38.その愛の絆は決して消えることはない
こちらでもまさかの2万文字越え。
「ちぃ! その炎、やっぱ邪魔だな!」
「どうした、人間! 貴様はその程度でしかないのか!? これだったら先の戦闘の時がマシだったぞ!」
炎纏装を纏った炎乃華がウィルに迫る。
炎を操り纏った炎を拳に集め一撃を放った。
「爆拳!」
拳戦技の爆拳は纏った炎により更なる威力で着弾と同時に爆発する。
ウィルは拳の接触の瞬間、オリハルコンのバスターソードを当てて攻撃を逸らすも、接触時の爆発により体勢が崩れた。
そこへすかさず炎乃華が蹴り戦技の二連旋風脚からの踵落としをウィルの脳天にお見舞いする。勿論炎を纏った状態でだ。
ウィルは二連旋風脚を剣の腹で受けながら踵落としを柄頭で弾き、そのまま掬い上げる形で牽制の一撃を放つ。
ウィルの攻撃を避けた炎乃華から距離を取り、ウィルは一先ず息を整えた。
炎乃華の攻撃自体は対応出来ないことは無いが、炎纏装が地味に邪魔だった。
炎を纏った攻撃も然ることながら、近づくだけで炎の熱にやられるのだ。
「さて、と。そろそろ・・・かな?」
再度迫りくる炎乃華に剣を向ける。
左右の連撃、回し蹴り、体当たり、そのすべてを剣で弾き防御に専念する。
「どうやら見込み違いだな。人間にしては気概があると思っていたが、所詮ここまでの人間のようだ」
防戦一方のウィルを見て、炎乃華は落胆した。
炎乃華はこれまで見た人間は玉藻の前の言う通り下賤な輩にしか見えなかったが、ウィルは違ったように見えた。
仲間を思い、己の信念を貫く強さを見たような気がしたのだ。
だが、結果は見ての通りだった。
あれだけ大言していたにも拘らず、今では己の身を守る事すら危うい。
「もういい。止めだ」
炎乃華はウィルを仕留める為、体に纏っている炎を総べて拳に集中し、一撃必殺の拳戦技を放とうとした。
「会心撃!!」
間合いを詰め拳を放とうとした瞬間、最大限まで纏っていた炎は何故かか細く今にも消えそうになっていた。
「っ!?」
「スラッシュインパクト!!」
ウィルは炎乃華が驚いている隙をついて剣戦技を放ち一撃を加える。
掬い上げによる袈裟切りにより炎乃華の体に大きな傷跡を作る。
追撃を放とうとするもカウンターで膝蹴りを放たれ、それを防いでいる隙に距離を取られた。
「・・・何をした」
「おいおい、あんたが炎纏装を使ってくるって知っているのに対策をしてこないわけないだろう。
悪いがあんたの炎を封じさせてもらった。
――フィールドピット。うちのサブマスターの知り合いの錬金術師から貰った精霊の活動をある程度操るマジックアイテムだよ。
気が付かなかったか? 今このフィールドは火の精霊が弱く、氷の精霊が強くなっているんだよ」
言われてみれば周囲の気温が下がり、霜が降りていた。
そして己の身に纏っている炎を見れば燃料が切れたみたいにとぎれとぎれになっていた。
「ウィル殿! ホットポーションでござる!」
何処ともなくから飛んできたポーションをウィルは受け取り飲み干す。
ホットポーションによりウィルの体が温まり、氷点下まで下がった気温をものともせず活動することが出来る。
「ふん、小賢しい人間が思いつくようなことだな」
「知恵を絞っているって言ってほしいな」
ウィルは今回の再戦の対応策として錬金術ギルドのエルフォードから指定した範囲の精霊の活動を制御するマジックアイテム(試作品)を譲り受けていたのだ。
楔の様な杭を地面に打ち込み囲むことで指定した精霊の活動を操作する。
ウィルが炎乃華の注意を引きつけている間、ジャドが周囲にフィールドピットを撃ち込み火の精霊を抑え氷の精霊を呼び起こし炎乃華の炎纏装の能力を制限させたのだ。
勿論そのままだとウィルの体も氷に覆われて動けなくなるのでホットポーションで対応している。
おまけの効果として精霊操作の上下の連動により、火の精霊を使っていればいるほど氷の精霊の活動が強くなるようになっていた。
こうしている間にもどんどん炎は消え、気温は下がり炎乃華の体にも霜が付き始め次第に氷に覆われて動きを封じていく。
