8.その依頼の報酬は少女の笑顔
「スティード、あたしは常日頃言っているわよね? 周りをよく見なさい、と。
それが何? 今回も周りを巻き込んで大ごとになっているじゃない。
ここでは説教だけして、クランホームに戻ってからお仕置きをするから覚悟しておくように。
そこ! スティードを止めなかったミュウミュウも同罪だからね」
ドラゴンの住処とも言われている竜の巣の真っただ中でスティードと猫人のミュウミュウがデュオの前で正座して頭を垂れていた。
「そりゃあスティードの正義感は悪い事ではないわ。寧ろこの荒んだ世界では必要とされるものかもしれない。
だけどね、貴方が考えなしに動いたおかげで大勢の人が被害を被っているのよ。そこのところを自覚して。
『月下』でも走竜のレンタル代、火暖薬の製作費、竜の巣へ来るためのポーション等のアイテム費などなど出費がかさんで大損よ」
「あの! でもチルはお金が無くて母親の病気を治せないって泣いていたんだ! 僕はそれを無視する事なんて出来ない!
だったらお金を持っている僕たちが無償で手を差し伸べるべきじゃないんですか!」
「そうにゃそうにゃ!」
スティードは目が覚めてから言われるがままにいきなり説教を受けていたが、チルの事を思うと思わず反論せずにはいられなかった。
「黙らっしゃい!」
だがそんなスティードの言い訳をデュオはピシャリと遮った。
その迫力にスティードは思わず口を閉じる。
「お金を持っている僕たちが手を差し伸べる? 貴方何を言っているの?
これはクランの、みんなのお金なのよ? みんなが命を懸けて稼いだお金を貴方の為にタダで明け渡せって? ふざけないで。
そしてそんなことをすればチルちゃんにも迷惑が掛かることになるわよ」
「な、何で!? チルはタダで母親が助かるんだから迷惑どころか感謝されるんじゃ」
「ええ、そして次の依頼もタダで受けようとするわね。「前の時はお兄ちゃんがタダで依頼を受けてくれた」ってね。
当然タダで受けてくれる冒険者はいないし、チルちゃんもタダで依頼を受けてもらえることに味を占めてしまうから依頼を受けてくれない冒険者に理不尽を感じてしまうわ。
あなたはチルちゃんをそんな風にしたいの?」
スティードはデュオの指摘に思わず息を呑む。
そんなつもりは無かったのだが、結果的にはチルの為にはならないと言う事実を突き付けられたのだ。
もっとも1回やそこらでチルが変わってしまう訳ではないが、正義バカのスティードに分からせるためにデュオは敢えてそこの部分を強調した。
「それに他の冒険者の恨みも買うわよ。
チルちゃんが「タダで依頼を受けてくれた」って言いふらせば他の冒険者は依頼を受け辛くなるわ。
そうなれば『月下』とは違い、資金の少ない他の冒険者は収入を得ることが出来なくなり飢えることになる。
これは貴方が言うお金を持っていない人を苦しめることになるのよ」
「ち、違う・・・僕はそんなつもりじゃ・・・」
「そんなつもりじゃなくても貴方の正義は他の人を苦しめる。そうならないためにもあたしは常日頃周りをよく見なさいと言っているの。
いい? 報酬とはお金をがめつくむしり取る物じゃなく、労働に対する正当な対価なの。
その対価を蔑ろにすると人は狂ってくるわ。
チルちゃんみたいにタダで人を使う事に慣れてしまったりね」
勿論チルはまだそんなことにはなっていないが、最早スティードの中では自分の所為でチルが傍若無人に振る舞う姿が脳裏に浮かんでいた。
「デュオさんすいませんでした・・・僕が間違っていました・・・」
「ごめんなさいにゃ・・・」
と、そこでふと思い出したようにミュウミュウがこれはどうなんだと言ってきた。
「あれ? でもデュオさんは孤児院にお金を寄付しているけど、これはいいのかにゃ?」
デュオは3年ほど前に冒険者になるために孤児院から卒業したが、冒険者として稼いだお金を孤児院に寄付をしていた。
勿論孤児院は王国からも資金提供されているが、あくまでその額は一般的な孤児院を運営する額ほどしかない。
