46.その魔人は王都を襲う
デュオはおぼろげな足取りで『月下』の仮クランホームへと戻る。
先ほどの出来事で頭の中が混乱を極めていた。
兄であるソロが生きていた事。だがそれは人ではなく魔人として蘇ったと言う信じがたい話だった。
そして魔人は『正体不明の使徒』でもあると言う真実がソロの口から語られた。
何よりソロは――『正体不明の使徒』はこれから王都を襲うと言う予告宣言をしている。
この不安定な状況の王都で三度魔物に晒されると言う信じがたい事実。
これが兄の名を騙る偽物であれば伸して終わりだったのだが、先ほどであったのは紛れもない兄だった。
血のなせる技なのか、デュオは認めたくはないがソロが本物の兄であると確信していた。
そしてソロの話は本当だと言う事も。
ソロが本物の兄であると言う事に加え、ソロから放たれる魔力はとてもじゃないが人間のものだとは感じられなかったのだ。
そう、『災厄の使徒』の分身である邪竜と同じ魔力を放っていたから。
ソロの話が真実であるが故、数日内、いや下手をすれば明日の内にでも王都は魔物に蹂躙されてしまう。
それを知っているデュオは王都に住む者として防がなければならない。
いや、それ以前に魔人と言うだけで王国から、各国から討伐の対象となるだろう。
それだけ『災厄の使徒』がもたらす被害が大きかったのだ。
それに準ずる新たな魔人も脅威の対象とみられるのは間違いない。
まずは仮クランホームに戻り、仲間に相談して対策を練らなければ。
そう思いながらも未だにデュオの頭の中は霞がかったかのようにフワフワとしていた。
パニック状態でも取り敢えず孤児院のザウザルド院長に数日は子供たちを外に出さないように言っていたのは僥倖だろう。
ようやくついた仮クランホームのリビングでは、今日の『模倣の使徒』の挑戦を終え次の使徒の攻略のための打ち合わせをしている鈴鹿達が居た。
トリニティが帰ってきたデュオの様子がおかしいのに気が付いて声を掛けてくる。
「あれ? お姉ちゃんどうしたの?」
「トリニティ、ちょっといいかしら。あなたに話しておかなければいけないことがあるわ」
これから話す真実にデュオは真剣にならざるを得ない。
「えっと、それって鈴鹿達も一緒じゃだめなの?」
デュオの表情からただならぬ雰囲気を感じ取ったトリニティは、鈴鹿とアイとの同席を求めた。
その言葉にデュオは少し考え納得したように頷く。
「そうね、鈴鹿達も一緒に聞いて頂戴。まるっきり関係ないとは言えないから」
そう言ってデュオの口から先ほどまで起こった出来事をトリニティに話す。
幼い時3人でよく遊んでいた兄・ソロの事。
そしてその兄が生きていたと言う事。それも人ならざる魔人として。
そしてその魔人は『正体不明の使徒』でもあると言う事。
話をするデュオは次第に熱を帯び、悲鳴のような叫びを上げながら語る。
そんなデュオの様子を心配した『月下』のクランメンバーが様子を見来た。
中でもウィルは今までに見た事も無い取り乱したデュオの姿に一番心配していた。
それまで黙って聞いていた鈴鹿が口を開く。
「デュオ、確認するぞ。
今日、デュオの前に『正体不明の使徒』が現れた。その正体は死んだはずのデュオたちの兄貴・ソロで、魔人として蘇ったって事か?」
「・・・うん、ソロお兄ちゃんは今の自分は魔人として生き、『正体不明の使徒』の任を背負っているって」
鈴鹿はどうやら魔人と言う言葉から『災厄の使徒』を連想したいみたいだ。
鈴鹿達も『災厄の使徒』とは浅からぬ因縁がある。それを考えれば新たな魔人が現れたとなっては警戒もしよう。
「それで、お姉ちゃんはどうするの? ソロお兄ちゃんが生きていたのは嬉しいけど、人間じゃなくなってたって・・・その、やっぱり魔人は放ってはおけないよね・・・?」
「それとデュオにはわざわざ『正体不明の使徒』と名乗ったってのが気になるな。『正体不明の使徒』のクエストについてデュオは何か知って・・・」
「分からないわ!!」
トリニティと鈴鹿の質問にデュオはこれまで溜まっていたものを吐き出すかのように叫ぶ。
これから起こるであろう王都に降りかかる災いを防がなければならない。
ソロにも止めて見せると啖呵を切った。
だが、今日の出来事はそんな理性すらも吹き飛ばすほどデュオの心は激しく揺らいでいたのだ。
「ソロお兄ちゃんはもう死んでいるのよ! それが今さら生きていましたって言われても! ・・・それも魔人として!
