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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
154/613

激情に駆られて

 

「ぎにゃあアアアアアアアア」

 それは悲鳴と絶叫ともつかぬ声だ。

 今や、置かれた立場は完全に逆転した。

 さっきまでの愉悦等もう微塵もそこにはない。

 バキバキ、とした嫌な音は彼の腕が折られた音。

 零二は無造作に小枝でも折る様に容易くそれを遂行。更に追い討ちをかけていく。

 両手で相手の肩口へと手を回し――「らあっっ」という声と共に左右の膝を腹部へと突き刺す。

 一度、二度、とめり込んだ強烈な膝の衝撃。フリークの三メートルを越える巨躯が浮き上がる。そこで零二はようやく手を離す。

 自由になったフリークは、がはっ、と呻きながらよろよろと後ろへと下がる。

 だが、零二は逃がさない。

 よろめく相手めがけて飛び蹴りを見舞う。狙いは相手の鳩尾。

 寸分違わずに鳩尾へと突き刺さる。

「ひゃああああああ」

 蟻のフリークはまるで冗談みたいに転がっていき、壁を突き破って倉庫へと突っ込んでいった。

「よっしゃ、上出来上出来」

 着地した零二は、大きく吹き飛ぶフリークを見送りつつ、自身の戦闘能力に舌を巻く。

 自分の周囲が靄がかっている。いや、正確には自分を中心にして靄がかっているのだ。

 理由は彼の全身から湯気、いや蒸気が巻き上がっている為だ。


「うン、なンかすげェな」

 口振りこそ淡々とした物言いながら、零二は驚きを隠せない。

 それも無理からぬ事だった。自分の身体がまるで肉体操作能力者並みの戦闘力を発揮していたのだから。

 零二自身、まさかここまでの戦闘能力を発揮出来うるとは思いもよらなかったのだ。

 不意に手を前に突き出す。ただそれだけの動作。コンクリート製の壁が簡単に砕ける。

 意識して前に飛ぶ。ほんの一歩ばかしの跳躍で彼の身体は一〇メートル近くも飛んでいた。

「ン、どうも速度が上がってるみてェだよな、こりゃあよ」

 確かめる様に手足を繰り出し、そして手応えを確認する。

 だが、遊んでいる訳でもない。零二の意識は姿なき相手へと向けられている。

 その証左として、

 ブウウウン、という風を切る音共に飛んできた鉄骨を零二は避けようともしない。寧ろ、前に一歩踏み出し――左手を前に突き出す。

 がこん、という鈍い音。

 零二は左手で、丁度張り手をした様な格好になっていた。

 だが、それだけで充分だった。

「らあっっっ」

 鉄骨は張り手一つで逆回転をし、それを繰り出した相手へと向かっていく。

 ギュルルル、と飛んでいく鉄骨は最初よりも加速し、そのまま蟻のフリークへと直撃。

「あががっっ」

 呻きながら、フリークは倉庫から飛び出す。

 その腕にはたった今、直撃せしめたはずのあの鉄骨がくっついている。

「くしゃああああああ」

 その口から唾液を飛ばしながら鉄骨を棒切れの様に振り回してくる。ブウン、ブオン、と風を切る轟音。

 その如何にも重々しい鉄骨を零二は躱す。躱す、躱し続ける。

 蟻のフリークの目にははっきりとした怒気の色が伺える。



 不思議な感覚であった。

 さっきまでの自分であれば、あんな鉄骨をマトモに受けたら文字通りに肉体はきっとバラバラになってしまう事だろう。いや、今でもマトモに喰らえば同じ結果になる、そうに違いないと思っている。にも関わらずに、だ。

 零二の中で”こンなの大したコトないぜ”と、訴えかける理性とは真逆の事を考えている本能の声が浸透しつつあった。

 さっきから今までで、少しずつだが分かってきた事がある。

 この熱操作は、戦闘力を飛躍的に高める代わりに、かなり消耗が激しいらしい。

 零二自身も、あの白い箱庭での実験の日々の中で熱操作には幾度か取り組んだ事もある。

 だが、あの時の熱操作と、今扱っている”それ”とではまるで別物だった。

 確かに熱操作能力、というイレギュラーは使用者の身体能力を向上させる事が出来る。

 しかしそれはあくまでも使用者の能力を補助的な意味で向上、もしくは強化させるのが本来の用途である。

 つまりは、零二の様にケタ違いなレベルでの身体能力の向上等は普通なら有り得ない。


(これじゃまるっきり反則だよな)


 思わずそう、思う程の戦闘力。

 だが、それがどうした?

