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狩るモノ

 

「うおおおおおお」

 まさに孤軍奮闘だった。藤田田熊はたった一人で十数人ものWDエージェント達と渡り合っている。

 その上で、優位を保ってさえいる。

 これにはイレギュラーの関係が大きい。

 藤田田熊、通称"灰色熊グリズリーベア"は肉体操作能力者(ボディ)だ。

 その厳つく凶暴な野生動物の如き獰猛さと強靭さが彼のイレギュラーの特徴で、特筆すべきは圧倒的な肉体強度。その分厚い筋肉の壁は通常兵器の攻撃等

 は歯牙にもかけない程だ。

 対して、相手であるWDエージェント達の装備は主にサブマシンガンやハンドガン。使っている弾薬そのものは無論、通常弾ではなく対マイノリティ用の特殊弾には違いないだろう。

 だが、如何に弾丸が特殊であろうとそれを発射する銃器自体は通常のそれを基調にした仕様である。

 つまり、サブマシンガンにせよハンドガンにせよ放つ弾丸の口径は同じ。

 藤田の肉体は九ミリ弾位は"素"の状態であっても軽く弾く。

 そんな肉体強度を持つ藤田に彼らの扱う銃器は豆鉄砲でしかない。

 いくらその身に受けようとも、貫通も、喰い込みもしない。銃弾の雨をモノともせず、蹂躙していく。

「く、くそう」

 どうやら相手も自分達の保持する武器では太刀打ち出来ない事を理解出来たらしく、じりじりと徐々に後退っていく。

 その機を逃さずに藤田は仕掛ける。

 その丸太の如き両腕を掲げ、そのまま敵へと突撃する。

 まるで車に撥ねられたかの様な衝撃を彼らはその身を以て堪能。あっという間に残りの人数を三人にまで減らす。


「く、くそっっっ」

 その声から察するに既に戦意は挫けた。

 最早、藤田の前に勝ち目がない事を敵も理解したらしい。

 その手足が小刻みに震えている。

「さて、……どうする気だ?」

 藤田は敢えて問いかける。そのギョロリとした目で睨み付けながら。

 それがダメ押しになった。緑色の迷彩服を着込んだ敵は逃げ始めた。まさに脱兎の如くに。

「おいおい、仲間を置いていくなよな」

 思わず呆れつつ、それでも戦闘が終結した事にホッとした表情を浮かべる。

 インカム越しに伝わってくる戦況も上出来だと言える。

 味方に死者はいない、流石に無傷ではないものの、深手を負った者もいないとの報告に一安心とばかりにふぅとため息をついた。

(これなら救援は必要なかったか)

 だとしたら悪い事をした、そう思いながら桐栄の元に向かう事にした。



 ◆◆◆



「はぁ、はぁ。はあああああ」

 息を切らせつつ、WDエージェント三人は何とか逃げ切る事に成功した。

 正直なところ、生きた心地がしない。

 彼らの偽わらざる本心は「話が違う」という一点に尽きるであろう。

 彼らがこの場に投入されたのはWDみかたの救援信号の為ではない。

 そもそも彼らの主任務は威力偵察だった。

 ただボスの命に従い、あるモノを探す為に動いていた。

 そうした結果として、定期通信が途絶したエージェントが出たので捜索していた所、件の通信が入ったという訳だった。

 だからこそ彼らに本格的な戦闘の備えは無かった。

 あの襲撃もしたくてした訳ではなく、潜んで様子を窺っていた所に、WGあちらから近付いて来た結果だった。それは良くも悪くも岐阜支部の面々の練度の高さ故でもあり、また、彼らの準備不足の結果でもあった。


 これで任務は中断だろう。

 およそ三十人はいたはずの仲間で残ったのはこの三人だけ。

 残りはその殆どがWGに敗れたか、捕らえられたのだろう。

 不本意ではあった。

 だが彼らが銃火器で武装するのはイレギュラーによる殺傷力の低さを補う為であり、非力さの表れだ。


 戦闘に適したモノに支援に適したモノ、他にも様々な種別のイレギュラーがある。それらは千差万別。まさに玉石混交。同系列のイレギュラー保有者も大勢いる場合もあったのだが、それらにも個人差がある。

 イレギュラーの強弱としての表現として用いられるのは皿だ。

 その皿の器は大きいか小さいか?


 その皿の深さはどの位なのか?

