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白スーツの男

 

「な、何だお前は?」

 黒服の男達が突然上から降ってきた少年を目にして慌てる。

「何だって決まってンじゃねェか……邪魔者だよ」

「く、ざけやがって」

 気を取り直した乱入者に黒服の一人が、怒りを露にしつつ胸元に掴みかかり、怒鳴る。

「ガキが引っ込んでろ」

 その目の下には、刃物によると思われる抉られた様な切り傷が刻まれ、凶悪な面構えの男の恫喝は、一般人であれば間違いなく身が怯む程の迫力があり、この男が真っ当な職種の人間ではない事は一目瞭然だろう。だが、この場合は相手が悪かった。

「るせェよ三下」

 少年、つまり零二はそう声を返すや否や、相手の手首を掴むと一気に握り締める。

 ミキメキ、という音。

 瞬時に傷の男の表情に苦悶の色が浮かぶ。

 零二はそのまま手首を握り潰す程の力を左手に込めながら、男を引き寄せ──頭突きを見舞う。

「みぎゃっっ」

 男が悲鳴をあげる。それをきっかけにして戦いは始まった。

 零二は一歩前に進み出る。すぐ手前にいた一人に踏み込みながらの左掌底を顎先に。即座に右肘を突き出し、もう一人の鳩尾を一撃。

「な、何だお前?」

 文字通りに秒殺で二人の仲間を倒され、動揺する黒服達。

 それに対して零二は獰猛に歯を剥き、こう告げる。

「いいから来な……遊ンでやるよ、オッサン達」

 その挑発にカチン、と来たのか三人が向かってくる。

 まずは一番手前にいたスキンヘッドの男が回し蹴りを放つ。どうやら空手を嗜むらしい。だが、零二はそのまま前進。蹴り足をキャッチし受け流す。そのまま残った相手の軸足に前蹴りを突き出す。

 メキメキ、骨の折れる小気味いい音に感触が零二の足に伝わり「ぎゃあああ」と声を上げたスキンヘッドの男が、その場に倒れ込み、悶絶する。

「次、来なよ」

 二人目の黒服は手にメリケンサックを付けている。

 彼は踏み込みながら左ジャブを放つ。首を動かし、避ける。続けて右、左と止まる事無く左右のジャブを放ってくる。その鋭さに速さはこの黒服がボクシングをしている証左だろう。

「ヘェ、やるじゃンか」

 零二は少し笑う。その隙を付き、三人目が後ろから組み付く。

「やれっっ」

 三人目が声を上げ、二人目の男はそこに狙い済ました右ストレートを放った。

「るあああっっっっ」

 バキャッ。

「ぐあぎゃあああ」

 二人目の男が膝を付き、悲鳴を上げる。右腕が目に見える形で折れ曲がっていた。

 零二は向かってくるメリケンサック付きのストレートに対し、頭突きを合わせたのだ。

「せーのっっ」

 更に組み付いた三人目の男を腰を捻り、力任せに壁に叩き付ける。

「みぎゃっっ」

 明らかに自分よりも重く大きな体躯も、マイノリティである彼の発達した身体能力には関係はない。零二は間髪入れずに、悶絶している二人目の男の腹を蹴りあげる。その身体が浮き上がり、男はうげっ、と喘いで意識を失った。

 そこに響いたのは危ないっっ、という少女の声。

「そこまでだ、ガキ」

 その声は七人目の黒服。

 既に零二に銃口を突き付けており、いつでも撃てる様に身構えている。

「オイオイオイ、いいのか? そんな物騒なオモチャを真っ昼間に使っちまってよ。…………音、聞かれちまうぞ」

 両手を挙げ降参する様な仕草を見せつつ、零二は詰め寄る。

 七人目の黒服は口角を吊り上げ、笑いながら言う。

「構わんさ、どうせ今日しかここにはいない。それに、今ここいらは今日の騒ぎで花火や号砲があちこちで鳴り響く。誰も気付かんよ……!!」

 そう言うと……引き金にかけた指を動かす。

 パアアアン。

 乾いた銃声が一発。裏路地に響いた。

 ドサッ、という音と共に撃たれた零二は倒れる。

「ったく手間を取らせやがる」

「は、やあああ」

 ピンクのパーカーの少女の目に涙が浮かぶ。

 彼女の目前にあの少年が倒れている。その瞬間をハッキリと目にした。弾丸が彼をアッサリと撃ち抜くのを…………。

(わたしのせいだ……わたしが逃げたりしたから)

