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苦戦と平然

 

 ああ、なんだろう。

 やけに周りが騒がしいな。

 さっきまでのお腹の痛みはもう無い。

 でも身体中がすごくダルい。

 何て言えばいいか、……そう、風邪を引いて熱っぽい時みたいな感じかな。

 もっとも、炎熱系のイレギュラーを手繰るアタシは、熱とかあってもあまり体調を崩したりしないケドね。だって本末転倒じゃない、それじゃあさ。


 でも、代わりに頬がスッゴく痛い。

 誰かに殴られた? 誰に?


 にしたって、さぁ。うっさいわね、周りが。

 何だか知らないけど、やたらと揺れるんだしさ。

 痛むじゃない、ズキズキと頬が。

 ああ、……何だかスッゴくムカついてきた。

 何寝てんのよ、アタシ――!!

 さっさと起きろってのよ。



 ◆◆◆



≪ふむん、クはハはハあはハはああア≫


 不快極まる哄笑を響かせ、腐臭を撒き散らしながら魔術師は足元の屍人形を手繰る。

 もう、遠慮などはしない。

 全ての敵をこの場にて殺す、殺し尽くすだけだ。

 だから、細かい指示などはもう出しはしない。

 もっとも単なる傀儡であり、腐ったつぎはぎの死骸に知性など皆無なのだが。


 魔術師の怒りの矛先は三人の、とりわけ”器”候補であった笠場庵へと向けられている。

(あのオトコのせいダ)

 そう、あの小僧があろうことか”指示”を無視したからこうなったのだ。

 美影に埋め込んだはずの血肉が何故消えたのかなど、魔術師摩周にとって今は些事でしかなかった。

(あの、小生意キなこ僧さエいなケれバ――!!!)

 そう、今……魔術師を駆り立てるのは憎悪。

 さっきまで使っていた自分の”器”を使用不能へとされた事に対する激しい憎悪。

 この魔術師にとっては、もう生身の肉体は単なる器、服飾品でしかない。

 肉体はいつか朽ちる。それを防ぐ為にはどうすればいいのか? その答えはならば、自分の身体というモノから脱しよう、という物であった。

 使っている器が朽ちる前に新たな器を見つけ出し、そこに移り変わる。そうする事で単純な寿命などという限界から脱する。それが彼の結論であった。その目算は図に当たった。

 実際、幾度も器を入れ替える事で彼はここまで生きてきたのだから。

 頻度は器次第の部分が大きいのだが、大体二〇年から三〇年。

 そうなる理由はどうやら別の異物、つまり中身ましゅうが入る事で元の器に無理がかかるのが原因らしい。

 だから魔術師は常に新たな器を求め、各地にて暗躍してきた。

 あの、小生意気な小僧はそうした探索の中で見出だした久々の逸材であったのだ。

(ダとイうのニ…………)

 あろうことか、あの小僧は今使っていた器を破壊したのだ。

 実際、ギリギリの所だったのだ。

 摩周は咄嗟に自身の”中身”を器から逃がす事で難を逃れる事に成功したのだ。

 だが、その結果として、緊急で彼が器とせざるを得なかったのは、本来であれば使い捨ての、腐臭と死臭漂う死骸の塊であった。

 思わず嘔吐したくなるような濃厚なその臭い。

 視界に映るのは今、この瞬間にも崩れていかんとするつぎはぎだらけの手足。

(コんナ屈辱ヲうケル云わレはなイ……オのレオのレオのレ、おお、のレェェェェェええええ)

