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死者を操(たぐ)るモノ

 

「我輩を殺すだと? 貴様がかね?」

「ああ、俺は言った事は守る」

「くくく。これはこれは随分とまた大きく出たではないか」

 男の哄笑が耳に入る。

 藤田は怒りで身を震わせる。

 普段は温厚とされる大男は今、激怒していた。

 その目からは相手に対する敵意が滲み、その全身の筋肉が隆起する。

 しかし、

 ミシミシ、という感覚。

 手足の拘束は未だ切れない。

 《ムダさ。その拘束は我輩の手製だ。そう易々と外される代物ではないのだよ》

 余程自身の拘束に自信があるらしい。

 その声の調子には外されるとは夢にも思っていないのか自信に満ち溢れている。

「くぐむむむむ」

 灰色熊が唸りながら何とか拘束を外そうともがく。

 だがたかが布切れが一向に外れない。

 《無駄だよ。無駄な努力だよ。まぁいい、そろそろ”彼ら”も腹がすく頃だ。さぁ――――》

 食べてしまえ、という男の声。

 それを合図にしたかの様に死体が動き出す。

 緩慢な動き出しだ。普通であれば何の問題もなく逃げおおせる事が出来るはずだった。

 しかし、それが出来ない。

 手足の拘束が外れない以上、抵抗どころか、逃げる事すら出来ない。

「aaaaaあああああああああ」

 目の焦点の合わない死者がゆっくりと獲物へとにじり寄っていく。その口からはだらしなく涎が垂れ下がり、漂う腐臭は発達した五感、嗅覚を強く刺激。吐き気を催す程。

「ふう、くぐう――!!」

 藤田は全筋力を動員。まずはその手首の拘束を引き千切るべく力を込める。

 今度は出し惜しみせずに全力だ。その肉体がメキメキ、と軋みをあげて全身の筋肉が一気に膨れ上がる。

 びりびり、と音を出しつつ、纏っていたジャケットとシャツが急激な肉体の変化に耐え切れずに破れていく。

「うぐあああああああ」

 その叫びと共に巨大化した肉体がびっしりとした灰色の体毛に覆われていき、そして、その場には灰色熊が出現した。ただし、その体長は優に六〇〇センチを超え、重量は八〇〇キロにも達する超重量級の巨躯を誇り、自然界に存在する如何なる同種を遥かに凌駕しているのだが。

 《ほう、【獣人ライカンスロープ】かね。……面白い》

 だが、黒い外套の男の声色からは関心や好奇心は伝わるものの、巨大熊に対する驚嘆の響きはない。

 ブチブチ、まずは手の拘束を引き千切る。そうして、迫りくる死者の群れには「ぐるああああああ」と一喝。その大音声で吹き飛ばした。そして両手の爪で足の拘束を切り裂いた。

 《ふむ、なかなかに強い。それに我輩の拘束から力ずくで逃れるとはねぇ》


 そして始まるのは巨大熊による蹂躙。

 その巨躯から繰り出される全てが凶器だった。

 その巨大な手はまるで大槌の如き破壊力。

 一度振り下ろされれば死者の肉体をまるで砂細工の様に軽々と吹き飛ばし、破壊し、押し潰していく。


≪おお、これは素晴らしい。実に素晴らしい≫

 拍手でもしそうな感じで如何にも愉快げに声をあげた。


 だがそれだけじゃない。

 巨大熊の、その指先から伸びる爪はナイフというよりは斧の様な威力を発揮する。

 死者をその背後にあった大木ごと両断し、頭蓋を粉々にしていく。

 更にはその巨体が嘘の様に素早く動いていく。

 数の利こそあれ、その動き自体は極めて緩慢な死者の群れでは哺乳類でも最上位に君臨する山の王に太刀打ちなど出来ない。

 続々と頭部を破砕され、上半身を両断され、手足を飛び散らせていく。圧倒的であった。


≪おうおうこれは凄い。何もかも規格外、野生生物だとしても桁違いだね≫

 男から聞こえるのは心底感心する様な声。

 だがそこには全く動揺の色がない。

≪でも……だから何だというのだね?≫


「な、に?」

 逆に藤田が驚愕した。


 うぞうそ、グジュル、グチャリ。


 破壊された死者の群れ、文字通りに蹂躙された肉塊。

 あろうことかそれらは蠢いていた。

 手足がもげた状態、或いは胴と下半身が両断されたものが動くのはまだ有り得る事だ。

 だが、頭部を破砕されたモノまでが動いていた。

 それも真っ直ぐに藤田へと。

 それは最早、完全にバケモノとしか形容出来ない、……異様な光景であった。

 そこへ嘲笑に満ちた声がかけられる。

≪君は何か勘違いしてやしないかね。頭部を破壊せしめれば勝てるとか一体それは何処の知識かね?

 ……我輩の【魔術】は、その傀儡はその様に安い代物ではないのだよ≫

 そう、この男は”魔術師”だ。


 それを聞いたのは桐栄青年からであった。


 ◆◆◆


「魔術師?」

 思わず藤田は訝しむ様な表情と声をあげた。

 現代社会においてその言葉は時代錯誤にしか思えないからだ。


 かつて時代の節目節目で顕現した”奇跡”と呼ばれる様々な出来事。

 そして、それを成し得た人物は歴史の中で英雄、または偉人。救世主に覇者と呼ばれた。

 彼ら歴史にその名を残した彼らの中にはマイノリティがいたのではないのか?

