7.その赤き竜倒すは鮮血の魔女
目の前には3匹もの火竜がいた。
「さあ! 掛かってくるがいい! お前たちに恨みは無いが、母を思う少女の為に犠牲になってもらおう!」
そんな火竜を前にしてスティードは剣を掲げ、声高らかに口上を述べる。
少しも怖気づくこともなく、堂々と火竜と対峙している姿はとても頼もしく見えた。
(本当に大丈夫なんだろうな・・・)
とても頼もしく見えるのだが、これまでの経緯を見ればシェスパはとても不安に感じた。
たった1日程度の付き合いだが、スティードの常識は一般のそれとはかなりかけ離れているのを感じていた。
「いくにゃ! がんばるにゃ!」
猫人の少女・ミュウミュウも当たり前のように火竜の前に立つ少年を応援しているので、それなりに実力はあるのかと思われるのだが・・・
3匹の火竜は堂々と佇んでいるスティードを警戒しながらじりじりと間合いを詰めてくる。
「おい! 本当に大丈夫なんだろうな!?」
流石にこのプレッシャーに耐えられなくなったシェスパは思わずスティードに自分の安全を確保するためにも確認を取る。
「大丈夫だ! 正義は必ず勝つ!!」
(おいおいおい、この状況で正義もくそもねぇだろうがよ)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
何とか飛竜の王を撃退したデュオたちだったが、飛竜や飛竜の王との戦闘に時間が掛かり過ぎた為、日が落ちて当りが薄暗くなっていた。
「あっちゃー、流石にこれ以上の進軍は無理だな」
「だね。とは言っても渓谷の中での野営はちょっと厳しいものがあるわね」
飛竜が闊歩する中で野営と言うのは流石に無茶であった。
流石に夜に飛竜が飛び交う事が少ないとはいえ、ゼロとは言えない。
それに飛竜の渓谷に居るのは何も飛竜だけではなく、他の魔物も少なからず存在する。
元々魔物が蔓延るフィールドでの野営は基本なのだが、この中での野営は少々危険なものがある。
「・・・ん、大丈夫。絶好の野営ポイントが存在する」
そう言って美刃はみんなを引き連れて大きな岩場があるところまで来た。
その岩場の陰には隠されたように大きな裂け目があり少し小さめな馬車なら通れるほどの広さがあった。
美刃を先頭にデュオたちも続いて裂け目を進んでいく。
裂け目を通り抜けた先には小さな泉が佇むオアシスのような広場が存在していた。
天井は吹き抜けとなっており、その先には星々が輝き始めた空が見える。
「ふぁ~! 凄いこれ! まるでキャンプ場みたい」
「あの天井の狭さなら飛竜も降りては来れないな」
この光景にティラミスは異世界の感覚なのかはしゃぎだし、ウィルは警戒ポイントを探るべく見渡していた。
「美刃さん、よくこんな場所知ってたわね」
「・・・ん、以前にも来たことがあるから」
デュオも何度か竜の巣へ行くために飛竜の渓谷を抜けたことはあるが、こんな場所は見たこともなかった。
デュオと美刃は同時期に冒険者になり、2人は良く組んで依頼をこなしていた。
なのでデュオは自分が知らずに美刃がこのオアシスを知っていたのが少し不思議だった。
まぁ、自分が一緒に居なかったときの冒険で見つけたのだろうとデュオは自分を納得させる。
「取り敢えず飛竜の心配はなくなったから野営の準備をするわよ」
パーティーメンバーに野営の指示を出しながら、デュオは明日の朝一に出発してスティードを捕まえる算段をする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
朝一でオアシスを出発したにも拘らず、スティード達を竜の巣まで見つけることは出来なかった。
竜の巣はなだらかな傾斜の山が幾つも連なった山脈だ。
岩肌が剥き出しの所もあれば森林が生い茂る所もある。
デュオたちはその入り口でスティード達が居ると思われる山々を一望する。
「結局、竜の巣まで捕まらずじまいか。それでこれからどうする?」
辺りを警戒しながらウィルはデュオへこれからの指示を仰ぐ。
