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死霊遣いーーネクロマンサーpart8

 

 敢えて例えるのなら、それはさながら噴水であった。

 小さいながらも噴き出すその水流はかなりのモノで、もしも辺りに人がいたのであれば、思わず見入ってしまう様な見事な噴水であった。

 ただその噴水には、尋常とは言い難い奇妙な点がある。

 それはその水が人体から出でているという事、そしてそれは真っ赤に彩られたモノである事がそうだ。

 そんな中、

「ふむん、くくくく。いい、いいぞ」

 恍惚に満ちた声を上げるは自身の身を裂いた魔術師当人。

 何を思ったか、自身の指を胸部へと刺し入れ、そこから噴き出るそれにウットリと魅入っていた。

 ゾブリ、ゾブリと体内を、自身の肉を掴み、抜き出す音。

 それはマイノリティだとしても異常な光景であった。否、この男は魔術師であったか。

 その原理、理屈は同一であるかも知れなくとも、自身に対する認識の差異に於いて、この男を理解出来得るものは同様の存在……つまりは魔術師だけであろう。

 ブチぶち、という血管が千切れる音。

 黒き外套の下には白いシャツを纏っていたのだが、みるみるそれは自身から溢れ出でる命のほとばしりにより鮮血に染まってゆく。

 そうして摩周の手が胸部から勢いよく引き抜かれた時………………、

 その手に握られしは己が中心、心臓であった。

 ドクン、ドクンと未だ脈動をするそれを魔術師は異様な目で眺めている。

 どう見てもそこに正気の色は窺えず、この男の精神が異常である事は明々白々。


「ふむん、なかなかに鮮やかな色合いだ。やはりこれもなかなかにいい【器】であった、な。

 だが、まぁそれも今宵までかね。

 折角、もっと、もっといい器になるかも知れぬのだ。

 ならずとも、人形として愛でればよいのだし、我が輩としてはどちらでも問題はない」


 その目に宿るは異常で歪なその欲望を映し出す。


「うっっ、」


 そこに美影が意識を取り戻す。

 うろぼけた視界を取り戻し、そして目の当たりにしたのは。


「ううっっっ」


 思わず声をあげた。

 それは異常な光景であったから。

 美影は数々の非人道的な実験をその身に受け続けて来た。

 色々と痛めつけられ、苛まれた。文字通りに肉体的にも、そして精神的にも。

 だから、異常なモノを目にしても彼女は大抵の場合は耐性があるので動じる事はない。

 だが、しかし。

 今、彼女の視線の先に映ったそれはその彼女を持ってしても異常なモノであった。


 男がいた。

 自身の心の臓を抉り出し、鮮血を噴水の如く噴きい出しながら、恍惚に満ち満ちた笑みを浮かべて破顔している。

 それだけでこの男が、その精神が既に異常をきたしているのは確実だった。

 だが、それだけではない。

 この男は笑っていた。

 自分の心臓をウットリとした目で眺めている。

 その目に宿った情念が如何なるモノかまでは流石に美影にも分からない。

 ただ、一つ断言出来る。

 この男の精神はとっくに破綻を来しているのだ、と。

 そこで、男と目が合った。


「お、気付いたかね。丁度いい。眠ったまま、というのも味気無いと思っていたのだよ」


 何がそこまで愉快なのか、不気味な笑みを讃えながらゆっくりとにじり寄ってくる。

 美影は、目の前の魔術師に対する自身の認識をここで完全に改めた。

 この男は真性の怪物だ、いや、それだけじゃ足りない。

 完全に狂っている。その目、その息遣い、その歩みの全てが、ただただ嫌悪感しか想起させない。美影は込み上げる悪寒を堪えつつ尋ねる。

「……何をするつもりよ、アンタ?」

「なぁに、簡単な施術だよ。我が輩の【一部】を提供しようというだけのね」

 そう言いながら摩周は己が心臓を美影の眼前に差し出す。

「う、っっ」

 ビクン、ビクン、と。

 それは未だ脈動していた。

 どす黒い血……恐らくは静脈の血を噴き出しつつも、未だに動いていた。

 そう、その臓器は既に本来のあるべき場所から外れてる。

 にも関わらずに――――生きていたのだ。

 まるでそれ自体が一個の命の様に。


「心配する必要はないさ。これは【契約書】の様なものだよ。

 我が輩の一部をその身に受け入れればいい。極々単純な、ね」

「くそっっっ、動け――!」

「無駄な足掻きだよ、動けないさ。さぁ、行くぞ」

 魔術師の、未だ生きたソレを持った手が美影へ――、その腹部へと押し付けられる。

 ゾブゾブ―――――!

