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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 6.5
143/613

鍛練と我慢

 

「いってええええええ」

 家中に聞こえるような叫び声が響く。

 一日の終わりは、傷だらけの身体に家政婦メイドの纏め役を務める皐月さつきから手当てを受ける事で終わりを迎える。

 皐月という古風な名前ではあったが、彼女は髪こそ黒でこそあったが肌は雪の様に白く、瞳は青でどう見ても日本人離れしたその容姿。まるで映画女優の様な華やかさを前にすると、柄にもなく、思わずドギマギしてしまう。

「いってっ、ちょ、……オイ」

「あらあら、零二さんは意外と弱虫ですねぇ♪」

 この語尾に若干毒のある口調さえ無ければ完璧だったろうに、とそう思わずにはいられない。

 具体的に聞いた訳ではなかったが、この家にいる秀じいや皐月を始めとした家人達は皆、どうもマイノリティやイレギュラーについて知っているらしい。

 その証拠に、今。

 皐月は口にこそ出さないものの、明らかに”フィールド”を張っている。もっとも、その意味合いは何なのかまで思い至らない訳だが。

「はぁ、ま。考えたらそうだよなぁ、オレみたいなのを受け入れるのフツーの家なワケねェよなぁ」

「まぁ、ブツブツと。可愛いですわねぇ、零二さん♪」

「オイ、頼むからあんまり寄るな、いや、寄らないでください」

 零二の目の前には服の上からでもハッキリと蠢く二つの魔物。

 たゆんたゆん、と蠢く左右の魔物は彼がこれ迄あの研究施設で一緒だったどの異性のそれよりも遥かに凶悪で、攻撃的に思える。

(えーと、どうすりゃいいンだよコレ?)

 急いでソファーから起き上がろうにも、全身が痛くて無理。

 だからといってこのままでは、ある意味危険だ、何となく自分の何かを奪われそうに思えてならない。

 そんな零二の様子に皐月は、クスリと笑う。

「心配なさらずに、……リラックスしてわたくしにお任せくださいまし」

 そう、耳元で囁き、息をふぅ、とかける。

「お、がわわっっっ」

 思わず零二は跳ね起きる。直後、全身にビキビキとした痛みが走るが構わない。このままでは危険だ。間違いなく、なにか大事なモノをここで失う、絶対にそうだ……そんな身の危険を感じる。

「もう、反応が初々しいですわ♪」

 そう言うと皐月もソファーを立つ。それを見て身構える零二。

 だが、

「ではまた明日。お休みなさいまし、零二さん♪」

 皐月はアッサリと立ち去っていく。

 拍子抜けしたのか零二は、ヘナヘナと膝を付く。

「なンとか今日も無事だったか、オレ――はぁ」

 そう、ひと心地付くと真っ直ぐにベッドへと倒れ込む。

 そう、零二にとってこの家には恐るべき相手が二人いた。

 一人は後見人にして執事の加藤秀二こと、秀じい。

 そしてもう一人が、今の今まで零二を戦慄とさせた皐月だ。

 恐るべき双頭の魔物を左右に備え付け、その声は妙に艶がある恐るべき相手、ちなみに年齢は不詳だ。

 イレギュラーは恐らくは”治癒ヒーリング”なのだろう。現に、身体の痛みが大分軽減されているのを実感する。

 ただ、その施術が何と云えばいいのか、患部を”触れる”必要があるらしく、毎晩毎晩さっきの様な危機に陥っているのだ。

 白く細い指先が触れる都度、なんとも言えないむず痒さを感じて困る。それに、一瞬凄まじい痛みが患部を襲うのも困りモノで、その度に叫んでしまう。情けないとは思ってはいても、我慢が利かないのだか仕方がない。なので、今ではもう諦めの境地であった。

「はぁ、疲れる。そのうち、オレ大事なモノ失くしそうだな、わりとマジに」

 安心した為か睡魔が襲って来て、あっという間に意識が薄れていき、抗えない。

 そのまま零二は、泥のように眠りに耽った。




 武藤の家での生活もかれこれ二ヶ月になろうとしていた。

 零二は相も変わらずの日々を送っていた。

 朝は五時半に起床。それで、秀じいとの朝の鍛練。

 内容は主に体力の増強。走り込み等をこなす。

 シャワーを浴びた後、七時には朝食。

 最初の頃は和食と洋食の交互に出されていたのだが、秀じいや皐月の、お箸の使い方がなっていない、という指摘により最近はずっと和食だ。お陰で箸の使い方は嫌でも身に付いた。

 もっとも、お陰で苦手な食べ物にも遭遇するのだが。あの、独特の発酵臭、やたらと粘るあの食品だけはどうしても食べられなくて、全員に笑われるので悔しい。


 その後は、勉強の時間。問題集を解き、ここ最近は時折、皐月が教師代わりに問題を出したり、知らない事を教えてくれる。

 何故かその時だけ黒縁眼鏡を付けているのが、少し変で笑えた。

 もっとも、気を逸らしたりはしない。そんな事をしたりすれば後の時間、つまり怪我の手当ての際に酷い目に合わされるから。


 昼食は軽めに取る。サンドイッチだったり、饂飩だったり蕎麦だったりと。

 中でも零二は”おろし蕎麦”が大好きで思わずおかわりをする位の大好物だ。

 おろし蕎麦とは、この一帯独特の蕎麦の食べ方であり、種類。

 特徴はおろし、つまり蕎麦の出汁に大根おろしを混ぜる事。

 出汁に大根の独特の辛みが混ざる事で思いのほか美味い。

 他にも、たまにその大根おろしを入れずにおろしの汁と出汁を合わせた、その名も”越前坂井辛み蕎麦”というご当地グルメも美味く、これだけでも、外の世界に出た甲斐もあると素直に思えた。


 昼食を楽しんだ後は、また秀じいとの鍛練。

 今度は手合わせ。とにかく一本でも取れれば勝ち、そういうルールなのだが、零二は未だ一本たりとも取れた試しがない。

 秀じいは、とにかく洒落にならない強さであった。

 かれこれ二ヶ月、毎日の様に戦って、こてんぱんにされているのだから嫌でも分かる。相手の力量が。

 とにかく、この老人は尋常ではない。

 その技量だけで言うならば、間違いなくこれ迄に出会った誰よりも優れてるのは間違いない。


 夕方。


「くっはああああ」

 ボロボロになった零二にとって、息抜きの時間。

 今なら分かる。風呂は命の洗濯、という言葉は真実だと。

 擦り傷に打ち身だらけの身体が悲鳴をあげる。

 でも、それ以上に心地いい。

「……………………」

 思わず目を閉じて、うつらうつら。

 総檜造りの浴槽にはアロマオイルが事前に混ざっていて、その香りが本当に心地よさを後押しする。

 そうして、自然と意識が途切れ途切れとなっていき、顔がお湯の中に…………。

 ざっぱーん、という音。そして必死な表情の零二。

「あーーーー、!! やっば寝るトコだった。水死するトコだったよ、今」

 あまりの心地よさに完全に寝ていた。そして、不意に思う。

(コレってまさかオレを殺す為か)

 このアロマオイルを調合しているのが、あの皐月である事を考えれば、何故かそう思ってしまう。

 で、ふと少年は気付いた。自分を眺める何者かの視線を。

「…………」

「…………オイ、こら」

 それは皐月だった。

 入口からこちらを窺っているその姿は物凄く怪しい、いや、完全にどう見ても犯人だ。

「…………どうですか湯加減は?」

「今更だな、マジで。いいよ、湯加減はさ。……ンで、なぜにここにいる?」

「いえいえ、もしも零二さんが入浴中に寝てしまっては危険かも知れないかと思いまして待ってました♪」

「待ってました♪ じゃねェ!! どう見ても待機してたろ!」

「あらあらぁ、ではお背中流しましょうかね」

「聞けよ、オイ。っつーか入ってくんなって!!」

 動揺しまくる零二の言葉を無視する様に皐月は構わずに入ってくる。

「バカ、もうバカッッ」

 思わず顔を手で覆うが隙間から見えてしまう、いや、つい見てしまうといった方が正しいか。

 白いタオルで覆われているものの、その肢体は魅惑的。

 これ迄、こういう刺激を知らなかった少年に、目の前にいるその姿はあまりに刺激的で………

「あらあらぁ、」

 そう言いながらタオルが落ちるのが目に映り、

「ぶ、ぶふうううううう」

 零二の劣情ゲージは振り切れ、気絶した。

「あらあらぁ、お子さまには刺激が強過ぎましたねぇ♪」

 下にキッチリ水着を着けていた小、いや悪魔はクスクスと笑うのだった。


 という訳で、その日はそこで終わった。

 零二は完全にのぼせ、その晩の夢の中でも女のあくまに弄ばれたらしい。


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