デュオの居た孤児院はチルの居た地区の王都の西区の下層地区――所謂貧困層の住民が住む区域――であるため孤児院の運営はカツカツだったりするので、卒業生からの寄付により何とかやり繰りしている状況なのだ。
「孤児院には今まで育ててもらった恩があるわ。言い換えれば今まで育ててもらった労働に対する報酬ね。
それに寄付と今回の事は全く別物よ。今回貴方達がやろうとしていたことは恩の押し売りなのよ」
「にゃ? よく分からないにゃ・・・」
ミュウミュウは頭を抱えて唸っていた。
そんな2人を見ながらウィルがここからの撤退を進めてきた。
「説教はそれくらいにしてそろそろ美刃さん達と合流しようぜ。
いつまでもこんなところに居られないよ。つーか、よくこんなところで説教出来るな・・・」
ウィルの言葉にシェスパは思わず頷く。
ウィルとティラミス、ついでにシェスパまで借り出されてデュオが説教をしている間に辺りを警戒してくれていた。
ウィルでなくともこんなモンスターエリアのど真ん中で説教をするデュオの神経を疑うのは当たり前の事だろう。
ウィルの進言もあってデュオたちは美刃と合流すべく走竜を走らせた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あんたがS級の美刃さんか。今回は助かったよ。
まさか依頼人がドラゴン相手にいきなり躓いて気絶だったからなぁ」
「・・・ん、こっちこそ迷惑かけた。うちのクラメンの騒動に巻き込んでしまって」
デュオたちは美刃たちと合流して竜の巣からの撤退をしていた。
そこでシェスパは『月下』のクランマスターである美刃にお礼を述べる。
3匹の火竜相手に勇ましく立ち向かったスティードだったが、いきなり躓いて打ち所が悪くそのまま気を失ってしまったのだ。
まさかのいきなりの気絶にシェスパは言葉を失っていたが、合流したデュオたちからスティードの事を聞けば納得もしていた。そして自分の運の悪さにもだ。
「そっちの方にも火竜が出たんだって?」
「ああ、それだけじゃなく風竜も現れてさ。まぁもっとも風竜の方は美刃さんを追っかけてきたパーティーが倒してくれたがな」
「え? わざわざ竜の巣まで美刃さんを追いかけてきたの?」
ウィルとアルフレッドがお互いの状況を説明し合っていたが、そこに美刃を追いかけてきたパーティーがいたと言うのを聞いてデュオも会話に加わる。
「ああ、何でも急いで聞きたいことがあったらしくて。何か美刃さんの知り合いみたいだったな。
それにしてもすごいパーティーだったぜ。
なんせ昨日異世界から来たばっかの男女2人にD級冒険者1人のたった3人のパーティーが風竜を倒したんだぜ」
アルフレッドの言葉を聞いてその場に居なかったデュオたちが驚いていた。
A級冒険者でもかなり手こずると言うA級魔物であるドラゴンをど素人とも言える冒険者がたった3人で倒したと言うのだ。
これが驚かずにはいられない。
だが美刃だけはそうは思わなかったみたいだ。
「・・・ん、彼女は特別。下手をすれば彼女1人だけでも倒しきれていた」
「それって美刃さんみたいに特別な祝福でもあったってことなのか?」
「・・・ん、それは分からない。でもそれに近いものがあるかも」
世間では美刃がS級冒険者に上り詰めた理由の1つとして女神アリスから授かった祝福が上げられていた。
美刃の持つ祝福は完全武装と言って武器や防具の武装だけではなく、身体能力までもが上昇していると言うチート並みのS級の祝福だ。
「はぁ~、流石は美刃さんの知り合いと言う事なのかな?」
「ところでその美刃さんの知り合いは?」
ウィルは感心した声を上げ、デュオはその知り合いが居ないことに疑問に思った。
「・・・ん、彼女たちはそのままエンジェルクエストの攻略に向かった」
「は? ・・・昨日異世界から来たばかりだから、エンジェルクエストは『始まりの使徒』・・・? いきなりドラゴン戦かよ。
いや、風竜を倒せるほどの実力だからありなのか・・・?」
「随分とあわただしいわね。美刃さんに会いに来た早々エンジェルクエストに向かうだなんて」
「・・・ん、彼女達にもいろいろ事情があるみたい」
まぁ、わざわざ竜の巣まで美刃に会いに来るほどだ。よほどの事情があるのだろう。
