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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
149/613

腹ペコ少年と大男

 

「オイオイ、冗談だろう?」


 はぁ、という嘆息と共に口を付いたのはそんな言葉。

 その男が彼に気付いたのは、偶然だったのか、それとも必然であったのか。

 いや、必然と言うべきなのだろう。後々の事を知っていれば。

 その男は、周辺で一目置かれる人物だった。

 かつては世界中を巡り、様々な場所を駆け抜けた。

 そして銃弾砲弾が飛び交う戦場を潜り抜け、今はここにいる。

 その時に刻まれた無数の傷は云わばその場所場所のお土産物みたいなモノなのだろう。少なくとも男はそう思う事いた。


 彼はその少年を見た時、正直驚いた。

 だって、何故なら。


 ◆◆◆


 遡る事、およそ数十分前。


「うーー、だめだぁ……もうダメだ」

 呻きながら零二は倒れる様にベンチへ。腹の虫が収まらない。

「ンで、ここ何処だろうな?」

 ダルい気分で首を持ち上げ、キョロキョロと目だけを動かす。

 とにかく無駄な労力を使うのは嫌だった。

 今更ながらに思う、世の中を舐めていた、と。

 普段の生活に慣れ過ぎて、お金を使う、保有するという観点がごっそりと抜け落ちていた事を大いに後悔していた。


 その空腹感は、想像を絶する物だった。

 今や絶対絶命と言える状況だった。

 腹が減る、というのがか程にキツい事であるのだと、今や心底から思い知らされた。

(あー、なンでもいいや。食い物が、なンかいい手は無いか……)

 盗人以外の方法で、何か無いのか? とそう思いつつ、脳細胞をフル活用して、何も浮かばずに突っ伏すのみだったその時である。


 不意に声が聞こえた。


「おいおいおいおい、そこのガキ寝てるんじゃねぇよ」


 近くで誰かが話をしているらしい、と零二は思った。

 どうでもいい、腹が減って仕方がないし。


「おいおい、シカトしてんじゃねぇよガキ!!」


 その誰かが声を荒げている。こんな明るい時間からご苦労さん、と思う。それより腹が減った。


「ざっけんなコラァ!!」


 ベンチから落ちた。まだ寝たわけじゃない、落とされたのだ。

 顔に土が付く。苛立ちながらも、顔をあげると、そこには敵意剥き出しの学生がいた。

 髪形はいわゆるリーゼント。何だか無性に食パンが食べたい。


「ようやくお目覚めかよ、ガキ。なめくさりやがって」

「…………」

「おいおい、何か言えよ。すいませんとか何とかよぉ」

「………………はぁ」

 出たのは心底からの溜め息だった。

 今はこんなヤツの相手をしている場合じゃない。

 この空腹を何とかしなければ死んでしまいそうだ、と思った。

 とりあえず面倒くさいのでその場から立ち去る事にする。

 無駄な体力をバカを相手に使うのは勿体無い限りだからだ。

 だと言うのに。

「おおい、てめえざっけんな」

 その相手は零二へと突っかかっていく。

 自分を歯牙にもかけない年下の少年に激怒しているらしい。

 もっとも、そんな事は零二には興味もないし、知る気もない。

 そのままこの場を離れようと、歩いていく。

 すると、だ。

 ガツン、という鈍痛が襲う。

「つっ、…………」

 思わず痛みが走った頭部へと手を当てる。どうやら少し切れたらしい。血が流れている。

「は、はっは。ど、どうだぁ? なめてるからだぞ、コラァ!」

 すぐ背後から声を張る相手がどうやら殴打したからか、と思った瞬間だった。

 反射的に繰り出した拳が相手の鼻先を直撃した。

 同時にペキ、という木の枝を折った様な音と手応え。

「ぽ、ぎにゃああああ」

 そして、つんざく様な悲鳴が轟く。

「あ、やっちまった」

 そこで零二はしまった、と周囲を見回す。

 幸いにも周囲には誰もいないらしい。

「ま、もっともオレも痛かったケドな。あいこでいいだろ?」

 零二は悶絶しつつ、その場で転がる相手に声をかける。

 相手にすれば鼻骨が折れたらしく、それどころではないのだが。 幸い、とでも言えばいいのか、頭の傷は大した事もなかったらしく、リカバーですぐに塞がった。ならば、ここで長居をして無用なトラブルを招く必要もない。

「ンじゃ、さいなら」

 手をひらひらさせつつ、その場を立ち去っていく。



 それからしばらく歩くと、いよいよ腹の虫は本格的に唸り始めた。ぐぎゅうううう、と盛大に鳴り響き、とりあえず何でもいいから食わせろ、と喚き散らす。

(わーった、わーったよ。何とかするよ、するってば)

