42.その隠されし部屋の鍵は王家の血
「初めまして、カイン殿下。あたしの名はフェンリルです。もうご存知かと思いますが、100年前に魔王を倒しアルカディアに神として招かれた巫女神でございます」
「お初にお目にかかります、巫女神様。
この度エレガント王国王家に御目通し願いたいと。巫女神様には大変申し訳ございませんが、父上はスケジュールの都合が付かず、兄上たちも今は王宮には居らないのです。
故に我が巫女神様との謁見をすることとなりました」
カイン王子はフェンリルを前にして申し訳なさそうに今回の謁見に至る経緯を説明した。
カイン王子とフェンリルが謁見している応接間は銀竜の間と言い、謁見の間程ではないがかなりの広さを有しており、装飾も劣らぬ煌びやかさを放っていた。
謁見の間のように上座には2席の玉座に等しい豪華な椅子が誂えており、そこにカイン王子と『模倣の使徒・Copy』による影武者がが座っている。
そして左右には専任護衛でもある近衛騎士のイーカナと教育係兼宰相補佐のドック=イターナーが。
壁際には近衛騎士小隊長のスモルタ=イオタ始め小隊の騎士達が並んでいた。
それに連なるように冒険者ギルドへ依頼していた冒険者たち――『月下』のデュオや『梁山泊』のクランマスター・フウリンジ、『クリスタルハート』のクランマスター・ソクラテス、『黒猫』のサブマスター・ネコネコが並んでいた。
対するフェンリル側は、カイン王子の正面にフェンリルが、その背後にガイスト、レーヴェ、アマンダ、トーコ、イークフィが頭を垂れて並んでいた。
「あの、カイン殿下。巫女神と申しましてもあたしは元人間です。そして今は人間の体を以って地上へ降りておりますので、そこまで畏まらなくても・・・普通の冒険者として扱っていただければ嬉しく思います」
「む・・・しかし、神を王の下の位として扱うのはいかがなものかと・・・」
「いえ、あたしは地上に居る限り神の権限を使うつもりはありません。今のあたしは一介の冒険者に過ぎませんのでそのように扱っていただけないかと」
カイン王子は思案する。流石にこれ以上は折角の許しを下さる巫女神に失礼にあたる。
そう判断したカイン王子はフェンリルの言葉に従い、失礼のない範囲で一介の冒険者として扱う事にした。
「分かりました。これからは巫女神様・・・いいえ、フェンリル殿を冒険者として対応させてもらう。
それで、フェンリル殿は今回の謁見の申し込みはいかなる理由によるものだ?」
今度はもう1人のカイン王子が答える。
本人と影武者がそれぞれ言葉を発し、どちらかが本物か隠す為だった。
「はい、先ほど冒険者として扱っていただけるように言ったばかりですが、まずは神としてこの地を治める王家に御目通しをと、冒険者としてエレガント王国へお願いがあって参りました」
「ふむ、こう言っては何だが、フェンリル殿が地上へ降りてもう既に何日も経っている気がするが? 何故に今頃と言う気もする」
確かにフェンリルが天と地を支える世界へ降臨したと言う噂が流れ数日が経過していた。
面を通すと言う意味では些か遅いような気がするのだ。
「はい、それには神の力を抑えたこの肉体が馴染むのに時間を要したからです。
謝って力を制御できず王族の前で暴走をさせれば一大事かと思い、馴染むまで御目通しを控えていたのです」
フェンリルの言葉を聞きながら本物のカイン王子の目は普段の茶色から金色へと輝いていた。
カイン王子はその言葉を聞きながら己の祝福・真実の目でフェンリルの真偽を諮っていたのだ。
隣では影武者の『模倣の使徒』も細かいながら金色の目を再現していた。
だが、全てを見抜くと言われた真実の目はフェンリルの言葉の真偽を諮ることが出来なかった。
何故ならフェンリルの体が光の幕に覆われ、その眩しさ故に真実の目の力を阻んでいたのだ。
その幼さゆえ完全に祝福の力を使いこなせてはいないが、カイン王子にとってはこんな現象は初めてだった。
これが神の力を受けた人間なのかと思うほどに。
そんな動揺を悟られないようにカイン王子達はフェンリルとの会話を続ける。
「そうか、それほどまでに神の力と言うのは凄まじいのだな。謁見が今頃になったというのは分かった。
それでフェンリル殿は冒険者として願いがあってと言う事だったな。願いとはなんだ?」
「その前に、こうしてカイン殿下に御目通り頂いた記念に舞を披露したいと思います」