「悪く思うなよ。策を弄するのも人間の強みなんでな。
これで止めだ!」
ウィルは氷に足を覆われながら動きを封じられた炎乃華に向かって止めの一撃を振り下す。
その瞬間、ほとんど消えていた炎纏装が爆発するように炎を吹き上がらせ拳に集まり手刀がウィルの脇腹を抉り取る。
「なっ!? がっ・・・!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ジャドがフィールドピットを撃ち込み起動させる少し前、ハルトと地穂はぶつかり合っていた。
ハルトはジャドに預けておいた幾つもの刀を地面に突き刺し順次用途に応じて使い分けていた。
「盾凪!」
盾凪は一切の攻撃力を持たない刀だが、こちらの態勢に一切関係なく接触の瞬間に弾き返す能力を持った防御に特化した刀を左手に持ち、地穂の放つ砂の斬撃を弾き返す。
尤も斬撃と言うよりやすりの様に削り取る攻撃だが。
「宗司!」
攻撃を防ぐと同時に右の刀で突き技を放つ。
宗司は一突きで3つの突きを同時に放つ刀だ。
ハルトの放った突きは地穂の纏った砂纏装を突き破り両腕・脇腹を貫いていく。
だが地穂は己の体もお構いなしに淡々とハルトに向かって砂を纏った手刀を振りかざしていく。
「何なんだ、てめぇは。ちったぁ自分の体の心配位しろよな!」
「我、作られし身体。最優先目標、マスターの敵」
自分の体は顕現魔法により作られた身体であるから壊れることは厭わず、最優先されるべきは玉藻の前の敵を倒すことのみ、と言っているのだ。
ハルトは言いたいことが何となくだが分かり、途端に機嫌が悪くなる。
「そこには自分の意思は関係ないってか? 胸糞悪ぃぜ。
それを命令している九尾もだが、それに黙って従っているてめぇにもな!」
ハルトは宗司を捨て、別の刀を引き抜き地穂へと打ち付ける。
砂纏装により防御力が向上しているので腕で受けようとした地穂だったが、何故かハルトの打ち込む刀が砂を弾き地穂の腕を斬り裂く。
ハルトが今振るっている刀は風見鶏と言う名の少々の強風を吹きつけるだけの能力しか持たない刀だ。
とは言え、その風を圧縮させ打ち込む瞬間のみに限定させれば相手のバランスを崩すことが出来たり、逆に吹き付けることによって斬撃の速度を上げたり意外と応用が利く刀だったりする。
今回は風を吹きつけることにより砂纏装の砂を弾き飛ばしてその防御を無効にしていた。
だが、地穂はそんな攻撃もお構いなしにこれまでと同様淡々と攻撃を続行していた。
「くそっ、これだから意思を持たない人形相手ってのは・・・!」
剣姫二天流程ではないが、右手に風見鶏、左手に盾凪を構え、地穂の攻撃をいなしながら斬撃を加えているが、地穂のほぼ捨て身の攻撃の前に次第に追い込まれていく。
ハルトはそれでも辛抱強く刀を変えながらあるポーションを飲みながら防御と攻撃を続けていく。
暫くすると、今度は地穂の方が追い込まれて行った。
動きは鈍くなり、砂装の砂の動きも鈍くなり始めたのだ。
「機動能力低下。原因不明・・・解析完了。氷の精霊の妨害。土の精霊活動低下」
「おうおう、やっと効いてきたか」
ジャドの仕掛けたフィールドピットが利いてきたのだ。
火属性の能力を使っていたわけでは無いのでそれ程でもないが、確実に氷の精霊により阻害され地穂の体は動きが鈍くなっていた。
「折角生まれて来たんだからちったぁ笑えよ。でなければ楽しくねぇだろう。
何度でも生まれてこれるんだったら、今度は笑って生きられるようにして貰え」
動きが鈍くなった一瞬を見計らってハルトはここぞと言う時の為に温存していた腰に差していた鬼丸国綱――ハルトの中で神木刀ユグドラシルを手に入れるまで最高の攻撃力を誇っていた――を引き抜き地穂に向かって振り下す。
「エマージェンシー・風美奈。コンタクト完了。リブート・砂纏装。再攻撃」
動きの凍っていた地穂の周りに熱風が巻き起こり、砂纏装は砂嵐となってハルトを吹き飛ばした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ジャドは風美奈を地穂から上手く引き離し、周囲にフィールドピットを撃ち込みながら風美奈と対峙していた。
