどねー」
「へー、ならさぁ、何であんなオンボロに住ンでるワケだよ?」
「あー、それは色々あってね。それに倒した妖の種類で礼金も変わるから」
「…………なンか世知辛い話だよな」
「うんうん、全くだよ。だから、今日からは大物狙い」
「ほうほう、面白そうじゃねェか」
「うん、そういう訳だから頼むよ新入り!」
「任せとけって!!」
この時零二はまだ気付いてはいなかった。
この後、怪鳥と戦うのが自分だけだと。
そして最後のトドメを目の前の少女に取られると。
◆◆◆
「それで【ヤツ】が動いたのだな? …………そうか、気取られぬ様に監視は続けろ。次の指示を待て」
ガチャン、と電話の受話器を戻す音。
「武藤零二、ここで貴様を仕留めてやろう。……もう九頭龍には帰さん」
零二はまだ知る由もない。
自身の命を狙う新たな敵が、既に自分へと奸計を巡らせつつある事を。