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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
155/613

激情の一撃

 

 その光景を見ている者がいた。

 彼がこの異変に気付いたのはほんの数分前。

 違和感を感じた。そう、これはかつての戦場で幾度となく感じた違和感だ。

 まだ店の準備時間であったから、抜け出しても何の支障もないのが幸いだった。

 どうやらごく狭い範囲に展開したものらしく、こうして近くにいなければまず気付けなかった事だろう。

 人が離れてくる。どうやら、このフィールドを展開した人物はまだマトモな判断が出来るらしい。

 彼はここ数年で幾度かこうした場に遭遇。表沙汰にならぬ様に事を収め、時に腕ずくで片をつけてきた。

 とは言え、今の自分は戦いの前線から身を退いた身だ。それにいつまでも若くもない。出来れば荒事は避けたかった。

(これなら、話し合いでどうにかなるかも知れんな)

 相手に対してそうした思いを抱いた直後の事だ。その淡い期待は脆くも崩れ去る。

 新たに何者かがフィールドを展開した。

 そのフィールドから感じたのは”悪意”。全てを壊してやる、と言わんばかりの強烈な圧力プレッシャー

 その証左として、巻き込まれた人々がその場で崩れ落ち、意識を失い、恐怖からかガタガタ、と身を震わせていた。

(くそ、不味いな)

 戦いの一線から身を退いてかれこれ数年、今でもいざという時に備えて戦える準備はしてはいた。

 だが、果たして何処まで戦えるのか? 戦うのであれば、短時間で決着を着けねば。

 そう思いつつ、悪意の中心へと足を向かわせる。

 そして目にした。


 そこにいたのは二人らしい。

 一人はまるで蟻のような姿をしている。周辺が血に染まって居て、それを実行したのは間違いなく、あの蟻の怪物で間違いない。

 ポタポタと滴る赤いそれが証拠だ。

 その目は完全に正気を失っている事から間違いなく彼の姿を目にした瞬間、それがフリークである事は明白であった。

 かつて戦地で幾度も目にしたその目。

 何かに憑かれたその目の輝きを、男が見間違える筈もない。

 フリークは狂った様に咆哮し、半狂乱ともとれる様相で襲いかかっている。どうやらもう一人の誰かに対して劣勢らしい。

「ん、誰だ?」

 まだ少し距離があった為なのと、破壊に伴って巻き上がった土煙のお陰で視界は不明瞭だった。

 だから、状況把握の為に雑居ビルの最上階へと足を運ぶ。

 そこは闇金業者の事務所であったが、フリークの張ったフィールドの影響か、全員がその場で倒れ込み、まるで酩酊状態。

 無駄な労力も使う事なく、双眼鏡を取り出し、窓から注視。

「あれは、さっきのボウズ」

 そして目撃した。

 フリークと戦うもう一人の少年の姿を。

 その決着の一部始終を。



 ◆◆◆



「グガゲエウェエエ」

「何を言ってンのか分からねェよ――!!」

 フリークの死神の鎌の様な両の腕での切り払い、唐竹割りを零二は手の甲を、或いは手刀や肘で打ち払い、殴り付けて防いでいく。

 その攻防の余波で、周囲はボロボロになっていく。

 コンクリートの壁は粉砕され、切り裂かれた。

 電柱は零二の蹴りで折れ、倒れていた。

「うらっっっ」

 放たれた零二の右拳は自販機を直撃。アッサリと貫く。

 ガラガラ、と小気味いい音楽が鳴り響き、続々と自販機に入っていたジュースやお茶、コーヒーの入ったペットボトルが溢れ出でていく。ち、と舌打ちして右拳を引き抜こうとした隙をフリークが突く。

「ふぐウウウウウ」

 肩口を突き出してのブチかましが零二に直撃。

 背中か腰にかけてを巨大な蟻の身体が衝突。そのまま自販機毎押し潰される格好になった。

 メキョミキ、と鉄が押し潰れる嫌な音。幾本か骨に軋みが入ったのを感じる。

「ぐ、っは」

 零二は呻きつつも、まだ倒れない。右拳を何とか引き抜くと即座に回し蹴りを相手に向けて放つ。狙いはどうだっていい、とにかく牽制目的の一撃。

 フリークは相手がこうも早く反撃に転じるとは思わなかった。

 その蹴りは腹部を直撃。ぐらり、と身体が揺れる。

 だが、そこまでだった。

「う、……ぐあっっっ」

 寧ろダメージを負ったのは蹴りを放った零二の方。

 一瞬、電流が流れたのかと思う程の衝撃が蹴り足から全身を駆け抜けた。

 まるで鋼板を蹴り付けた様な感覚。

 相手がよろめいた所で、追い討ち等叶うはずもない。

 逆にフリークの手が伸びきった蹴り足を掴む。そのまま足首を握り潰すと、棒切れでも扱う様に振り回し、そうして地面に叩き付けた。二度、三度と叩き付けられた少年の全身はだらり、と力なく垂れている。