突然のフェンリルの申し出にカイン王子のみならず部屋に居た者達は戸惑いを隠せないでいた。
特にデュオは警戒をする。このフェンリルが『彼ら』の思惑を抱えた手先ではないかと疑っていたからだ。
フェンリル達は神の権限として特別に帯剣を許可されていた。その為、謁見する王族の前でも堂々と武器を所持していた。
フェンリルはおもむろに左右の刀を抜き、上段と下段に構える。
それを見た騎士達は思わず己の武器に手にし、警戒した。
「ああ、待って。これはただの剣舞よ。何もカイン殿下に襲い掛かろうと言うわけでは無いわ」
「よい、皆の者武器を収めよ」
カイン王子の言葉に騎士達は武器を収めるが、警戒は怠らない。
「では・・・
我、太陽神に願祀る。神をも魅了する女神を降ろし賜え。
神降し・アメノウズメ」
フェンリルの体から七色の光が纏う。
足を踏み出しステップを刻み、左右の刀を演舞のように振るう。
動くたびにシャランと効果音が鳴り響く。
刀を振り下ろし、あたかも敵がいるように舞い踊るその姿は見る者を魅了していく。
時には両手を広げて円を描くように回転し、時には高速でステップを刻む。
銀竜の間に居る全ての者はフェンリルの姿に見惚れていた。
「――魅惑の舞」
そして誰一人となくフェンリルのその言葉を聞き逃していた。
気が付いた時にはフェンリル達パーティーの姿は無く、上座の椅子に座るカイン王子の姿も無かった。
居たのは姿を崩したカイン王子――『模倣の使徒』だけだった。
「――なっ!? カイン殿下は何処だ!?」
「我々は一体――!?」
「巫女神様たちは!?」
「誰かカイン殿下を見た者は!? 一体いつの間に――!?」
「カイン殿下の真実の目は効かなかったのか!?」
一瞬にして銀竜の間はパニックに陥った。
そんなパニックの状況にカイン王子の影武者が何が起こったのかを説明する。
「カインはフェンリルに攫われた」
フェンリルが舞を踊ったと同時に周囲の人間が夢見がかったかのように反応を示さなくなったと言う。
ただ26の使徒である『模倣の使徒』にはフェンリルの細工が効かなかったらしく、それを察したフェンリル達は『模倣の使徒』を排除しようとした。
影武者らしく襲ってきたフェンリルを撃退しようとしたのだが、幾ら使徒とは言え1対多数、しかもフェンリルの細工は効かなかったが完全とは言えず、それなりに影響を受けていようで奮戦むなしくカイン王子は攫われてしまったと言うのだ。
何とか状況を伝えた傷ついた『模倣の使徒』のカイン王子はその姿を保てなくなり、本来の姿である影のような人型――ドッペルゲンガーへと姿を戻してしまった。
『模倣の使徒』から状況を聞いたデュオは警戒していたにも関わらずまんまと目の前でカイン王子を攫われた自分の不甲斐無さに憤りを覚えた。
「イオタ小隊長、イーカナさん」
デュオはこの後の対応の指示を仰ごうとスモルタとイーカナに声をかける。
「デュオ殿、見ての通り警戒していたにも関わらずこの様だ。すまないがカイン殿下の救出に手を貸して欲しい」
「それは勿論。ですが妙ですね。カイン殿下の真実の目は効かなかったのでしょうか?」
「それは・・・分からない。打ち合わせではカイン殿下が何かを見抜けばそれとわかるような合図を送る手筈になっていたのだが・・・もしや神としての力が殿下の目の力を阻んでいたのかもしれない」
「いえ、それはあり得ません。カイン殿下を攫った時点で彼女は神の名を騙る偽物ですよ。
殿下の真実の目が効かなかったのも、何時の間にか居なくなったのも何かしらトリックがあるはずです」
「そうッスよ! 殿下を攫う輩は悪人ッス! そんな奴が神な訳ないッスよ!」
専任の護衛であるイーカナは目の前でカイン王子が攫われたことに怒りを顕わにしていた。
「女神アリスが与えた祝福を誤魔化す術があると言うだけでも驚きなのだが・・・
そうだな、今はそれよりも殿下の救出が先だな。
デュオ殿は冒険者の方々を率いてカイン殿下の救出に当たってもらいたい。イーカナはデュオ殿と共に行動しろ」
「了解ッス!」
デュオは考える。偽物フェンリルは何の為にカイン王子を攫ったのか。
神の名を使えば謁見もすんなり通り、カイン王子――王族との接触も容易だ。その為にフェンリルの名を騙ったのだろう。
だが問題はその先だ。フェンリルの名を騙ってまで王族を攫う理由は?
