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DUO  作者: 一狼
第1章 迷惑正義
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4.その騒動を巻き起こすは迷惑正義

「おかーさんをたすけて」


 朝と言う事もあり、冒険者ギルドの受付は閑散していた。

 逆にギルドの一角にある食堂エリアのテーブルにはこれから出かけるための栄養補給と言う事で朝食を取っている冒険者が多数いた。


 そしてその閑散とした受付で、いつの間に引っ張って来たのか椅子を台にして小さな少女がカウンターに乗り出してトリスに話しかけてきたのだ。

 冒険者ギルドの受付嬢の1人であるトリスは流石に反応に困ってしまった。

 今まで横暴な依頼人や下手に値切ろうとする依頼人など、様々な依頼人が居たが流石にここまで小さい依頼人は初めてだった。

 おまけに依頼内容が母親の救助と言う如何にも厄介そうな事この上ない。


「おかーさんびょうきでおくすりがひつようなの。

 おくすりのかりゅうのちはここにくればもらえるって」


 誰だ余計な事を吹き込んだのは!と、内心思っていたがトリスは顔には出さずに営業スマイルで少女の対応をしていく。

 少女はこれで母親が助かるんだとばかりににこにこと笑顔でいた。


「お嬢ちゃん、お名前は?」


「チルっていうの!」


「そう、チルちゃん。

 ここはね冒険者ギルドって言って冒険者って人たちにお願いをして助けてくれる場所なの。

 でもね、そのお願いにはお金が必要なのよ」


 その言葉を聞いてチルは少し慌てて服のポケットから数枚の銅貨を取り出す。


「うん! おかねがひつようだっていってたからもってきたの!

 いままでためたおこづかいぜんぶ!」


 チルが欲しがっている火竜の血は様々な病気の薬の元になるため、需要は高い。

 だが火竜の血は保存がきかないため、薬の作製時に火竜(ファイヤードラゴン)を狩る必要がある。もしくは火竜の血を用いた薬をあらかじめ作成しておくことになる。

 火竜(ファイヤードラゴン)を狩るとなると普通であれば冒険者ギルドに依頼を出すのだが、竜族でも火属性と言う事で獰猛で有名な火竜(ファイヤードラゴン)の討伐依頼ともなると報酬は桁違いの額になる。


 当然チルが出したお金では到底足りるものではない。


「チルちゃんごめんね。このお金じゃ足りないわ。火竜の血って言うのはもの凄く高いのよ」


「え? じゃあかりゅうのちはもらえないの? おかーさんのびょうきは・・・?」


 トリスは静かに顔を横に振る。

 母親の病気が治らないと分かったチルは先程までの笑顔は消え、次第に目に涙を浮かべて泣き出した。


「うぇ、お、おかーさんしん、じゃうよ。ひっぅ、おかー、さんこおっちゃって、しん、じゃうよ。う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 流石にトリスもこれには参ってしまった。

 チルには納得してもらわなければいけないのだが、この少女にはこちらの事情は分かるわけが無い。自分の母親を治すので精一杯なのだから。

 とは言え、この少ない額で依頼受託するわけにもいかない。

 ただでさえA級の魔物であるドラゴンをこんなはした金で倒して来いだなんて言えるわけが無い。


 トリスがチルを宥めて落ち着かせようと四苦八苦しているところに、その後ろから若い男の声が掛かる。


「トリスさん、何女の子泣かしているんですか」


「そうにゃそうにゃ」


「スティード君」


 トリスは厄介なのが現れたと思った。

 スティードの後ろには同い年と思われる杖とローブを装備した魔術師(ソーサラー)の女の子もいた。但し頭にネコ耳、お尻に猫の尻尾が付いた獣人――猫人(ケットシー)だった。


「さっきから聞いていればこの子が母親の薬を買うためにギルドに依頼しに来たんじゃないですか。

 それを断るなんて可哀想ですよ」


「そうにゃそうにゃ」


 猫人(ケットシー)の女の子はチルを抱き寄せヨシヨシと頭を撫でて落ち着かせる。


「あのねスティード君、チルちゃんの事情も分かるわ。出来れば協力して上げたい。

 でもね、ここでギルドが無償で火竜の血を提供して上げるわけにもいかないし、冒険者の方たちにタダで火竜(ファイヤードラゴン)を狩ってきてだなんて言えないわ」


「少しくらいいいじゃないですか。融通を利かせたって。

 小さな女の子を助けるために少しくらいタダ働きしたって罰は当たらないと思うけど?