 かほどの怒りはいつ以来であったかも思い出せない。

 今、魔術師の思考は敵を殺す事にしか向いていなかった。



「おいおいおいおい、これはマズイっすよ支部長」

 溜め息まじりに田島はボヤく。

 自動拳銃では既に死した相手に効果は見込めない。なので、さっきから彼が使っているのはそこいらに転がっていた木の棒切れ。

 木刀位の威力しか見込めなかったが、素手よりはマシという事で振るっていた。

 棒切れはのろまな相手の頭部を強かに直撃し、またその手足を容易くへし折っていく。

 だが、

 田島のボヤくのも無理はなかった。

 先程から屍人形の群れとの交戦状態に入ったのはいいが、数が多過ぎる。

 しかも、彼らは倒れても倒れても、その都度すぐに起き上がる。

 死という概念を持たない骸の群れは、何度でも襲いかかってくる。

 様子を見る限り、井藤の毒は人形達の五体を溶かしていく。

 しかし、それでも骸の群れはすぐに別の頭や、手足を出して起き上がる。

「く、やはりですか」

 井藤もまた、自分の不利を理解していた。

 自身の毒はあらゆる”生き物”を殺す毒だ。とは言え、確かに無機物も溶解せしめる事も可能ではあるし、生き物以外にも無力、という事ではなかった。

 だが、それでも今戦っている敵との相性は最悪であった。

 確かに、井藤の毒は放たれるその都度、敵を溶解し、怯ませてはいる。

 だが、それだけだ。

 毒が溶解したその瞬間に、屍人形はその溶けて、腐り落ちた肉片をアッサリと切り捨てていく。

 確かにマイノリティにはリカバーという超回復能力を発揮する共通イレギュラーがある。

 だから毒を受けても、その箇所が手足であるのなら、その瞬間にその被弾、負傷箇所を切り落としてしまえば何とか修復可能ではある。

 だが、それとて限度がある。

 リカバーもまた、イレギュラーである以上、使用者の精神的負担が必要となる。それが重傷であればある程に使用者の、その負担はより大きくなり、限界へと近付く。

 だからマイノリティとは傍目からは見れば、少なくとき一般人の視点から見ればその生命力は不死身にすら思えるが、そうではないのだ。

 彼らとて限界は存在するし、負傷次第で死に至るのだ。


 しかし、今。

 井藤達の目前にいるモノは違う。

 あれらはマイノリティではない。手繰っている魔術師、そいつが魔術とやらで動かす死骸の塊、或いは群れでしかない。

 少しずつとは言え、毒を受けた部位は切り離されてるのだから、全く効果がない訳でもないだろう。だとしても、だ。

 このまま戦い続ければ先に限界を迎えるには井藤の方だ。

 何故なら、井藤は己が体内に溜め込んだ毒を使うその都度、確実に疲弊していくが、敵は単にいらなくなった部位を切り棄てるだけだから。


「まずいですね、このままではジリ賃です」

「ドラミのヤツなら何とか出来るんじゃあ……」

「でしょうね、ですが――」

 井藤の視線の先には気絶している美影を隠す様に立ち塞がる骸の巨人。摩周であろう者の姿。

「流石に上手くはいかないかぁ……ちっ」

 舌打ちする田島は、苦戦する自分達を尻目に淡々と敵をなぎ倒す笠場庵の姿が映った。


「…………」

 その光景は異様であった。

 醜悪極まるかばねの群れを、単に殴るだけ。

 それ以上でもそれ以下でもない、単にそれだけだ。

 彼はそれ以外の行動を一切取ろうとしない。

 ゴオン、という轟音。

 吹き飛んでいく屍は空中で四散し、又は樹木に叩きつけられて染みへと変わっていく。

 だが、彼はそれ以外の行動には決して出ない。

 取り囲む屍の群れからの攻撃を無防備なまま、受け続けていく。

 緩慢な、その動作からの一撃は直撃すれば簡単に肋骨を砕き、内臓を損傷せしめる。決して楽観出来る攻撃ではないはずだ。

 しかし、彼は全く動じない。

 一体、屍人形を轟音と共に殴り飛ばす。

 そしてその間に、周囲から幾度も幾度も攻撃されている。

 にも関わらず、動じないのだ。

 屍人形の攻撃は確かに単純なモノだ。

 ただ殴り、爪で引き裂こうとし、牙で噛み付こうとする極々単純な攻撃パターンしか持ち合わせていない。

 しかし、そういった攻撃を前にし、その全てを身に受けても平然としているのは明らかにおかしい。

「くだらんな。実にくだらん」

 そう呟くと笠場庵は動き出した。

 まるで寝起きの様に不機嫌なその表情を隠す事もなく、真っ直ぐに自身の獲物へ。

「摩周、俺の獲物はあんただけだ。……さっさと来いよ」

 その巨体を下から見上げながらあからさまな挑発をする。


「こ、コろス。コろスコろスッッッッッッ」

 もう魔術師にはマトモな理性等は無いのであろう、狂った様に叫ぶとその巨体を動かし、足を一気に踏み下ろした。

 ドシン、という音。今までで最大の揺れを巻き起こし、周囲の木々を根元から崩していく。耐えきれずに井藤も田島も思わず膝を付き、尻餅を付いた。

 その足の衝撃で、クレーターの様な穴が開いていた。

 まるで爆撃でも受けたかの様な破壊の跡。

 とても無事で済むとは思えないそのクレーターの真下に。

 彼は存在していた。両腕を交差させ、あの巨大な足の踏みつけの直撃を防いでいた。

「ぐ、ギ、なニ…………」

「くだらん、この程度とはな」

 笠場庵はそこで初めて笑みを浮かべた。不敵な笑みを。



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