「あんたもああなりたく無ければ諦めて付いてこい」

 黒服の男がそう言いながら身を震わせる少女の手を掴んだ。

 その時だった。


「オイオイオイ、そンな口説き文句があっかよ」

 声が上がり、思わず男は振り向く。そこには何事も無かった様に少年が、零二が起き上がっていた。パンパン、と服に付いた砂などを払っている。

「ば、バカな、眉間だぞ」

 男はそう絶句しながら後退りする。確実に殺した、そう思っていた。

「ナメられたもンだぜ」

 そう苦笑しながら、零二は指で何かを弾き、それを男の空いていた左手に当てた。

 男はそれを目にする。

「くぐあっっ」

 思わず叫び声をあげる。ドロドロになったそれは高熱を帯びており、慌てて地面に落とす。

 カラン、という金属音が耳に入り、男は顔色を変えた。

 その金属の先端は彼の拳銃に装填されている弾丸と酷似していたのだから。

「ば、何だと?」

 実際、零二の眉間に銃弾は当たっていなかった。

 その直前に熱の壁が発現。向かってきた弾丸を溶解したのだ。

 本来の威力を喪失した弾丸だった金属片はそのままコツン、と零二の額に当たったのだった。

 その後、彼が倒れたのは単に姿勢を崩したに過ぎなかった。

「くそっっ、し……」

 明らかに動揺しながら、黒服が続けて弾丸を放とうと試みた。

 だがそこへ男の顎に、零二の左フックが直撃。そこまでだった。

「ぐかかっっ」

 七人目の黒服は強かに壁にその身を打ち付け、だらりと頭が垂れる。どうやら衝撃で意識を失ったらしい。


「さ、……行くぜ」

 黒服の男達が全員倒れたのを確認してから零二は少女の手を取るとその場を立ち去る。

 少女は呆気に取られた表情のまま付いていく。



 それからしばらくして。二人は繁華街に入っていた。勿論、零二が彼女を連れてきたのだ。ここいらなら、自分の庭の様な場所であり、余所者を撒くのは容易だったからだ。

「おお零二、彼女かーーー」

「昼間っから見せつけるじゃねぇか」

「あらあら、いいわねぇ若いって」

 通りにいる人々から散々におちょくられ、冷やかされる。

 零二はその都度、うっせー、と叫んでいる。

「あ、あのさ手……」

「ン? …………ああ、わ、わるぃ」

 少女がおずおずとした口調が無ければ気付かなかった。

 思わず繋いでいた手を離す。



「な、ねぇあんた」

 少女が尋ねる。

「何だよ?」

 零二は横目で少女の顔を見る。そして彼女が真顔なのを確認すると、その歩みを止める。

「さっきはアリガト。その、お、おれを助けてくれて、よ」

「気にすンな、ぐーぜンだよぐーぜン」

 とは言うものの、当然偶然では無かった。

 零二は上から一部始終を見ていたのだ。

 去り際にピンクのパーカーの少女の声が聞こえた。

 そして振り向くと彼女は誰かに追われていた。

 黒服の連中は上から見ても異質だった。今、この裏路地近辺にいるのは殆どがドロップアウトかもしくは周辺の店の関係者だ。

 だが、その連中はそういった住民達とは違っている。

 まず違うのはその走り方。

 多少の癖こそあれど、その走り方には無駄が少なく、効率的。

 それに何よりも、醸し出す雰囲気。それは、裏社会に中途半端に片足を突っ込んだドロップアウト等とは明らかに別物だった。

 だから気が付いたらああなっていた。

 横を歩く、よく事情も知らない、ほんのついさっき出会ったばかりのこの少女を助けていた。

(ったくらしくねェぜ、オレは泣く子も黙る悪逆非道のテロ集団の一員なのによ)

 零二はそう思いながら「はは、は」と思わず苦笑していた。



 ◆◆◆



 カツ、カツ、カツ。

 乾いた靴音が規則正しく刻まれる。

 男が一人、そこで電話をしていた。

「ええ、どうやら邪魔が入った模様です。…………【歌姫ディーヴァ】は依然逃走中です。問題はありません…………はい、ではその様に…………はっ、その様に進めさせて頂きます、では」

 その電話をしているのは白髪に白いスーツを着こなす神経質そうなサングラスの男。見たところ恐らくは三十代後半から四十代始めといった所だろうか。その白いスーツの男が今いるのは、さっき零二が黒服達をのした場所。

 それを証明するかの様に、まだ男の視界には黒服達が気絶した状態で転がされている。

「ううっっ」

 その内の一人、最初に零二に気絶させられた目の下に傷のある男が意識を取り戻す。

「く、くっそあのガキ」

 苦しげに悪態を付く男が、自分を見下ろす様に立っている白スーツの男に気が付く。彼は目を覚ましたばかりの黒服の目を覗き込みながら尋ねた。

「ガキ……ですか?」

 その声もまた、彼の外見同様に神経質な響きを含んでおり、黒服は全身に寒気が走るのを実感する。

「あ、あの……これは…………」

 黒服は怯えながら、自分のボスである白スーツの男を前に声を震わせる。

「詳しく聞きたいですね……誰の仕業なのかを」

 そう言いながらサングラスの位置を調整すると……その一瞬、男の目が覗き、黒服は心底怯えた。そこには、まるで野生の獣の様な獰猛さを称えた双眸が二つあったから。


 数分後。


「さて、皆さん。仕事を終わらせましょうか。随分と手間取ってしまいましたが、【ディーヴァ】の身柄を押さえましょう。邪魔をしてきたその少年については……必要な手段を講じればいい」