命を狙うならば既にこの場で行っているだろう。
それとも城の外で命を奪う事に意味があるのかも知れないが、この場ではそれは判断できない。
誘拐――これは現時点で一番可能性がありそうだ。
王族を狙ってきたと言う事は他国がエレガント王国を奪いに来たと言う事でもある。
周辺国で誘拐を狙いそうなのはプレミアム共和国――国と言うより第二都市のシクレットの3つの闇組織のどれかと言う可能性が大だ。
もう一つ考えられるのが王族そのものに意味があると言う事だ。
よくある話で特定の血族――この場合は王家の血――に反応する封印解除とかが上げられる。
「イオタ小隊長、この城か王都周辺に王族のみしか入れない施設とか封印とかありませんか?」
「いや、そんな話は聞いた事が無いが・・・・」
「そうですか・・・ならば偽フェンリルの目的は誘拐・・・?」
だとしたら、こうしている間にも偽フェンリルは王都を脱出に向けて行動を起こしているだろう。
そうなれば火急速やかに王都の出入りの封鎖をしなければ逃げられてしまう。
それらの手筈はイオタ小隊長がやってくれるだろうとこの場は任せて冒険者のフウリンジ達を纏め、偽フェンリルの足取りを追おうとした。
と、そこへ1人の騎士がスモルタへ何やら紙の様なものを差し出していた。
紙の中を確認したスモルタはデュオは駆け寄り差し出す。
「デュオ殿、貴女のお仲間からのメッセージです。ナイフに括りつけて扉の陰に刺さっていたそうです」
受け取った紙を見るとそこにはシフィルからのメッセージが書かれていた。
偽フェンリルの狙いは王宮の地下にある封印の間に隠されたフルブレイヴ神殿から預かった三種の神器の一つ、力の御剣であると言う事を。
そしてその封印の間は王族の血――王位を持つ者とその直系の男子にしか反応せず決して開けることが出来ない事などが書かれていた。
デュオはフルブレイヴ神殿の力の御剣が王宮の地下にある事にも驚いたが、シフィルが封印の間の解除方法まで調べ上げていたことに流石だと思うと同時に首を突っ込み過ぎていないか少し心配した。
「イオタ小隊長」
「ああ、陛下にも連絡を入れて直ぐにでも騎士と兵を差し向けよう。デュオ殿には済まないがこちらの準備が整うまで先行して偽物のフェンリルを追ってほしい」
「分かりました」
デュオはイーカナに地下への案内を頼み、フウリンジ達を引き連れ王宮の地下へと向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王宮の地下へと向かう偽フェンリル一行と共に行動をしていたトーコは戸惑いを隠せなかった。
魔導戦士のガイストの背には気を失っているカイン王子が担がれていたのだ。
自分の憧れであるフェンリルが冒険者としてお願いがあると王族へ謁見を希望したのだが、気が付けば王族誘拐の片棒を担がされていたのだ。
「あ、あの! フェンリル様、これは一体どうゆう事でしょうか?」
「トーコ、驚くのも無理はないけど、これは必要な事なのよ。他の人に説明してもおそらく信じてもらえないからこうして強引な手を使わざるを得なかったけど」
「でも流石に王族を攫うのは・・・これって私たちどこからどう見てもお尋ね者ですよね!?」
これは神としての行動だから許されるのか?と思いながらも王族誘拐の罪の重さにトーコは身を震わせていた。
「大丈夫よ。全てが終わればあたし達のやっていることが正しいって分かってくれるわ」
「おい、前方に3名。この場で待機。声を出すなよ」
先頭を走っていたアマンダが足を止め、魔動機を起動させる。
起動した魔動機――幻影迷彩により、偽フェンリル達の姿が周囲と同化し溶け込んでいく。
偽フェンリル達の脇を3人の騎士達が偽フェンリル達に気づかず慌てて駆け抜ける。
アマンダはもう一つの魔動機――生命探査を操作し、周囲に人が居ないのを確認して幻影迷彩を解除する。
