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藤田田熊

 

 バララララララ────────。

 ヘリは支部のある九頭龍病院のヘリポートから飛び立つ。そして、九頭龍の夜空を切り裂くかの様な音を立てつつ目的地へと向かう。


「では、確認します」

 井藤が二人の目を見て話を切り出す。

 二人とは、この救援任務の為に召集された美影と田島である。

 二人共に学園敷地内にある学生寮で生活しており、病院までは迎えを寄越して五分程。今回の様に緊急性の高い召集時にも都合がいい。

 井藤も似たような物だ。もっとも彼の場合は支部である病院に私室があるので更に簡単な話なのだが。

 同様に副支部長である家門恵美や情報通信の責任者である林田由衣も病院内に私室を持っている。


「はい、その前に質問いいですか?」

 そう言葉を返したのは、田島。

 美影は正直に言ってこの同僚の事があまり好ましくなかった。

 今もそうだが、その態度に不真面目さが滲み出ており、どうにも集中力に欠けているのではないのか? という疑念が拭えない。

 実際、今の彼は欠伸まじりだった。

 これから向かうのは戦場である可能性が極めて高い、というのに。

(何よコイツ。ふざけてるの?)

 そう思いつつも、美影は井藤の次の言葉を待つ事にした。今はブリーティングだ。無駄な会話で貴重な時間を取る訳にはいかない、と判断して。

「何でしょうか?」

 そして井藤の返答は問いかけ返す事だった。

「いやね、美影が動員されるのは分かるんですよ、それにキヨちゃんが呼ばれないのも。……でも何で俺もなんですか?

 自分で言うのも情けない話ですけど、俺に戦闘は厳しいです」

 田島の意見は正直言って正論に思えた。

 美影は乱戦でも問題なく対応可能だ。彼女は中距離が一番の得手だが、かといって近接戦が出来ない訳ではない。


 クラスメイトで、今九頭龍支部の有望なルーキーでもある星城聖敬。彼はたった二ヶ月足らずで既に自分のイレギュラーをかなりの精度で扱える。

 そのイレギュラーは肉体操作能力ボディに属するだけあって、戦闘力に文句の付けようはない。まさに即戦力と言える。

 狼に変身した際のそのスピードとそれに伴う破壊力はまさに人外。常軌を逸している。


 田島が言いたいのは、聖敬にも来てもらえばよかったのではないのか? という事なのだろう。

 確かに正論ではある、とは美影も思いはする。

 九頭龍支部の戦力の底上げの事を考慮するのであれば、聖敬に少しでも実戦経験を積ませるというのも有りだろう。

(でも──)

 と美影は思う。今回の任務に関しては聖敬は連れて来なくて正解だろう、と。

 すると、その美影の心中を見透かしたかの様に、

「怒羅さん、貴女の意見を」

 と支部長からの言葉のパスが来た。

「へぇ、なら教えてくれよ……ファニーフェイスさん」

 田島としては、面白くない。だから思わず毒づく。

 そもそも田島個人として、怒羅美影というエージェントの事を気に入っていなかった。

 彼女の評判は以前から聞いてはいた。

 とかく、優秀ではある。どの支部でも彼女はキッチリと結果を出しているのだから。

 しかし、同時に厄介の種でもあるとも。

 どの支部でも彼女は決して馴染まない。一人で何もかもを解決してしまう。

 確かに優秀だ、それは九頭龍支部に来てからの数少ない実践での結果もそう物語っている。

 だが、まだ田島個人としての不信感があった。

 これまで数多く転々としてきたのと同様に周囲との間に溝を作ってしまうのか?

 それとも、今度は、今度こそは違うのか。

 はぁ、というため息をついたのは美影だ。そして井藤を一瞥。

 井藤の思惑は明らかだ。美影と田島の間にある距離感をこの任務を契機にして縮めよう、という事だろう。それは田島とて感じていた。

(ったくとんだ狸ね)(油断ならない先生だぜ)

