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京都の成り立ち

 

「さて、改めまして。ようこそ京都に、大したおもてなしも出来ないけど歓迎しますよ」

「え、まぁ、……どもッス」

 朗らかに言う真名であったが、その言葉には何の説得力も有り難みもない。

 何故なら、彼はモソモソと未だ寝袋に潜ったまま、つまりは蓑虫状態からの言葉であったからだ。

 そんな自堕落な人物に歓迎、と言われても零二としても正直微妙な気分である。


「ほら真名さん、武藤零二も呆れてるよ。いい加減起きなって」


 士華は苦笑しながらも別段呆れる様子でもない。つまりはこの光景も日常なのだろう。

「ハァ、」

 妙な連中に知り合っちまったなぁ、と言うのが今の零二の偽らざる心境だった。

 とは言え、この地では他に何の当ても無いのも事実だ。

 ため息を付き、かぶりを振りながらも、零二は秀じいから貰っていた包みをボディバックから取り出し「ほらよこれ、秀じいからだよ」と、人間蓑虫へと手渡す。

 真名はその包みを取るのも億劫そうであったが、モゾモゾしながらも手を伸ばして、包みを開くと中を見た。

 すると、


「おおおおおおおっっっっ」


 いきなり寝袋から飛び出す様な勢いで出てくると、即座に立ち上がり、零二の肩を掴む。

「お、おい」

「武藤零二君だったよね?」

「ああ、そうだけど何……」

「……有難うございます!!!!!!」

 きぃぃぃん、と殆ど絶叫の様な声。

 くらり、とする零二の身体を何度も揺すって「有難う、有難う」と連呼しているので、どうやら悪意はないらしい。もっとも、あったらあったらでそもそも熱の壁が発動しているだろうが。


「真名さん、どうしたの? 何かいい事でもあったの?

 それとも遂に暑さで頭やられたの?」

 と随分と酷い物言いながら、同居人に声をかける。

「士華さん、やっぱりこの話を受けて正解でしたよ」

「え、何々?」

「これでようやく一日三食生活に戻れます!!!」

「え、ホント。やったぁぁー」

 士華までもが跳び跳ねて、勢いよく零二へと突進してきた。

 只でさえ、真名に肩を掴まれていた零二はその突進に抗えるはずもなく、どっすん、という痛烈な衝撃を腰に喰らい――勢いよく零二の身体は吹っ飛んでいき、「うげっっ」と壁に激突するのだった。