 反則だとか何とか等は、戦いに於いてどうでもいい事だ。

 実験だと称して散々っぱら実戦を積み重ねた。

 命を削り合い、今の今まで生きてきた。

 その中には弱い者も強い者もいた。

 圧倒した相手もいれば、苦戦した相手もいた。

 一見派手なイレギュラーを使う割に大した事のない相手もいれば、イレギュラーそのものは貧弱でもそれを使いこなす事で想像以上の強さを持った相手だっていた。

 ナイフと拳銃じゃ、サシで戦えば一〇中八九は拳銃が勝つと思うだろうが、それは一定以上の距離を保った上で真っ正面から互いを認識した場合だ。

 実戦では、正面切って戦うだけが手段じゃない。

 物陰からの不意打ちや近接戦であれば、拳銃よりもナイフの方が便利なお事だってある。

 要は、そのイレギュラーという道具を扱う者次第なのだ。


 そういった意味でなら、前の焔は間違いなく反則級のイレギュラーだった事だろう。そして今、自分が手繰っているこの熱も充分に反則級だ。


(まぁ、これもオレの持った力ってヤツなのだろうさ)


 そう思う事にしよう、少なくとも今は。

 零二はそう判断。そこで思考の海から離れる事にした。




「ぐぎゃああああああ」

 蟻のフリークはいよいよ怒りを露に咆哮する。

 半狂乱に陥ったらしく、もう何を言っているのかも零二にはよく分からない。いや、少し違う。

 もう零二には聞く気が無いのだ。

 何故ならその目を見れば充分だったから。

 あの正気を失った目に浮かぶ、自分への怒りを見れば充分。


 向かってくる鉄骨の横薙ぎの一撃を、手を添えて飛び越える。そうしつつ見た。

 腕を囲む様に伸びている刺が鉄骨へと突き刺さっているのを。

(なるほどな……そういうカラクリってコトかよ)

 トン、と鉄骨に乗る零二はそのまま相手へと一直線に駆ける。

 そして、瞬時に間合いを詰めると右の飛び膝を顎先へ喰らわせた。零二は後ろへ飛ぶと「ぐごっ」と呻きながら後ろへよろめくフリークの背後を取る。

「う、らああっっ」

 そのまま腰をロックして相手を持ち上げるとジャーマンスープレックスを喰らわせる。

「もう一回」

 更に腰を捻って起き上がり、更に追い討ちのジャーマンスープレックス。それを計三回喰らわせた。

 相手は三メートルを終える巨躯、体重も優に二〇〇キロ以上はあるだろう。その上にそれ以上の重量を誇るであろう鉄骨までオマケで付いているのだ。だというのに、まるでその重さ等は何の問題にすらなっていない。


 メキメキ、その音は彼の骨が軋む音。

 激しい痛みが襲いかかる、だが、彼は無視を決め込む。

 何故なら、痛みならもう慣れているからだ。

 散々っぱら殴られ、蹴られ、踏みつけられ、これ以上なく這いつくばって来た。蟻だの、何だのとコケにされ、毎日を生きてきた。

 そう、その上一度、殺されたのだ。些細な理由で。

 そう、自分は被害者。だから、アイツらを、壊してもいい。

 アイツらみたいなカスを壊して、殺して、グチャグチャにしてやってもいいのだ。

「そう、だ。おでは、……おでにはみんな優しくなかった。

 どいつもこいつもだ……れもみんなが」

 怒りが溢れ出す。

 そう。この怒りは目の前の相手にではない。

 この怒りは、その矛先は――――。


「へっ、そうかよ。確かに世界ってのは優しくないよな」

 零二はその言葉に応じた。何故ならそれは真実だったから。つい数ヵ月前までは。

「でもよ……それで、アンタは何をしたって言うンだ?

 じゃあ、聞くぜ。アンタが殺してきた連中全部が、正しく敵だったのかよ?」

 今更正義の味方を気取った訳ではない。それを名乗るには自分はもう血に塗れ過ぎている。

「あ、が?」

 フリークは言葉を返さない。理性が喪失しかけてはいたが、完全にではなかったという事なのかも知れない。

 そして、ふと周囲を見回す。

 通りには血溜まりに沈む幾人もの人の成れの果てが打ち捨ててあった。見覚えのない連中だ、赤の他人だ。

「あ、あああ」

 何故殺した、そう思った。自分に危害も何も加えた事のない相手を殺したのだと理解した。

「気付いたみてェだな、そうさ。アンタはもう怪物になっちまったンだよ。オレにはアンタを救えねェ」

「こ、こ、こ…………ころす」

 困惑の極致に至り、フリークは呑まれた。自身の衝動に。

 ああああああ、という雄叫びを挙げた。

 どうやら折れた手首はリカバーで完治したらしい。

 上段に構えた腕を振り下ろす。鉄骨も込みの強烈な一撃。

 それに対し、零二はふう、と一息。身構えて即座に動く。


 鉄骨は獲物の頭部を打ち砕けなかった。それを遮るは彼の右手。手の甲を横から叩き付け弾く――そして軌道を大きく逸らしたのだ。

 信じられない速度だった。フリークにはまるで見えない。刺が無数に突き刺さっていた鉄骨が弾け飛ばされた。

 少年は告げる。

「いいぜ、そっちが殺るってなら来なよ――オレはアンタの全部をブッ飛ばす」

 それは彼なりの全力を出す事の宣言。相手を倒すとそう決めた事の表明の言葉であった。


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