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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
151/613

フリークショウ

 

「へっ、コイツぁ、穏やかじゃねェ光景だな」

 零二は、見慣れたその光景に何故か動揺を覚えた。

 ポタ、ポタ、と滴る赤い滴。

 それを歓喜に満ちた笑みを浮かべる青年の姿に、心が乱れる。

 そして気付く、ここには今、”フィールド”が張られていないという事に。相手が無頓着ないのか、もしくはまだ目覚めて間もないのか、そのどちらかだろう。

「ふっっ」

 だから、声と共に零二は代わりにフィールドを展開。

 これで無関係な一般人がここに来る事はしばらくはないはずだ。

 それに相手が気付く。すると見る見る内にその表情が変わる。喜色満面だった面持ちが、怒気を露にした物へと一変する。

 青年にも本能的に理解出来たのだ、この違和感は自分の楽しみを遮モノであると。

「おまえ、こわす」

 それだけ言うと血で赤く染まった青年は、不意に前傾姿勢になりそのまま新たな獲物へ突進をかける。早い、間違いなくマイノリティだ。

「ちっ」

 零二が後ろに飛び退く。そのほんの一秒もない後に、フリークと化した青年の左手が空を切った。

 ビュオ、と言う風を切る音はその手が間違いなく殺傷性を持った凶器である事を物語る。ただどういう武器なのかは分からない。

「せっっっ」

 後ろに着地する否やで、身を低くし、零二は素早く相手の軸足を払った。翠月蹴りは狙い通りの結果を招き、青年は姿勢を崩して横倒しになる。

「くがっっ」

 呻いた相手の上に馬乗りとなった零二は両の拳を握る。そうしてそのまま左右の鉄槌を振り下ろした。


 今、零二に扱えるイレギュラーはフィールドにリカバーのみだ。

 彼本来の炎はもう封印されている。

 だから、今。戦闘に於ける零二の行使し得る戦闘手段は純粋なる素の身体能力に依存した格闘能力である。

 イレギュラーが使えなくとも、零二は云わば”賞金首”の様な存在のままだ。

 彼がイレギュラーを封印された事は極秘事項であり、それを知り得るのはWDなら九条羽鳥が知る位、後は秀じい、皐月等の武藤の家の家人等とごく一部。

 零二自身は遭遇しなかったが、何回か賞金狙いのマイノリティが武藤の家を彷徨いた事もあったらしく、秀じい、及びに皐月達によって蹴散らされたらしい。

 秀じいが零二に手合わせするのは、最悪の事態に備える為だ。

 イレギュラーが使えなくとも、何者かに命を狙われた際にその身を守れる様に、その為に鍛えられた。


「うらあっっっっ」

 左右の鉄槌が振り下ろされ、相手の顔面が血に染まる。

 マイノリティを無力化する方法は、殺害以外に意識を奪う事が挙げられる。そして意識を奪うのに効率的なのが、脳を揺らす事だ。零二の猛烈な攻撃は一重に気絶させる為の物であって、殺害は考えていない。いや、違う。正確には殺害は出来ないのだ。

 あくまで素手での攻撃でマイノリティを殺害するのは困難だ。

 リカバーがある限り、普通の手段で殺害するのは至難の技だ。

 だが、気絶狙いなら話は別だ。脳を揺らせば如何にマイノリティであろうとも、意識は断ち切れる。

 その後の事は今は考えられない。

 ともかく少しでも早く相手を気絶させる。

 そう思い、鉄槌を繰り出す。


 しゅん、という音がした。

 そして次の瞬間に零二の身体は後方に飛んでいた。

 それは咄嗟の行動であった。

「く、うっっ」

 ズキリ、とした鋭い痛みに思わず呻く。

 胸部に手を添えると、ドロリとした生暖かいモノが流れてくるのが分かる。

(切られた? いや、何かが違う)

 だが、考えている場合ではなかった。

 相手はゆっくりと起き上がり、指先からはポタ、ポタ、と血を滴らせてるのだから。

 そこにさっきまでの様な怒気はない。

 代わりに喜色が浮かび、愉悦に満ちた表情であった。

「お、おで――おまえもこわす」

 涎を垂らしつつ、ゆっくりと向かってくる。


「気色悪いヤツだな、ったくよ」

 痛みはあったが、深傷ではない。ならまだ問題はない。

 零二には今、ある不安があった。それは、自分にどの位の余力があるのか、という物だ。

 今の自身の限界が分からない以上、迂闊にイレギュラーは使えない。

 さっきまでの感覚で判断する。

 相手のイレギュラーは判然とはしないが、恐らくは肉体操作能力ボディだろう。攻撃方法はあの手を用いた斬撃、だろうか?