デュオはそれ以上の事は追及はしないで、それよりもこれからの自分たちの事を考えた。
まずは王都に戻ってからエルフォードの所へ行って火暖薬を作ってもらい、チルちゃんの所へ薬を渡して、冒険者ギルドや各所へ行って今回の謝罪をして、ああそう言えばシフィルからも集めてもらった情報を精査しないと、などと考察していると美刃から追加のお願いが飛んできた。
「・・・ん、その知り合いからなんだけど、ウエストヨルパの騎獣ギルドでレンタルした走竜をそのままエンジェルクエストに持ってくから後始末をお願いされた」
「・・・え゛? それって・・・もう戻ってくることはほぼ無理だから買取ってことになるんじゃ・・・?」
「・・・ん、そうなる。お金は後で払うから今回は取り敢えず『月下』の名前で買取をお願い」
そうなると騎獣ギルドで走竜を返すついでにその美刃さんの知り合いの走竜の買取の手続きをしなければならないのでデュオのやることが増えた。
ここで頭を悩ませても仕方がないのでデュオは1つ1つこなしていこうと気持ちを切り替える。
取り敢えず今日のところは竜の巣を抜け、昨日野営をした飛竜の渓谷のオアシスで再び野営をすることにした。
流石に2日連続で異世界の体を開けるわけにもいかないので、美刃たち異世界人の3人はここで離魂睡眠をとることとなった。
もっともアルフレッドだけは直ぐに戻ってきたが。
「あれ、もういいの?」
「ああ、竜の巣に来る前にも言ったけど俺はニートですから。向こうの体の栄養補給さえ取れればいくらでもこっちに居ますよ」
「そのニートと言うのはよく分からないけどアルフレッドが良ければ大丈夫そうね」
後で美刃たちにニートの意味を聞いたデュオだが彼女たちは生ぬるい表情で詳しいことは教えてもらえなかった。
デュオは2人の表情からは余りいい言葉ではないのだろうと判断して、これからは向こうの世界の方を優先させるようにアルフレッドにきつく言おうとした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
水の都市に着いたデュオたちは騎獣ギルドに走竜を返却し、美刃の知り合いのレンタルを買取りへの手続きを行った。
そしてすぐ王都へ転移魔法陣で移動し、錬金術ギルドへと足を運ぶ。
「エルフォード、火竜の血を持ってきたわよ」
デュオは受付のマリーへの挨拶もそこそこにエルフォードの研究室へと直行する。
研究室内では既に火暖薬の作成準備に取り掛かっていたエルフォードが待ち構えていた。
「おー、待ってたよー
準備はもうほとんど終わってるー。あとは火竜の血だけだねー」
エルフォードはデュオから火竜の血の入った瓶を大量に受け取る。
二手に分かれたことでデュオと美刃の両方で火竜の血を手に入れた為、かなりの量となっていた。
「おー、随分大量にあるねー
これ全部使っていいのー?」
「ある程度火暖薬を確保できれば残りの火竜の血は好きに使ってもいいわ。依頼料の一部だと思ってくれればね」
「おおー、太っ腹ー」
火竜の血を受け取ったエルフォードは嬉々として火暖薬の作製の続きに取り掛かった。
暫くして小瓶に入った大量の火暖薬が出来上がる。
「はいこれー。ご注文の火暖薬ー」
「ありがとう。急な依頼を受けてくれて助かったわ」
「お互い持ちつ持たれつー。寧ろこっちが火竜の血を貰えたから得した気分ー」
デュオは改めてエルフォードに礼を言って研究室から出る。
火竜の血は保存がきかないのでエルフォードはこれから手に入れた火竜の血を用いて他の薬の作製、もしくは何かしらの実験を行うであろう。
デュオが研究室から出る前にエルフォードは既に自分の世界に入っていた。
火暖薬を手に入れたデュオはスティードとミュウミュウを伴ってチルの住んでいる王都西区の下層区へと赴いた。
「チルちゃんお待たせ。お母さんを治すお薬を持ってきたわよ」
「おねーちゃんありがとう!」
デュオたちが火暖薬を持ってきたことにチルは大いに喜んでいた。
一緒に母親のファファの傍についていたマディンもデュオたちの訪問に感謝していた。
「さ、お母さんにこの薬を飲ませてあげなさい」
「うん!