『災厄の使徒』の件があるから国は、世界は魔人を野放しには出来ないの。このことが他に知られれば全力を以て魔人の討伐に当たるわよ。
けど、ソロお兄ちゃんは言ったわ。近いうちに魔人達が王都で事を起こすって。今日はあたしに王都から逃げろって警告をしに来たって」
デュオは今でも鮮明に思い出す。
ソロが目の前で一本角オーガに食い殺される様を。
あの光景は幼かったデュオにはトラウマとして残っている。
そのトラウマを刺激するかのように現れたソロによってデュオは自分でも気が付かないうちに心身衰弱していた。
吐き出した叫びと共にデュオは自分の体がふらついて目の前が暗くなりその場へと倒れ込んでしまう。
その場に居た者達は慌ててデュオを抱き起こしベッドへと休ませた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオが倒れた為詳しい話は聞けずじまいだったが、これまでの大まかな話を鈴鹿達は『月下』の主要メンバー達に話をする。
この話を聞いた主要メンバーであるピノ、ウィル、ハルト、シフィル、ティラミスは勿論のこといい顔をしなかった。
ここ最近の王都の情勢を鑑みれば当然と言えよう。
話し合いの中で出た結論としては、デュオの話の信憑性を問う為の裏付けとそれに関する些細な情報の収集だった。
魔人と言う存在が確実ではない以上、それを隠れ蓑にした別組織の罠だと言う事もあり得るのだ。
それを確認する為にピノはシフィルに魔人の存在の確認を頼む。
残ったメンバーには王都に異変が無いか、些細な情報でもいいから集めるように指示をする。
『月下』とは関係のない鈴鹿達にもそれをお願いする。
「『正体不明の使徒』の情報も欲しいだろうが、鈴鹿達にも王都に異変が起きないか情報を集めるのを手伝ってもらう」
「ああ、構わないよ。少なくとも魔人であるデュオの兄貴の情報を集めて行けば『正体不明の使徒』の情報に辿り着くんだろうし」
もしデュオの話が本当だとすればソロは『正体不明の使徒』であり、それは鈴鹿達の目的にも沿うはずだ。
それに魔人の実力を考慮すれば鈴鹿達ほどの実力者が必要になるのは目に見えていたからだ。
そう判断して、ピノは俺達へも協力を要請した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ? 魔人の情報だ? それって『災厄の使徒』の事だろ?」
「まぁそうなんだけど、『災厄の使徒』とは別に魔人って聞いた事が無いかな?」
「おいおいよせよ。そう魔人が何人も居てたまるか。あの『災厄の使徒』だけでも手に余るっていうのによ」
シフィルが盗賊ギルドで鼠――情報屋――の男に魔人に付いて何か知っていないか幾つか尋ねてみても返ってくる答えは殆んど何も無いのと同じだった。
「じゃあさ、『鮮血の魔女』デュオの兄妹について知っている情報は?」
「それはお前の方が一番知ってるだろう」
「あちしとは別口の情報が無いかと思ってね」
「まぁ、そう言うなら情報は出すが、俺が知っている情報はお前に比べれば大したことがないぜ」
「それでもお願い」
「了解。
『鮮血の魔女』デュオの兄妹は2人。兄と妹。兄の方は12年前のハンドレ村を襲った魔物襲撃の際死んでいる。
ハンドレ村で生き残ったのはデュオと妹、そしてもう1人の子供。その後は王都のサウザルド孤児院で過ごすことになる。
その妹のトリニティは半年前に冒険者として独立し今は異世界人の仲間と共にエンジェルクエストの旅に出ている。
トリニティは冒険者であると同時に盗賊と案内人でもある。
この辺りは盗賊ギルドも関わっているから省かせてもらう」