「フィールドピット起動でござる。モード氷上昇火下降」
「あら、何やらこそこそ細工していたみたいだけど準備が整ったみたいね。で、何をしたのかしら?」
「それはこれからのお楽しみでござる」
ジャドはシャドウゲージから炮烙玉を取出し風美奈へと投げつける。
フィールドピットは起動したばかりでまだ火の精霊は活動しているので炮烙玉の火力は落ちていない。
着弾した炮烙玉は風美奈を巻き込んで爆発を起こす。
その間にもジャドは風美奈の動きを封じるための策を準備する。
ジャドの目的は風美奈を倒すことではなく、ウィルとハルトの邪魔をさせずにこの場で動きを留めておくことだ。
地面に幾つものデュオオリジナルの罠魔法のトラッピングバインドを仕掛けつつ、シャドウゲージからロープを取出し粉塵収まらぬ中の風美奈に向かって束縛魔法を放つ。
「ロープバインド!」
放たれたロープは粉塵の中に目がけて進むも、何かに弾かれたように周囲に吹き飛ばされる。
それと同時に煙が晴れ、中央に居た風美奈から手刀によって放たれたカマイタチが飛んできた。
「む、一筋縄ではいかないでござるな」
カマイタチを斬り裂きながら位置を変え、風美奈に向かって忍術戦技を続けざまに放つ。
「土遁・岩斬槍!」
地面から生えた槍の刃が風美奈を襲うが、纏っていた風の鎧によって弾かれた。
「あれが、ウィル殿たちが言っていた祝福でござるか」
先ほどの炮烙玉による爆発も、この風纏装によって阻まれていたのだ。
「まだまだこんなものじゃないでしょ? もっとおねーさんを楽しませてよ」
「生憎、拙者女性をもてなしたことが無いでござる故、それ程楽しんでもらえるか分からないでござるよ」
そう言いながら今度は煙玉を叩きつけ、周囲の視界を遮る。
だが風美奈の司る属性は風纏装から分かるように風だ。
腕を一振りで煙は吹き飛ばされ視界は回復する。
「あれ?」
煙を晴らした風美奈はつい一瞬まで目の前に居たジャドが居なくなったことに目を丸くする。
あの一瞬で姿を眩ますとは面白い、とそう思いながら足を一歩踏み出し、先ほどジャドが仕掛けた罠魔法のトラッピングバインドの魔法陣に足を取られた。
強引に罠を抜け出そうと一歩踏み込むとそこにまたトラッピングバインドが仕掛けられ、連鎖的に動きを阻害されていた。
しかも火の精霊の活動が抑えられ、氷の精霊が活発になり風美奈の体にも霜が付き始める。
「ふーん、なるほどね。あたしの動きを封じつつ、周囲の精霊の動きを制御する、ねぇ。やるじゃないの。
でも残念。ここに居るのがあたしでなければ上手くいってたのにね」
そう言って風美奈は両手を広げて風の塊を離れた炎乃華と地穂へと送り込んだ。
ウィルの居た方では爆炎が吹き上がり、ハルトの方では砂嵐が巻き起こっていた。
同時に風美奈の体を覆い始めていた霜は完全に吹き飛ばされ、暴風が風美奈の体を覆い風の力で宙に浮かび上がる。
「何をしたでござるか?」
「ふふ、簡単な事よ。火は風を送り込むことによって勢いを増し、砂は風によって砂嵐へと化す。
あたしの風は炎乃華と地穂を援護するのに最適なのよ。貴方がサポートに向いた職業に就いているようにね」
尤もただ風を送るだけでなく、風を圧縮させて熱を持たせて炎乃華や地穂の体温を温めたりもしている。
そして自分は風纏装の力を全開にし、暴風を以ってジャドへとあたる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うふふ、この毒霧の中で何時まで持つのかしら。楽しみだわ」
水の衣――水纏装に身を包んだ瑞月は妖艶に微笑みながらシフィルとアルフレッドを見ていた。
周囲には薄っすらと紫がかった霧が覆っており、2人の動きを阻害しようと漂っている。
盗賊としてシフィルは幾つもの毒対応も準備しており、アルフレッドにも解毒薬を渡しそれらを服用することによって2人はこの毒霧の中でも動き回ることが出来ていた。
