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黒き外套の男

 

(何かおかしい――)

 美影はそう思った。口にこそ出さないが、田島も井藤も同様にだろう、警戒する様な表情が全てを物語っている。

 そこは奇妙な場所だった。

 深い森の中だというに、気配がない。いや、存在していない。

 何がだというと生き物のだ。

 本来、森という場所は生き物の宝庫だ。

 日中も日没後も変わらずそれは同じ。

 単に人の目では見えないだけで、夜の帳が落ちた後も森の中では様々な生き物が命の営みを行っている。

 見えずとも、耳を澄ましてみれば聞き取れるはずだ。

 鳥の囁き、鼬や栗鼠などの走り抜ける音が。

 季節によってはそれにプラスして虫の演奏も加味される。

 そう、夜の森は決して暗闇の、生き物の気配がない場所などではないのだ。


 にも関わらず、

 この場所にはそうした生き物の気配がない。

 本来であるなら、美影の熱探知眼にはここも無数の生き物が駆ける賑やかな場所であったはずだ。

 なのに、一切の生き物がここにはいない。

 考えられるのは二つ、

 一つはここにいるはずの生き物は何らかの理由で全て死に絶えた。例えば毒物。だが、その可能性は恐らくは低いだろう。

 何故なら、今、美影のすぐ後ろにいる井藤は自身が最悪最強の毒物である。その為か、彼には他の毒物に対する嗅覚や触覚が発達している。どの様な毒物でも彼には察知可能なのだ。

 しかし、今、井藤は何も反応していない。つまり毒物の可能性は低い。他の理由であるなら、何かしらの痕跡が残りそうな物だが、それも美影にしろ、田島にせよ何か見つけているはずだが、それも特に何も見つからない。