 何の問題もありませんね、と白いスーツの男は事も無げに言う。

 彼の部下である黒服はさっきまでとは明らかに違う気配を漂わせつつ、動き出した。彼らは理解している。自分達にはもう”次”は無いのだと。自分達のボスである白スーツの男が直々に出張ってきた以上は。彼は失敗を許さないのだから。


「さ、【狩りの時間】ですよ……少年」

 白スーツの男、”藤原ふじわら慎二しんじ”はそう呟きながらゆっくりと歩き出した。



 ◆◆◆



「あー悪かった、悪かったよ」

 零二は誰もいない路地裏でその相手と話していた。

 だが、その様子は何処かおかしい。

 何故なら零二は誰もいないのに会話をしているのだから。

 その上、手にも何も持ってもいない。

 そうした上で、彼は”誰か”と会話をしていたのだ。

 それは傍目から見れば間違いなく、電波系、一人芝居、言い方は様々だろうが一応にこう思う事だろう。

 アイツは何処か変、だと。

 もっとも、そう思われるのが煩わしいからこそ、彼は路地裏で話していたのだが。

 そう、これは”会話”なのだから。


 ──で、交代出来ないから、見張りを続けろってコト? ……はぁ、面倒くさい、嫌。

「そう言うなって、コイツはその、あれだ……不可抗力ってヤツだったンだよ、マジで」

 会話の相手は零二の相棒である桜音次歌音。

 彼女は”音使い”。そのイレギュラーは音を聞き取ったり、音を伝える事。それを応用して電話等を介さずに特定の相手にだけ声を届ける事が出来るのだ。

 零二の様な”炎熱系”のイレギュラーでいうなら基本である”熱操作”と同様に、音使いとカテゴライズされるイレギュラー操作の基本の一種とされる。

 利点は、電話ではないので通信記録も残さない事。盗聴の恐れを考えなくてもいい事。

 問題もあるが、基本的に考える必要はない。


 ──で、その子をどうする訳? 保護でもするの? アンタが?

「う、うーーーん…………考えてなかった」

 ──でしょうね。アンタ基本的にアホだから。

「うおい、誰がアホだ、誰が!」

 ──今更説明とか面倒くさいから、嫌。アンタが責任持って何とかしなさいよ。

「…………ン? お前、今認めた?」

 零二は指摘したが即座に会話が打ち切られた。

 欠点は、あくまで会話が成立するのは、音使いである発信者が受信者を特定し、音を届けて、聞き取る事で成立している。

 そういう設定上、この場合は歌音が一方的に会話を打ち切る事が出来るのだ。


「ま、いっか」

 とりあえず細かいコトを考えるのは苦手であるこの少年は、相棒がWDからの、九条からの依頼である”街の見張り”を替わってくれる事を確認出来ただけで良かったのだから、首尾は上々だと言える。

「待たせたな」

 零二は繁華街にある行きつけのカフェに置いてきたパーカーの少女に声をかける。

 彼女は相変わらずフードを深く被っており、傍目から見て、正直言って怪しさ爆発だ。一応、その事を零二も指摘してはみたが彼女はそれを聞かなかった。

(ま、ムリもねェか)

 その様子は一目見れば分かる、彼女はまだ”裏側こっち”の人間ではないのだと。

 彼女は自分や歌音、WDやらWG等を始めとしたマイノリティの世界や薄汚れた裏社会には無関係だったのだから。

 突然に日常から、非日常に訳も分からないままに入り込み、危険な目に合わされるというのは一体どういう気持ちなのだろうか?

 それは、産まれた時からマイノリティであり、イレギュラーを保持していた零二にとっては…………物心ついた時には既に一人で、真っ白なあの研究施設にいた少年には決して分からない感覚だった。

 だが、二年前に”外の世界”に出る事になり、こうして九頭龍に来て、色々な事を教わっていくに従って、分かった事がある。


 それは、薄汚れた裏社会と表社会には厳然とした溝、壁が無ければならないと。

 表社会にはそこでのルールがあり、裏社会にはそこでのルールが存在するのだと。

 自分は骨の髄まで裏社会の住人だ。

 だが、今、彼の目の前に座っているパーカーの少女は”まだ”違うのだ。

(柄じゃねェけどよ、やれるだけはやってやるさ)

 零二は少女と対面する席に座ると切り出した。

「ンじゃ話してもらうぜ……何があったンだ?」


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