だが、流石に長時間も毒霧に晒されていればいくら解毒薬を服用しようと毒に蝕まれて行くのは目に見えている。
この毒霧を晴し早急に目の前の瑞月を倒さなければならないのだが、瑞月はのらりくらりと2人の攻撃を躱しながら間接攻撃ばかりを仕掛けていた。
「ウインドブレス!」
アルフレッドが風属性魔法の強風で毒霧を晴らすが、瑞月の水纏装からにじみ出る蒸気によってあっという間に周囲が毒霧に覆われる。
「ちぃ、キリが無いな! 霧だけに!」
「実はアルフレッドっち、まだまだ余裕でしょ? そんなダジャレを言うくらいだからね」
「だったらよかったんだがな。残念ながらこれは結構ヤバいぜ」
杖を構え瑞月を見据えるアルフレッド。
レイピアを二刀用いて構えるシフィル。
そんな2人をあざ笑うかのように瑞月は周囲にピンポン玉大の水玉を浮かび上がらせ、散弾の様に放つ。
「ヴェノムショット」
その水玉は毒々しく濁っており、この毒霧とはまた違った毒だと見て取れる。
「ウェイブキャノン」
そしてその毒の散弾の意識を逸らすかの様に上空に巨大な水球を作り上げる。
「アクアウィップ」
と思わせておいて今度は正面から水の鞭を放ち毒の散弾を避けるタイミングを奪う。
3つの同時攻撃により2人は回避を余儀なくされた。
シフィルは兎も角、魔術師であるアルフレッドは全てを躱すことは出来ず、毒の散弾により着弾した腕は爛れ、鞭による攻撃がアルフレッドを吹き飛ばす。
幸いと言うか、頭上の水球は意識を逸らす為だったので今は追撃として落としてはこなかった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「アルフレッドっち!」
シフィルは腕を抱え悶えているアルフレッドに慌てて駆け寄り錬金術師のエルフォード謹製のキュアポイズンポーションを掛けるも、猛毒の攻撃であるため痛みを和らげる効果しかなかった。
「くそ・・・! 相性が悪すぎる・・・!」
「まさかここまで毒に拘った攻撃をしてくるとは思わなかったよ。てっきりホームを崩したみたいに水瀑布をけしかけて来ると思ったんだけどね」
しかも一気に攻撃を仕掛けて来るのではなく、じわじわと嬲るように追いつめて来るのだ。
「あらあら、これくらいの攻撃でもう音を上げるのかしら。もっと私を楽しませてくださいな」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お爺ちゃん・・・!」
デュオの前に現れたのはかつて幼きデュオを救った謎のジジイだった。
謎のジジイは片手で持ち上げた黄金のハンマーでデュオに襲い掛かろうとしていた4人の顕現獣を次々吹き飛ばす。
「お爺ちゃん、何でここに?」
「なぁに、悪戯をしたペットを躾けに来たのじゃよ」
そう言いながら謎のジジイは奥でこちらの様子を伺っていた玉藻の前を見る。
「誰がペットじゃ、主殿。妾をかつての妾と一緒にしないで貰いたいのう」
「やれやれ、何でこう捻くれてしまったのじゃろうな。ついこの間まで順調に浄化が進んでいたはずなのじゃが」
玉藻の前はかつて謎のジジイを主と仰ぎ従っていたことがある。
100年前、一時的に目覚めた時に若かりし頃の謎のジジイがその内から溢れ出る強者の威光にひれ伏したのだ。
そして謎のジジイも玉藻の前が巫女神に倒された後、その負の魔力を引き続き浄化させるため再び再生水晶へと封じ込めた。
そして時折様子を見に来ては歴代の管理者の狐人や3人娘に助言を行いながら浄化の進捗状況を確認していた。
その時は順調に負の魔力が消え、もう何年かすれば心優しき九尾の狐が戻ってきていたはずだったのだ。
「あのあの! ちょっと前に冒険者が姫様の寝所を荒らしに来たのです!」
「あの冒険者共こともあろうに姫様を攫おうとしたのよ!」
「ぁう・・・あれは悪い冒険者でした」
戦闘の邪魔にならない様に控えていた3人娘から1か月前の騒動の顛末を聞かされた謎のジジイは盛大に呆れていた。
