死霊遣いーーネクロマンサーpart9
「おいおい、何が起きてる訳よこれ?」
最初に口を開いたのは田島だった。今のこの状8況が飲み込めていないからか、その表情は困惑。
その理由は魔術師の手が悲惨な状態になったからではない。
彼が困惑したのはもう一人、つまりは美影の雰囲気が何か違ったからだ。
気のせいか、彼女の醸し出す雰囲気が違う、とそう田島は思う。
横目で井藤を見たが、彼は気付かない様だ。
(もっとも、仕方ないよな)
互いの違いは観察力の差であろう、と田島は思う。
それは井藤よりも自分が頭がいいとかそういう話ではない。
支部長である井藤は一見病弱そうに見えこそすれ、実際は戦闘を、荒事を得手としている。
それに対して、田島はあくまでも支援要員。戦闘そのものは訓練は受けてはいてもイレギュラーの性質上、不得手である。
そんな自身が戦いの渦中で生き抜く為に必須なのが、状況を正しく判断する事、つまりは観察する事だ。
相手がいるのであれば、その立ち位置、顔つき、息遣いに、口調、そういった所作全てを目にして即座に判断する。それが生きる為には必須だっただけに過ぎない。
「く、おのれ」
摩周は舌打ちしながら後退る。自身の不利は間違いない事を悟ったからだ。
(だが、何故にここまで接近を許した? 何故もっと早期に察知し得なかったのだ?)
脳裏を過ったのは疑念。自身の結界に察知されずにここまで来れた事に対する疑念だった。
そう思いながら、三人を確認して気付いた。
三人目がいる、という事実に。
そうして三人目の乱入者を視認して気付く。
「笠場庵。そうか、君がここまで。確かに君であれば我が輩の結界の性質を把握していても不思議ではない」
その声色は追い詰められていたはずにも関わらず、何故か余裕を窺わせるものであった。
「君ならばこの状況も一変出来よう、さぁ、我が輩に合力せよ!!!」
そう高らかに声をあげる。
だが、
「………………」
その当事者である笠場はその場に無言で佇むのみ。一向に動く気配もない。
ただ冷徹な眼光を自身の獲物へと向けるのみ。
「な、何をしているか。我が輩に合力せよ、と言っている!!」
「お前に従う道理は俺にはない」
その声色も冷徹そのもの、思わず田島はゾクリ、と寒気が走るのを実感した。
「何を申しているか、君にも我が輩の【一部】を、血肉を埋め込んだのだ。さぁ、我が声に従い愚者共を駆逐せし…………がっあ!!」
魔術師の顔から鮮血が迸る。その右の目に何かが突き立っている。
どうやらそれは刃物であろうか、笠場庵がいつの間にか投擲したモノらしい。
そう、まるで相手に最後まで言わせない、とばかりの早業で。
「ぎゃにいいいいい」
魔術師は叫ぶ。目を穿かれた痛みに思わず苦悶の声をあげる。
「ま、何故だ? 何故従わんのだ…………ぐぐうううう」
「お前の肉片は確かに俺を一度は傀儡にせしめたぞ。一度はな」
「な、な、なら何故だ?」
「気付かないらしいな、俺の身体が今、どうなっているのかに」
「何のこ、とだ」
「まぁ、いいここで死ね――バケモノ」
言うや否やの電光石火。
笠場庵はたった一歩で、それも軽々と間合いを詰めていた。
同時に魔術師の身体は、鮮血を噴き出しながら吹き飛ぶ。
「ぐかかかっっっっ」
グチャという気色の悪い音。
それは魔術師があっさりと吹き飛び、そのまま岩へと叩き付けられた音。
ズルズルと力なく崩れ落ち、岩にはベッタリとした血が付着している。
更にそこに笠場庵は躊躇なく拳を幾度も幾度も叩き付ける。
それは最早、暴虐といってもいい。
一方的な破壊。
そうして幾重もの拳を叩き付けた後、動きもしない獲物をブーツで無造作に踏み付ける。
血が飛び散る。
そうして、魔術師だったものは無残に潰される。その酸鼻極まる光景に田島は軽く吐き気すら浮かぶ。
唐突に美影の身体が崩れ落ちた。
「おい、ドラミ。しっかりしろよオイ」
思わず駆け寄る田島、だが、美影は踏み止まる。
「ドラミ?」
そこで異常に気付いた。
勢いからの失言だったとは言え、美影にとってのNGワードを言ったというのに、当の本人が何も言って来ないのだ。いつもであれば、激高するはずにも関わらずに、何も言って来ない上に、手も足も飛んで来ない。
「どうやら意識がありませんね」
冷静に井藤が言う。
「いや、無意識って事ですか?」
