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フリークとヒトの狭間で

 

「くぐっっ」

 思わず零二が呻く。

 まさかの事だった。

 拳は鳩尾を正確に打ち抜いており、息が抜ける。

 ズシンとした強烈な衝撃が全身に響き渡り、それから痛烈な痛みが駆け巡る。

 昨日は軽くいなしたが、今のは明らかにおかしい。いや、異常だと言える。

 零二は敵の攻撃に対して熱での防御を行う。

 これは、彼が物心ついた時から身に付けていたイレギュラーらしく、無意識に危険を感じると発動する。

 その熱量は一瞬とは言え、かなりの物であり、銃弾を溶解させる事すら可能である。この自動防御に対する手段は、零二の意識の外からの攻撃、もしくは熱量を無視出来るだけの強力な攻撃だ。

 なので、今の場合だと鉞の手刀は後者である。

 だが、見浦堅の場合はどうだったのか?

 熱は発していた。それは実感としてある。つまり、これも後者だと言える。

 昨日発動しなかったのは、彼が零二にとっては無害だったから。

 一般人と比較すれば充分に強いと言えたが、それでもマイノリティであるこの不良少年からすれば大した脅威ではない。

 それに、秀じぃに散々叩き込まれたのだ、一般人にイレギュラーを用いてはいけない、と。

 零二の熱操作能力ヒートコントロールは、咄嗟の加減が難しい。うっかり用いた状態で一般人に触れでもすれば瞬時に蒸発させかねない。それ程強力なイレギュラーなのだ。

 だから、零二が一般人とケンカする時はあくまで素の能力で戦う。それでも持ち合わせた身体能力は、一般人を大きく凌駕しているから充分だったし、昨日会った際もこのリーゼントの男には何の問題も無かった。

 しかし今の場合は違った。相手の踏み込みに速度──それから向かって来る拳を目にした零二は、その本能は相手に危険を察知、熱での防御を無意識に発動させたのだ。それを相手の拳は潜り抜け、こうして今、鳩尾を打ち抜いていた。

「つっっ」

 零二は頭を一気に振り上げる。そのまま相手の顎をかち上げ、よろめかせる。その隙に後ろに大きく飛び退き……距離を取った。

 鳩尾には、ズキズキとした痛みがまだ残っている。


「へっ、アンタ【同類おなかま】だったのかよ? ……驚いたぜ」

 実際、驚いていた。昨日の段階では全く気付かなかったのだ。

「…………」

「おいおい、随分無口じゃねェかよ。昨日はもっと愛想良かったぜアンタ」

「むとう……れ、いじ」

 見浦からの返答がおかしい。声に何というべきか、感情が乏しい。まるで誰かに言わされているかのように言葉が辿々しい。

「どういうこった? アンタ……誰かに【使われてンのか】」

 その問いかけに対しての相手からの返答は……上段回し蹴りだった。左足はしっかりと地面に踏み込んでの右上段。見ただけで理解出来る、彼が空手に真剣に打ち込んできたであろう事が。

 零二は右肘を繰り出して受ける。ミシッ、という衝撃が走るもののそのまま受け……流すはずだった。

 だが、その蹴りは受け止めた途端にその威力を強める。

 メキメキという音を立てる左肘。

「ぐるああああ」

 見浦の一吠え。それを契機に蹴りは更なる重みを増し―そのまま押し切って側頭部を直撃。

「ちいっっっ」

 舌打ちしながら転がる零二。直撃する前に自分から横に飛び退いて威力を弱めたのだ。左肘はブラブラと力無く揺れている……折れたというよりは砕けた様な感じだった。


「おいおいおいおい、アンタ面白いコトしてくれンじゃねェかよ」

 そう不敵に笑いながら、相手のイレギュラーを考察する。

 さっきの蹴りは間違いなく一度は受け止めた。だが、そこから威力を増した、そんな感じだった。

(もしかして……)

 ある答えが脳裏に浮かぶ。

 同時に見浦が仕掛けてくる。右の下段蹴りを放つ。

 今度は最初から飛び退く。更に左の下段蹴りが追撃する様に放たれる。これも同様に躱すが、見浦は止まる事無く次々と下段蹴りを間断なく左右放ち続け、零二に息つく暇を与えない。

