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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
146/613

藤原曹元

 

「う、おおおおおッッッ」

 零二は目まぐるしく変化していく風景に息を飲む。

 渦を巻くように次々と移り変わる世界。

 その中には様々なモノが垣間見える。

 その中には明らかに今とは違う風景もある。

 鎧兜を纏った武者が馬上から弓を引き絞り、放つ姿。

 それを契機にし、無数の弓矢が互い違いに飛び交い、そして多くの人々が槍を構え、ぶつかり合う。

 まるで二つの巨大な塊の様ですらある。

 そうして、塊の最中では怒号と悲鳴が轟く。

 物悲しささえ誘うその断末魔の声、叫び、姿に零二は気分を害し、吐き気すら覚える。

「うう、っっっ」

 眼下に広がるその光景はあまりにも陰惨であった。

 戦さが終わった後には、無数の死が無造作に、そうあまりにも無造作に投げ捨てられている。

 既に死したる者はまだ幸いであろう。

 だが、そこには多くの死にきれずにもがき苦しむ多くの姿が見える。

 恐らくは彼らは敗れた側に属する兵なのだろう。

 最早動く事すらままならない彼らに待ち受ける末路は残酷。

 戦さで避難していたらしき周辺の住人達が、斧や鍬や鋤を手に迫る。それは、まるで肉食獣が獲物へと包囲を固めつつ迫る光景にも似ている。

 そうして、一斉に動けない兵達へと各々の手にした凶器を振り下ろし、突き立て、引き裂いていく。

 凄まじいまでの絶叫が轟くが、凶行は止まらない。

 阿鼻叫喚の光景が繰り広げられ、そうして辺りは血に染められて、やがて生者はいなくなる。

 纏っていた武具を、帯びていた刀剣を剥ぎ取られ、野ざらしになった骸は野生生物に喰われ、骨は地中に還っていく。

 それはこの殺し合いさえもが、より大きな視点、視野に立ってみれば極々当たり前の、自然のサイクルの一部である事を雄弁にしめしていた。

 だが、それをマトモに受け入れる事が出来る者が一体どれだけいるのだろうか?

 理屈では、理性では理解出来ても、それを現実の事として受け入れる事が出来る者等いるのだろうか?

 かつての彼ならいざ知らず、少なくとも今の零二にそれは不可能であった。


「う、おえっっ」


 膝を屈し、口を押さえつける。

 辛うじて吐くのだけは堪える零二に声がかけられる。

 それはあの謎の誰かの声であった。


≪なるほどのぉ、そなたはまだまだ人である様だ。

【アレ】を引き継いだと伺っておったから、どのような獣かと思っておったが。

 これは上々よな、うむうむ…………いいだろ。早よう来やれ≫


 途端、景色が光に包まれ、何も見えなくなった。

 そうして、視力が回復した零二の前にいたのは、縁側に鎮座する着物を纏った木乃伊ミイラだった。

 周囲を見回すと、同様の木乃伊が無数に鎮座していて、それらに零二は取り囲まれている。

「秀じい、何処だ?」

 後見人の姿が見えず、言い知れぬ不安を感じる。


「ここにいやるは我とお前だけぞ」


 と、声がかけられる。今度はさっきまでと違い、ハッキリとした声だった。

 思わず声の方へ視線を向けるものの、誰の姿も見受けられない。

「おい、誰か知らねェけどさ、おちょくるのも程ほどにしとけよ」

 そう言いつつも、誰かの姿を認めるべく見回す。

 だが、誰もいない。何度見回すものの、同じだった。


「此れはしたり、そうか。お前にはそう見えるかえ。

 ならばいいだろう、我はそなたの目前よ、……よくまなこを凝らすがよい」


 その声は確かにすぐそこから、ほんの一メートル程から聞こえる様に思える。

 零二は改めて、その声にいる何かへと視線を向ける。

 だが、そこにあるのはあの着物を纏った木乃伊だけ。それ以外の何者もそこには存在していない。


「お、おい冗談だろう?」


 零二は息を飲みつつ、その目の前に鎮座する木乃伊へと近付く。

 そして、気が付く。

 その木乃伊からは微かにだが、呼気が聞き取れた。

 この木乃伊は、間違いなく生きている。


「ようやく気が付いたな、獣よ」


 ギョロリ、と窪んだ双眸からはその渇ききった肉体にそぐわない、鮮やかな光が煌めき、その首はギシギシ、と軋む様な音を立てつつ、零二へと向く。


「へっ、悪趣味な爺さンだな。ちなみに言っとくケドよ、オレは武藤零二って名前がある。

 獣だかケダモノかは知らねェが名前で読んで貰えないかい?」

「こここ、それは悪かったな。確かにその通りだ、お前にも名前は存在する。であれば、そう呼ぶのが筋という物だな。

 では、零二よ。ようここまできやった。我はお前に会うのを楽しみにしていたぞ」


 木乃伊にしか見えないその老人は、まるで古木の様だった。

 今にも腐り、倒れてしまいそうにも思えるその枯れた身体は、とても彼が生者であるとは思わせない。

 だが不思議と悪意等は感じない。それは無論殺気も同様に。


「そうかよ、ンでオレに一体何の用があるンだよ?