 掠めただけで胸部に傷が入った事から、まともに食らうのは避けなければならない。

(要はこっちは素手で、あっちが刃物ってこった)

 そう判断するや否や零二が飛び出す。

 青年はまさか相手が自分から突っ込むとは予想だにしなかったのかか、対応が遅れる。

「ずあああああああ」

 声を張上げつつ、その肩から相手の腹部へとぶち当てる。

 零二の狙いは変わらない。

 相棒の気絶による戦闘不能だ。

 なら、少しでも強烈な一撃を与えるに限る。

 そして、その狙いは――!



 青年は、自分の力がどの様なモノかをその時まで理解してしなかった。

 何となく目の前にいるヤツを殺し、壊す事にばかり意識が向いていたのだ。

 だが、今。

 彼は思う。自分の力とは何か、と?

 そして、その意識は己へと向かい……即座に理解した。

 そう、だ。

 自分が周囲からどういう風に思われていたかを思い出せ。

 それこそが力だ、と彼はまさしく本能的に理解した。

 つまる所は、如何に強くなったからとは言っても、自分が何処までいっても所詮自分でしかないのだ。

 そう、だ。

 思い出せ、自分は何だ? 何だと言われ、思ってきたのだ、と。

 そして、彼は完全に目覚めたのだ。



 メキメキ、とした身体の変異が始まるのが分かった。

 つまりは、相手はこれからより強くなるという事だ。

「くそっ」

 それは即ち、今から自身の状況がより悪化する事を示唆する。

 さっきからの攻防は、一見すると常に零二の優位に進んでいるかに見える。

 だが、それは違う。

 確かに零二の攻撃は相手へと命中、直撃。その一方で相手からの攻撃はあれ以来一撃も貰ってはいない。

 リカバーは意識的に使っていないものの、胸部の傷はとりあえずは塞がったらしく、精神的な疲労も大したものではない。

 しかし今、不利なのは間違いなく零二の方であった。

 何故なら、さっきから相手は少しずつ、だが間違いなくその変異の度合いを強めていた。

 そして、それと同時に、相手がどういう系統のイレギュラーであるのかも大まかにだが理解出来た。

 相手は間違いなく肉体操作能力だ。

 その肉体の変異によりその腕は節くれだっている。

 そして、その腕には無数の刺の様な物が無数に見えていた。

 恐らくはさっきの傷はあの刺により付けられたのだろう。


 更にその肉体は徐々に大きく変わりつつある。

 顔が変化し、触角に、発達した顎の形から昆虫であろう事が分かる。つまりは、まだ相手は余力を残しているのだ。

 それに対しての零二には余力等は最初から無い。

 今の素の身体能力と格闘能力のみ。


「くふふづ、おで、おで強い」


 歓喜に満ちた声を挙げるそのフリーク。

 その不気味にぎらつく目の色から既に正気は失っているのは明白だ。このまま引き下がる事など有り得ない。

 フリークは、もう理性を失くした怪物。

 彼らにとって残されるのはただ己が欲望、本能のみなのだから。


「ち、なめンな!」


 首へと繰り出された手を身体を沈ませて躱しつつ、その手を掴む。そのまま勢いを利用しつつ、捻り、そして懐へと潜り込む。肉迫しながら左右の肘を相手の脇腹へと叩き込む。

 現在、零二が考え得る限りでもっとも強烈な連打。

 だが、それすら無駄であった。

「う、ぐあ」

 メキメキ、という音と感触が伝えている。

 零二の肘にヒビが入った事を。さっきまでとは身体の強度が段違いだったのだ。

 咄嗟に間合いを外したが、相手は構わずに突進。

 その鎌、否、糸鋸の如き腕を振るう。それを零二は自分から後ろへと転がる事で辛くも躱す。だが、そこへ相手は口から何かを吐き出す。顔に喰らうのを嫌った零二は痛む肘を前に差し出す事で顔面への付着を防ぐが、同時にその肘を中心にした腕に激痛が走った。

 まるで焼ける様な痛み、いや、実際に腕が一瞬燃えた。

「く、そうっっっ」

 リカバーを使うしかない。

 両腕が使えなければ話にもならない。

 傷は塞がる、だが、確実に疲労は蓄積していく。


「おまえ、こわれない。おで、たのしい。何回でもころせる」


 ケラケラ、とした笑い声。

 今やフリークはその変異を完全に終えていた。

 その蟻の姿に酷似したフリークの目的は、目の前にいる零二を嬲り殺す事で間違いない。


「く、いい気になるな蟻ンこヤロウ!!」


 それは零二にとっては強がりであった。

 だが、言われた相手からすれば、決して許せない言葉だった。

「く、ころすうううううっっっっっ」

 絶叫と共に蟻のフリークが突進をかける。

 さっきまでとは段違いの速度に圧力。

 だが、直線的だ。躱せる。

 そう零二は判断した。ギリギリで身体を捻って躱しつつ、反撃に転じよう、そう彼は思っていた。


 しかし、その目論みは崩れ去った。

 何故なら、相手はその速度を更に加速させ、零二の反応速度を完全に凌駕したのだから。


 そしてその鋸の如き腕が獲物の上半身を切り裂くのであった。


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