 メキメキッッ。

 遂に右の下段蹴りが脛を直撃。だが、同時に零二の右足も相手の左脛を蹴りつけていた。

 零二は横に転がり、見浦は後ろに倒れる。

 互いに起き上がろうとしたが、零二は左、見浦は右のそれぞれ脛の骨を骨折していた。


「む、とう……れいじぃぃ」

 見浦は腹の底から唸り、そして睨み付ける。まるで憎い仇でも見る様な憎悪に満ちた目で。

「おいおいおいおい、オレそこまで恨まれてンのか? ったく」

 そう苦笑しながら、零二は痛む肘と脛に意識を集中。

 シュウウウウ、という熱が全身から負傷箇所に集中していく。

 すると砕け、折れた骨折が嘘の様に修復し、立ち上がる。


 マイノリティには共通で行使できるイレギュラーが現在二つ確認されている。

 一つは”フィールド”。一種の結界であり、これを展開する事でマイノリティ以外の対象の行動を制限出来る。

 もう一つは”リカバー”。自己回復能力の事で、一般人とは比較にならない程の超回復能力だ。これにより、マイノリティは手足が千切れようとも、腕を欠損しようとも、まるで蜥蜴の尻尾切りのように再生するのだ。

 勿論、限界もある。例えば精神的に極度の疲労状態では他のイレギュラー同様に、リカバーは発動しない。それからリカバーでも間に合わない程の攻撃を食らえば助からない。とは言え、一般人に比較すれば充分に驚異的ではある訳だが。

 武藤零二の場合、リカバーと自分自身の熱代謝を高める事で細胞の修復を促進という二種類の回復手段があり、今の場合はその両方を併用する事で瞬時に回復したのだ。

「むとう……れい、じぃぃ」

 見浦堅もまたリカバーで骨折を修復したらしく、すっくと立ち上がる。そして構えを取る。

「さて……どうすっかな」

 そう言いつつも零二は笑いながらその場でトントン、と小さくステップを取り始める。これは彼なりの”本気”を出す際の儀式。こうする事で意識を集中させるのだ。



「クキャキャ、パペット。あのリーゼント結構やるな。あいつのイレギュラーは何なんだ?」

 二人の激突を遠目から見ていた木島秀助は、通話相手のパペットに問いかける。

 ──ん? ああ、彼のイレギュラーか。あれは簡単にいえば【重量変化】かな。

「なんだと?」

 パペットから返って来た答えに木島は困惑する。

 ──まあ、自分の重さを瞬時に増大出来るってところさ。相手からすれば、直撃から瞬時に重さが……攻撃力が跳ね上がる訳だから厄介極まりないね。癖は強いけど一種の【重力操作能力グラビティコントロール】じゃないかな。

「へぇー、面白そうじゃないか……俺も混ざって殺してみてぇ」

 ──いいかい、今回の君の仕事は見届ける事だよ。

「ヘイヘイ、わかりましたよ……」

 そう言いながら通話ボタンを切った木島には、不気味な笑みが貼り付いていた。

「っても殺っちまうかもだけどな…………クキャキャ」



「さ、来なよ」

 トントン、というステップは徐々にトーン、トーン、とリズムを変えていく。それに呼応する様に深紅の零の呼び名を持つ少年の全身がモヤモヤとボヤけていく。その原因となっているのは蒸気。彼の身体が溜め込んだ熱量を”解放”した為に起きたのだ。

「むとうれいじぃぃっっっっっ」

 見浦堅は獣の様に歯を剥き出し、吠える。そして飛び掛かる。

 彼の脳裏に浮かぶのはある記憶。



 その中で彼の家族は、無惨に殺されていた。

 凍り付く彼の目前で、今、ドサリと床に転がされたのは弟。

 そして、それを実行した悪魔の様な男。

 ツンツンとした短髪の少年で、その全身を返り血でどす黒く染め上げている。

 表情には愉悦に満ちた笑みが浮かんでいて、目には狂気が宿っている。ソイツが振り向く。最後に残った獲物をじとりとした目で眺めると……血塗れの拳を振り上げた。


 それは、”改竄された”記憶。

 実際にはこのリーゼントの少年の家族は存命だし、零二とは勿論そんな因縁は無い。全てはでっち上げられた嘘。

 だが、パペットが行った”処置”により、その記憶こそが本物であり、目の前にいるのは家族を皆殺しにし、自分が呪われた力に目覚めるキッカケを作った憎い仇である……と、そういう風に記憶を上書きされたのだ。