おかーさん、おくすりだよ!」
チルはデュオから火暖薬を受け取り母親の口へ瓶をあてがう。
ほぼ全身が氷漬けになり意識が無い状態だが、まだ辛うじて頭と胸の部分が生きていて息をしている状態だったのでファファは火暖薬を飲みこむことが出来た。
火暖薬を飲み込んだ後の変化は劇的だった。
火暖薬を飲み込んだ直後、ファファの氷漬けになっていたファファの全身は煙を上げて急速に生身を取り戻していく。
少しして完全に体に凍結が無くなるとファファは意識を取り戻し目を覚ます。
「あれ・・・私、生きている・・・?」
「おかーさん!!」
「ファファ!」
チルとマディンは目を覚ましたファファへ思いっきり抱きつく。
自分が死んだと思っていたファファはいきなりのこの事態に目を白黒させていた。
「チルちゃん、お母さんは病気が治ってもまだ疲れているから少し休ませて上げなさい」
ひとしきり抱き着いて満足したチルはデュオに言われた通りファファから離れる。
マディンの方もここぞとばかりに甲斐甲斐しくあれこれとこちらが見ているだけで甘々になるほどの介護を始めていた。
今日のところはこれ以上いても邪魔になるだろうとデュオたちはさっさと退散して後日改めてお邪魔することにした。
「おねーちゃん、おにーちゃん、おかーさんをたすけてくれてありがとう!」
帰り際にチルが満面の笑みを浮かべてデュオたちへとお礼を言ってくる。
「なに良いって事さ。僕たちはチルちゃんの笑顔の為に頑張ったんだから。
ただ今回の事は特別な事だからね。何度も簡単に助けてもらえると思わない様に。
もし恩義を感じているんだったらチルちゃんが他の人を助けるような人になってね」
「んー? よくわかんないけどわかった!」
デュオの説教が効いているのか、スティードはチルが傍若無人にならない様にと変な風にくぎを刺していた。
もっとも小さな子供であるチルにはスティードの言っていることの殆んどが理解できていない。
ただ助けてもらった事と、それを恩返しする事だけは子供ながら理解していた。
この事件が切っ掛けでチルは冒険者となり色んな人を助けていくことになるのだが、それはまた遠い未来のお話。
「デュオさん、助けた人からの感謝の笑顔って嬉しいですね!」
「すっごいポカポカするにゃ!」
「その笑顔を得るために色んな人の協力があることを忘れないでね」
直ぐ調子に乗りそうなスティード達にデュオは釘を刺しておく。
スティード達は苦笑いをしながらも反省をしていたのでデュオはこれ以上の事は言わないでおいた。
もっとも説教とは別にお仕置きはこれからたっぷりするのだが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都西区の下層区の一角にある古びた病院。
そこではある医師が錬金術の様な調合を行っていた。
手に持った赤い色の液体の入ったビーカーに、医師が調合した特殊液体をスポイトで掬い取りビーカーの中に数滴垂らす。
ビーカーの中身は特段変化は無かったが、医師がビーカーをかき回すと次第に何やら塊のようなものが出来ていた。
ビーカーの中身の液体を濾して捨てるとそこには数個の真っ赤な丸い真珠のようなものがあった。
「ふむ、まぁまぁの出来だな」
医師が手に取って出来を確かめる。
出来たのは赤真珠とばれる宝石だった。
血の様に真っ赤な真珠は貴族の間でも高級品として取り扱われていた。
真珠の様な艶やかな光沢を放ちながら、それでいて自然に発生したと思われぬ鮮やかな真紅の宝石は多くの貴族を魅了したのだ。
天然産の真珠や養殖された真珠とは違い、この真っ赤な真珠は作成方法が不明な事が尚更貴族の間では高値で取引されている。
それを何故この医師が作成できているのか―――