「ここまでスティードが捕まらなかったのは痛いわね・・・
戦力の分断は避けたかったとこだけど、パーティーを2つに分けてスティード達を探しましょう。
美刃さんとアルフレッド、アリアードは向こうの山の探索をお願い。あたしとウィルとティラミスはこっちの山の探索をするわ」
「んー、ここでパーティーを分けるのは危険じゃないか?」
「大丈夫よ。元々S級である美刃さんはドラゴンはものともしないし、こっちは前衛後衛回復とバランスもとれているし」
ウィルの言う通り本来であればこの竜の巣で人数的には3人と少ないパーティーは危険度が高いが、デュオの分けたパーティーはS級A級を含む基本の前衛後衛を抑えているのでそれほど問題は無かった。
B級冒険者のアルフレッドとアリアードは少し荷が重いかもしれないが、そこはS級冒険者の美刃が付くことで解消する。
後はこちらはA級冒険者であるデュオ、ウィル、ティラミスの3人で回るため上手くバランスもとれている。
無論デュオは竜の巣でスティードを探索するためにパーティーを分けて行動することを見越してメンバーを選抜していたのだ。
「それじゃあ美刃さんは向こうをお願いしますね」
「・・・ん、了解」
美刃たちは木々が生い茂る山々へと向かい、デュオたちは岩肌が覗く山々へと向かう。
デュオたちは走竜を操り山を駆け抜けスティード達を探し回る。
デュオは魔力探知で、ウィルは気配探知で辺りを捜索する途中何匹かのドラゴンが探知に引っかかるが、火竜以外には用は無いので無駄な戦闘は控えて上手くやり過ごす。
そんな中、デュオの探知に巨大な魔力が3つ、小さな魔力が3つ引っかかった。
いや、正確には小さな魔力は重なって表示されているので実際には6つだ。
つまり小さいほうの魔力は騎獣に乗った誰か――つまりスティード達だと言う事だ。
「デュオ! これちょっとやばいかもしれないぞ!」
ウィルの方でも同じような気配を探知していたのですぐさま走竜を操り全力で駆けだした。
スティード達はドラゴンに襲われ今現在逃走中なのだろう。
タイミングが良かったのか悪かったのか。
デュオとティラミスはスティード達を救うべく走竜を操り全力でウィルの後を追う。
少しして必死に逃げているスティード達が目に映る。
案内人らしき人物――シェスパを先頭に、左右にスティードとミュウミュウが必死になって走竜を操っていた。
いや、よく見ればスティードだけが走竜にもたれかかっていて、隣のシェスパが手綱を操っていた。
「おい! こっちだ!」
ウィルが自分たちの方へと誘導しようと大声を上げた。
その声に気が付いたシェスパ達は進路をデュオたちの方へと向ける。
当然追いかけていた火竜達もこちらへと向かって来る。
「ウィル!」
その様子を見たデュオは腰に下げたポーション用の小さな皮袋から1つの赤い液体の入った小瓶を取出しウィルへと渡す。
ウィルは何も言われずとも小瓶を受け取りそのまま火竜達に向けて思いっきりぶん投げた。
「どっっせぇぇぇぇいぃぃ!!」
「ウインドブレス!」
ウィルが投げた小瓶を火竜の前に落とすために、デュオは風属性魔法で追い風を吹かせる。
強風によってシェスパ達の走竜の速度が落ちたが、今は火竜を足止めすることを優先した。
そしてデュオは火竜の目の前に落ちた小瓶の中の赤い液体を起点にして無詠唱で魔法を放つ。
「スタンドフレア!!」
ドオオオオオオォォォォォォォォンンンン!!!
突如火竜の目の前に天を突くばかりの巨大な火柱がそそり立つ。
流石に火属性のドラゴンとは言え、これほどの巨大な火柱を前に3匹の火竜は思わず足を止めたじろいでいた。
「すまん、助かった!」
その間にシェスパたちはデュオたちと合流してその背後へと庇われる。
「それはこっちのセリフ。この馬鹿の所為でえらい迷惑をかけたみたいね」
シェスパは何を言われたのか分からなかったが、赤い杖と赤いマント、赤い革の胸当てを見てデュオが『鮮血の魔女』だと気が付いた。
「あんたら『月下』か!」
「悪いけど下がっててもらえますか?
