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死霊遣い――ネクロマンサーpart6

 

 それはこの戦いが始まってからすぐに打たれていた”布石”であった。

 いや、違う。正確にはこの森の中に魔術師が”結界”を張った範囲に足を踏み込んだ段階で既に布石は打たれており、彼は自分の勝利を全く疑わなかった。

 そう、何故ならこの結界内は文字通りに彼の庭なのだから。

 この魔術師は自分の魔術の限界、制限を正しく把握している。

 もしも自分に他者に無い強みなるモノがあるのであれば彼はこう断言するに違いない。

 それは自分の事を把握している事である、と。


 美影が気付けないのも無理は無かった。

 マイノリティ同士の戦いに於いて如何に自分のイレギュラーの真価を隠しおおせるか、という事は大事な事だ。

 ポーカー等の駆け引きにもそれは似ている。

 つまりは”マインドゲーム ”。互いの腹の探り合い、これは戦いの基本でもある。


 美影はこれまでの経験から同年代のマイノリティに比べてもこういう腹の探り合いには強かった。

 それは彼女の戦闘経験が年相応とは言えない事による副産物であり、過酷な人生経験を物語っているのだが。


 だが、それでも。

 彼女は見抜けなかった、相手の一手を。

 つまりは腹の探り合いで、美影は負けたのだ。そしてその結果を、これから味わう事になるのだ。



「はあっっっ」

 かけ声と共に美影は火球を無数に放つ。

 その狙いは頭上で自分を見下ろす敵。

 美影は当初長期戦も視野に入れていた。

 だが、その考えは改めなければならないと理解した。

 あの屍肉人形とかいう不気味な怪物が何で動くのかを美影は見極めてみる事にした。

 動きながらではあったが、だが慎重に相手の出方を観察した結果として、あの人形は厄介な事にどうも自律型らしい。

 人形には大きく分けて二パターン存在する。

 一つは人形遣い自身がその挙動を手繰るという物。

 こちらは精密な操作を可能としており、その分戦闘時に於いて絶大な戦闘力を発揮したり、または精巧な”影武者”として扱ったりする等、その使い途は多岐に渡る。だが、その分、つまりは直接細かな指示や操作を必須とするので、人形遣い自身への負担もまた大きい。つまりは持久戦に持ち込めば充分に勝機がある。