「それじゃ、しね」

 フリークはそう言うと不意に零二の足を離す。

 そうして、その身体が地面に触れる直前、腕を振り下ろした。

 あっさりと突き刺さったその手先は、そして腕から伸びる刺の如き体毛は獲物の肉体をズタズタに引き裂き、これでトドメと相成るかに思えた。

 だが、


「わりぃな」


 死するはずの少年の口をついたのは不敵な言葉。

 そして――、


「ぐぎゃあああああああああ」


 その悲鳴を挙げたのは零二を追い込んだはずのフリーク。

 貫いた腕が瞬時に消え失せた。

 折れた訳でも、切断したのでもなく、文字通り消え失せた。

 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

 完全に己が勝ちを確信していたと言うのに。

 気が付いたその時には、相手の臓腑を殺し尽くすはずであった腕が欠損していたのだから。

 感じたのは激しい痛み、いや”熱さ”だった。

 次の瞬間に、見たのは身体から切り離された己が腕。

 そしてそれが燃え尽きる姿。


「よっと」

 零二は軽々と跳ね起きた。あれだけの重傷であったはずなのに。

「ンンッッッッ」

 全身を震わせる。それに呼応するようにその肉体からは激しい蒸気を発し始める。

 根拠は無かった、だが彼は理解していた。

 自分を覆う、いや包み込む様なこの強烈な熱で、傷を癒せると。

 それを証明するかの如く凄まじい速度で、零二の負った傷が猛烈菜速度で塞がっていく。

 絶大な熱代謝によって自身のあらゆる細胞を活性化、それによりリカバーをも凌駕する絶大な回復能力を実現。

「ナ、ナンダト――バカな」

 その光景を見たフリークは恐怖すら覚えたに違いない。

 腹に穿った穴が瞬時に塞がっていくのが見て取れた。

 充分にズタズタになったはずの臓腑が、折れたはずの骨が、その全てが瞬時に回復していくのが見て取れた。

 そして、こう思ったに違いない。

 目の前にいる相手こそが本物の、――真性の怪物ではないか?

「オ、オマエはナンダ?」

 思わず尋ねる。

「あ、オレか? なンだって聞かれてもなぁ。

 まぁ、そのなンだ。正直言って、分からねェよ。だけど、それでも聞きたいって言うなら、こう答えてやる。覚えとけ、オレの名は武藤零二。

 さぁ、見せろよ。お前の全部を――」

 零二はそう言うと姿勢を低くする。

「グ、グカガガガガルルウウウウウ」

 フリークは全身に走る怖気に歯向かう様に飛びかかっていく。

「――オレはそれをブッ飛ばす」

「キシャアアアアア」



 戦いの趨勢は決した。

 相手は獰猛に襲いかかる。

 その凶悪な残された手足を縦横無尽に振り回す。

 それを躱し、零二は左拳を叩き込む。

 巨大な蟻のフリークには、既に何発か左拳を叩き込んでいて、その全身は軽く燃え出している。もう決着は近い。これも最後の足掻きでしかない。繰り出す腕、いや前足を左腕で弾く。もう一本の足が零二の首へと襲いかかる。足には無数の突起物は最早ナイフの様に出っ張っており、直撃すれば無傷とはいかない。


 その時だ。

 零二は本能的に右手に意識を集中させた。

 感じたのだ、この拳に全てを込めようと。

 初めての行為だったが、それは不思議な程にしっくり来る。

 熱が集束していく、己の熱量を集中させていく。

 そうして、右拳は白く煌めく。


 フリークの肉体がここに至って更に変異を遂げる。

 腰から新たな腕、いや足が生える。

「グ、グカガガガガギャアアアアア」

 絶叫しながらその五本の足を振り回し、獲物を仕留めようと動かす。空気を切る鋭い音は、その足の殺傷力の高さを雄弁に語ってる。


 だが、零二は逃げない。

「行くぜ――」

 ただ真っ直ぐ相手を見据え――右の拳を、白く輝くその塊を突き出す。必殺の拳は向かってきた前足を千切り飛ばし――そのまま相手の胸部を突き通す。

 瞬間だった。元々全身が高熱により軽く燃えていた。そこへ熱の塊が直撃。一気に全身は沸騰し蒸発していく。

「お、おでつよいの……か?」

 それは己の最期に至って思った疑念。

「ああ、アンタなかなか強かった。楽しかったぜ」

 それは零二なりの手向けの言葉。

 彼は知っていた。フリークになるのは何かしらの妄念が、執念があるからだという事を。

 それが彼の場合は強さだったのだろう、と察したからこそ口をついた言葉。

「そ、うが……良かった」

 その言葉、そして表情は何処か満足気。零二の言葉は届いたのだ。そうして、その青年は跡形もなく蒸発して消え失せる。

 かくて戦いは終わりを迎えた。


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