「それにしても凍結病を治されてしまうとはな・・・
暫くは大人しくしていた方が良さそうだな。凍結血晶が手に入らなくなるのは厳しいが・・・」
「凍結血晶って何ですか? チギラギ先生」
突然掛けられた声に医師――チギラギは慌てて声の主を見る。
診察室の奥にある作業室の扉の前には1人の少女が立っていた。
「・・・デュオ。いつからそこにいたんだ」
「ついさっきですよ」
チギラギは内心突然の訪問者に驚いていたが表情に出さずに落ち着いた風を装って机の上の赤真珠をさり気なく隠す。
「どこか具合でも悪いのか? 今日は診察が休みなのだが他ならぬデュオの頼みだ。よかったら診るぞ」
そう、今日は病院を閉めていて中に人が入ってこれないようになっていたはずだ。
それなのにデュオが中に居ることをチギラギは慌てていた為そこまで気が付かなかった。
王都西区の下層区に住んでいたデュオとチギラギはお互いが面識がある。
と言うより、西区下層区に病院は1つしかなくほとんどの住人はチギラギと顔見知りだ。
デュオも小さい時にチギラギの治療を受けたことがある。そしてその時デュオに起きた不思議な現象を調べるためにチギラギに診断をしてもらったのだ。
もっともその時の診断では何も分からないと言う事が分かったのだけだった。
「いえ、どこも具合は悪くないですよ。
それよりも先生がさっき言ってた凍結血晶の事が聞きたいですね。
先生は知ってますか? ここ数年この西区下層区で凍結病が流行っているって」
盗賊のシフィルが集めた情報によると、ここ数年西区下層区で凍結病に罹る患者が1年に1人は必ずいると言う事だった。
凍結病に罹ること自体が珍しい上、冒険者でもない一般人が罹っているのだが、この貧相区域である下層区では病気自体が珍しくないのでそれ程噂にもならなかったのだ。
「ああ、私も何人かの凍結病患者を診ているからね。確かに珍しい病気だが絶対かからないと言うものでもないからそれほど気にはしていなかったが・・・」
「まぁ確かに凍結ウィルスを持ち込んだ冒険者が大勢の一般市民と接触すれば絶対とは言い切れませんけどね」
「まぁね。ところでその凍結病がどうかしたのか?」
「ええ、絶対ではないとは言え流石に不振に思ったので知人に少し調べてもらったんですよ。
そしたら面白いものが見つかって」
そう言いながらデュオは腰の皮袋からラベルの張られた瓶を取り出す。
チギラギには見覚えのあるものだった。と言うよりこの病院の地下室に隠してある凍結ウイルスの入った原液の瓶だった。
「錬金術ギルドに調べてもらったら凍結ウィルスが入っているんですって。
先生はこれ何処で見つかったと思います?」
「くっ、ははっ、なるほどね。何もかも御見通しって訳か。
デュオのご察しの通り私が住民に凍結ウィルスをばら撒いて凍結病患者を生み出していたんだよ」
チギラギは数年前凍結病の患者の血液からある特殊な作業を行うとそこから赤真珠が生み出されることを発見したのだ。
デュオの起きた不思議な現象と言うのは、血に魔力が宿りそれが自然発生すると言うものだった。そしてそれを調べるために色んな実験をしたりしたのだ。
その中で他の血液を調べる際に凍結病の血液に特殊な作業を行った結果出来たのが赤真珠だった。
西区下層区にあると言う事は、チギラギ医院もそれほど繁盛しているわけではない。
チギラギは偶然生み出された赤真珠を出所を隠すために闇ルートで捌いたところ思わぬ高収入となったことに味を占めて、それ以来定期的に凍結病の患者を作り上げ医者である立場を利用してその血液を手に入れていたのだ。
「赤真珠は当医院の思わぬ収入源となってね。住民には悪いとは思ったがこの病院が無くなれば他の住民は大変だろう?