「おい、地下へのルートはこっちで間違いないのか?」
「間違いないよ。事前調査の時にラッツと一緒に扉の前まで忍び込んでいるから。
まぁ、ただここの王偵の目を盗んで調べるのには骨が折れたけどね」
「ラッツ達は扉の前で合流か?」
「そうだね。逃走経路を確保しつつここの王偵を抑える役割だね」
レーヴェは先導しているアマンダに道順が間違いないか尋ねられると苦労したと自慢しつつも自信を持って答えてくる。
事前調査で潜入した時にラッツと計画の作戦内容を練っていたので迷う事なく進むことが出来た。
既にカイン王子が攫われたことが伝わって来たのか、周辺の騎士や兵士の数が目立つようになってきて、少しばかり地下へ向かうのに時間が掛かった。
だが時間を掛けた甲斐があって誰とも会わずに目標である地下の封印の間の前まで来ることが出来た。
例外があるとすれば、その扉の前には数日前に偽フェンリルが叩きのめしたフェッツが立っていた事だった。
「よう、遅かったな。巫女神様の事だから手際よくもっと早く来るもんだとばかり思っていたんだが、どうやら俺の見込み違いだったかな?」
「フェッツ、何であんたがそこに居るのよ。ここは王宮よ。あんたみたいな安っぽい冒険者が入れるような場所じゃないのよ」
偽フェンリルの後ろに控えていたイークフィが目の前に現れた元相棒を見て声を上げていた。
偽フェンリルもまさか待ち伏せされていたとは思わず動揺するも、計画通りならこの後現れるラッツ達と合流する予定なので、たった1人で現れたフェッツにそこまで警戒する必要はないと判断した。
「あたしにも教えて欲しいわね。何であんたがここに居るのか。それともここの警備はザルなのかしらね? ああ、あたし達も入り込めるんだもの。そりゃあ甘いわね」
そんな偽フェンリルの言葉にフェッツはおどけて見せる。
「確かに、あんたらをここまで侵入を許してしまった王宮の警備は甘いと言わざるを得ないな。
相手が巫女神――神様が相手だとどうしようもない部分があると思うんだがなぁ・・・ああ、すまんすまん。あんたは神様なんかじゃなかったな。
なぁ、シクレットの隠密忍士の副頭領の1人、ハルカディアさんよ」
流石にフェッツのその言葉には偽フェンリル――ハルカディアは驚きを隠せないでいた。
まさかこんなにあっさりと正体がばれるとは思わなかったのだ。
三柱神の神器・三種の神器の一つ、力の御剣を手に入れる為に彼女は入念な下準備をしてきた。
組織の隠密忍士の集めた情報を元に、力の御剣の所在を調べ上げた。
表向きはフルブレイヴ神殿の秘宝庫に保管されているとなっていたが、実は神器の盗難を恐れてエレガント王国の王宮に隠されていたのだ。
しかも王家の血が無ければ拓く事が出来ないと言う封印の間に保管されていると言う事を調べ上げた。
それに対しハルカディアが取った方法は、大胆にもかつての英雄であり神に昇格した冒険者・フェンリルを名乗る事だった。
設定としてアルカディアより降臨し、人の肉体を以て地上で活動すると。
そしてフェンリルの名を使い名声を上げ、王国に謁見を申し立て王族を攫い地下の封印を解くと言う計画を立てたのだ。
全ては頭領のタカハマルの為に。
タカハマルは自分は一つの国に収まる器ではないと自信に溢れ、三種の神器全てを手に入れ天と地を支える世界を支配すると言う野望を抱いていた。
既に神器の一つ、光の宝玉は手に入れており、ここで力の御剣を手に入れれば残りは現世の鏡のみとなる。
力の御剣奪取の陣頭指揮を任されたハルカディアは今目の前に居るフェッツは邪魔でしかなかった。
流石に正体を見破られたのは動揺したが、先ほども考えたようにたった1人相手では何の障害にならないと平常心を保つことに努める。
「よく、あたしの正体が分かったわね。あんた・・・ただの冒険者じゃないのね?」
