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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
156/613

新たな出会い

 

 そこは誰もいないはずの異界。

 住人である彼以外の者は、許可が無くては立ち入る事も困難な、理を異とする世界。

 迂闊に立ち入れば、その者は何もしなくとも死する。

 彼は何もしない、ただ捨て置けばいい。さすれば、この”異界”が愚かなる者を惑わせ、そして虜とするだろう。何故ならこの異界はそもそもその様な場所であるのだから。

 藤原曹元という木乃伊の如き怪人が住まいとする以前から、この地はかような場所であった。


 ”神隠し”という言葉がある。ある日、突然人がいなくなる。何の痕跡もなく、何処へ行ったのかも分からずに。

 この異界は、言うなればそれ自体が”生きている”。

 人の、否、人が産まれ出でる前から存在していたのかも知れない。どういう意図でこのような空間が存在するのか等、知りようもない。ただ、気が付けば此処に有った、……そういう事なのだろうと、ここに住まう際に彼は思う事にした。


 長い時、それすらも曖昧なこの異界に身を置いて幾星霜。

 彼はそこでただ目を閉じ、口をつぐみ、呼気すら惜しむ様に、ゆっくりと緩慢に存在していた。

 言うなればこの異界そのものが、今や彼のフィールドの様なモノなのであり、ここでは彼の意思こそが絶対の掟であった。

 だが、今。

 この異界に何者かが足を踏み入れたらしい。

 通常であればすぐに対応するところだが、今、ここに向かって来る人物は見当が付いている。だから、何もしない。

 ただ目を閉じ、静かな気持ちで待つ。


 どの位の時間が経過した事か、ここでは時間の概念すら曖昧だ。


「久方振りですね、長老」

「こここ、おや………これは随分と珍しい御来客ではないかね」

 一見すると木乃伊の様に、すっかり干からびた老人の二つの双眸が来客へと注がれる。

 そこに立っていたのは、一人の妙齢の美女。

 その絹の様な艶やかさを保った黒髪を始め、その容姿からは何処か人ならざる魔性を感じさせる。

 九条羽鳥、WD九頭龍支部の長にしてWDという秘密組織の最高権力者足る上部階層オーバークラスの一員と目される才女であった。

「今日はどの様な用向きかね?」

 普段から彼に仕える者であるのなら、気付いた事であろう。

 長老、つまりは藤原一族の長である藤原曹元の声色が、普段とは違う。異界に断りも無く勝手に入った相手に対して、まるで友人へ接するかの様な親愛が感じられる事に。

「ええ、些末ながら共通の知人について」

 そして、彼女に仕える者もまた、気付いたに相違ない。

 この感情を表に出す事が殆どない妙齢の美女が、珍しく感情を表に出している事に。

「こここ、ではこちらに座られよ。少し話もしたいでな」

「ええ、そのつもりです」

 そう言うと、九条は躊躇なく創元の横に腰掛ける。

「うむうむ、久々に酒宴としようかの」

「それは楽しみですね。楽しませて頂きます」



 ◆◆◆



「ふぅ」

 終わった事を実感した零二はそう呟く。

 相手が完全に消え失せたのを確認し、思わず気が緩む。

「にしたってなぁ」

 全身にかつてない程の倦怠感が襲いかかって来た。

 足元から崩れてしまいそうだった。

 フラフラ、と傍目から見れば誰かがまだ日中から酒の飲み過ぎで千鳥足になっている様に見えた事だろう。

「ン、ぐっ」

 少しでも気を抜けば、その場に座り込みそうなのを堪える。

 とにかくこの場か離れる必要があった。

 理由は簡単で、今、フィールドは展開されていないから。

 相手のフィールドが消えたのは死したからなので当然だとして、零二のフィールドまで消えたのは何故か?

 それも簡単な理由だ。今の零二にはそれを維持する事が叶わないからだ。フィールドは他のイレギュラーに比すれば、かかる負担は僅かである。だが、今の零二にはそれすらも不可能な程に消耗していたのだ。

(こンなに疲れちまうなンてな、もっと体力付けとけば良かったぜ。ったくよ)

 はは、と苦笑しながら壁にもたれ掛かる様にして歩く。

 覚束ない足取りではあるが、少しでもここから離れなくては。

 目撃されるのは不味い、とそう思った時であった。


「ン?」

「…………」

 そこにいたのは一人の見覚えのある大男。

 そう、ついさっき零二に食事を与えてくれたあの男。

 零二は小さく、チッ、と舌打ちを入れた。

 目撃された? それともたまたまここを通りかかったのか?