まさか火竜を3匹同時に相手するとは思っていなかったので・・・
流石に貴方達を庇いながら戦えるほど余裕が無いんですよ」
ティラミスの言葉に従いシェスパは大人しく邪魔にならない様に離れていく。
ミュウミュウもバツが悪そうに走竜の上で気を失っているスティードと一緒に下がる。
「さて、と。火竜3匹。どう戦う?」
天を突くほどの巨大な火柱は時間が経つにつれて弱まっていき、ついには火竜がその場に姿を現した。
3匹の火竜と言っても2匹はほぼ同じ大きさだが、残りの1匹は一回り程小さい個体だった。
父と母、そして子供の家族の火竜なんだろうか。
「そうね、あたしが大きい方の2匹を抑えるからウィルたちは残りの小さいほうの1匹を倒してちょうだい」
「うぉい!? お前抜きで火竜を相手しろってのか!?」
「じゃあ3匹同時に相手する? 前衛であるウィルが3匹を引き付けてくれると?」
「・・・ああ、くそ! 分かったよ、何とかしてみるよ!」
「じゃあ始めましょうか」
火竜たちはスティード達を狙っていたが、新たな獲物であるデュオたちを確認すると雄叫びを上げて襲い掛かってくる。
デュオは少しも慌てることは無く落ち着いて呪文を唱える。
「ホーミングボルト・リロードブラスト!」
デュオの周りに無属性魔法の無数の自動追尾弾が現れる。
2匹の火竜に目標を定めたエネルギー弾は自動追尾で次々と着弾していく。
1発1発自体はそれほどの威力は無いのか、火竜はダメージを負った風には見えなかった。
だが、自動追尾弾は途切れることなく次々と火竜に当たり続けその場へと止まらせていた。
これはデュオの独自のアレンジで自動追尾弾が消費されると同時に新たに自動追尾弾が生成されるのだ。
これにより魔力が続く限り自動追尾は途切れることは無く、火竜の動きを封じる。
2匹の火竜が封じられている間に、残りの小さい火竜目がけてウィルは走竜を疾走させる。
その後ろではティラミスが援護のための魔法を放つ。
「ホーリーブレッシング」
ウィルと走竜に聖なる光が包み込む。
聖属性魔法のダメージを軽減する魔法により、一定値までの攻撃はダメージは無効になるのだ。
「おおおおおおおおおおおっっ!」
ウェルは火竜の突進を走竜を巧みに操って寸でのところで躱し、すれ違いざまに一撃を入れる。
「GAAAAAAA!!」
自分の体を傷つけられた火竜はすぐさま身を翻し火炎ブレスを放つ。
ウィルは聖なる衣に身を守られ炎に巻かれながらも走竜をターンさせ、火炎ブレスを潜り抜け火竜の足もとへとたどり着き渾身の戦技の一撃をお見舞いする。
「バスターブレーカー!!」
「GUGYAAAAAAAAAAA――――――!!!」
ウィルの放った一撃はものの見事に火竜の前足を切り落とした。
だが前回同様、ウィルも戦技に魔力を使い果たし一瞬虚脱感にも似た眩暈を起こした。
何とか気力で持ち直すも、前足を切り落とされ怒り狂った火竜の咢が目の前に迫っていた。
(ちっ! しまった―――)
だがその瞬間火竜の咢の軌道が逸れ、ウィルは寸でのところで躱すことが出来た。
デュオが1発だけ自動追尾弾をこちらへ向けてくれて火竜の頭を弾いたのだ。
(あー、あれはいきなり魔力を使い果たして馬鹿なんじゃないって顔してるなー)
助けられたウィルはデュオの呆れられた表情を見ながらも感謝の意を示しつつ火竜への追加の攻撃をする。
魔力を使い果たしたのでただ純粋に剣だけの攻撃となるが、前足を切り落とされたこの火竜には十分だろう。
後方ではティラミスが聖属性魔法の攻撃魔法で援護してくれるので、油断さえしなければこのまま出血多量で倒すことは可能だ。
一方、デュオの方では悲鳴を上げる子火竜に親火竜が反応して自動追尾弾の弾幕を強引に跳ねのけようとしていた。