 ちなみにそれ以降の記憶で、彼は瀕死の所をパペットに救われ、力の使い方を教わり、仇の名前を教えられ……今、この場にいる。仇を打つには呪われた力 、つまりイレギュラーを使うしかない、相手もまた呪われた力を持っているのだから。と、そう植え付けられている。

 だからこそ、今この少年に渦巻くのは相手に対する憎悪。


「うぐああああああ―――――!!!」

 渾身の力を込めた拳を相手の胸部めがけ放つ。右足の踏み込みは万全。瞬間、足の重量を上げた事で勢いを増す事にも成功。そして勢いを増した追い突きで相手を狙い撃つ。

 それに対して零二はというと、ただその場で腰を落とし、相撲の仕切りのように構えた。そして一言、

「来いやぁぁぁ!!!」

 と叫ぶと、両腕を胸の前で交差させた。


 ガアアアンン。

 まるで爆発事故でも発生したかの様な轟音。

「ク、おいおい……見えないぜ」

 思わず木島は舌打ちする。

 激しい土煙が瞬時に巻き上がり、周辺からは様子が伺えない。


「む、とうれいじぃぃ」

 腹の底から絞り出す様な声……見浦堅が歯を剥く。

 地面には、零二と彼の靴後が地面を抉りつつ後ずさった痕跡。

 くっきりと残されたその跡は、およそ二十メートルといった所だろうか? 見浦の拳は……。

「へっ、耐えてやったぜっっ」

 深紅の零たる少年はにやり、と好戦的な笑みを浮かべる。

 相手の拳は腕に阻まれていた。

「うらあああっっっっ」

 そこに右足を一歩踏み込みながらの頭突き。

「ぐがっっ」

 カウンター気味の一撃をマトモに喰らった見浦が後ろに倒れる。

「どうだっての……いっててて」

 零二の腕にはくっきりと相手の拳の跡が残されていた。

 あの直撃の瞬間。

 拳が一気に重みを増したのを実感した。

 零二は全熱量を解放し、自分の腕に集中させる。

 相手の攻撃で発生したエネルギーに対して、自分自身の熱量をぶつける事でダメージを軽減させたのだ。


「くあああ、む、とう」

 見浦は何とか立ち上がったものの、明らかにぐらついている。

 深刻な一撃では無い。口の中が切れた位の物だ。

 しかし、彼の中では記憶が混濁していた。

 さっきまでの憎悪を掻きむしる記憶がボヤけていく。

 同時に、目の前の相手に頭突きを喰らった記憶が浮かび出す。

「あ、ぐがががっっ……武藤…………零二ぃぃぃっっっっ」

 頭を抱えながら、悶え苦しむ。

 その様子を目にした零二は表情を曇らせる。

 相手の急変に既視感を覚えた。



 それはあの”白い箱庭”での記憶。

 一見、ゴミ溜めとは言い難い、清潔感のある真っ白な空間。表向きは次世代の教育機関だの、天才育成プログラムを構築する研究施設だの、とか言われており、見た目は確かにそれらしく立派な物だった。

 だが、内情は違った。

 そこは当時、まだ名前を持たなかった彼を含めた大勢のマイノリティの少年少女があちこちから集められ、様々なイレギュラーの研究をする為のおぞましき狂気に満ちた人体実験場テーマパークだった。