 それもフィールドが消えた今となっては、どちらなのかを判断する事は出来ない。

「お前、何者だ?」

 大男からの問いかけは前者の可能性を示す。

「ああ、この先で何か爆発みたいなのがあってさ、オレも吹っ飛ンじまったンだよ」

「……大丈夫か?」

 その眼光は鋭く、零二の一挙一動を余す事なく見据えようとしているのが分かった。

「あ、ああチョイとばっか服が破れちまっただけさ」

「そうは思えないな、……お前さんからは血の臭いがする」

 零二の表情が強張る。瞬時に理解した、この大男は単なる一般人とは違うのだ、と。目撃されたのだとしたなら、どうすべきか?

 それに対する対応は白い箱庭で、散々教えられた。

 もしも自分の正体を知られたのなら、目撃者は排除せよ。それが教えられた答えだった。

 とは言え、今の状態では荒事をする様な気力など皆無。

 歩くのすらようやっと、の状態だったから。

「俺はこう見えても元は傭兵でな、だから分かるのさ。

 お前さんからの臭いは爆発、もしくは炎上に伴う物だってな。

 大方、その時の他の犠牲者の臭いが染み付いたって事だろうさ」

「え?」

「何を驚いてるんだ? お前さんが言ったんだぞ、爆発があったって、な。そうだろ?」

 大男の目は真っ直ぐ零二を見据えたまま。

「あ、ああそうだよ。だから助けをさ」

「分かった、なら俺が手配しておく。お前さんはここから離れろ」

「…………ああ、そうだよな。アリガト」

 キョトンとした面持ちで、零二はその場から離れる事にする。

 少なくとも大男からは戦意は感じ取れないからだ。

 ヨロヨロ、としつつも場を離れていく。


 そうして、しばらくしての事だ。

 不意に視界が薄ぼけて、そして……そのまま地に伏す。

 限界だったらしい。

「へっ、カッコつかねェよな。オレ」

 それだけ絞り出す様に口にして、零二の意識は途絶えた。



「…………それでこのボウズは誰なんだ?」

 大男は、さっきからこの場を見張っていた者に声をかけた。

 そう、この場にはさっきから見張っている者がいた。

 殺意や、戦意を感じなかったから相手にはしなかったのだが。

「ふむ、流石に歴戦の兵ですな。此方の気配を察知していたとは」

 感心した声と共にすたん、と着地したのは加藤秀二。

「んん、あんた確か……武藤の家の?」

「ええ、武藤の家の執事を務めております。加藤秀二、という老骨です。以後、お見知りおきを新藤しんどう明海あけみ殿」

「はは、こっちの事もバレているのか。なら、話は早い。

 このボウズは誰なんだ?」

 新藤の目付きがにわかに鋭く輝く。

 回答如何によっては、とでも言わないばかりの剣呑な雰囲気を醸そうとしている。

 だが、秀じいはその雰囲気にも一切動じない。自身へと向けられた戦意にも何処吹く風といった様相で涼しい顔のまま、そこに立っている。

「答えてくれないか?」

「武藤の跡継ぎです。名は武藤零二」

「…………そうか。【もう一人】いるとは知ってはいたが、その子がそうなのか」

 新藤は戦意を消し去り、そして感慨深げに物思いに耽る。

 彼は先代足る武藤の当主とは知人であった。

 彼だけではない。ここいらの繁華街の連中の中には先代と縁のある者も多い。

「じゃあ、そのボウズ…………」

 そう言いつつ、その視線を倒れている少年へと向ける。

「ええ、これから若の行く末は修羅の道と相成る事でしょう」

 秀じいの言葉は重々しい。

「ですから、我ら郎党が支えます。もしも故あれば、若を見守って下さい」

 零二の身体を容易く抱え、この場を去ろうと歩き出す。秀じいはそのまま背中を向けたままで言う。

「後始末は、我らにお任せを。では、いずれ」

 何をしたのか、その姿は一瞬で見えなくなる。

「加藤秀二…………あれが【疾風迅雷】の異名を持つ男か」

 新藤はただ黙って見送る他無かった。

 かくて二人の男は出会った。

 この出会いが何を引き起こすのか、それを知る者は未だいない。


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