 といった具合でだ。

 皿の器とは精神力。能力の規模であり、皿の深さとはその能力を如何に理解し、使いこなせるか? と、そういう解釈で例えられる。

 理想を言えば双方が優れているのが一番望ましい形である。

 だが、実際の所は片方優れていれば充分に優秀なのだ。

 器が大きければ能力値、威力そのものが大きくなる訳だし、深さがあればそのイレギュラーの精度、練度が高いという事である。

 前者は先天的、後者は後天的ともされるがそれも断言出来る話でもない。

 深さは訓練次第ともされてはいるが、それもまた結局の所は個人差である。


 この三人の場合だが、それぞれに発火能力に、発電能力、透視能力といった具合であるが、いずれもその能力値自体が低い為に役に立たなかった。

 かと言って精度については訓練はしたが伸びなかった。

 その結果が今の自分だ。

 その事を今更悲嘆はしない。マイノリティであるだけで一般人よりは強いのだ。

 そうした優越感だけが彼らを支えていた。


 そこに通信が入る。

 相変わらず声から性別を判断は出来ない。

 彼らのリーダーは姿も声も見せないのだから。

「はい、ではそのように」

 リーダーからの指示は即時撤退。

 彼らからすれば、よく分からない場所に偵察に出されてそこで戦闘して敗走という最悪な展開だ。異論などが出るはずもない。


 捕まった連中についてはリーダーが交渉を試みるらしい。

 何にせよ、急いでこの場から離れなくては。三人は警戒しつつ山麓に置いてあるハマーの止めてある場所へと足を向けようとした。


 その時。


「んんんーー、何処に行くのだね?」


 声がした。

 三人は咄嗟に互いを背にして周囲を見回す。素早く銃口を向けつつ、ライトで辺りを照らす。

 誰もいない。


「君達、折角ここ迄ご足労いただけたのだ。もう少しゆっくりしてゆき給え」

 鷹揚な声から何者かは三人のすぐ近くだ。

 にも関わらず、見つからない。

「おい河辺、西角、何も分からないのか?」

 苛立ち混じりの声を仲間に向けたのは鞍田くらた和夫かずお。何者かは分からないし、興味もない。だが、相手からおちょくられている、そう思えた。

「ああ、何もないぞ」

 と言葉を返したのは川辺。同じ部隊に入ってかれこれ五年。互いに息の通じ合う関係。

 だが「…………」一方の西角からは何の返事も返って来ない。普段はおしゃべり過ぎて窘められる位の男だと言うのに。

「おい、分からないのか?」

 不安に駆られ、鞍田が西角の肩に手を置いた。

 その途端であった。

 ぐらり、とおしゃべり過ぎる男の上半身がぐらつき、そのまま前の倒れ伏した。

 糸の切れた人形の様ですらある。プツン、と糸が切れたから動かなくなった、そういう感じである。

「悪い冗談は止せよ」

 と川辺は苦笑いする。そう、これは西角の悪趣味な悪戯に違いない。先程の声も大方事前に録音した音声を流したに違いないだろう。そう思って。ライトを顔面に当てて驚かせようとするかも知れない。

 だから相手をうつ伏せから仰向けにして、先にライトで仲間の顔を照らしてやる事にした。

「う、うわあああっっっ」

 川辺は悲鳴をあげつつ思わず後退る。その様子があまりにも真に迫っていたので鞍田も相手の顔をライトで照らしてみた。

「う、うううああ」

 言葉が出て来ない。一体何があったのかが分からない。

 仲間は絶命していた。脈拍を測るまでもなくに間違いなく。

 有りえない死に方だった。仲間の"中身"が損なわれている。

 より具体的に言うのなら────仲間の顔はミイラの様にすっかり干からびていた。

「ば、ばかな」「ついさっきまでピンピンしてたんだぞ?」

 二人の思考が状況の理解に追い付かない。

 と、そこに。

 誰かがいた。それも二人のすぐ側、背後・・に。

 冷や汗が止まらない。

 振り返れば死ぬ、それだけは理解出来ていた。

 動けない、二人は硬直したかの様に動く事が出来ない。

「致し方ない。他にも客人がいるのだ。君達に携わってはいられぬ。故に許すがいい」

 明確な殺意を受けてようやく二人の硬直が解ける。

 迷わずに振り返り、ありったけの銃弾を叩き込むべく引き金を引く。

 パパパパ、という斉射音と火花が暗闇の中で轟き、花火の様な光を咲かせ、……そして、しばらくして森は元の暗闇へと包まれた。



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