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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
152/613

恐れるモノは

 

 ブシャアアアア、勢いよくそれは吹き出していく。

 さながら、――まるで噴水だった。

 それは実に鮮やかな色合いで、そして何より暖かい。

 そうそれは当然だろう、だって、……その赤い水は自分の命そのものなのだから。

「う、あ、くっっっ」

 顔が苦悶で歪む。

 そのまま受け身も取れずに地面に落ちる。

 肩から胸部、そして腹部へと斜めに袈裟懸けのように裂かれた。

「え、ひへへへへおで、おで」

 フリークは獰猛ながらも本当に嬉しそうな声を挙げた。

 その腕に付着した獲物の血潮を本当に嬉々とした様子で眺めている。


「ち、ふざけやがってよ……」

 ごほ、と咳と共に血が混じった唾が飛んだ。

 斬られた、という傷ではない。確かに斬られたが、それ以上に深手の原因はあの刺だ。実際に喰らってこれ以上なく理解出来た。

 あの刺にはさらに細かい無数の刺が生えていたのだ。

 その無数の小さな刺の一つ一つが蠢き――裂いた肉体を抉り取ったのだ。

 さらに、追い討ちとでも言うべきは、その傷口からうっすらとした煙が上がっていた事だ。

 シュウウウウ、という蒸気が零二の傷口から赤い煙をあげる。

 激痛だった、文字通りに血煙が巻き上がり、零二から命を削り取っていく。

「ぐうああああああああ」

 その襲い来る苦痛は、これ迄に零二が味わった苦痛を想起させる。そう、あの白い箱庭で彼が受けた無数の痛みを。



 あの悪魔の研究施設で、彼は訓練という名目の拷問を受け続けた。あの男、藤原新敷は嬉々とした表情で、二人をいたぶって、苦痛を与え続けた。

 だが、それは零二自身も同様だ。

 戦闘訓練という名目の元で、日々それは実施される。

 そこで零二は、当時はNo.02と呼称された少年は多くの仲間をその手にかけた。

 彼らの表情が、ずっと気にもしなかったその今際の際の表情を零二は最近になって思い出した。

 その表情は様々であった。

 ある少年は自分に何が起きたのか分からない、そういった様子で燃え尽きた。

 ある少女は、もっと戦えたはずだったのに、最期は自分から焔に身を委ねた。

「ありがとう、ごめん」彼女がそう言ったのを思い出す。

 他にもたくさんの、本当にたくさんの自分と同じ境遇だった同年代の仲間をこの手にかけた。

 そして、その挙げ句があの暴走だ。

 文字通りの灰燼と化したそこに生存者等いようはずがなかった。

 そしてそれを行ったのは、自分だ。

 怖かった、本当に怖かった。

 自分の中に得体の知れない力が眠っている、……そう思うと心底恐ろしくて堪らない。

 だから、だった。

 九条羽鳥が自分の身元を引き受ける際に、自分から言ったのだ。

 この焔を消してくれ、と。

 こんな忌み火はもう使ってはいけない。

 こんな呪いの様な焔は二度と解き放ってはいけない、と。

 あの光景が心底恐ろしかった。

 灰燼と化した、あの施設。

 あの地獄を引き起こした記憶を彼は持っていなかった。

 それはイレギュラーが暴走したからこそであろうが。

 だが、思うのだ。

 あれだけの災禍をもたらす焔を、暴走したとは言えそれを扱った己は何故にフリーク化しなかったのか、と。

 あれだけの事態を暴走状態で引き起こしたのであれば、十中八九その担い手はもう正気でいられないのではないのか? と。


 そう、自分は殺戮者なのだ。

 数多くの屍を、いや、屍すら残さず消し去った悪鬼羅刹。

 そんな者がのうのうと生きていていいのか。


 そう、零二は心の奥底で、ずっとそうした思いを引き摺っていたのだ。自責の念に囚われて。

 だから、窮地の最中に思った今もまた、

(そうだな……コイツぁ、バチが当たったのかもな)

 という、思いは自分を責め立て、苛んでいた。


 ゆっくりとした動作でフリークが近付く。

 あの鋸のような腕をぶん、ぶん、と振りながら。

 己の勝機を悟り、勝ち誇ってるかの様にも思える。


 そこにフィールドが新たに展開されるのが分かった。

 その担い手は、間違いなく目前に迫る蟻の怪物だ。

 何で今更、と思う。誰もここには来ないはずだと言うのに?

 だが、その目論みはすぐに知れた。その目を見て零二は悟ったのだ。このフィールドは人払い目的ではないのだ、と。

 あの黒一色に染まった双眸に宿る光からはハッキリとした狂気の色が伺えた。

 このフリークは、広い範囲にフィールドを展開する事で無関係の人々を”無力化”するつもりなのだ。

 そうして身動き取れなくなった人々を、その腕で切り裂く腹積もりだろうか? 或いはあの発達した顎で噛み砕くつもりか?