「はぁ、何時になっても素行が悪い馬鹿ものが居るものじゃのう。それもここを現実と認識していない異世界人の弊害か。
まぁ、何にしても玉藻の前を止めなければの」
「妾にとっては件の冒険者共には感謝しておるぞ? 何せ本当の妾を取り戻せたのじゃからの」
「いや、本当のお前を取り戻すのはこれからじゃ。儂が直々に思い出させてやる」
謎のジジイは黄金のハンマーを肩に担ぎ有無を言わせぬ威圧を放つ。
それに待ったをかけたのはデュオだ。
「おじいちゃん、ちょっと待って! あの九尾の狐を倒すのはいいけど、その後ろのクオは倒しちゃ駄目よ!」
「ほう? 先ほどから気になっていたが、デュオの様子じゃあのちっこいのは玉藻の前の予備とかそういうのじゃなさそうじゃの」
「うん、あたしはあの子の母親よ。必ず守るって約束してるのよ」
「は?」
思いがけずデュオの口から出た母親と言う言葉に謎のジジイは戦闘中にもかかわらず思わず呆けてしまった。
その後、デュオから大雑把ではあるが事情を聴き納得する。
「なるほどのう。おそらくじゃが、1か月前に入り込んだ冒険者の所為で再生水晶に影響が出て、浄化して出来た優しい心が外に飛び出しクオとして生まれ出てしまったのじゃろう。
そして残った体の方には元の負の心が蘇ってしまったと」
「そっか、生まれ変わったばかりだからクオはまだ幼く自我も芽生えてなかったのね」
「じゃが、折角生まれた自我もあの状態では今の玉藻の前にすり潰されてしまうのう。完全に消されてしまう前に助け出さなければ」
「うん、お爺ちゃん。力を貸して」
「勿論じゃ」
「・・・下らぬ会話は終わりか? 主殿の顔を立てて待っておったが、下らぬ過ぎる。
主殿も地に落ちたの。あの時の人間を見下す様に妾は心の底から感銘を覚えたと言うのに、今の主殿は侮蔑に値するのじゃ。
せめてもの情けじゃ。妾の手でかつての威光と共にその命を終わらせてやるのじゃ」
玉藻の前の言葉と同時に、それまで控えていた4人の顕現獣が襲い掛かる。
光纏装を纏い光の速度で迫る光璃に、雷速で雷纏装を弾けさせ雷電を発する雷千、闇の力で攻撃を吸収し威力を削ぐ闇纏装を纏う闇離、どっしりと構え不動の防御力を誇りそうな氷纏装を身に纏う氷檻。
一癖も二癖もありそうな顕現獣がデュオと謎のジジイに迫る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
フィールドピットで下げた周囲の気温は、風美奈の援護で力を取り戻した炎乃華の炎纏装の力により常温を取り戻していた。
「ぐぁ・・・!」
そして拳に圧縮された炎は高温を示す青色となり、手刀を覆う形で刃と成し、炎乃華の振るう炎の手刀によりウィルの体は切り刻まれていく。
ウィルは防戦一方になりながらも手にしたバスターソードで手刀を弾きながら距離を取る。
「残念だが、これで終わりだ。
人間にしてはよくやった。だが我らがそれを上回っていただけの事。我に切り札を出させたことを誇りに思って死ぬがいい」
炎乃華の放った火炎弾がウィルに襲い掛かる。
先の不意の一撃により抉られた脇腹の痛みにより、動きの鈍ったところに火炎弾が決まりウィルは吹き飛ばされる。
辛うじて地面へ伏せることなく立っていられたが、そのまま炎乃華が間合いに飛びこまれるのに対応できずにまともに一撃を喰らってしまう。
炎乃華の放つ一撃はウィルの体を貫き、炎の手刀は血を流すことを許さず傷口を焼き焦がす。
「がは・・・」
手刀を抜き取り、支えの無くなったウィルは今度こそ力なく地に伏せる。
それを炎乃華は少し複雑な思いで見ていた。
最初は下賤な人間と思って見下していたが、二度の戦闘でウィルの思いがけない強さに少なからず見直していた。
もしかしたら人間の中にも己の信を預けることが出来る者もいるのではないかと。
だが炎乃華は玉藻の前の顕現獣であり、主の命により侵入者を排除しなければならなかった。
そんな思いで見ていたウィルの体が突如陽炎のように揺らぎ消え失せる。
「なっ・・・!?」
「隙だらけだぜ!