 冒険者のみんなって今日明日切羽詰っているほどお金に困っているわけじゃないんでしょ?

 それとも冒険者ともあろうものが火竜(ファイヤードラゴン)に尻込みしているんですか? 情けないですよ」


「そうにゃそうにゃ」


 事の成り行きを見守っていた周りの冒険者たちは、流石にスティードの最後のセリフには反感を覚えてざわめき立つ。


「タダで依頼を受けることは出来ません。一度でも例外を作ってしまうと次からの依頼の歯止めが効かなくなってしまうからです。

 それとスティード君、最後の言葉は言い過ぎです。勇敢と無謀は違います。人によって出来る事と出来ないことがあります。最後の言葉を取り消してください」


「お断りします。

 僕は決して間違ったことは言ってません。

 いい年した大人たちが小さな女の子を助けないで、これが正しい事なんですか?

 困っている人がいたら助ける、それの何処が間違っているんですか」


「そうにゃそうにゃ」


「だったらてめぇで助けて見せろよ!」


 スティードの自分勝手な正義感に苛立った周りの冒険者の1人から野次が飛んでくる。

 そこまで言うんだったら自分で解決して見せろよ、と。


「勿論そのつもりだよ。

 トリスさん、この子の依頼は僕がギルドを通さないで直に指名依頼として請け負います。

 それならギルドには迷惑は掛からないですよね。

 さぁ、行こうか。もう少し詳しい話を聞きたいからお家に案内してくれる?」


「いくにゃいくにゃ」


 野次を飛ばした冒険者に一瞥をくれて、トリスに冒険者ギルドを通さないでチルの依頼を受けると伝える。

 スティードにとっては冒険者ギルドを通さなければタダで受けるも受けないも自分の自由だと思っているのだ。

 勿論それは間違いではないが、スティードは自分の行動が他の冒険者にとって迷惑な行為であると言う事をまだ自覚していない。


「ちょ! スティード君待って!」


 スティードはトリスが止める間もなくそのまま猫人(ケットシー)の女の子と一緒にチルを連れて冒険者ギルドを出て行ってしまった。


「ああ、もう! デュオちゃんになんて言えばいいのよ・・・」


 トリスは自分の対応が間違ったことを反省しながら、スティードの所属しているクランのサブマスターであるデュオになんて説明したらいいか困惑していた。

 もっともどのような対応を取ったとしても彼はチルを助けるために無茶を通しトリスを困らせるだろう。


 煽った冒険者もまさか挑発に乗って火竜(ファイヤードラゴン)を狩りに行くとは思わなかったので内心気まずい思いでいた。

 いや、スティードなら簡単に挑発に乗ってしまう事は分かっていたはずだ。

 それでもあの場面では冒険者のメンツとして言わずにはいられなかった。


 スティードは自分の正義を押し通す意思を持っている。

 当然その正義は周りにも良くも悪くも反響を及ぼす。

 助けてもらった者は感謝をし、巻き込まれた者は嫌悪する。

 幾度どなくそのような事を繰り返し、スティードはD級冒険者でありながら二つ名を持っていた。『迷惑正義(トラブルジャスティス)』と――




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「はい到着~! 冒険は町に戻るまでが冒険です。最後まで油断しないようにね。