 そもそもココは何処だよ? それに、藤原一族ってのはなンなんだ?」

「質問が多いな。だが答えられるのは一つだけよ。さて何に答えればいいのだね?」

「一つってケチだな……アンタ」

「こここ、我に対して言うに事をかいて狭量とはな。此れは愉快よな、ふむふむ」

「でも教えるのは一個ってか。……わーったよ、じゃ一つだけ聞くよ。爺さン、藤原一族ってのはなンだよ? 他のコトにも興味あるけど、コイツが全部の根っこだろ?」

「ふむ、思っていたよりも随分と賢しい事よ。良いだろう。

 藤原一族とは、この日の本の国を古来より支えてきた一族。

 時に歴史の表舞台に、時にその裏側から歴史の転換点には必ず我らの存在があったのだ」

「フカシってコトは無さそうだなぁ、アンタの言葉からは重みを感じるぜ。嘘とは思えない。つまりは、アンタのご先祖様から代々ずーっとってコトになるのか?」

「それは否だ、一族の長は常に我よ」

「おいおい、マジで言ってンのか……! じゃあアンタ何歳なワケだよ?」

「左様な事は些事よ、この異界はお前の住まう世界とは別の理にて存在する場よ。ここでは時の流れは緩やかでな。だから、我は未だ生きておる。そういうわけだ。

 だが心配は要らぬよ、まだお前の世界との時間の差はほぼない。

 だが、いつまでもとはいかぬ、であるから答えられるのは一つだけよ」

「成る程なぁ、つまりは爺さンとンでもなく長生きってコトか。

 じゃあよ、周りにある爺さンそっくりのミイラっていうか乾物っていうか干物はなンなンだよ?」

「あれなるは我の脱け殻よ、時折ああして古い身体を変える。

 そうして生きておるのだ」

「うわ、じゃあよ、コレは全部爺さンなのかよ? すっげェな。

 マイノリティってのにも色ンなヤツがいるけど、爺さンが今までで一番すげェな、マジで」

「こここ、我を人扱いするとはな。愉しい小僧よな、零二。

 今日はここまでだ。帰るがいい」

「なンだよもう終わりかよな、つまンねェな。あ、じゃあよ爺さンの名前も教えてくれよ」

「かような事は従者に聞けばよいではないか?」

「ヤダね、オレは爺さンから聞きたい。直にさ、……ダメか?」


 零二は目の前の古老に親しみを感じていた。

 何故かは分からない。だが、どうしても名前を聞いてみたかったのだ。


「こここ、良かろう。我が名は【曹元そうげん】。藤原曹元よ。覚えておくがよい、我が遠い血脈の小僧よ」


 曹元がそう名乗りをあげたのと同時に、零二の周囲が再度ウネウネと渦を巻くように様に動き出す。

 平衡感覚を喪失し、その場にて辛うじて膝を着きながらも零二は声を張り上げる。

「おい、爺さン。また会えるか?」


 もう既にあのミイラの如き老人の姿は見えない。

 だが、


≪こここ、お前にはやらねばならぬ事がある故に、また見える事も有ろう。その時を我も楽しみにしておるぞ。

 ではな、武藤零二≫


 その声は、あの奇妙な老人はそう云うと笑い声をあげ、光が全てを包み込むと、そこで零二の意識は寸断されるのだった。



 ◆◆◆



 零二が曹元と対面していた頃。

 加藤秀二と皐月の二人は主たる少年を草影に寝かしつけていた。

 二人眼前にて寝息を立てる零二は今、恐らくは藤原一族の長老たるあのご老体と対面しているに違いない。

「で、どう見るの? あのバケモノ爺さまは零二さんをどうしたいのかねぇ♪」

「さてな、だがこれで若は正式に【一族】の一員と相成った。

 これで最早雑魚や塵芥の類いの邪魔は入らぬ。だが……」

「本家の次代の権力闘争に巻き込まれるのね、どっちが良かったのやらねぇ♪ 何れにしても地獄だよ、零二さんの道はね」

「だからこその我らだ。若に近付く愚昧の衆を打ち払う、それが先代との盟約なのだからな」

 二人は察知していた。この場へと近寄る悪意の群れを。

 誰が差し向けたのかはこの際どうでもいい。

 大事な事はただ一つ、相手は自分達の主人であるこの少年の命を狙っている、それだけで充分であった。

 後見人は杖を突き出す。その先に何者かが潜んでいるのは彼には手に取るように容易い事であった。

「無論、若には強くなっていただく。だが、それまで今しばらく」

 異国の血を継ぐ女性は懐から一本の煙管を取り出すと火を付け、何事も無いのかの如く白煙を吹かせる。

 そして、

「そうねえ、もっといい男になってもらわなきゃねぇ♪」

 妖艶な笑みを浮かべると、打って変わって冷酷な視線に切り替わり、自身が定めた敵へと向かっていくのだった。


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