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二人

 

 あくる晩。とあるマンションの一室にて、二人の男女がリビングにドカンと鎮座したカウチに座していた。

 一人は如何にも眠そうな顔をしたガラの悪そうな少年、つまりは武藤零二で、それを横目にもう一人のピンク色のパーカーを纏った少女は手元にある煎餅をバリボリとかじりつつ、少年の横顔をマジマジと眺めている。話の途中で横にいる少年が話を中断したのだ。話自体は実にどうでもいい物だった。一応、”仕事”とプライベートは分ける、というのが意外ではあるが、零二の流儀らしい。


「でさ、結局どーなったのよ?」

 でも、気になる。何にせよ、途中で中断なんていうのはすっきりしないから。だから、問いただす。

 対して不良少年の返事は、と言うと。

「知らね、だってオレもう寝てたし。こまけェコトなンどうでもいいしさぁ」

 ぞんざい極まりない物であった。

「…………はァ」

 というため息、そしてジトリとした視線で無言の抗議を試みる。

「……な、なンだよ? 何か言いたそうな目ェしてよ」

「べっつにぃーー」

「なンだってンだよ、ヘンなヤツだなぁ……」

「…………」

 パーカーの少女はただ押し黙って零二を見ているのみ。

 不良少年は何処か所在なさげに顔を背ける。


 それから数秒後。

 少女が口火を切った。


「思うんだけどさー、レイジって細かいコト気にしなさそうに見えるけど、実は結構ケチだよねぇ」

「ふあ? ほうほう、それは何故かね。答えによっちゃあ――」

「──だってさ、あんた気が付けば腹減った腹減った、で何か食べてばっかじゃん。だからなわけ? 財布が今も空っぽだし」

 少女が零二の長財布をプラプラと振っている。悲しいかな、入っているのは小銭と行き着けのスーパーやらドラッグストアなどのポイントカードのみ。クレジットカードなどもあるにはあるが、未成年の零二にはまだ早い、という理由により、後見人である加藤秀二が預かったまま。要するに金欠だった。

「…………仕方ねェだろ、オレは食わなきゃ持たねェンだよ。

 ン、ってか返せ、それお前の財布じゃねェだろオレのだぞ」

 ふん、と言いながら零二が財布を取り返す。分かってはいたが、軽い手応えにはぁ、と小さく落胆する。

「たくさん食べるのは分かったけど、だからってタイムセールとか特価価格、詰め放題って言葉に弱いじゃない。この前だって、あと十分、それだけ我慢すればーーとか言ってる内にお目当てだった手羽先を買いそびれていたしぃ、で違うのやたらめったら買ってたし」

「ぐ、何が悪いンだよ、オトクなの、いつもよりもオトクなの。だったら買うしかねェだろ、いつもよりもたくさン……」

 他愛ないやり取りは続いていた。

 その相手は神宮司巫女。

 三月の最後の日に出会い、今は零二の住んでるマンションの部屋の同居人だ。

 ちなみに年齢は十四歳で中学二年生。無論二人の間に血縁関係はある、……はずもなく、家族でも何でもない少女だ。

 正直に言って零二は幾度も幾度も彼女を説得した。

 曰く、


 ”オレだってオトコだぞ。オンナが一つ屋根の下、ってか同じ部屋に住んでたらマジィだろ?

 わーってンのかよ、同棲だぞ。ドーセー”


 と、いう感じで男はオオカミなンだよ、と二人きりになった状況で男という生き物が如何に危険な生き物へと豹変するのかを、彼なりに懇切丁寧に説明したつもりだった。

 だが、敵もさるもの。


 ”じゃあさ、おれ一人で野宿するけどそれでいいか?”


 と家主に問いかけた。

 本来ならば好きにしろよ、と武藤零二なら口にするであろう。

 だが、何故かこの少女に対し、ツンツンした針ネズミみたいな髪型の不良少年は強気に出る事が出来なかった。

 というか、武藤零二は異性に対してどう接したらいいのかが皆目見当が付かないのだから。

 結局、それ以上は相手に返す言葉もなく、それにつけ込んだ少女はこうしてまんまと、いつの間にか部屋に居着いているのだった。


(ま、ここ……部屋は余りまくってンだけどよ)


 ちなみにこのマンションは足羽川沿いにある。高層マンションではないのは、景観を損ねない為の最低限の配慮らしい。

 ここは元は浜町と呼ばれ、今は繁華街の一部となった地域。

 だが、同じ繁華街とは言っても、片や歓楽街。

 片や料亭等が軒を連ね、昔ながらの風情を残した町並みの場所とでは、来る人々の内訳も自ずから別になる。

 普段零二がいるバーは良くも悪くも騒がしい場所なのだが、この川沿いのマンション界隈に関しては何処ぞの社長同士の商談やら、お忍びの有名人や金持ちは来ても、人通りは随分と少なく、静かな物である。


 ま、だからこそ、堤防沿いは気が付くとリア充カップルの巣窟でもあった。ここは絶好のデートスポットでもあり、夏にあるフェニックス祭の際にはここは数万発もの花火の観覧スポットにもなったりする。