 子供達の中には研究者の命令に服従させるべく、記憶を改変された者も多かった。彼らの本来の記憶の上に、無理矢理別の記憶を植え付けるのだ。それも機械により、強制的に。

 実験の最中、記憶を混濁させた相手を幾度も見てきた。

 その時の悶え苦しむ表情が、今、目の前で苦しむ相手と重なる。

 だからこそ分かった。

「そ、か……あんた――」

 ギリリ、と歯軋りしつつ右拳を握り締める。

 その様子を見た相手が呻きつつこう言った。

「うう、ああ。お、俺を……」

 らくにしてくれ……と。弱々しくもハッキリと。それは紛れもなく正気から出た声――発露。


 そ……か。と、そう小さく声をかけると少年は動き出す。

 圧倒的な熱量が溢れて出し、右の拳が白く輝く。

 それに対して、見浦堅も反応する。

 その目にはつい今さっき迄の様な戸惑いは無く、どうやら記憶の混濁が収まった様に見える。

「ああっっ」

 見浦は、かけ声と共に飛び込む。右の拳がピクリ、と動く。

 それを目にした零二の脳裏にさっきの突きが思い浮かぶ。

 果たして追い突きが放たれる。その軌道は真っ直ぐに腹部へと一直線。

「しゃあっっ」

 叫び声をあげ、零二がその突きを左手刀で防ぐ。

 だが。

 その手刀はおかしかった。妙に軽い。軽すぎるといっていい。

 思わぬ手応えに左手刀が想像よりも大きく動き……態勢が崩れた。それこそが見浦の狙いだった。左手を熊手の様に握る否や手首を反らしての一撃を――底掌を放つ。

 これこそが彼の本命の一撃。姿勢を崩したままの相手に躱す術は無いかに見えた。

「うらあああっっっっ」

 零二は強引に右拳で裏拳を放った。

 底掌と裏拳がぶつかる。

 しかし、見浦の一撃はここから重くなる。このまま振り抜きさえすれば裏拳ごと相手の顔面を吹き飛ばせる。

(へっ、なンだよ……操られてても関係ねェじゃねェか)

 零二は、獣の様に獰猛な笑みを浮かべた。


「あああああ」「しゃあっっ」

 二匹の獣が咆哮。

 見浦の底掌がその重みを増す。対して零二の裏拳、右手が輝きを増す。

 バアン。

 衝突音が轟き、爆発的なエネルギー同士が弾け……相殺される。

 勝敗を分けたのは、互いのイレギュラーの性質の違い。

 それとも純粋な”経験値”の差だろうか。

 見浦は蹴りを放とうと試みる。対して零二はその足を踏み、動きを制限すると、左手・・を握り締める。一方、見浦は左手を弾かれていて戻りが遅い。

「しゃあっっ」

 そして左アッパーががら空きの顎先を打ち抜く。それが決め手となり、リーゼントの少年は膝から崩れ落ちた。



「あ、ぐっっ」

 目を覚ますと全身に痛みが走る。これ迄感じた事のない倦怠感と頭痛がする。

「目ェ、覚めたか?」

 零二は近くに置いてある鉄骨に腰掛けていた。

「お、俺は……訳が分からない。何であんな事を……」

 見浦堅は頭を抱えながら、ついさっき迄の自分に違和感を感じていた。全く覚えのない記憶、それも有り得ない記憶の残滓がちらついて不快だった。

「気にすンな、アンタは悪い夢を見ていただけ。そういうこった。それより…………いいケンカだった、またやろうぜ」

 零二はそう言うとニカッ、と笑った。

 そこには殺意等の悪意は一切存在せず、ただ満足した表情があるのみ。

 見浦堅の脳裏にあの恩人の笑顔がちらつく。

「かなわねぇなぁ……」

 そして、そのまま意識を失った。



「くきゃ、おいおい負けちまったぜあのガキ」

 木島がバカにするような笑顔を見せる。

 ──そうだね、最後はせっかくボクが植え付けた記憶もほぼ消えていたし、完敗かぁ。ま、仕方ないか……無理矢理玩具に仕立てたワケだしさ。

 パペットの声が聞こえる。

 だが、木島は電話越しにこの声を聞いた訳ではない。

 声を出しているのは……いつの間にかいた彼自身、いや違う何かだろうか?

 振り向けば相手がいるのは分かった。だが、木島には振り返る事が出来ない。

 恐ろしかった、この一帯には彼が予め張り巡らした”糸”による一種の結界が張られていたにも関わらず、相手を感知出来なかったのだから。もしも振り返れば、取り返し事態を招く、そう思えた。

 ──ま、いいや。そこそこ楽しめたワケだし。

 本当に楽しかったのか、ケタケタ笑うと気配が消える。

「くは、っはは」

 緊張から解放された木島が膝を付き、息をする。

「化けもんめ………ちっっ」

 苦々しさと悔しさが混じり、苛立つ殺人鬼の眼下に映るのは零二と倒れた見浦堅の姿。

「あー、もういいや……殺す」

 そして歪んだ殺意に満ちたフリークは人の皮を捨てて、姿を、本性を露にしていく。


 零二は声をかける。

「なぁ、そろそろ来いよ。隠れてるつもりかい?」

 さっきから感じていた。殺意がこちらを、自分を狙っていると。

「今、丁度身体が温まってるから、最初から全力で行くぜ」

 するとその声に応じて姿を出したのは……。



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