とまぁこんなところだ。と大雑把ではあるが男は情報を提供する。
その内容はシフィルが把握している者と大差はない。
やはり共通の認識としてデュオの兄であるソロは死亡していることになる。
「今の情報はタダにしておいてやるよ。殆んどお前の知っている事だからな」
「ありがと。あとついでと言っては何だけど、『正体不明の使徒』について何か知っていることは?」
「これまたコアなところを突いてくるな。・・・もしかしてさっきの魔人と何か関係あるのか?」
流石に男も鼠をやっているだけあって、シフィルの探りに何かあるのかを感じ取っていた。
シフィルとしては最後のついでとばかりに『正体不明の使徒』を聞き出そうとしたのだが、どうやら目の前の男には通用しなかったようだ。
だがそれよりもシフィルは男の発した言葉に鋭い視線を向ける。
「コアなところって・・・何か掴んでいるの?」
「最近『正体不明の使徒』の目撃情報が多数上がってきているんだ。
何せやっこさんは全身黒ずくめだからな。目立つ目立つ。しかも何やら怪しい行動をしているっぽいぜ」
『正体不明の使徒』は全身黒ずくめで姿や能力が一致しないとされているが、デュオの話によればその正体はデュオの兄であるソロだと言う事だ。
そして数日中に王都を襲う事を考えれば、その不審な行動も何かの下準備なのであろう。
ソロが魔人であると言う確証は掴めなかったが、『正体不明の使徒』の不審な動きを考えればまず間違いなく王都は再び戦場と化すのは確定事項だ。
シフィルはそう思いながらも魔人と『正体不明の使徒』の関わりがほぼ間違いないだろうと判断しこの事を『月下』の仲間達に伝えに戻る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
シフィルの持ち帰った情報や他の者の集めた情報を精査していたところ、最後に戻ってきた鈴鹿が持ち帰った情報は驚くべきものだった。
「『正体不明の使徒』が魔人専用の使徒だって?
しかも持っている能力が全員バラバラ。そりゃあ正体が不明なわけだぜ」
ウィルは半ば投げやりな感じで唸り、シフィルもそんなんじゃ情報もバラバラなわけねと頭を抱えていた。
だがそれよりも問題だったのは、魔人の中にアレスト=グリモワールの名があったことだった。
約1か月前、王都を召喚魔物で襲った召喚師だ。
そしてデュオの兄・ソロの敵でもあり、デュオが(正確にはクオが)倒した相手だ。
そのことから死んだはずのアレストが蘇ったことから、鈴鹿曰く複数の能力を持つ『正体不明の使徒』ならば蘇らせる能力を持つ『正体不明の使徒』も居るのではと言う見解だった。
魔人の生まれ方から見ても『災厄の使徒』と『正体不明の使徒』ではまるっきり違う。
それ故、どちらかと言うと鈴鹿のいう蘇らせる能力を持った『正体不明の使徒』であるほうが納得がいった。
そして魔人である『正体不明の使徒』の中にアレストがいるのであれば何を起こすのであるかは明白だ。
すなわち1か月前の王都襲撃の再現だ。
それは絶対阻止しなければならない。これ以上の王都の混乱は避けるべき案件だからだ。
ピノはその為にも自ら王宮へ赴いて王都の警備を強化するよう陳情すると言う。
そしてウィルには冒険者ギルドへ行き、緊急クエストの発行をお願いするよう指示する。
残りのメンバーは他の『正体不明の使徒』を対処することになった。
そしてこの作戦会議に参加していない『月下』の残りのメンバーは王都を襲うであろう魔物を国王軍や他の組織と協力して排除することになる。
「あの・・・それでソロお兄ちゃんはどうするの・・・? やっぱり倒すのかな?」
