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狩られるモノ

 

 その暗闇の中で、

 事の成行きを見つめている者がいた。

 辛うじて分かる事と言えば、そのシルエットからそれが人であろう、という事のみ。

 その双眸に映るのは鮮やかな”花”の開花。

 何かが眼下で蠢き赤い雨粒を舞い散らせていく。

 そうして次々と咲き誇るその仇花をただ静かに眺めていた。

「…………」

 その人物はただ黙して事の推移を観測している。

 その人物には達すべき望みがある。

 その為には、動かねばならないであろう。それも近いうちに。

 だが、まだだ。彼の待つモノはまだ窺えない。

 だから――――。

 今はただ黙してその場にて事を観測するのみ。



 ◆◆◆



「こ、こいつは一体?」

 戻って来た藤田の目に映った光景。

 眼下には一面の血の海が広がっていた。

 無数の骸が打ち捨てられていた。それも無造作に。

 そう、例えるのならば、玩具で遊んでいた子供が新しい玩具を見つけたから今までの玩具にはもう関心が無くなり、片付けるのも億劫でその場に投げ棄てたかの様な有様。

 そんなぞんざいな扱いで骸が棄てられていた。

 血の匂いや身体はまだ温かい。彼らが命を喪失したのはついさっきの事だろう。

「つまり、時間にして……いやムダだな」

 藤田は腕時計を確認しようとしてはた、と思い出す。

 この森にはどうも特殊な磁場があるらしく、時計や電子機器に不具合が出ていたのだ。だから正確な時間経過は分からない。だからこその軍隊仕様の通信設備だったらしい。

「酷いものだな」

 嘆息しつつ、周囲の状況を注視する。

 そこにあったのは人間だったモノの成れの果てであった。

 藤田の連れて来た岐阜支部の人員だったモノ。

 だがそれだけではない、それ以外にも緑色の迷彩服を着たWDの連中のもある。

 敵も味方もない、という事なのか。

 彼らの誰一人として、五体満足な姿ではなかった。

 手足が千切れたモノ、腹を抉られ臓腑をブチまけたモノ、首から上を失くしたモノ、どれ一つとして同じ姿ではなくまるで、そう、殺し方を色々と試してみました、とそう言わんばかり。誇示するかの様に。