 次の可能性は、生き物全てがここから逃げ出した、だ。

 例えば、ここにとてつもなく危険な生き物がいる、もしくは来たのが原因で。

 ここにいては死ぬ、そう本能的に感じた生き物達は逃げ出した。

 迫り来る死の予感、それを察した彼らは迅速だ。

 例えば、大地震の前には様々な前兆がある。

 鼠が大量に逃げ出す光景等がそれだ。

 それと同様に彼らは察知した、死の予感を。そして素早く逃げ失せたのだ。

 こちらの方が今回は自然だと美影には思える。


 何故なら三人は同時に感じていたから。


 この森を、正確にはこの場を包む異様な気配を、”今”は明敏に。


 この何か得体の知れないモノがまとわりつく様な不快な感覚に、三人は心当たりがある。


 これは間違いなく”フィールド”だ。

 ただし、いつからそうだったのかは分からない、かなり広範囲に展開しているらしい。

 マイノリティが他者を、より具体的に言い表すのならば、一般人を人払い、もしくは無力化する為の一種の結界だ。

 ただ、一口に結界とは言ってもその感じ方は千差万別で、その担い手によって他者へと与える感覚はかなり異なる。

 例えば美影の場合は、”ここにいたら燃える”という不安感を抱かせる。

 田島の場合は、一時的に”迷子”にさせる。この道は違う、と思い込ませて遠ざける。

 等々といった具合にだ。


 こうして様々な感覚を想起させる訳だが、共通するのは同類(マイノリティ)には効果を為さない事だ。

 それどころか、近くに同類がいる事を喧伝する事になるので発見される確率が高まってしまい、危険を招く可能性すらある。

 だが、中にはそれを一種の”撒き餌”として使うモノもいる。

 そうした意図の相手である場合は、それは危険な兆候と言える。

 つまりは、このフィールドを展開している相手はまず間違いなく侵入者を待ち受けているのだから。

 この場合もまず間違いなく”罠”だろう、と三人は感じていた。

 無論、まだ何の根拠もない話だ。相手が具体的に何かを仕掛けてきた訳ではない。

 だが、分かるのだ。

 このフィールドに対する、結界から滲む形容し難い底なしの”悪意”を。

 ジトジト、と嫌な汗を滲ませる様なまとわってくるナニカ。

 この結界の入り口が曖昧なのも、意図的であろう。

 恐らくこの中に一般人を入れる為だ。

 入ったが最後、自力では出る事が叶わない、そういう類の悪意に満ち満ちた罠。

 目的は考えたくもなかった。


 フィールドには、その使用者の精神が反映されるのだそうだ。

 であるならば、

 こんな感覚を他者に与える相手がマトモな精神構造をしているとは到底思えない。

 だからこそ三人はこの数分間、互いに神経を張っていた。

 相手の出方は分からない以上、警戒する事に越した事はないのだから。

 そして、徐々に強まるこの圧力。紛れもなく、三人は相手に近付いているのだから。



 ◆◆◆



「誰かいる」

 最初にその相手を目視したのは美影だった。

 一寸先も定まらない暗闇の中、鬱蒼と生い茂る樹木に不安定な足元も彼女の熱探知眼(サーモアイ)なら何の支障もない。そこから視える世界はまるで昼間の様にクリアだ。

 更に付け加えるのであれば、生き物の気配、その”熱量”が全く視れない中で一点だけ真っ赤な塊があったのだ、注意深く辺りを見ていた彼女が気付かないはずがない。

 その相手は大木の枝に腰かけていた。

 その大木の中腹、十数メートルはあるであろう高さの枝先は、子供であれば充分に支えられる位の強度があるだろう。

 だが、そこに腰かけているのは明らかに子供のシルエットではない。

 コート、いや寧ろ外套と言うべき代物だろうか?

 熱探知眼では相手の衣服の色合いは判別不可だ。何せ視えるのは相手の熱量なのだから。

 相手が纏う服飾の色彩までは分からない。

 井藤が尋ねた「敵ですか?」と。

「いえ、何とも言えません」

 美影は言い淀む。

「なら試せばいいじゃないか……あっちだな?」

 そう言うと田島が動き出した。

 ガザガサ、と分かりやすく足音を立てながら謎の人物へと近付いていく。

 だが、その人物は見向きもしない。業を煮やした田島が声を張りあげる。

「おいあんた!!」


「んん? ああ、何だお客人か。ふむ、……三人か。そうか、【彼】はいないのか」

 黒い外套を纏いし男は特に驚く様子もなく、眼下を眺めた。

「それで? 君達は何処の誰なのかね?」

 男の声からは三人に対する無関心さがありありと伝わる。

 その目は赤く輝き、それだけでも常人ではないのは明々白々。

 そして何よりも、その醸す雰囲気が三人に理解させていた、…………この男は危険だ、と。

 何か形容し難い薄気味悪さを含んだ空気があの男の周りから発せられている。


 ずい、と井藤が美影の前に進み出ると話を切り出す。

「私はWG九頭龍支部の支部長を務めています井藤と申します。ここには、身内からの救援で来ました。

 無礼は承知で言いますが、ここを通しては頂けないでしょうか?」

 丁寧かつ、最低限の相手に対する敬意を込めた言葉。

 だが、美影も田島も察していた。井藤の目はこう伝えていた、”気を付けろ”と。

「くく、ははははっははーはははっは」

 対する男の返信は哄笑だった。

 静かな森に高らかな笑い声が響き、轟く。

 いつまで笑うつもりかは分からない。ただひたすらに笑い続ける事、およそ十秒。


「これは失敬、我輩も久方ぶりであったのだ、まともな会話をしてくる者にこうしてまみえたのは、な。

 それでつい、礼を失した。許せよ。

 それで、こう申したかね? ここを通り抜けたい、と?」

 赤い目はぎらり、と三人を値踏みするかの様に向けられている。とても友好的な雰囲気とは言えない。

 まさに一瞬即発、といった空気がこの場に於いて構築されつつあった。

「………………」

 四人共に一切の言葉を発しない。ただ黙して出方を待っていた。

 その剣呑な空気を緩めたのは、意外にも黒き外套を纏った男からであった。

「くく、失敬。我輩も随分と狭量な事だ、通り抜けたいのであろう? ならば行くがいい。

 我輩は別段、貴君らに害意などない。好きにするがいい」

 男は鷹揚にそう言葉をかけた。

 三人は黙ったまま、通り抜けていく。まずは井藤、次いで田島、最後に美影の順番に。

 それぞれに無言で油断せずに。

 そして美影が男の頭上を通過した時だった。


「んん、待ち給え」


 男はそう美影へ声をかけた。

 足を止めた次の瞬間、その背後にフワリ、とした風、と男の気配。

「ふうむ、いい【素材】だね、実にいい」

 その声色はさっきとは違い、目の前の相手に対する好奇心に満ちている。

 美影の背筋に怖気が走った。

 相手の目から異常さを感じ取った。その好奇心は常軌を逸しているのがハッキリと見て取れる。

「何よアンタ、気味が悪いわね」

「くく、これは失礼をした。我輩とした事が、礼を失していた。

 名乗ろうではないか、我が名は【摩周(ましゅう)】。魔術師だ」

 摩周と名乗った男は両手を上げ、その黒き外套をたなびかせる。

「その身を貰い受けよう、我が【目的】の為に」


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