――バスターブレイカー!!」
動揺している炎乃華の背後からウィルが現れ剣戦技の一撃を放つ。
慌てて手刀で防ごうとしたが、ウィルの放った渾身の一撃はそのまま炎乃華の体を縦に斬り裂いた。
先ほどとは逆にウィルが炎乃華を見下ろす形となり、炎乃華は呆然と二つに斬り裂かれた自分の体を見た後、ウィルを見上げる。
「どう・・・なっている」
「お前が貫いたのはジャドの忍術戦技の影分身と変装で作られた偽物だよ。
火炎弾をまともに受けた振りしてその隙に入れ替わったんだ」
受けた振りをしたとは言え、脇腹の一撃はかなり堪えておりウィルも立っているのがやっとだった。
「仲間の力を借りたのか・・・」
「言ったろ? 人間は仲間を助けるのは当たり前だって。俺達はお互い助け合って生きているんだ。
お互い仲間の力を借りて自分に足りない部分を補って戦う事だってあるんだよ。
尤も今回みたいな騙し討ちはお前にとっては納得いかないだろうがな」
「・・・いや、そんなことは無い。仲間の協力によって倒されるのは悪くない気分だ」
倒されたことによって存在が維持できなくなった顕現獣は次第に光の粒子となって消えていく。
だがその顔は何処か納得したような表情で微笑んでいた。
完全に消え去った炎乃華を見届けてウィルはようやっと腰を落として一息を付く。
ハルト達の援護に行くにもデュオを追いかけるにしてもまずは動けるようにならなければならない。
脇腹の傷は、幸いと言うか炎によって焼いて塞がれていたので出血の心配はない。
ウィルは取り敢えずアイテムポーチからポーションを取り出して体力の回復に努めた。
「くそ、思ったよりも時間が掛かりやがった。早くデュオの元へ行きたいところだが・・・ハルトとジャドの奴も結構苦戦してそうだな」
ウィルはデュオを気にしてはいたが、まずは仲間を援護するのが先決と周囲に気を配りながら回復した体に鞭を打って歩き出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
地穂を中心に砂嵐が吹き荒れる。
砂嵐が収まった後には削り取られた建物が散乱しており、目標であるハルトもこの砂嵐の前には為すすべもないはずだった。
だが、地穂の目の前には五体満足なハルトが居た。
ハルトの目の前には3つの刀を頂点とした三角形の盾が宙に浮かび、砂嵐を防いでいたのだ。
この刀――釵斬は1本だけでは何の意味もなさない刀であり、3つ揃って初めて効力を発揮する。
「はっ、まさかこんな時に任命されるとはな・・・運がいいんだか悪いんだか」
しかしハルトの周囲に浮いている刀は3本の釵斬だけではなかった。
ハルトが持ってきたコレクションの刀が全て宙に浮いていた。
「理解不能。何故武器が手元に所持」
地穂は目の前の光景に疑問を浮かべた。
そう、ハルトと地面に刺していた刀は距離があったはずだ。
しかも砂嵐により、刀はバラバラに吹き飛ばされてしまったのを地穂は確認していた。
「そこは、まぁ、新たな力に目覚めたって事だな。
刀を自在に操る能力――自在刀にな!」
ハルトは周囲に浮かぶ刀を操り地穂へと差し向ける。
砂纏装を広げ砂の斬撃で迫りくる刀を撃ち落とそうとするも、ハルトは巧みに刀を操り常に地穂の死角から息をつく暇も無く斬撃を浴びせる。
このピンチに狙い澄ましたかのようにハルトは女神アリスより『刀装の使徒・Katana』に任命されたのだ。