 そう、思いつつ、当てどもなく歩く。

 そしていよいよ、どうしようもなくなり……ふらつくとバタリ、と倒れ伏すのであった。



 ◆◆◆



「うーー、うーーン」

 目を覚ました零二がまず目にしたのは見た事のない天井だった。

 くるくる、とゆっくりと回る白のシーリングファン。

 身体を起こすと、どうやら寝転がっていたのはソファーだったらしい。

「う、お……おおっっ…………」

 ピく、と鼻が動く。

 鼻孔をつくのは香ばしいスパイスの利いた香り。

 空きっ腹にたまらない実に食欲をそそるいい匂いに、ふらふらと歩いていく。


「ん、おお、気付いたかボウズ」

 するとそこにいたのは強面の大男であった。

 髪はなく、浅黒い肌。その顔には無数の傷が刻まれ、如何にも凶悪そうな面構えの男だ。

 そんな強面の大男なのに、エプロンを着けてコトコトと煮込む寸胴鍋とにらめっこする姿はかなりシュールであった。

「ここは何処なンだよ?」

「ん、ああ。ここは俺の店だ」

「ふーん、そっか」

 目下、零二の関心は今や完全にあの寸胴鍋へと向いていた。

 あの芳しくも、スパイシーな香りを漂わせる煮込み料理、とくれば彼の脳裏に思い浮かぶ料理はたった一つだけだった。


「わ、ぐもくごご」

「おいおい、もうちょっと落ち着けって。別に逃げたりしないんだからさ」

 強面の大男は、呆れ気味に目の前でカレーをがっつく零二を嗜めるが、そんな事に今の零二は構うつもりもない。とにかく、ガチャガチャ、と音を出しながらスプーンを動かす手が間断なく動き続け、パクついていた。

「美味い、ンまっっ」

 目の前のカレーはまさしく絶品であった。

 程よく刺激的な辛さが、病みつきになりそうで手が止まらない。

「しかしいい食いっぷりだな、こっちまで嬉しくなっちまうぜ」

 へへ、と笑いながら自分が出したカレーを絶賛する少年を見ていた。

「おかわりッッッ」

「おうよ、まだまだあるぜ。ジャンジャン食え食え」

 大男はこの時、まだ理解していなかった。

 目の前にいる少年の食欲が常人と同様の胃袋である、と思った事をこの後後悔する事になったのだった。



「ったく、いくらおかわりしていいからって全部食うヤツがあるかよ」

 はぁ、とため息を付きつつ、大男は寸胴鍋を洗っていた。

 零二はカレーを次々と平らげた。

 その量は軽く二キロ超。

「ったく、おかげで店で出すのまで無くなったじゃないか」

「美味いンだから仕方がないじゃねェかよ。あ、言うの忘れてた。有難うございます」

「ああ、いいさ」

「でも今、金を持ってないからびた一文払わないぞ」

「胸はって言う事じゃないだろう。…………お代はいらねぇさ。こっちは店の前で行き倒れてた何処ぞの野良猫に食い物食わせただけだしな。店の前で死なれでもしたらいい迷惑だからなぁ」

「ああ、それはなるほどな」

「おい、そこで納得するなって、調子狂うな」

 はは、と苦笑する大男。

 相手の様子を零二は見ていた。

 顔付きこそ凶悪であったが、いいヤツだ。と、そう思う。

 見ず知らずのガキにこんなにもしてくれたのだから。

(……にしたって、ひっでェ顔だな。ホント悪人ヅラだ)

 だからつられて自然と彼もまた笑うのだった。

 それは零二が今日この街に来て、初めての……安堵を感じる時だった。



 ◆◆◆



「うう、っっっ。あのクソガキが……」

 鼻を押さえ呻きながら呟くのは零二にやられたあのリーゼント。

 痛くて仕方がない。あんなガキにやられたのも初めてだ。

 屈辱だった、本当に憎い。

「次に会ったら絶対にぶっ殺す」

 そう決意しながら、ようやく立ち上がった時だ。

 不意に背後に誰かがいるのに気付いて、振り返る。

「何だ、お前か。ち、何見てるんだよてめぇ」

 リーゼントが睨み付けるのは、たまに財布として使ってる青年であった。彼は何事かをボソボソと呟く。

「…………ろす」

「ああ? 何言ってんのか分からないぞ」

 そう言いながらリーゼントは財布代わりの青年で今の怒りを発散させようと試みる。胸元を掴み、引き寄せる。

 そして、奇妙な事に気付く。

「何だこのシャツは? それに妙な臭いだ」

 青年のシャツは赤かった。元からそういう色ではないらしく、染めたものらしい。

「コロス」

 青年の口がそうリーゼントにかけられ――――そして。

「ぎゃあああああああ」

 悲鳴が轟く。

 しばらくして、その場に立ち尽くすのは青年のみ。

「おで、やっぱり強いぞ……くはは」

 それだけ呟くと満足そうに笑いながら、その場を去っていくのであった。ただ残されるのは血の海と、頭部を失くした誰かの無惨な亡骸のみ。

 フリークは更なる獲物を求めて歩き出すのだ。

 そう、自分の本能に従い、……殺したいヤツを殺す為に。


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