 これでクラン『月下』の新人研修は終了です。

 後は買取カウンターで今回の素材を売り払ってきて頂戴。買い取り額の2割はクランに納めて、残りの8割を3人で分割してね」


 ザック、リード、サラフィの3人を引き連れてクランの新人研修に赴いていたデュオは冒険者ギルドに着くなり最後の締めの言葉を述べる。

 今回はクランの新人研修と言う事でギルドの依頼を受けたわけではないから報酬は無い事になる。

 なので道中狩った魔物の素材を報酬として一部をクランの運営として納め、残りを新人に配布するのだ。


 魔物の素材の買取は買い取り専門の店もあるが、そのような専門の買取業者では買取価格がばらばらである。

 交渉次第では高く買い取ってもらうことも出来るが、新人である3人にそれを望むのは少々酷と言えよう。

 よって、今回は高価買取はしてもらえないが適正な価格で買い取ってもらえる冒険者ギルドでの売買となる。


「え!? ちょ! こんなにするのかよ!?」


「うわ! これかなりの額になるよ!」


「凄いですよ! さすがB級魔物の素材ですね」



 もっとも3人にとってはそんなのは些細な事だった。

 なにせ今回の新人研修で狩った魔物は殆んどがB級の魔物だからだ。

 買い取り額もそれ相応の値段になっている。


 そんな3人をしり目に、デュオは受付カウンターに赴き受付嬢のトリスに帰還の挨拶をする。


「トリスさんただいまー。

 いあー今回の新人研修はちょっと難儀しちゃった。聞いてよ、迷いの森まで行ったんだけど浅部でA級魔物が出て来ちゃってさー」


「あー、デュオちゃん。取り敢えずお帰りなさい。

 ちょっと興味がそそるお話だけど、デュオちゃんにちょっと報告が・・・」


 いつもならにこにこ笑顔で出迎えてくれるトリスが心なしか顔が引きつっているのを見て、デュオは何やら悪い予感がした。


「今朝、女の子が火竜の血を欲しいって依頼を持って来てね。残念だけどうちでは受けれなかったわ」


「まぁ、女の子には可哀相ですがそうですね。火竜(ファイヤードラゴン)だなんてA級魔物、そう簡単に狩れるわけないですから」


 A級魔物である火竜(ファイヤードラゴン)はそう簡単には狩れない。狩れるとすれば同じA級である冒険者だけだ。

 S級程ではないがA級冒険者の数はそれほど多くは無い。よって火竜(ファイヤードラゴン)を狩ってほしいと言う少女の願いは無茶に等しいのだ。

 と、デュオはそう思っていたが、そう言えばその無茶を押し通す馬鹿が1人いたことを思い出す。


「でね、その場には何故かスティード君が居たのよ」


「・・・まさかとは思いますが、スティードの所為でギルドでその依頼受けちゃたりします?」


 トリスは神妙に首を横に振る。

 そして次いで出た言葉はデュオの嫌な予感を通り越していた。


「スティード君がギルドを通さないで直に受けちゃったのよ」


「・・・マジですか?」


「・・・マジです」


「あああああああああああ! あの馬鹿! あれほど勝手な事をするなって言っているのに!」


 デュオは思わず頭を抱え込む。

 スティードは基本デュオの言う事は聞く。聞く事は聞くんだが、正義感が暴走すると突っ走ってしまう事があるので殆んど意味が無かったりするのだが。


「ごめんなさいね。私がちゃんと対応していればスティード君の暴挙を少しでも抑えられたかもしれないのに」


「いえ! トリスさんの所為じゃありません!」


 申し訳なさそうに謝るトリスに逆にデュオが申し訳なさそうに謝り返す。

 そしてすぐさま行動を起こす。

 あの馬鹿の事だから本当に火竜(ファイヤードラゴン)を狩りに行ったのだろうからそれを止めるために。もしくは状況によっては火竜(ファイヤードラゴン)を自分たちで狩るために。


 デュオは踵を返して隣の食堂エリアへと向かい、ある人物を探し出す。


「シフィル、聞いていたでしょ。

 その女の子の情報と、今のスティードの居場所。大至急お願い」


 そう言いながらのんびりエールを飲んでいた黒髪の少女――シフィルのテーブルに銀貨5枚を叩きつける。


 シフィルは『月下』のクランメンバーと同時に、盗賊ギルドのギルドメンバーの熊でもある。

 盗賊ギルドの熊とは符丁で冒険者の事を指し、大抵のクランやパーティーに盗賊(シーフ)――熊が所属している。

 なぜならば盗賊ギルドは情報を取り扱っており、所属している盗賊(シーフ)を通じて情報を手に入れやすくなるからだ。

 盗賊(シーフ)が居ると居ないとでは情報の取り扱いに雲泥の差が生じ、場合によっては死活問題にもなる。

 どの世界でも情報は有益なものとして取り扱われるのは必然的な事だろう。


 因みに盗賊ギルドの符丁には犬――王国の密偵、猫――スリ、鼠――情報屋、蛇――暗殺者、狐――詐欺師、虎――強盗・恐喝、兎――娼婦などがあり、町のあちこちに盗賊(シーフ)が潜んでいることになる。