「あが、ぎぃぃぃッッッッ」

 その苦痛に声が洩れる。

 手が体内へと入り込む。

 内臓に手が入り、そこに異物が侵入する。

 身体の中で何かが暴れる様な感覚に苛まれ、悶える。

 だが、身体の自由は効かず、特に手足の自由はない。それでいて意識だけはハッキリしていたのが災いし、一気に襲い来る苦痛を誤魔化す事も出来ずに喘ぐ他無かった。

「あああああああ」


 美影の苦悶に満ちた声を満足そうに聞き入る摩周は恍惚とした表情のままで言う。

「ふむん、今回は特別だ。我が輩も心の臓を与えるのはこれが初めてだ。であるからして、どうなるか分からんのだ」

 そうこれは、この魔術師の魔術の一つ。

 それは自身の一部を他者に移植する事でその自由を奪い、最終的には肉体を奪うというモノ。

 与える部位は何でもいい。

 それは時に肋骨であり、それは血液であり、そして臓物のどれかでもあった。

 その与える箇所、より正確に言うのであれば、どの部位を与えるのかで相手に与える影響はおよそ変化、増減していく。

「アンタイカれてるわね、心臓を、いれるなん………て。くぐっ」

 美影の減らず口にもいつもの様な皮肉さがない。

 強がっていられない程の痛みに、ソレを遥かに凌ぐ気持ち悪さ。

 美影は実感していた。

 自分の腹の中に無理矢理埋め込まれた心臓が、あろう事か蠢いている、と。

 ソレはまるでソレ自体が一個の生命だとでも言わんばかりに、動き、暴れ、そして広がっていく。

「い、うううぐっっっげ」

 痛み、それ以上の不快感。自分の中に別の何かが無理矢理に居座り、さらに勝手に内部を侵食していく。

 ボコボコ、と腹部が幾度もナニカが突き破りそうな勢いで跳ねて、その都度美影の口から胃液が吐き出される。

 とんでもない痛み、だのに、身体が動かずにただ呻き、喘ぎ、吐くしか出来ない。ただビク、ビクと痙攣する。


 摩周は苦悶する少女を満足気に眺めながら言葉をかけた。

「ふむん、痛かったかね。うううむ、どうやら未体験の痛みの様だね。泣き叫んでも構わんよ。

 そうか、君はまだ花を散らされておらんのだね? それはさぞや痛かろう事だ。何せ、常人なら当然だが、異能者であっても発狂死する場合もあるのだ。我慢は良くないよ、ほら、叫び給え。……楽になれるからね」

 その声の調子は優しい。まるで慈愛に満ちた聖人の様に子供に言い聞かせるかの様に。

 だが、その言葉とは裏腹にその表情。

 その感情は怖気を抱かせる程の狂喜。文字通りに狂い、喜んでいた。

「さぁ、悶えてみせろ。我が輩にその苦しみを堪能させてくれ。

 なぁに、そろそろ肉片が癒着する頃合いだ。耐えられれば【器】として我が輩の【中身】を注いでやろう。

 耐えられなければ、人形として可愛がってやろう。だから――」

 死ね、というおぞましい呪詛の声。

 ビクン、と美影の身体が無理やりに跳ねて地面に、叩き付けられる。

「さぁ、死ね。欲しいのは身体だけだ」

 ビクン、と更に九の字に折れ曲がり、転がる。

「諦めろ、さすればすぐだ。死ねるぞ」

 ビクン、その腹部にて蠢くソレが暴れ、狂乱し、宿主の身体を大きく揺るがす。

「ああ、あ、あ、あ」

 声にならない声を出し、美影が徐々にその動きを小さくしていき――――やがて微動だにしなくなった。


「ふ、ふくくくく。終わったな、…………さてどちらかな?」

 黒い外套を翻し、魔術師は笑いながら動かなくなった少女へと歩み寄る。

 肉片が癒着しきれば彼女は正真正銘の新たな”寄生先(うつわ)”。癒着しきれなくて死んだなら、愛玩人形として愛でればいい。いずれにしても愉しみは尽きない。

 そうして、結末を見届けるべく少女の腹部に再度手を刺し込んだ瞬間であった。

「な、にぃ?」

 破願していた魔術師の表情が一変した。



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