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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
145/613

違う理の世界

 

「ン…………なンだ?」

 その感覚は突然だった。

 明らかな違和感を感じる。

 まるでそう、真夏の街中から一歩歩いただけで、突然吹雪舞う真冬の街中へと迷い込んだかの様な、何処か違う場所に入ったかと錯覚させられる感覚。

 全身に寒気が走るのを感じ取る。

 思わず横に座る後見人へ視線を送ると、彼は黙したまま一度だけ大きく頷き、肯定する。そこへ皐月が声をかける。

「零二さんも気付きましたね。そう、たった今【入りました】。ここからは【藤原一族】の治める地。簡単に云えば敵であり、味方かも知れない御歴々のいる古き土地です」

「藤原一族?」

「ええ、詳しくは秀二さんにでも聞くといいですよ、何せ長生きしていますからねぇ、無駄に長く……ねぇ♪」

「はぁ、全く。詳しい話はまた後程にでも致します。ですが今は、目の前の事に集中しませんと。着きましたぞ」

 その言葉を受けて、ベンツは止まる。

「な、ンだココは?」

 そこは異様な雰囲気を纏う場所であった。

 一見するとそこは寺の様にも思える。

 年季の入った苔むした長い長い石段が遥か上まで延びており、何百という数ではなく、一体何千段あるのか考えたくもない。

 更に異様なのはそもそもここが何処なのか、だ。

 さっきまで車窓から眺めていた景色とは明らかに雰囲気が違う。

 まるで、いや、完全に別の場所としか思えない、重々しく圧迫感を感じる。


「さ、わたしはここで待っていますので、零二さんは秀二さんと一緒にどうぞ♪」

 二人を降ろすと皐月はベンツを動かし、去っていく。

 どうやら離れた場所に駐車場があるのか、ベンツを誘導する男達の姿が見える。

 いずれも肩に自動小銃を掛けており、どう見てもマトモな連中とは言い難い。

「さ、若。参りましょうか」

 秀じいの言葉を受けて思わず石段を見上げる。

「な、なぁ。ここを登るのかよ?」

「ええ、左様です」

「なぁ、他にもっと楽な道は無いのか?」

「御座いませんな、ここからしか藤原の屋敷には入れませぬ。

 ここはそういう【理】が支配する場所なのです」

 秀じいの口調はあくまでも冷静。嘘を言っているのではない事は明白だろう。

 零二は、はぁ、とため息を洩らす。

 少しの逡巡の後、何処までも続いているかの様な石段に足を置くと登り始める。何にせよ上に行かなければどうしようもないのだから。



 そうして長い長い苔むした石段を登り続ける事、どの位の時間が経過した事だろうか?

 延々と、永遠に続くのでは? と内心思っていたその時間は唐突に終わりを迎えた。

 いつの間にやら、石段を登り終えていた。

「あれ、なンだココ?」

 不思議な事にその景色は、石段を登る前のさっきまで自分がいた場所であった。頬をつねるが、痛みはある。間違いなく現実だ。

「さて、若。行きましょうか」

 秀じいは何も無かったかの様に石段を登り始める。

 零二は釈然としない気持ちを抱きつつ、後見人の後を続く。


 それからの道中も奇妙な事は続く。

 長い長い獣道のような一本道に分け行ったり、そこから突然砂浜へと景色が一変したり、更に夏のはずなのに、木々は紅葉を迎えていたり、と明らかに不可解なものばかり目に写る。

 それに、そもそも道中感じるのは”視線”だ。

 ずっと誰かに視られている、と感じる。

 だが何処からの視線なのかが分からない。

 じとり、と背中に汗をかいている。

 今の零二は、イレギュラーが使えない。

 もしもの際に頼れるのは己が身体能力のみだ。

 前を歩く後見人との鍛練で随分向上した実感はあるが、それでも不安は残る。

 使えないのは、リカバー等も同様。

 そういう処置を施されてたから。


「今の若に必要な事は自身を知る事です。己が何を出来て、何が出来ないのかを知る事こそまず優先せねばならぬ大事。

 心配は要りませぬ。時が至れば異能は扱えましょうぞ。

 今の若に相応しい異能が目覚める筈です」


 そう、言われてはいたが、それがいつの事なのかサッパリ分からない。


 そうして奇妙な道程を歩き続け、時間の経過も曖昧になった頃。


「さ、着きましたぞ。……ここが藤原の本拠です」

 零二はその声で前を見る。

 そこに見えたのはまるで巨大な寺院とでも云っても過言ではない壮大かつ壮厳な無数の建物であった。

 巨大な寺院の様でもあり、だが歴史の教科書に資料で写真だけだが目にした神社の様な趣きも漂わせている。その上、何処か異国情緒すら漂うそれは異様な存在感を放っている。

 ゆらゆらと、見る角度を変えるその都度に感じる雰囲気もまた変わっていく様な、それはまるで”生き物”の様であった。


「へっ、普通じゃねェってコトかよ」

「ええ、ここは一種の【異界】。結界により世間からは隔絶された土地です」


 二人の目前には巨大な門がそびえている。

 その門がギシギシ、と重々しく、軋みながら開いていく。

 ゆっくりと開いていくその門だが、周囲には誰の姿も見えないし、感じ取れない。まるで門自体に意思が存在しており、相手を見た上で入れてもよい、とそう判断したかの様ですらある。