デュオは敢えて自動追尾弾を消し去り、別の動きを押し止める呪文を唱える。
鬱陶しい自動追尾弾から解き放たれた火竜は我が子を仇名すウィルへと赴こうとするが、すぐさま目の前に六角柱の石の柱が目の前に降り注いだ。
「ゲヘナストーン・ペンタグラム!」
いや、よく見ればその材質は石ではなく鉄で出来ていた。
そしてその数6本。
火竜の目の前に突き刺さった鉄柱を頂点に、囲むように六芒星の頂点を描いていた。
「サンダーストーム・ゲヘナプリズン!」
それぞれの鉄柱からは雷の嵐が吹き荒れる。
そして六芒星の魔法陣を模した鉄柱はお互いが反応し合い、更に雷の嵐の威力を高めて火竜を薙ぎ払う。
「「GGGGGAAGAGAAAGGAAGAGAGAAAG!!!」」
雷の檻に閉じ込められた火竜たちは為すすべもなくその身を焼かれ地にひれ伏す。
「あ、あれ・・・? 思ったよりも威力があった・・・?」
思いがけず2匹の火竜を倒してしまったデュオは、自分の放った魔法に少々驚いていた。
今回放った雷の檻は新たに創りあげたアレンジ魔法のうちの1つだったのだが、2つの属性の上級魔法を掛け合わせたその威力は計り知れないものがあった。
「すげぇ、2匹の火竜をあっさり倒しちまいやがった・・・
これが『鮮血の魔女』かよ・・・」
そして後ろで見ていたシェスパも目の前の現象に驚いていた。
「にゃにゃにゃ、やっぱりデュオさんは怖いにゃ。この後の折檻を考えるとガクガクブルブル・・・!」
ミュウミュウに至ってはこの後に起こるであろうお仕置きに震えていた。
「え、えーと、ウィルの援護をしよう」
取り敢えず気を取り直して剣で必死に戦っているウィルに援護するべく呪文を唱え始めた。
ウィルを巻き込まないとは言え、単独で火竜を2匹倒せるほどの魔導師であるデュオの援護を受ければ、手負いのドラゴンはあっという間に倒されてしまった。
「おい! 単独で2匹もの火竜が倒せるんだったら3匹でも同じだったんじゃないのかよ!?」
「えーと、多分可能だったと思う・・・」
「だったら最初っからやれよ!?」
火竜全てを倒し終えた後、当然の如くウィルはデュオへと抗議をする。
最初っからデュオが全力を出せば何も自分はこんな苦労をしなくて済んだんだ、と。
「まぁまぁ。デュオのあの魔法を使えば確かに3匹同時に倒せたかもしれないけど、それだと目的の火竜の血が手に入らなかったと思うよ?」
ティラミスの放った一言がデュオとウィルの動きを止める。
「そう、そうだよ! 肝心の火竜の血が手に入らなければ意味が無いからワザと1匹だけ外したんだよ」
「嘘付け! ただの結果論じゃねぇか!」
確かにデュオの放った雷の檻は火竜を倒しはしたが、全身雷に身を晒され表面の鱗どころか内部の血まで完全に焼き尽くされていた。
これではとてもじゃないが火竜の血を手に入れることは出来ない。
それと引き換え、ウィルが相手した火竜は切り落とされた前足から血が多く流れ出たものの、倒されたばかりの骸からは大量の火竜の血が手に入る事だろう。
「あー、何にしても火竜の脅威からは免れたんだな」
戦闘が終了したと判断してシェスパはデュオたちの元へと駆けつけ声を掛ける。
因みにスティードは未だに走竜の上で気を失ったままだ。
「後はこの正義バカを連れて帰ることだね。
さっさと美刃さん達と合流して帰りましょう」
火竜から必要な剥ぎ取りをしてデュオたちは美刃と合流すべく走竜を走らせる。
「あーそうそう、気を失っているスティードもだけど、ミュウミュウも戻ってから覚悟しておいてね?」
笑顔で話すデュオを目の前にミュウミュウは思わず身を竦ませる。
この時点で気を失っているスティードはまだ幸せだったのかもしれない。
次回更新は1/5になります。