 もう一つが自律型、つまりは人形自体が自己判断を行い、行動をするという物だ。

 こちらの場合は、人形遣いが大まかな指示を与える。それに対して人形が後はそれに従い行動する。

 こちらは単純な命令等しか与えられないものの、その分人形遣いへの負担は最小限で済む。

 つまりは、持久戦を挑んでもあまり意味がない。


 この場合は明らかに後者の自律型だろう。

 この屍肉人形はその巨体もあいまって動きがいちいち鈍重だ。

 もしもこの不気味な人形を魔術師自身が制御しているのであれば、もっと上手いやり方はあったはずだが、攻撃も実に大雑把。

 それでも普通の人形であれば美影には何の問題もない。

 ただし今、彼女の眼前に聳えるそれはあまりに巨大で、そしてとんでもない回復力、いや攻撃に対する防御適性と言うべきか。

 さっきから無数の炎をその身に受けているにも関わらず、まるで堪える様子はない。

 だからこそ人形遣い自体を狙う事にした。

 その人形が如何に自律型であろうが、動く為のコントローラーとなるのは使役者である魔術師なのだ。彼さえ倒せばこの巨大な屍肉人形も動かない。

 そう、丁度ラジコンで言うなら送信器である魔術師さえ倒せば、受信器である屍肉人形は決して動けない。

 当の魔術師はその美影の焦燥を見て取ったらしく、こう尋ねた。


≪ふむん、そろそろ認めたらどうかね? 打つ手など皆無であると、ね≫


 実に気持ちの悪い、纏わりつく様な声色。

 自身の負け等微塵も考えていないのが伝わる。

 それを受けて美影は、

「はぁ? アンタみたいな三下相手に負けるワケないじゃない」

 と、不敵に返す。


 屍肉人形が再び動き出す。

 まるで癇癪を起こした駄々っ子の様にその手を足を踏み鳴らし、大暴れを始めた。

 これまで以上に地面が揺れる。だが、美影には何の問題もない。

 素早く加速しつつ、後ろへと飛び退く。

 そう、摩周はこれを待っていた。

 獲物が”罠”にかかるのを――待っていた。


 彼は死霊遣い、と呼ばれる。

 それは彼が死したモノを己が傀儡とし、手繰る事からいつしか呼ばれる様になった異名。

 屍を扱う、その言葉尻だけを受け止めると、まるでこの魔術師が本当に死霊を扱えるかの様に思える事だろう。

 だが、それは違う。

 この魔術師の魔術とは屍を用いた傀儡術。

 何故、屍を素材にするのかと問いかけられたら彼はこう返す事にしている。

 屍とはあらゆる生き物の成れの果て。

 それを手繰るとはつまり、生き物の最後の姿を自在に操れるということ。

 まさしく神の御業だろう、と。


 彼が今回使役した屍肉人形(フレッシュゴーレム)はおよそ一晩かけて森の生き物を贄に造り出した傑作だ。

 単純な命令しか出せないものの、その巨体から繰り出す攻撃は愚かな敵対者など文字通りに粉砕する。

 防御面でも問題はない。この巨体の肉体は無数の屍肉で構成されている。

 その肉片の集合体ともいえるであろう怪物は受けた攻撃、ダメージを無効化出来る。

 簡単に言えば、ダメージをうけた肉は”切り離す”事が出来るのだ。切り離した肉片はそのまま崩れ落ち、異臭を放つのだが、そもそもこの巨体が上下に動くだけで多少の肉片はずり落ちていく。だからまず気付かれる事はない。

 一見無駄にデカいこの身体は単なるコケ脅しではない。この巨体こそがこの屍肉人形の最大の武器にして盾であるのだ。


 そして、仕込みは完成した。

 彼女は気付く由もない……既に自分が籠の中の鳥なのだとは。


 誰もが目前に聳え立つその巨体ともたらす破壊力に目を、注意を割かれる。

 だから足元に対する警戒を失念してしまう。

 屍肉人形とは、つまるところは屍肉を用いた造形物である。

 それはこの破壊の化身が動作をする度に少しずつ落ちていく肉片、…………臓物やら骨や手足やらが混じったそれをも含めてそうだ。

 美影は気付かない、いや、これまで魔術師を殺害せんと向かって来た相手の誰もが気付けなかった。

 地面に落ちたかつての生き物達の残滓が少しずつ、だが確実に地面へと浸透していくのには。


 後ろに飛び退き、難を逃れたはずの美影が足元に違和感を覚えた。

「――――え?」

 それは一瞬水に思えた。

 だが、伐採され月明かりに照らし出された足元に広がるのは真っ赤な池、水溜まり。

 嫌なものを感じ取り、即座に動こうとしたが間に合わない。

 その水から、地面から無数の手が伸びてきて足首を掴む。

「う、何これ?」

 その手足は、ウゾウゾと足首からまるで蛇の様に美影の身体の曲線をなぞる様に這い上がっていき、一方で渦を巻く様に拘束していく。

 完全に手足、いや、全身を縛り上げられた美影はそのまま地面へと倒れ込むしかなかった。

「くそ、外れない」

 藻掻けば藻掻く程にその拘束はきつくなっていく。

 全身にひんやりとした液体が浸透していくような感覚に思わず悪寒を覚える。

 そして全身から漂う死臭に腐臭に様々な体液の悪臭。

 一体どれ程の生き物達を犠牲にしたのか見当も付かない。

 恐らくはこの不気味な液体の効能だろうが、美影は徐々に思考が麻痺していくのを実感していた。

 そうして、意識もまた薄ぼけていく。


 ざ、ざ、ざっ。

 地面を歩く靴音。

「どうかねお姫様、囚われた気分は?」

 魔術師の声が聞こえる。だが美影は動けない。

「――サイテーよ」

 意識が今にも途絶えそうな美影は、吐き捨てる様にそう返すのが精一杯であった。

 くっく、とした笑い声が頭上から降り注ぐ。不覚を取ったのが悔しい。

「まぁ、落ち着き給え。信じられないかも知れぬがね、我が輩は君を害するつもりはないのだよ。

 何せ、君は大事な大事な身体なのだから、ね」

 美影は沈黙した、どうやら意識を失くしたらしい。

 それを見た魔術師は、かぶりをふると邪悪な笑みを浮かべた。



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