ハルカディアがはっきりと自分の正体を明かしたことに無理やり連れて来たトーコが動揺しているのが分かるが、今は放置する。
彼女の役割はこの後に必要であり、彼女の気持ちは重要ではないからだ。
ハルカディアは目の前のフェッツを鋭い視線で睨む。
何の障害にもならないが、正体を見破ったことに少しばかり警戒心を上げる。
「まぁ・・・ただの冒険者ではないな。なんせあんた達の天敵・盗賊ギルドの盗賊だからな。
しかも王国直轄の犬――あんた達シクレットに言わせれば王偵だったっけ? そこに所属しているもんだよ」
「なっ――!?」
流石にこれにはハルカディア達は警戒を強める。
王国を影から守っているこの国の盗賊ギルドはかなり厄介だった。
事あるごとにシクレットの暗部である暗殺者ギルド・呪術師結社、そして隠密忍士と対立し、エレガント王国への干渉を邪魔していたからだ。
「ああ、それからここに来る予定のあんたらのお仲間はうちの頭領たちが相手しているからここには来れないぜ」
ラッツ達の侵入すらも見抜かれている。
まさか全ての計画が漏れている――? そう思わせるほどフェッツの言葉はハルカディア達に衝撃を与えていた。
「それと動揺しているところ悪いが、あんたら重要な事を忘れてやしないか? 俺は誰とパーティーを組んでいた?」
一瞬何の事を言っているのか分からず考え込むが、その言葉の意味を理解すると同時に背後を振り返る。
そこに居るはずのイークフィは居らず、それどころかガイストが背負っていたはずのカイン王子すら居なかった。ガイストは奪われた際の傷を腕に負っていた。
「ちょっと、あっさりばらさないでくれる? もう少し時間を稼いでくれないと。まだトーコっちを引き離せていないんだけど」
「こっちは十分注意を引きつけておいたんだ。それくらい時間があったと思うんだが?
まぁいい、彼女は自分で何とかしてもらうか、もしくはシフィルが対処しろ」
「えー、バルドっち人使い荒ーい」
流石にここまで来るとハルカディアもイークフィ――シフィルの正体が分かった。
シフィルは入念に変装をしていたのか今では隠さずにその正体を現していた。
被っていた茶髪のカツラを脱ぎ去りくすんだ銀髪をさらけ出し、活発な雰囲気は鳴りを潜め今では落ち着いた佇まいを見せている。
「・・・そう、あんたも盗賊ギルドの盗賊なのね。あたし達に近づいたのはあたし達の正体と目的を探るため」
「ま、ここまでくれば誰でもわかるよね。そりゃあ神様が降臨したとなればその正体が本物かどうか探るのは当然でしょ。それが巫女神ともなれば尚更。
盗賊ギルドもあんた達の正体を調べたがってたから、あちしも協力をしたのよ。こっちもあんた達の正体を知りたかったから丁度良かったし。
あ、それと正確に言えばあちしはどちらかと言うと、クラン所属の冒険者としての盗賊だから盗賊ギルド所属とは言い言い難いかな?」
シフィルの言葉にハルカディアは彼女の正体を見抜けなかった事に悔いやむ。
とは言え、ハルカディアもシフィルがイークフィとして加入してきた時点で冒険者としての経歴・背後関係・目的等について調べているから一概にもハルカディアの不手際とは言えないだろう。
むしろ逆にその正体を隠し通せたシフィル達の方が一枚上手だったと言える。
「ち、やってくれるじゃねぇか。だったら今ここでお前ら2人を倒して王子を手にすれば何の問題も無いな」
ガイストは切られた腕をさすりながら傷をつけたシフィルを睨んでいた。
「うーん、ラッツ達は期待できないか。ま、それはそれで構わないか。物は考えようだね。逆に王偵たちを抑えてもらっているんだから」
レーヴェは合流予定のラッツ達を捨て駒扱いにしてでもこの場を切り抜けようと考える。
「問題は無い。この程度のイレギュラーは予定に入っている。私たちの目的は力の御剣だ。直前に敵が目の前に現れるのも十分考えられている。私たちがそれに対応した準備をしてきていないとでも?」