 盗賊ギルドは一般的には嫌悪される対象ではあるが、犬――王国の密偵の様に国の役に立つ組織でもあるので必要悪としてその存在を認められている。


「デュオっち、報酬にしては多すぎない?」


 シフィルはテーブルに叩きつけられた銀貨を見て、高々少女とスティードの情報を飼うには多すぎるのではないかと指摘する。


「後始末の分も含んでいるのよ」


「なるほどね。まぁスティードっちが今まで起こした騒動と比べれば安い方かもね」


 後始末とは、他の冒険者へのフォロー、スティードの噂の情報操作などの事を指している。

 シフィルの言う通り今までも似た騒動を起こしてクラン『月下』ではかなりの損失を起こしているので、今回の銀が5枚――5,000ゴルドはこの後のトラブルを想定すれば安い方でもある。


「それで少女とスティードっちの居場所だね。

 少女の名前はチル。母親はファファ。西区の外周区――下層地区に住んでいて、母親は凍結病に罹っていて火竜の血が必要と。

 それと2人の家には父親ではない男が1人出入りしている。

 マディンと言う冒険者で、チルはその男から火竜の血の事を聞いたみたいだね」


 シフィルのチルに関する情報を聞いて驚いていた。


「なんだ、もう既に情報を集めていたんだ。流石ね」


「まぁね。情報は鮮度が命だから」


 実を言えば、シフィルはトリス――冒険者ギルドからも情報を集めてクラン『月下』をフォローしてくれるようにと依頼を受けていたのだ。

 情報は既に集め終わっており、サブマスターであるデュオを冒険者ギルドにて待っていたのだ。

 なので本当は黙っていてもチルに関する後で情報は聞けていたりするのだが、シフィルはそのことを指摘して情報料を損するほどお人好しではないので当然黙っている。

 冒険者ギルドもわざわざ指摘して盗賊(シーフ)の収入を妨害するほど愚かではないのでこちらもみて見ぬふりだ。


「ふむ、凍結病ね。・・・なんかきな臭いわね」


 凍結病は手足などの先端が凍っていき、最終的には全身が凍って死亡してしまう病気だ。

 主に冒険者や傭兵など戦いを生業にする者が掛かりやすい。

 なぜならば凍結病は氷属性の魔物の氷結ウィルスによって罹る病気なのだ。

 潜伏期間は1週間ほどで、全身が凍結するまでは約1か月かかる。

 とは言え凍結病にかかる者は極まれで、ウィルスによって他人に伝染することもあるがそれこそ殆んどありえない確率なのだ。


 それが一般人であるチルの母親が凍結病に罹っているのは少々疑問が残る。

 普通に考えれば家に出入りしている冒険者のマディンが凍結ウィルスを持ち込んだと思われるが、デュオはそれだけではない様に感じていた。


「少なくともマディンがチルの母親のファファにプレゼントとしてツンデレ平原に行って氷恋花を取ってきた事実は確認できているよ」


 デュオの内心を読んだのか、シフィルは凍結病に罹る原因はあることを追加報告してくる。


「それでもよ。シフィル、悪いけど追加で凍結病の原因も探ってもらえるかしら」


「了解。デュオっちの頼みとならば。

 ああ、それとスティードっちは既に転移魔法陣でウエストヨルパに行ってるよ。猫人(ケットシー)のミュウミュウと一緒にね。

 向こうで案内人(ガイド)を雇って竜の巣に行くんじゃないかな?」


「竜の巣・・・また厄介なところに・・・」


 シフィルはスティードの行き先を告げると、早速行動を起こすべく冒険者ギルドから出ていく。

 盗賊ギルドに出向いて凍結病の情報集めとスティードのトラブルの噂の情報操作をしに行くのだろう。


 デュオも頭を抱えながら次の行動を起こすべく素早く行動する。


「リード君、悪いけど素材換金後のクラン取り分はクランホームの方に持って行ってね。

 あたしはスティードの後始末に回るから」


「あ、はい! 何かとんでもないことになっていますね・・・」


 リードはこの3人パーティーの中ではリーダー役として纏めていたので、デュオはこの後の指示を出した。

 とは言っても後は『月下』の拠点であるクランホームに帰還報告をしに行くだけなのだが。


「ホントに、ね。リード君たちは彼のようにはならないでね」


 デュオは切実にそう願いながら冒険者ギルドを後にした。







次回更新は12/30になります。

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