 暫くして、

「ごっめーん、悪気は無かったんだよ武藤零二ぃ」

 士華は謝りながらバッチン、と絆創膏を零二の鼻に付けた。

 本人としては手当てしているつもりらしいが、何分力加減を知らないらしく、いちいち痛い。

 正直、治療されてるのかシバかれてるのかよく分からない。

「ったく、なんつう馬力だよ。アンタ牛か何かかよ?」

 毒づく零二は、完全にふてくされていた。

 どうも京都に来てからろくな目に合っていない。

 目の前の、年下かと思っていたピンクの髪の少女が実は年上だったのも驚いた。

 何か食わせる、と言っていたのに、未だ何も口にしていなかったり、腹が減ってきたり、どうにもお腹がなりそうだったり。要は、原因はほぼ食い物の恨みであった。


「あーあ、食いたいなぁ。なンか食いたいなぁ」

 とにかく八つ当たりでも何でも構わない。思った事を言いたい放題言っておく。それが武藤零二という不良少年の生き方であった。

 そして、その言葉に呼応するかの様にその腹の虫は”グウウウッウウウ”と盛大なまでの大合唱をするのであった。

「あ、…………」

 と、同時に零二はその場にバタリ、と大の字に倒れ込むのであった。本当の意味で燃料切れ寸前だったらしい。

「ちょ、なにさ武藤零二?」

 士華が驚いた声を挙げる。真名も、言葉こそないものの、その表情は凍り付いているのが見えて、何だか少しだけ鼻を明かした様な気がするのであった。



「うっわ、よく食べるんだね。ホントにさ」

 士華は完全に感心したのか呆れたのとも分からない、微妙な表情で目の前に用意された特上寿司にパクつく大食い魔神をしげしげと眺めている。

「うっせェよ、アンタ食わせるって……言ったじゃね……ぇ、かよぉ……むぐもぐ……」

「あーあー、分かったよ。分かったからさぁ、食べるか喋るかどっちかにしなってのさ」

「ああ、……そうずるっ――!」

 そう返すともう止まらない。

 零二はまるで機械の如く規則正しく手を一定のリズムで動かし続ける。そしてその都度に特上寿司の握りが一貫、また一貫とみるみる減っていく。


「…………」


 とにかく、一心不乱。

 零二はその留まる事を知らない食欲を完全に開放していた。

 喋る事等なくただひたすら食べていき、寿司桶を続々と空にしていく。


「うっわー、真名さん。スッゴいねぇ」

「え、ええ。本当に」

 最初こそ笑っていた真名だったが、流石に桶が一〇を越えた辺りからその顔は引き攣っていた。


「確かに何でも好きなだけ食べていいとは言いましたが……」

 嬉しさのあまりにそう言ってしまった事を後悔し始めていた。

 零二から手渡された包みに入っていたのは小切手だった。

 それも、その額はこの貧乏事務所のかつかつの月収の数ヵ月分を優に越えるものだった。

 だからつい気が大きくなって、……その結果が今の惨状だった。

「あのー、武藤君。そろそろいいんじゃないかな?」

 それは、これ以上は勘弁してくれ、という心の叫び。

 だが、

 食欲魔神は留まる事を知らず、そのまま更に特上寿司の桶を八つ空にするまで止まらなかった。



「ハァ、食った食った。もういいや、おやつとかも今日はいらねェなぁ」

「そりゃそうでしょうよ、ああ、諭吉さんが今ので軽く一〇枚は飛んでいきましたからね」

「あ、でも八ツ橋ってのは食べたいッス」

「まだ喰うんかいアンタは――!」

 士華にど突かれつつも、満足気に腹を擦っている零二を、何やら恨めしそうな目で真名が睨んでいる。

 小切手の金額は諭吉さん三桁だった。

 思わず目頭が熱くなる。嬉しさでだ。

 一〇〇万を越える金額をお目にしたのは思い返して、……一体いつ以来の事だろう。


「まぁ、いいじゃない。だってまだたくさん諭吉さんがあるんだしー。それに、武藤零二だってただ働きするつもりなんか無いだろうしさ。強いみたいだし役に立つって絶対に」

「ン、どゆコト?」

 今の士華の言葉の中に気になるキーワードが入っていた様な気がしたには、気のせいだろうか?

「あのー、そこのおねいさん?」

「う~ん、なに? もっかい言ってみなよ」

「そのう、何やら物騒な言葉を聞いた様な気がしますけども」

「そうかなぁ、真名さん。僕、何か変な事言ったかな?」

「変かどうかはさておき、直球過ぎだとは思いますよ……」


 さて、と言いながら真名は改まって零二の前に座る。

 そうして話を切り出す。

「私と士華さんは二人である仕事をしているのです。

 武藤君は、京都の事をどれだけ知っていますか?」

「いンや、……何も知らね、……いや、知らないッス」

「そうですか。なら説明しないといけませんね。

 ここはかなり特殊な場所なのです。古来からの様々な事情でね」

 そして彼は先程までの穏やかだった表情を一変、真剣な表情に切り替わる。零二もその変化を感じ取り、にわかにその表情を変えるのだった。



「古来よりここ京都は、その成立からして様々な災厄から天子を守る為に造られた都です。つまり、土地の選別から数多くの条件を満たす事が求められました」

「ええ、と。つまりはめでたい場所じゃないとダメってコト?」

「そうです。邪気から貴人を守る事が可能な場所、それがこの地に都が造られた理由です。確かにこの地に都が出来て暫く、この地に於いて様々な厄災は減少しました」

「へェ、スゴい話だなぁ」

「そうそう、でもそれが結果的に裏目に出たんだよ。ね、真名さん?」

「はい、そうです。この地は様々な力が溜まりやすい。

 だからこそ、様々なモノが同時に溜まりやすくもあるのです。それこそ聖なる力だけではなく、邪なる力もです。

 聖なる力、というのはどういうモノか分かりますか?」

「え、えーと。なンだろ……光とか、そういう明るい感じかな」

「うっわ、武藤零二。意外と子供っぽい答えだねぇ」

「るっせ、いいだろ別にさ」

「はいはい、そこまで。武藤君、君の感覚は正しいです。

 そう、聖なる力とは明るいモノ。つまりは太陽の光、または前進、憧れ、そういった陰陽の陽とも言えます。

 では逆に問います――なら、邪な力とは何でしょうか?」

 零二の目を真っ直ぐに見据えながら、目を細めて真名は問うた。


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