今後の行動が決まっていく中で、トリニティがそろそろと手を上げ兄であるソロの処遇をどうするか聞いてきた。
「勿論倒すわよ。王都を、そこに住む人々の生活を脅かすのならね」
それに答えたのは心労で倒れ眠っていたのから目を覚ましたデュオだった。
「デュオ、もう大丈夫なのか?」
「ええ、心配を掛けてごめんなさい。大丈夫よ」
ウィルが心配そうにデュオに声を掛ける。
だが、その心配をよそにデュオは倒れた時のような狼狽した姿ではなく、しっかりとした芯の入った姿を見せていた。
「ソロお兄ちゃん・・・いえ、魔人ソロは倒さなければならないわ」
「でも、お姉ちゃん・・・」
「トリニティ、これは決定事項よ。
彼が悪事に手を染める前に、もしかしたらもう手遅れかもしれないけど、これ以上の犠牲を出さないためにもあたし達が彼を止めるのよ」
デュオの決意にトリニティも感化され腹を括るのが見て取れる。
「うん・・・そうだね。あたし達が止めてあげなきゃ」
「そう言う訳だから、彼はあたし達が相手をするわ」
デュオは自らの手でソロを止める為に立ち上がる。そしてトリニティも。
流石にトリニティだけでは不安に思ったのか、ウィルもそれに付いて行くと言い始めた。
「俺も一緒に行くぜ。言っておくが自分たち兄妹のことだって言っても嫌でも付いて行くからな」
「・・・もう、分かったわよ。その分前衛を頼りにしているからね」
多分言っても聞かないだろうと判断したデュオは半ば呆れ気味に了承した。
尤も対峙したソロの強さから見てもウィルの前衛の能力は心強かった。
「情報をくれたデュオの兄は別として、鈴鹿の話だと相手は私達『月下』の事も調べているらしい。
もしかしたら夜間襲撃があるかもしれないから警戒を怠るな。
私は王宮へ行く。ウィルは・・・デュオと一緒だからハルトが代わりに冒険者ギルドを頼む」
デュオに警告したソロの情報では1・2日以内に王都を襲撃するようだが、相手はアレストだ。予定通り行動するとは限らない。
もしかしたらこの瞬間にもアレストが魔物をしているのかもしれない。
その為ピノは夜遅くにも拘らず王宮へ向かう事にした。
ウィルの代わりにハルトも冒険者ギルドへ向かい、シフィルも盗賊ギルドへと向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「待て、こんな夜遅くに王宮へ何の用だ」
ピノが王都の警備強化を陳情しに王城へ来たのだが、当然のように門番に止めれる。
王宮勤めの者なら兎も角、こんな日も落ち暗くなった夜に王宮を訪ねる人物は怪しまれるのは当然と言えた。
だがそんなことはお構いなしにピノは門番へこう告げた。
「国王陛下に大至急お目通り願う。ピノ=ライラックが来たと伝えれば分かる」
「こんな時間に来て国王陛下に会わせろだと? 貴様が何者か知らんが出来る訳ないだろう!」
「いや、待て。ピノ=ライラックだと言ったな? クラン『月下』の『紅の堕天使』ピノ=ライラックか?」
2人いる門番のうち1人がどうやらピノの事を知っていたらしい。
門番の1人がピノを排除しようとしているのをもう1人の門番が止め、身分確認を行う。
「おい待てよ。幾らコイツがあの『月下』の者だとしても城の中へ入れられるわけないだろう」
「いや、違うんだ。上からのお達しで彼女――ピノ=ライラックが来たら自由に中へ入れても構わないって言われているんだ」
「はぁっ!? たかが一介の冒険者なのにか!?」
驚く1人の門番を余所にもう1人の門番はピノの身分証明としてギルドカードを確認したのち、少々待つように伝えピノの来訪を上司へと伝えに行く。
残った門番はピノを胡散臭そうに眺めながら同僚の門番が戻ってくるのを待っていた。