アマンダは幾つかの魔動機を取出し、シフィル達の排除へと行動をとる。
「ま、そうよね。ここでグダグダしててもしょうがないわ。あたし達はあたし達のやることをやるだけよ」
そんな3人の様子を見てハルカディアは直ぐに気持ちを切り替える。
要は目の前の2人を片付けてカイン王子を取り戻し力の御剣を奪う。それだけだと。
但しトーコのみは状況について行けずひたすらオロオロしていた。
そんなトーコをガイストが肩を引き寄せその場に押し付ける。
「悪いがお前はこっちだ。俺達の生贄になってもらわなきゃ困るんでな」
「生贄っ!?」
ガイストの言葉にトーコは慌てふためく。
その言葉通りなら魔王とかに命を捧げる供物になるのかと。
「ああ、生贄って言っても命や魂を捧げる生贄じゃないわよ。あたし達がこの場から逃げる為の生贄」
「そう言う事。トーコは俺らが逃げる為の囮って事」
「囮って・・・そんな・・・それじゃあもしかしてあたしをパーティーに入れたのって・・・」
「そうよ。その為だけに入れたのよ。精々あたし達を逃がすための騎士達の足止めになって頂戴ね」
ハルカディアに続いてレーヴェがキッパリとトーコを最初からここで切り捨てる為の仲間としてパーティーに入れたのだと断言する。
憧れの巫女神フェンリルが偽物で強盗の片棒を担がされようとしているトーコは混乱していて仲間なのか仲間でないのか正常な判断が出来なくなっていた。
「因みに幾ら騙されたとか言っても周りは誰も信じないわよ? 何せ巫女神フェンリルとパーティーを組んでいたお仲間なんだもの。
騎士達は逃げたあたし達の情報を引き出そうと貴女を拷問にかけるでしょうけど、お仲間の為に口を割らないと思うでしょうね」
数週間仲間としてパーティーを組んでいたトーコは既に周囲にはフェンリルのパーティーとして認識されているのだ。
ここで騎士達に捕まり何も知らないと叫んだところで誰も信じないのだ。
寧ろハルカディアの言う通り仲間の為に口を閉ざしていると思われかねない。
「あちし達がトーコがあんたらの仲間じゃないって証明できるけど?」
「何を言っている。ここでお前らは殺されるに決まっているだろう? でなければ私たちがここから逃げれないではないか」
シフィルの言葉をアマンダは否定する。
それもそのはずハルカディア達はここから逃げ延びた事を前提に話しているのだ。
ここで捕まることは死を意味している。作戦が失敗した時のことなど考えられないのは当然と言えよう。
「おう、強気だねぇ。一応3対2でこっちが不利だけど、少しでも時間を稼げば有利になるのはこっちだぜ?」
「言った筈だ。イレギュラーも予定に入っていると。
空間圧縮解除。自動機械人起動」
アマンダはいくつか持っていた魔動機のうちの一つ、手のひらサイズの箱形の魔動機を床に置き起動させる。
アマンダが使った箱形の魔動機は空間圧縮型の収納魔動機・四次元収納室で闇属性魔法のシャドウゲージのように容量の許す限りアイテムを仕舞う事が出来るのだ。
アマンダが四次元収納室を解除すると蓋が開き、中から機械の姿をした人型が4体現れた。
手には剣と盾を備え起動と同時に前後に展開する。
「ちぃ、自動機械人だと? 厄介なもん持ち出しやがって。
おい、シフィル! こんなの情報に無いんだが?」
「ありゃぁ~、流石に四次元収納室の中身までは調べられないよ」
封印の間の前は狭い廊下でバルドとシフィルは前後で挟み込む形の立ち位置に居た訳だが、アマンダが展開した自動機械人の所為でこの場に止めておくのが難しくなってしまっていた。
おまけにシフィルの背後には未だ気を失っているカイン王子が居る。
カイン王子を守りながらハルカディア達と戦わなければならないのだ。
「さて、と。どうしたもんかね。そろそろデュオっち達が来てもいい頃なんだけど」
次回更新は3/1になります。