「恐らくは。見た所、深手は負ってはいないように思えますが…………」
と井藤の前に笠場庵が立つ。そして何を思ったかいきなり美影を殴りつけた。
無防備な状態で強烈な右フックを喰らった少女は吹っ飛んでいく。
「な、あんた何をしやがる!!」
「後始末だ、彼女はあの穢れた魔術師に汚された。生かしておくにはあまりにも危険だ」
「ふざけん、」
そう言い終わる前に井藤が田島を制する。
「どういう意味でしょうか? 説明していただきたい」
言葉こそ丁寧ではあったが、井藤は戦意を隠さない。それは事と次第によっては、という意思の表れ。
睨みあう両者の間に剣呑な空気が形成される。
「いいだろう、」
そして折れたのは笠場庵であった。
「あの魔術師は特定の獲物にマーキングする」
「マーキング、ですか」
「ああ、そうだ。具体的には自分の身体の一部を移植する事でな。そうする事で獲物の肉体を変異させ、そこに自分の【中身】を移し変える事でヤツは生き永らえてきた」
「…………それに彼女がなった、と」
「あれはそういうイキモノだ。通常のイキモノの概念は当てはまらない、そう考えろ。
さっきで殺したとは思うが念の為に、彼女にも死んでもらう」
その声色は何処までも冷淡であった。
コールドブラッド、つまりは冷血、というコードネーム同様に。
「おい、待てよ。ならあんたはどうなんだよ?」
田島が突っ掛かる。彼は聞き逃さなかった。
「あの魔術師とかいうオッサンはアンタにもこう言ったぞ。
合力せよ、とか。我が輩の血肉をとか何たらかんたらとな。
そいつはつまる所は美影と一緒ってこったろ、違うかい?」
「ああ、違うな」
「何がだよ? あんた矛盾してるぞ」
「矛盾などはしていない」
「何故だよ?」
「俺の身体はもう【違う】からだ。以前とはな」
三人が話をしている最中だった。
地面が揺れる、森が揺れた。
木々が根元から折れ、幹が砕け、続々と倒れていく。
まるで地震であった。
だが、これが単なる地震ではない事を三人共に理解していた。
何故なら、そこには無数の屍人形が起き上がっていたのだから。
そしてそれを見下ろす様に立つ巨大な屍肉の人形。
それは紛れもなく先程、井藤や田島、美影に脅威を覚えさせたあの屍肉人形に相違無かった。
だが、既にあの魔術師はその無残な屍を晒している。
≪ふむん、よくもヨクモやってクレタな。だが、マダダ。まだ終わラなイィィィ≫
その巨体から聞こえる声は、掠れ掠れでこそあれ、間違いなくあの邪悪な魔術師のそれである。
驚く井藤と田島に対して、笠場庵はチッ、と小さく舌打ちをするのみ。ただ、あまり驚いた様子は無かった事からこうした事態をも予め予想していたのか知れない。
≪おのレ、オのレ、おお、のおおおれェェェェェえ≫
その音声はその見た目通りに不快極まる音。
怒りで正気を失ったであろう事が容易に想起出来る。
その場で幾度も足を踏み鳴らす。
まるで駄々っ子の様な有り様ではあったが、そのもたらす結果はまるで天災の様。幾度となく、地面が揺れ、地割れが広がる。
井藤は姿勢を崩し、田島は膝を付く。ただ笠場庵だけはただ一人そんな悪条件の中でも平然と立っている。
「これがどうかしたのか? ……くだらんな」
あからさまな挑発であった。さっきまでの摩周であればこんな言葉には動じる事も無かったであろう。
だが、
≪キさマぁぁぁ、何故膝を屈せぬ。我ガ輩のマえで頭が高イぞ≫
今や、この魔術師に冷静な物言いを求めてもそれは叶わない願いであろう。
先程までとは違ってその身は今にも腐り崩れそうな巨体。
脳髄があるのだとしても、それすら腐っている事であろう。
そう考えれば今、こうして一応は会話出来る事自体がちょっとした奇跡の様な物に違いない。
しかし、それでもこの魔術師は他の屍人形を手繰る者。
腐臭を放つ、屍人形が一斉に邪魔者へと襲いかかろうと動き出す。
井藤は毒を放ち、目の前の屍人形をグズグズに溶解する。
「どうやらこの場は協力しなくてはいけないですね」
田島は一歩だけ後退しつつ、自動拳銃の引き金を引く。狙いは頭部。
「みたいですね、……こりゃ数が多いやm」
そして、笠場庵は無造作に拳を周囲の敵に叩きつけていく。
まるで冗談の様に屍人形達は一撃毎に吹き飛んでいく。
「仕方がない、足を引っ張るなよ」
そうして三人は、共闘する事になった。