 だから、だろうか。

「ったく、来る日も来る日もよくもまぁ、イチャイチャした連中が来るもンだぜ」

 やれやれ、と大袈裟に肩を竦めテラスから堤防沿いを見回す。

 その視線の先、眼下では初々しい二人から今まさに幸せ真っ盛りの二人、少し気まずい雰囲気の二人までそれこそ無数のカップルの姿がいた。

「ち、…………リア充爆発しろや」

 零二は何となく苛立ちを覚え、毒づく。

 彼は理解していない、かくいう自身もまた、世間から見たらリア充に見えてしまう事に。もっとも本人にはその自覚は全くないのだが。

 その手には、ついさっき買ってきたばかりのビッグサイズなケバブが、がっし、と握られ、香ばしい肉と生地の匂いが鼻孔を強く刺激する。これがスペシャルな価格なので、零二は現在金欠なのだが。食欲には抗えなかった。

「いただきまっす」

 もしゃもしゃとかじりつく零二を尻目に巫女はテレビを付ける。


「あ、ニュース見てよ」

「ン? なンだよ」

 巫女の呼び掛けに応じて零二がテレビを見ると、繁華街で一件のバーが悪質な営業をお客に行っていた、という事で営業停止処分を受けた、と報じていた。

 零二は知る由も無かったが、その店は姶良適時のいた店である。

「ここって前にレイジが言ってた店でしょ、悪い店だってさ」

「ン、ああ。だな、マスターがそう言ってたから間違いないぜ」

 ライトトゥダークネスとの対決は、零二の中にしこりを残した。

 死んだと思っていたあの施設の生存者かいる。それは思いもしない事だった。嬉しさ、よりも困惑が勝っている。

「…………」

 複雑な心境だった。生きている奴がいた、嬉しいと思う反面、否が応にも向き合わねばならない自身の罪を思い返す。

 あの地獄を引き起こした自分が、こうしてのうのうと生きていてもよいのだろうか、と思わずにはいられない。


「なーに、辛気くさい顔してんだよ、らしくないなぁ」

「ば、ちげーよ。少し考えていたンだよ──その、何だ」

「何さ?」

「…………ふ、ふっ、どうしてオレはこンなにも強いのだろうか? 我ながら惚れ惚れするぜ。…………み、みたいな?」

「うわーーーー、キモい」

「な、ンだとコラーーーー」

 こうして夜は更けていく。

 ここにあるのは、いつの間にかそこにあった……少年の日常。



 ◆◆◆



 時は遡って。


「それで、ボクと一時的に共闘を申し出るなんてどういう風の吹き回しなんだい?」

 パペットは尋ねる。彼が考える限りで、目の前にいる淑女と手を組む理由など思い浮かばないからだ。

 ここにいる自分は所詮は人形パペットでしかない。

 仮に何かがあっても、自壊すればいいだけ。

 体内には指向性の炸薬――要は爆弾を仕込んでいる。

 微量とは言えども、この至近距離であれば、確実に九条であっても無事では済まない。

 相手に感付かれないように、感情の起伏を晒け出さない様心掛ける。

 もっとも殺意はない。というより、人形である自分に人並みの感情の起伏等はない。そのはずであるが、こう長い間動いていると、そして外の世界を見て回り、人形同士で記憶等のデータを並列化していくと、少しずつではあるが、感情という物が理解できて来るのだから不思議といったら不思議な所だ。


「さて、そうでしょうか?」


 九条羽鳥は沈黙を破った。

 その面持ちからは相も変わらず感情は読み取れない。

 まさに能面。発したのもたった一言、それだけだ。

 だのに。

 パペットは、その響きに囚われた。

 そうして、少年の姿を象った人形は並列化した人形じぶんと即座に今の言葉の真意を協議する。


「何が言いたい?」


 して、紡がれた言葉は見た目とは明らかに違った。

 先程までの様な少年の声変わりも果たしてない声が一変。

 低い声だった。それも壮年の男の声。


「【パペットマスター】と言うべきでしょうか? それとも【二宮博士】と言うべきでしょうか?」


 ピースメーカーたる淑女はクスリと笑った。

 その表情自体は暗闇で見ることは叶わない、だが、人形の主には分かる。目の前に座る相手が笑っていると。


「答えは分かっているでしょう、貴方自身が出てきたのですから」

「…………【ネフィリム】」

「ええ、偶然にもとある少年がアクセスしてしまったようです」

「その少年は?」

「あくまでも偶然の結果ですし、まだ自身のイレギュラーをコントロール仕切れない子供です。何もしません」

「だが、その言葉を知った者がいるのだな」

「ええ、彼も小物ですが、例の計画を調べられると厄介です」

「分かった、協力しよう。この件はもう終わった話なのだからな」


 そうして、利害の一致を見た両者は仮初めの共闘を誓う。

 姶良適時の末路はこの時、もう定まっていたのだ。



 しばらく後、パペットも立ち去った暗闇の中で、九条は呟いた。

「果たして終わった話なのでしょうかね、二宮博士。貴方の中では」

 その問いに答えられる者はいなかった。



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