 何にせよ、このフリークは間違いなく殺戮を引き起こすつもりだ。大勢の人が血に染まる光景が脳裏に浮かぶ。


「くっそ、が」

 知らず零二は起き上がる。傷は深い、立ち上がるだけでも出血が激しくなり、噴き出す。

 だが、怯まない。そのまま相手を見据える。

 しかしフリークにとって零二は死に損ないに過ぎない。

 このまま放っておいても死ぬ。そう思ったからこそ興味などもう持ち得ないのだ。

 バカにするな、そう思った零二は飛び込むのであった。


 満たされた気分であった。実に晴れやかな気分だった。


 この獲物のおかげで自分の持っている能力が如何に素晴らしいのかを漏れなく知る事が把握出来たのだ。

 この力があればもう何も恐れる必要等ない。

 何故なら誰よりも自分は強いのだから。

 好きなだけこわせるし、ころせる。

 この腕はあらゆるモノを切れる、切り刻める。

 顎の力はコンクリートを容易く噛み砕く。人間の頭部など西瓜よりも簡単に、だ。

 そして唾液には化学物質が入っていて、相手に大火傷を負わす事が出来るのだ。

 まさしく無敵であろう。

「おで、もっど、もっとこわしたい……ころしたい」

 殺人衝動、破壊衝動に駆られ、その場から去ろうとした時だ。


 ドシン、とした衝撃。

 身体が前に傾く。何かを食らった事は間違いない。

 だが、問題ない。フリークはその前足を踏み出して倒れる事を拒否する。

 そして同時に背後へと振り返りつつ、勢いよく腕を振るった。

 この腕は云わばチェーンソーだ。大小無数の刺がそれぞれに振動して獲物の肉体を抉る。その身に受ければ確実に深手を負わせる。

 まさに最強の武器だ。

 ざしゃ、という音。手応えはあった。先程よりも傷そのものは浅いが、それでも充分だと言える。

「う、ぐっっっ」

 零二の顔に苦悶が浮かぶ。最早普通の攻撃は通じないらしい。

 渾身の飛び蹴りも耐えられたし、反撃を貰う始末だ。

 完全に振り返った蟻のフリークはあの唾液を吐き出す。

 それはまるで散弾の様に飛び散って、零二の全身へと付着する。

 一瞬で体力を、根こそぎ血煙が奪い去っていく。

 もうまともに立っていられず、その場で倒れる。


「く、ぐふぃふふう」

 フリークはもう零二には完全に興味を失ったのか、その場を立ち去っていく。

「ま、待ちやがれ――」

 呻く零二だが、肉体へと襲いかかる苦痛が気力をも奪おうとする。このままでは、死ぬ。そう思えた。

 力が抜けていく…………。

(まだだ、オレは)

 そう言いながらも自分にはどうしようもない事も分かっていた。

 だって、自分は弱いのだから。

 リカバーを用いてもこの傷は無理かも知れない。

(いっそ目を閉じちまえば楽に死ねるかな)


 ◆◆◆


 ――お前は生きろ。


 声がした。それもとても懐かしい声がする。


 ――お前は生きろ、何が何でも。……僕の分まで。


 懐かしいその声は、オレを、今にも意識が途切れそうなオレを引き起こした。

 でも悪いな、オレ今、死ぬかも知れないンだわ。

 その、なンだ……イレギュラー使えなくなっちまってさ。


 ――それは違うよ……お前は強い。誰よりも強い。自分を信じろ。そうすれば、お前は自分の【可能性】に気付ける筈だ。


 その言葉を聞いてオレは思い出した。

 そう、あれは秀じいが言ってた。


 ――若、大事な事は己を信じる事です。己を信じ得ぬ者に力は扱えませぬ。自分を信じるのですぞ。


 でもオレは全部殺しちまうンだ。何もかもを、みンな、ぜンぶ。

 だから嫌なンだよ。怖いンだよ!!

 そうさ、オレは怖いンだ。もう自分の焔を見たくもない。


 ――いいか、お前の悩みを僕が解決する事は不可能だ。

 僕はもう、死んでいるし、そもそも、お前の問題はお前しか対処出来ないんだ。

 皆いつかは死ぬ。だが、お前は今日死にたいのか?

 違うだろう? 約束したよな? 何が何でも生きろってさ。

 だからもう、一度だけだ。死ぬな。絶対に生きろ―――!!


 へっ、なンだよ自分勝手に言いたい放題しやがる。

 でもさ、アリガトな。

 そっか、そうだったよな。

 オレは生きるンだったよな。

 何が何でも、見苦しくたって最後まで諦めずに。



 あのフリークはもうオレには興味は無いらしく、何処かへ歩いていくのが見える。

 へ、上等だ。

 まだだ、オレはまだ死ンじゃいねェぞ――――!!!

 いいから動け、このポンコツ。

 それになンだっていい、オレに力を貸しやがれッッッッッ。

 このクソッタレが!!!!



 それは少年の中にあった激情が結実した為か。

 その刹那であった。零二の身体に異変が起きたのは。

 全身が沸騰し、そして――。


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