そんな風に見られるピノだが、どこ吹く風よろしく平然とその場に佇む。
「ピノ様、お待たせしました。こちらへおいで下さい」
戻ってきた門番は1人の騎士を伴いピノを城の中へ入るように促す。
ピノを様付した騎士はそのままエスコートし、そのままピノを連れて城の中へ入って行った。
それを見た門番の1人は信じられないような面持ちで呆然としていた。
何故ならその騎士は城門からエントランス内を警備する騎士ではなく、王族を警備する近衛騎士の1人だったからだ。
「え・・・? あいつ何者だ? 近衛騎士が出張るなんてあり得ないだろ・・・」
「知らない方がいい。俺達の任務は城門の警備だ。好奇心猫を殺すってな。下手な知識欲は己の身を滅ぼすぜ」
相方の門番の言われ、騒いでいた門番はそれ以降大人しく警備に当たっていた。
王城の中へ通されたピノは近衛騎士を先導に国王陛下が事務をする執務室へと向かっていた。
「ピノ様、王宮へおいでになるのは久しぶりですね」
「そうだな。私が冒険者になって以来か。出来れば来たくは無かったんだが、今回は状況が状況だ。この際だ、使えるものは使っておかないと。
それとピノ様はやめろ。私は一介の冒険者に過ぎない」
「それならばその言葉使いも何とかしてもらわないと。一介の冒険者は近衛騎士にそのような上からの言葉使いはしないものですよ」
「む? そうか。出来るだけ気を付けてはいるのだが、その辺りの事は未だによく分からん」
「ピノ様らしいことで」
話しているうちに執務室へと辿り着く。
ドアをノックし近衛騎士がピノを連れて来たことを告げ、入出許可が下りピノを中へと誘う。
執務室の中では夜遅くにも拘らずエレガント王国国王カーディナル=エレクシア=ジ=エレガントが書類に囲まれ事務をこなしていた。
隣では宰相のワンダ=イターナーが補佐をしている。
ピノを連れて来た近衛騎士は壁際へと下がり一応の警備をする。
「ピノ=ライラック、久しぶりだな」
書類にサインをしていた手を止め、カーディナルは急な訪問者であるピノを見据える。
「はい、国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。この度このような時間にもかかわらず御目通し願えたことに有りがたく存じます」
「やめろ。今さらそのような言葉使いは似合わぬ。いつも通りでいい。この場にはワンダとファンディッシュしか居ない。緊急の事案なのだろう? 早う申せ」
「助かる。流石に堅苦しい言葉は苦手でな。早速だが用件を伝える」
国王陛下を目の前にしてぞんざいな態度だが、宰相であるワンダも近衛騎士であるファンディッシュも何も言わない。
「近いうちに王都は大量の魔物に襲われるだろう。警備の強化を願いたい。王都住民にもいざと言う時の避難勧告が必要かもしれない。
近いうちと言ったが、下手をすれば今日明日事態は起こりうる」
「何があった。話せ」
流石にここ最近の王都情勢を鑑みれば王都が魔物に晒されると聞いてカーディナルは鋭い視線を向ける。
そこでピノは王都に潜む魔人であり『正体不明の使徒』の存在を告げ、そしてその『正体不明の使徒』達は王都を襲う事を目的とし、その中には召喚従魔師のアレストも居ることを告げる。
「そのアレストとやらはデュオが倒したんじゃないのか?」
「どうやら『正体不明の使徒』の中には蘇らせる能力を持つ者がいるらしい」
「最悪の組み合わせだな。蘇生の能力と召喚の能力。それに複数の『正体不明の使徒』・・・いや魔人か。
人より生まれいずる魔人。今後は魔力スポットを徹底的に調査・管理しなければならないか」
「陛下、それよりも今は先に王都の危機を排除する方が先決です」