 二人は互いに支部長で手のひらで踊らされている、と思いつつ話し合いに興じる事にした。

 まだ、時間はあるのだから。



 ◆◆◆



 集落には火の手が上がっていた。

 もうもうと立ち上る火柱と黒煙。

 どの位の時間が経過しただろうか。

「くっっ」

 藤田は思わず舌打ちした。

 唐突に戦闘が開始されたのは、まだ夕方。夕日が落ちる寸前である。

 通信妨害によって援軍の到来を防いだ上での襲撃に、同時に起こった恐らく陽動目的の爆発。敵ながら見事な手際だと感心する。

 敵だが、全員が同じような緑を基調とした迷彩服を着込んでおり、銃撃を仕掛けて来た。

 まず最初の攻撃で二人やられた。

 勿論、彼の部下達もただやられる様なぬるい鍛え方はしていない。即座に反撃を敢行し、襲撃者を五人程倒した。

 その中には藤田自身が倒した者もいた。

 彼のイレギュラーは肉体操作能力ボディの系統に属する。

 彼のコードネームは灰色熊グリズリーベア

 その名の通りに熊へと変異するのだ。

 聖敬の狼と比べるとスピードでは劣るがパワーなら段違いに勝っている。それは普段、変異する前でも同様で彼の握力は二〇〇キロもあるのだから。


「せいっっ」

 大木の幹から飛び出す大男。

 その丸太かと見紛うばかりの太い剛腕が、ぶん、という音を立てて振われる。

 周囲を警戒していた緑色の迷彩服を着た敵の一人。完全に不意を突かれ、背後からの一撃をまともに首筋に喰らう。声すらあげる間も与えない。そのまま真正面の木へと顔面から叩きつけ、無力化する。

「ふぅ、やれやれだな」

 藤田は急いでいた。

 戦闘そのものは通信機で九頭龍支部へと連絡を入れた。

 あの支部ならば、遅くとも三十分で救援に来るはず。人数上では間違いなく不利ではあったが持ち堪える事自体は、そう困難ではない。

 何せここいらは深い森に囲まれているのだ。身を潜める場所には事欠かない。

 暗視ゴーグルやそれに準ずるイレギュラーを保持しているのは、今が真夜中である事からも明らかであろう。

 だが、それは想定内の事だ。

 問題は、だ。


「いたぞ、支部長の藤田だ」「撃て、撃て」「怯むなっっっ」


 相手の集団に捕捉を受けた。容赦のない銃弾の雨嵐が浴びせかけられる。

 藤田は森の木々を遮蔽物にしつつ、それらの攻撃を巧みに躱していく。


「くそ、……うわっっっっ!!!」


 どうやら潜ませておいた味方が上手く相手の不意を突いたらしい。

 あんなに派手に銃撃をかけていれば当然の事だ。それはこういう入り組んだ場所に於いては自分から居場所を教える様な愚行でしかない。

 そんな銃弾が飛び交う戦場を一際大きな巨体が駆けていく。

「死ねっっ」

 横合いからコンバットナイフを繰り出し襲いかかる敵が一人。

 不意を突いた、とそう思っているのか口元は吊り上っている。

 だが、それは違う。

 待っていたかの如く大男は右の拳を敵の顔面に叩き付けた。

 ぐしゃ、という感触は顔の骨が砕けた物だろう。

 敵はズルズルと崩れ落ちる。

「殺気がダダ漏れだ、バカめ」

 そう言葉を吐くと藤田は見向きもせずに先へ進んでいく。


 そうして走る事数分。

 目的地へと辿り着くや否や、テントの入口をバサリと開く。

 そして中にいた人物の姿を認めるなり開口一番「大丈夫か?」と問いかける。

「え、ええ、まぁ」

 つい今起きたのだろう、桐栄は困惑していた。

 ただ、飛び込んで来た藤田の形相にただ事ではない、という事はすぐに察したらしい。

 同時にばらららっっっ、という銃撃音。

 何か異常な事態であるとも。

「ここから出るんだ」

 藤田の言葉に桐栄は素直に従う。素早く身体を起こすとテントから出る。


「いたぞ、撃て撃て」

 と同時に銃撃がかけられる。

 そして何も知らぬ桐栄の盾になるように藤田が立ちはだかった。

 身体がびく、びく、と幾度となく揺れる。庇われていても殴打されているが如きその衝撃は桐栄の身体にも伝わる。

 数十秒、いやサブマシンガンの弾倉マガジンと発射速度を考慮すれば時間にするとほんの一秒から二秒足らずの時間がとてつもなく長く感じられる。

 そうして弾倉を取り外し、素早く装填。それはまさに手慣れて、自然な動作である。

 だが、それで充分。

 藤田がその間隙を突き、一歩で距離を殺している。

 真っ正面にいた敵の脇腹に右肘を叩き込む。

 そしてすぐさま横に飛び退き、今度は左手での裏拳を別の敵の鼻先へと打ち付ける。

 桐栄は信じられない、といった面持ちで巨漢の奮闘を目の当たりにする。

 敵の狙いは完全に藤田になっている。

 残った連中がサブマシンガンで銃撃をかける。だが、藤田の攻撃を、その歩みを止めるには値しない。

「うおおおおおお」

 雄叫びと共に藤田が敵をなぎ倒していく。



 闇夜からその奮戦を一人眺める視線があった。

「うんうん、いい。実に痛快だなぁ」

 その声は実に満足気。

「……そろそろ我が輩も参加すべき時かも知れぬ」

 黒い外套の男は誰に言うでもなくそう呟く。


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