「…………では参りましょうか」

 秀じいは何も気にする事もなく、そのまま杖を付いて先へと進んでいく。

「お、おい待てって」

 零二もそれに続いていく。

 中庭は、写真で見た日本庭園そのものに思える。

 きちんと手入れが行き届いた生け垣に、松や盆栽。

 武藤の家もかなりのモノであったが、ここは別格だと思う。

 とかく、規模が桁違いだ。

 歩きながら零二は周囲を見回すが、何処までがこの家の端になるのかが全く分からない。

 それに、だ。

 先程からいつの間にか周囲を囲まれていたらしく、無数の黒服の男達が立っている。

 油断なくそこにいる彼らが、そのいずれもそれなりに腕が立つのは明白だろう。

 黒服の一人が前に進み出る。

「符丁を出して下さい」

 そう言いながら、腰に右手を回している様子が零二には見えていた。あの動作だと間違いなく腰にナイフを仕込んでいるのだろう。下手を打てばこの場で戦闘に突入する事は必至だろう。

 それに、対しての秀じいの行動はと言うと、無言での通過。

 何も気にする事もない、と言わんばかりに真っ直ぐに進む。

 すると、黒服の男達はまるで最初から誰もいなかったかの様にその場から姿を消し去った。

「なンだよココは? ふざけてるのかよ」

 零二はバカにされた気がして、思わず舌打ちする。

「若、よいですか。ここは良くも悪くもそういう場所なのです。心を乱せば死が待っていて、そうでなければ生きていられない。その様に心得下さいませ。つまりは……」

 秀じいはあくまでも静かに、諭す様にそう言う。まるでここで今、戦闘に巻き込まれるかの様に。

 零二は一度大きく息を吐き出す。

 深呼吸しつつ、頬をパシン、と叩くと尋ねる。

「……そか、コイツは【戦い】ってワケなンだな?」

 その答えに対して、後見人はかぶりを振って肯定する。

「へっ、上等だぜ」

 だからそこから零二は好き放題に暴れる事にした。

 またしても姿を見せた黒服の男達をアッサリと撃退。

 相手は武器を持っていたが、秀じいに比べれば大した事はない。

 直後、いきなり姿を見せた大きな犬が襲いかかって来る。

 だが、零二は何の躊躇もなくいきなり猛る犬を蹴りあげる。

 次いで姿を見せたのは無数の蛇。

 様々な種類の毒蛇がいる。明らかに日本にはいない種類の猛毒を持ったそれらが目の前にいる少年を敵だと認識したのか、牙を剥き出し、威嚇しつつも、取り囲もうとする。

 零二は流石に素手では相手をしない。足元に転がっている石ころを投げ付け、踏みつけ、そして棒っ切れを拾うと周囲を振り払い、逆に威嚇する。

 とは言うものの、数で圧倒する蛇の群れに徐々にジリジリと追い詰められていく。

「ちぇ、チョイとヤバイかもな、コレ」

 気が付くと木の幹を背にし、辛うじて囲まれるのを防ぐものの、いよいよ退路はない。

 そうして、一匹の蛇が背後から飛び掛かる。

 零二も気付いたが反応が遅れた。

 その牙を剥き出しにした蛇が獲物の首筋へ肉薄。

 その時だった。

 ぱぱん、という甲高い音。

 風を切るかの様な速度で、何かが周囲を薙いだ。

 老人が自身の主人の前に立ち、手にした杖を一閃。

 取り囲んでいた蛇を打ち払った。

 バタバタ、と倒れ付していく蛇の群れを一瞥した秀じいは、

「もう良いでしょう、これ以上若を愚弄するというつもりであると言うのであれば私がお相手を務めましょうぞ!!」

 と声を張り上げ、一喝。

 それは零二も初めて目にした後見人の姿。まさしく圧倒的な凄味を全身から解き放っている。


≪やれやれ、随分とまぁ野蛮になったようじゃな【疾風迅雷】の異名を持ちし者よ≫


 声が聞こえた。耳に、鼓膜に届いたのではない。

 とてもとてもかすれた声。性別は分からない。

 だが、それはハッキリと直接と聞こえる。


≪よかろう。遊びはここまで。そこにいやる小僧も招こうかの≫


 その声をきっかけとして目の前の景色も一変。

「なンだよ、コレは?」

 いや、世界が渦を巻く様に動いて、零二も秀じいをも飲み込むのであった。



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