「分かっておる」
ピノよりもたらされた情報にカーディナルは深いため息をつく。
何故こうも厄介事ばかり舞い込むのか。そう叫びたい気持ちで一杯だった。
「ここで嘆いていても仕方がない。今は出来ることをするべきだな。
ワンダ、大至急王都の警備体制を強化しろ。魔物の襲撃に伴う二次被害も警戒するのも忘れるな。いいか、決して住民に被害を出さないようにしろ。
ファンディッシュ、お前も俺の警備はいい。他の騎士達と連携して魔物を殲滅しろ」
「分かりました」
「はっ!」
前回もそうだったが、魔物の襲撃に乗じて強盗やら空き巣やらの二次被害も出ていたのだ。
カーディナルはそれを考慮し、ワンダにそれの対応もするように指示を出す。
そう考えれば前回の王都襲撃もいい意味で警備体制の穴を見ることが出来たので悪い事ばかりでは無かったのかもしれない。
「冒険者ギルドの協力も必要だと思って先に私の仲間がギルドマスターに状況を説明に行ってる。王宮からも使者を出し協力体制を築いた方がいい」
ピノの提案にカーディナルは前回の冒険者たちの自主的な協力を思い出していた。
後で協力をしてくれたクランにはそれなりの褒賞は与えたが、今回も冒険者ギルドと連携を取り緊急クエストとして扱えば、更なる冒険者が協力してくれるであろう。
「そうだな。冒険者ギルドに使者を出して冒険者の協力を要請しろ。ああ、ブルブレイヴ神殿の協力もあった方がいいな」
「そうですね。ブルブレイヴ神殿は戦力だけでなく治療院としても活動してもらいましょう」
カーディナルの言葉に従い、ワンダとファンディッシュはすぐさま行動を起こす。
残されたピノは用が済んだとばかりに執務室を後にしようとするが、そこへカーディナルから止められた。
「待て、ピノ」
「まだ何か?」
「・・・お前戻ってくるつもりはないのか?」
「・・・戻るも何も私は元々一般市民だ」
「はぁ、そう言うところは母親と似て頑固だな」
「その母上を手籠めにしたのは誰だ? お互い愛し合っていたのだろうが、己の立場を考えれば手を出すべきことじゃなかったはずだ」
「痛いところを突いてくるな。結果としてお前と言う娘を放置することになったんだからな。その諫言は素直に受け止めておくよ」
カーディナルが身分を隠し、冒険者であったピノの母親と恋愛の末生まれたのがピノだった。
ピノワール=プルージュ=レイ=エレガント。
エレガント王国の隠された第一王女。それがピノのもう一つの名だ。
ピノの母親の懇願により、ピノは王族としてではなく一般市民として生きることになった。
ピノの性別が女であることも幸いした。それにより王位継承権は与えられず、ピノは母親と同じ冒険者の道を歩むことが出来た。
そしてカーディナルは何かとピノの事を気にかけ、あれこれと会いに来たり手助けをしたりしてくれていた。
だが、ピノにとってはカーディナルは国王陛下としては尊敬をしているのだが、父親としては当然尊敬できる相手ではなかった。
それ故、カーディナルより王宮への出入りを自由に与えられてはいるが、これまで殆んどその権利を使用したことは無い。
今回の件があったからこそ利用したまでに過ぎなかった。
「ピノ、いつでも戻ってきてもいいからな」
「それは無い。私の家は『月下』だけだ」
そうつれない言葉をぶつけ、ピノは執務室から出ていく。
「はぁ、娘が逞しく育って嬉しいやら哀しいやら・・・」
自業自得なのだが、カーディナルはピノの母親を思いながら深いため息を吐く。
だがすぐさま思考を切り替え、これから起こるであろう召喚魔物による王都襲撃に対する備えの為に動く。
次回更新は4/28になります。