 それがこの十年ほどの間で研究者が出した新説であった。


 確かに可能性はある。

 日本各地に古来よりいたと云われる”防人”や、陰陽師を始めとした退魔師。彼ら異能と共に歳月を刻んだ一族は、言い方こそそれぞれに呼称してはいたが、いずれもマイノリティであり、行使する力は紛れもなくイレギュラーであった。


 かつてイレギュラーを振るい歴史の影で暗躍した者達。

 彼ら以外にもイレギュラーを扱える者はごく少数ではあったがいたのは間違いない。恐らくは、その中に偉業を成した者もおり、それが結果的に英雄と呼ばれ、今に至るまで歴史に名を残したのだろう。


 魔術師というのもそうしたマイノリティの別称で、魔術もイレギュラーであると考えればいい。


 そこまでは理解した。

 未だ魔術師等と名乗る者がいたのは驚きではあったが。


「あの男は【教団】の魔術師。神への供物をこの地で納める為に来た、……そう言っていました。

 ですが違いました。あの男は皆を突然殺した、皆殺しにした。

 供物になるのは一月に一人のはずなのに」

「待て、供物を許容するのか? ……君は」

「神への捧げ物です、教団の者であれば名誉な事です」

 その言葉には偽りはないのだろう、桐栄青年の目は真っ直ぐに藤田を見据えていた。

 藤田には理解出来ない、だが、人にはそれぞれの価値観がある。

 自分には分からなくとも、他者、桐栄青年にとっては供物になるというのは光栄な事なのかも知れない。

「あの男の目的は何なんだ?」

「ハッキリとは分かりません、あの男は笑顔で近付いて――殺したのです。それで、何故かぼくだけが生き残った」

 青年はそれを最後に黙り込む。集落に転がっていた無惨な死者の事を思い出したのかも知れない。

(何にせよ、敵の情報は知った。まだ判然とはしないが、何も知らないよりはずっとマシだな)

 藤田はそう思う事にして、一人外に出た。

 そうしてしばらくして惨劇が起こった。


 ◆◆◆


≪驚かないのだね、君は≫

「魔術師だの魔術だのは知らんさ」

≪そうか、あの青年が喋ったのだね。困ったモノだ≫

 男は別段驚く様子もなく、一人頷く。

 そうこうしている内にも事態は刻一刻と変わっていく。

 死者の群れはさっきよりもゆっくりとした足取りながら、今度は藤田を取り囲む様に蠢く。

≪だがここまでだ≫

 その声がキッカケだった。無数の蠢く骸が一斉に襲い掛かって来る。その半ば崩れ、欠けた手足をノロノロとした動作で繰り出す。

 余りにも遅い速度だ。子供でも躱せる程に。

 だが、その手足は地面をゆっくりと抉り取っていく。足は岩にヒビを入れており、相当な攻撃力を持っていたのだ。


≪くく、少しは驚いたかね? 死者グールは確かに弱い。身体能力は以前の数分の一でしかないし、マイノリティではないから肉体は朽ちていくのみだ。

 だが、あれはリミッターが外れている。加減など出来ないのだ。

 如何にマイノリティであろうと、四肢をもがれ、頭部を破壊されれば死ぬのだ。

 さて、君は何処まで楽しませてくれるのかね?≫


 愉悦に満ちた声には自身の優位を信じて疑わない、という言葉の響きがありありと伝わる。

「やれやれだ、確かに窮地かも知れないな」

 ふう、と深い呼吸を入れると、藤田は左手を突き出す。

 一体のグールの右手を避けながらの一撃は、強烈なカウンターとなってそのグールの肉体を吹き飛ばす。

「だけどな、こちらも負けてやるつもりもないぜ」

 藤田は動き出す、敵の直中へ。

 今度はさっきよりも更に素早く、かつ強烈な攻撃を放つ。

 相手、……つまりはかつての友人達へと。二度と蠢く事が出来ない様に祈りながら。

 数十体ものグールが緩慢としながらも攻撃を放った。速度は遅いものの、その全てを躱し切る事は灰色熊にも出来ない。何発かは貰う。それらは藤田の分厚い筋肉にも多少のダメージを刻む。

 だがそれは悉くカウンターとなっている。

 無傷とはいかない、だが、灰色熊たる男の攻撃は容赦なくグールへと叩き込まれていく。

「はあっっ」

 そして、一分程経過した時にはその場に立っているのは藤田ただ一人となっていた。

 最後の一体には肩から突っ込んだ。グシャリ、と岩と藤田に挟まれた格好の敵は哀れにもその場で潰れた。

 そうして終わったと思った瞬間であった。

 ザジャリ、という背中に走る鋭い痛み。条件反射的に繰り出す裏拳は空を切った。明らかにグールとは違う相手。

「君は…………!」

 それは大きな山犬だった。真っ黒な体毛に覆われており、獰猛に睨んでいた。そう、あの桐栄青年の成れの果てであった。

「もう手遅れだな。かわいそうだが――」

 敵が襲いかかって来る。その速度はグール等とは比較にすらならない。藤田よりも素早いのは明白だ。

「――ここで終わりにせねば」

 同情はする。だが手加減はしない。それが犠牲者への灰色熊なりの追悼の気持ちだった。


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