 そこに棄てられていた。


「く…………」

 藤田は込みあげるモノを堪えつつ、先へと歩を進めていく。

 骸はいずれもそう時間が経過はしてはいない。

 ついさっきまで間違いなく彼らは生きていたのは明白だった。

 それに、誰がこんな惨状を引き起こしたのかは分からないが、これを実行した相手は間違いなく"フリーク"だ。もう理性の欠片すら持ちえない真正の怪物モンスター


 更に歩を進めていく。

 少なくとも丸一日以上はここにいるが、相も変わらずに視界は悪いし、歩きづらい。

 考えれば考える程にこの場所は異常だと藤田は思っていた。

 そもそも、この集落自体がおかしい。

 そう、ここは単なる限界集落ではないのだ。

 思い返すのはあの桐栄青年の話。

 それは実に奇妙な話であった。


 ◆◆◆


「…………【儀式】の為の場所?」

 思わず藤田は聞き返した。何を言っているのか、よく分からなかった。いや、分かってはいる。ただ、どういう事なのかがサッパリ分からないのだ。

 それはあまりにも突拍子もない話だったのだから。

 思わず胡乱そうな表情になってしまい、桐栄青年は顔を背けた。

 その事に気付いた藤田はコホ、と咳払いを一つ入れると、真剣な面持ちで尋ねた。

「すまない。もう一度教えてくれないか、ただ出来れば筋道立てた上でゆっくりでもいいから」

 少しの間が開いた。

 そして、

「分かりました、でも知っているのは僅かな事なんです」

 と前置きをした上で話を始めた。



「ここはその古来から【儀式】の為にあった場所なんだそうです」

「儀式とは何なんだ?」

「そこは分かりません。……ただ、大昔から大勢の命をここで摘み取って来たのだそうです」

「目的は何だ?」

「それは………【神様】への【供物】だそうです。

 それもずっと昔からこの地にいた神様への供物、生け贄を捧げる為だけの場所。それがこの集落の存在理由なんだそうです」

「供物に、……神様か」

 藤田は伸びた髭を親指で擦りつつ話を纏めてみる。

 何処かで聞いた事がある話だ、そう思ったのだ。

 桐栄青年はその様子を見て、話の続きをする。


「元々、この集落はその神様を信望する信者が定期的に入れ替わって存続してきたらしくて、だからここには定住している住人はいないんです。

 ここにいたのは、神様を信じる信者と、儀式の為の供物として連れてこられた、または僕みたいに生まれながらに贄として育てられるモノしかいないんです」


 それは、

 とても現代の日本とは思えない話だった。

 だが、これまでの歴史を鑑みれば無い話でもなかった。

 例えばかつての戦乱の時代、様々な大名が乱立した時代。

 彼らが戦さに備えて建築した無数の城や砦。

 それらを建てるに際して、その土地の神様に捧げたのが"人柱"と呼ばれる存在である。

 それらの贄を捧げる事で統治者たる大名や武将達は己が身の安全や城を中心とした領内の繁栄を祈ったそうだ。

 現代社会からすれば、実に非科学的で迷信に満ちた話だと言える。

 だが、当時の人々からすれば、その犠牲は自分達の明日を守る為に、保つ為には不可欠な犠牲であったのだ。

 それに、生贄という言葉こそ廃れたし使う者はもうほぼいないが、実質的にその考え自体は未だに残っている。

 蜥蜴の尻尾切り、または身代わり、という概念だ。

 ある企業の問題が発覚した際に、責任の所在を押し付けられる役回りを負う人物がまさにそう。

 こういった役回りを演じる事になる人物は、まさに古来から現代に於いても尚、世の中で決して無くならない生贄という儀式、概念の体現者と言えるだろう。


「だが、そんな事が許されるはずがない」


 ◆◆◆


 そう、その様な儀式が許されるはずがない。

 だが今、藤田はその儀式を目の当たりにした。

 現実問題、目の前に無造作に放逐された仲間や敵だったモノ。

 一見すると異常な殺人、いや実際そうだ。

 だがそれの目的がもしも”儀式”だったのだとしたら?

 この犯人の目的が訳の分からない神様とやらへの生け贄だったのだとしたら?

 最初のWDエージェントと思われる通信の目的が生け贄をここに呼び寄せる事であったのならば。


「いかん、救援を中止させねば」


 相手の目論みを看破した藤田が動きを止めた時だった。

 ガサガサ、という音と共に何かがすぐ近くの茂みを移動する音が聞こえた。

 大きさはかなり大きい。

 慎重にその音の聞こえた方向へ一歩一歩と進む。

 普通の森であれば野生の獣かも知れないが、それはまず有り得ない。この辺りには真っ当な生き物がいない事は昨晩からの滞在で承知している。

(敵かも知れん)

 にわかに拳を握り締めて、いつでも殴りかかれる様に構える。

 その上でじりじりと足を擦りつつ、移動する。

 藤田の一撃はまさしく凶器。その表現としては殴る、と言うよりは撲殺といった方が正しい。

 左右のどちらでも同様の結果をその潜むモノに与える事だろう。

「出て来い、いるのは分かっている」

 凄みを感じさせる声色には、静かながらも殺気がこもっている。

 がさ、という音。どうやら相手も諦めたらしい。腰を低くし、身構える。

 と、

「待ってください、僕です」

 そうしてゆっくりと姿を現せたのは桐栄青年。

 その表情は凍り付き、ガタガタと震えている。

「大丈夫だったのか?」

 思わず驚く、あんな惨状の渦中で生き延びる事が出来たというのが信じられない。

「ええ、皆さんが息を潜めていろといってその通りにしていました」

 桐栄がゆっくりと近づいて来る。

 安心したのか、僅かにその表情を緩めた。

 藤田も構えを解くと歩み寄り————

 その左手をフック気味に振っていた。

 バキョ、という気味の悪い音。

 桐栄青年の身体は易々と吹き飛んでいき、地面を跳ねる。

 はぁ、とため息をつきつつ藤田は言う。

「悪いね、こちらも長年この稼業をしているんだ。

 生憎だけどもね、【鼻】が利くんだよ。だから、誤魔化せない。君の身体から漂うその【血の臭い】はね。だから、」

 藤田の目付きが変わる。穏やかそうだった眼差しには明確な戦意を滲ませて。

 対して、ゆらりと起き上がる桐栄。

「あああ、ああああああああ」

 と唸りながら襲いかかって来た。



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