下層区で唯一の病院だ。住民の皆も納得してくれるはずだ」
「・・・先生はそこまで堕ちてしまったんですね」
小さい時のデュオの記憶ではチギラギはとても優しい医師に見えた。
もっともデュオからの視点であって、その時のチギラギの内心は今の様に薄汚れていたのかは分からない。
貧困に喘いでいたところに降ってわいた赤真珠に心変わりをしたのか、それとも元々住民を下に見ていた下種だったのか。
「納得はしてくれないか。まぁそうだろうな。
それで私をどうするつもりだい? 衛兵に突き出すのかな?」
チギラギは例え衛兵に突き出されても何の心配もしていなかった。
今は赤真珠の出所を隠しているが、自分が赤真珠の作製方法を知る者として貴族に名乗り出ればすぐさま牢から解放される算段でいた。
貴族に縛られて自由を失うが、赤真珠を生み出す作成者として丁重に扱われるはずだと。
だがデュオの出した結論はそれとは違い冷酷なものだった。
「・・・いいえ、悪いけどチギラギ先生にはここで死んでもらいます。
このまま先生を放置すればいずれどこぞの貴族が赤真珠の作製方法を知ることになるはず。
いいえ、寧ろ先生が生き残るために貴族に作成方法を教える事になるでしょう。
そうなれば一般市民を蔑ろにする貴族は住民を犠牲にしても赤真珠を作り上げてしまいます。
そうならないためにも先生には悪いですがここで死んでもらいます」
「・・・え?」
チギラギはデュオの言葉が信じられないでいた。
まさかいきなり自分を殺そうとしているとは思わなかったのだ。
小さい時は他人を思いやる心優しい子供だったのだ。
いや、他人を思いやるからこそ悪の根である自分を刈り取ろうとしているのだと今さらながらに気が付いた。
「シャイニングフェザー」
デュオは唱えていた呪文を解き放ち1枚の光り輝く刃の様な鋭利な羽をチギラギの心臓へと突き立てる。
チギラギは為すすべもなくそのまま地面へと崩れ落ちた。
デュオは病院から出るとそこにはシフィルが立って待っていた。
「終わったわ」
「ん、ご苦労様。デュオっちも無理して自分の手を汚さなくても良かったのに」
「これはあたしのけじめでもあるのよ」
チルに関しての一通りの案件が片付いた後、シフィルに凍結病についての調査の顛末を聞いた。
その結果、凍結病は毎年1人以上輩出しており、凍結ウィルスをばら撒いている輩がいると言うのだ。
そしてその輩は凍結病の血液をもって今貴族でブームになっている赤真珠の作製を行っていたと言うのだ。
その証拠としてシフィルは病院の地下に忍び込み凍結ウィルスと赤真珠の作製方法を記録したノートを入手していた。
流石に闇ルートで高価取引されている赤真珠が人の命を犠牲にして作成している事実を突き止めたシフィルは盗賊ギルドの幹部と相談してチギラギを始末して闇に葬ろうとした。
本来であれば盗賊ギルドから蛇――暗殺者を派遣してチギラギを始末するのだが、そのことを聞いたデュオはチギラギの始末を自分の手で行いたいと申し出たのだ。
デュオの血の検査が無ければチギラギはこんなことをしなかったのかもしれない。
そう思えばこそデュオは自分の手で決着を付けたかったのだ。
「ま、デュオっちがそれで良ければあちしは何も言わないよ。
さて、後はこの作製書の後始末だね」
シフィルは懐から赤真珠の作製方法を記したノートを取出し、生活魔法の発火魔法ティンダーを唱えて灰にしてしまった。
「これで赤真珠の作製方法を知る者は誰もいなくなったね」
「・・・盗賊ギルドで密かに写しを取ったりしてないでしょうね」
「それはあちしの名誉にかけて誓うよ」
「そう、ならいいわ。シフィルには色々苦労を掛けたわね」
「いえいえ、こっちはそれなりに儲けを出させていただいたからね」
デュオの知らないところで今回の件を利用してシフィルはデュオの報酬以外にも利益を出していたみたいだ。
そんなシフィルを呆れつつも盗賊はこういうものだと納得してクランホームへと戻っていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「デュオさん! スティードがまたやらかしました!」
クランホームへ戻った早々、デュオは迷惑正義の新たな騒動に頭を抱えることとなった。
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving