表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/613

概念を壊すモノ

 

 魔術師は絶句した。

 自身の意思を”溶け込ませた”肉片による散弾、いや降雨。

 それを肉片を、さらに細分化して、個々の大きさは数ミリにまで縮小。それを無数に、降り注がせる。

 これを躱すのは不可能であった、そのはずであった。

 かすりでもすれば消化液により火傷を負う。

 そして、少しでも傷を付ければ充分だ。

 後は肉片が傷に付着さえすればいい、少しくらい離れても問題ない。血の一滴だ。ただそれだけで事は足りる。

 相手が炎を扱うのは知っている。

 確かにあの火力であれば肉片等一瞬で炭すら残らない。

 だが逆にそれが彼女の”限界”でもある。

 彼女は炎を”放つ”タイプの異能者だ。

 もしも肉片の雨を完全に防ぐつもりであれば、全身に炎を纏う必要があるのだが、見た所彼女はそういった炎の手繰り方は不得手なのだろう。

 これでも魔術師だ、大勢の異能者を見てきたし、その異能の限界や癖等を見抜くのはお手の物だ。だからまず間違いない。

 だから、今。

 彼女に対する攻撃手段としてこれは最善。

 もうすぐにあの身体を、器を手にするのだ。

 だというのに。


≪バカな、我が輩の魔術が≫


 魔術師は今、まさしく絶句していた。

 何が起きたのかはハッキリとしている。

 炎だ、そう炎が全てを薙いだ。

 右手にいつの間にか炎が発現していた。それに目を引かれ、リアクションが遅れた。

 気付いた時にはもう遅い。

 炎が舞っていた。いや、それは果たして炎であったか?

 おかしな事に肉片には二種類の結末が待ち受けていた。

 一つは文字通り灰になったもの。

 もう一つは何故か固まったもの。

 急速冷凍でも起きたのか? 肉片は周囲の空気諸共凍り付いていたのだ。

 矛盾した現象が同時に起きていた。

 魔術師の思考は混乱に至る。

 氷炎、この二つは並び立たない――相反する属性のはずだから。

 とは言え、両方を手繰る事は可能だ。実際、魔術師は幾度かそうした異能者と合いまみえた事もある。

 だが、彼らはそのいずれもが半端者であった。

 理屈は分かっている、業腹ではあるが魔術も異能も人それぞれの気質によってその能力は差異が生じる。

 同じ様な異能力者でも、観察さえ怠らなければ実際には何かしらの差異がある事にも気付けるであろう。

 例えば、炎を例にするのなら、片や一〇〇〇度の熱を。もう一方は二〇〇〇度。まともにやり合えば勝つのは当然後者に決まっている。

 だが、そうとも言い切れない。その炎をどの様に手繰るのかでもまた状況はいくらでも変わり得るのだし、そもそも担い手の容量、異能による消耗具合という要素も影響するのだ。


 氷に炎という相反する事象を手繰るというのは、そういう意味で言うのであれば愚かな選択であると言える。担い手の容量を仮に一〇〇%とする。

 炎を手繰るのに五〇の容量を使うなら、氷を手繰るのも自然と残った五〇の容量で、という事になる。

 一見すると二つの事象を扱う、という行為は便利にも思えるだろう。

 自分がその双方を扱えるとして、相手が氷しか、もしくは炎しか手繰れない相手なら優位に立てると、……そう思うかも知れない。

 だが、果たしてそうであろうか?

 自分が双方に五〇の容量を振り分けていたとして、相手が片方に一〇〇、全てを注ぎ込んでいたのであればどうなるだろうか? 果たしてどちらが戦って勝利を得るであろうか?

 つまりはそういう事だ。無論それだけで勝負が決するのではない。個々の潜在能力に開きがあれば半端者であっても勝つ事もあろうが。

 つまり氷に炎の双方を手繰るというのは、どちらも中途半端になるという事に他ならない。

 とは言え、実際には半々という事はまずない。必ずどちらかに容量は偏るのだ。


≪なのに、だというにこれは一体何だというか!!!≫


 有り得ない、そう有り得ない。

 少女が手繰った事象は相反していると言うのに。

 魔術師が見た限りでそれは拮抗していた。

 いや、彼が絶句したのはそこではない、拮抗してはいたが、それはそれぞれに五〇の容量等ではない。

 この精度は、そんなモノでは無かった。

 まるではまるで、……双方共に八〇、いや或いは一〇〇だとでも云わんばかり。


≪有り得ない、有り得ぬぞっっっっ≫


 肉片による降雨など、最早無意味であった。

 氷炎、二つの事象を高レベルで扱うという有り得ざる常識外れ、魔術の理に於いてすら理解の範疇を凌駕した相手に対して。最早、魔術師に勝機など見出だすことは出来なかった。

 現に肉片は焼き尽くされ、凍り付き、美影には一切届かないのだから。


≪おのれ、おのれ、おのれぇぇぇぇぇ≫


 魔術師の苛立ちに満ちた怒号が轟いた。



 ◆◆◆



 何が起きたのかが良く分からなかった。

 アタシ、一体どうしちゃったんだろうか?

 さっきから変だ。

 何だか分からないけど、いつもよりも炎が強い。

 それに、何故だろうか。

 アタシは氷を殆ど使ったコトがない。

 理由は単純で、矛盾した事象を無理に訓練してもあまりいい結果には繋がらない、そう言われてきたからだし実際その通りだったのだから。

 だというのに。

 何なの、……これ?

 アタシの眼前に何かが降り注ごうとしていた。

 それが何かはどうでもいい。ロクでもないモノなのは見ただけで分かるコトだし。

 嫌なモノを感じるから炎を手繰り寄せて薙ぎ払う。そう、いつもなら投擲槍の様に扱う炎を、……よくしなる鞭の様なイメージで扱うのだと思えばいい。狙い通りに炎の鞭は無数のナニカを打ち払い、焼き尽くす。

 でも、それでも不充分。

 降り注ごうとするナニカは、まさしく雨霰の如く。とてもじゃないけどこんな多数のモノを撃ち落とすコトは――アタシには出来ないハズだった。

 でも何故だろう? 空に向かって自然と左手が伸びていた。

 まるで子供が星に向かって手を伸ばす様に。

 するとどうだろうか?

 ナニカはアタシの目前で、唐突に凍り付いた。

 アタシはあくまでも炎をさらに放つつもりだったのに。

 普段なら不得手だから決して氷雪は使わないハズなのに。

 じゃあ、何故眼前にある……今にもアタシへと迫って来るナニカは凍り付いているのだろうか?

 耳を澄ませば――、ピキピキ、という凍っていく音が聞こえてきそうだ。


 続々とナニカは鞭で焼き尽くされ、それ以外は凍り付いていく。


 それに、何よりもおかしいのがさっきからアタシが見ているこの光景だ。

 何でいつまでも全部”ゆっくり”に見えるの?

 一体、これは何なの?

 全てがまるでコマ送りになったみたいに少しずつ、ほんの少しずつし動いていかない。

 そんな中で、アタシだけが普通に動けるのはどうしてなの?

 これもイレギュラーだというの?

 こんなの聞いたコトもない。


 ”おいおい、そんなに戸惑うなよな”


 声が聞こえた。

 あの声だ、じゃあ、あの声は夢とかじゃないのか?


 ”夢じゃないからな、言っとくけどよ。

 俺は間違いなく存在するぜ。…………ま、もっともそれを理解出来るのは目下――三人中二人か、お前さんも入れてな。

 いいか? お前さんには今、俺の異能の一部を貸している。

 全てがゆっくりに観えちまって気分が悪くなるかも知れねェし、今にも吐く寸前かも知れねェ。

 だが、我慢しな。

 今、優先すべきは何だ?

 手前テメェの変調に対処する事か? 違ェだろう?

 そうだ、今、お前さんがやる事は【生き延びる】こった。

 いいから、俺の力を使え。ソイツは今――お前さんのモンでもあるんだからな”


 声は一方的にそう言うと突然途切れた。


 全く、何なのよアイツ。

 いきなり出てきて、言いたい放題言ってさ。

 でもま、確かに今はそうね。

 こんな場所で死ぬのは真っ平ゴメンだ。

 だったら――使ってやるわよ。アンタの異能ってのもさ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