クエストによりけりだが、通常使徒の命を奪わなくてもクエストをクリアし使徒の証を授けることが出来る。
だが場合によっては命を落とすことがある。
その場合、女神アリスが天地人の中から後任を任命することがあるのだ。
「自在刀・鎮魂歌!」
狙うは地穂の核があると思われる胸の中心。
前に刀狩りのスケルトンが地穂を倒したときに力が集まっている核を見たような気がしたのだ。
ハルトはつい先ほど任命されたとは思えないほどの使徒能力を操り、先ほどまでの死角を狙う攻撃から地穂の核を狙う一点集中に切り替えた
地穂も狙いが自分の中の核であると気が付き、砂纏装を集中させて流星のように次々襲い掛かる刀を防ぐ。
だが、弾いても弾いても次々襲い掛かる刀に、遂に地穂の防御を破り核を貫いた。
「がふ・・! コア損傷・・・機動・・・不可能・・・」
核を貫かれた地穂はそのまま地面へと伏し光の粒子となって消え去った。
それを見たハルトはようやく一息を付くと、急にどっと疲労が襲ってきた。
幾ら使徒の能力を上手く扱おうと、ぶっつけ本番であれだけの事をしたのだ。無理がたたってその分疲労が増大していた。
「ああ、くそ。ったく、面倒な事になりやがった。
俺が使徒だって? 女神様も冗談がキツイぜ。まぁ、今は助かったけどよ」
今後の使徒の仕事を考えると頭が痛いが、今この土壇場に於いて使徒の能力が目覚めたとは有りがたかった。
取り敢えずは目の前の敵を屠ったので、後は打ち合わせ通り残りの敵を屠るためハルトはその場を後にする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どういう事? 炎乃華と地穂の気配が消えた―――?」
「それは拙者の仲間が倒したからでござるよ」
風纏装の圧倒的風圧でジャドを近づけさせず、遠距離からカマイタチを次々放ち余裕を以って攻撃していた風美奈の顔の驚愕の表情が浮かび上がる。
無論ジャドはウィルが炎乃華を撃破したのを確認しているし、ハルトの方は疑問に思うまでも無い。
「ふーん、結構やるじゃないの。でも、ま、あたし1人でも貴方達を倒すのに十分よ。
確かにあたしはサポート向けだけど、全く戦闘が出来ないわけじゃないわよ? 寧ろ風は何にでもなりうる万能の武器でもあるわ」
風力で浮いている風美奈からカマイタチの他に、小型の竜巻や圧縮された空気爆弾やらが四方八方へと放たれる。
圧倒的風の暴力の前にジャドは為す術も無く吹き飛ばされた――かのように見えた。
錐もみしながら吹き飛んでいたジャドの体は陽炎のように消え失せた。
「は?」
「隙ありでござる!」
そして宙に浮かんでいるはずの風美奈の頭上からジャドが現れ背にした刀を振り下す。
風美奈は慌てて風を頭上へと向け圧縮空気弾を爆発させるも、そのはじけ飛んだジャドもまた陽炎のように消え去ってしまう。
「はぁぁ!?」
「水遁・水流槍!」
今度は地面からジャドの放つ水の柱が風美奈に迫る。
流石に風の力を持ってしても指向性を持った水の塊には弱く、風美奈は水の柱を避け側面からカマイタチでジャドごと斬り裂いた。
水の柱が地面へと落ち、斬り裂かれたジャドは―――またもや陽炎となって消え失せる。
そして崩れ落ちる水の柱の陰からジャドが現れ忍術戦技を放つ。
「氷遁・氷縛結!」
地面に突き刺した刀から氷の蔦が伸び、風美奈を氷に閉じ込めようと迫りくる。
「えぇぇぇぇっ!? ちょっとどうなっているのよ!?」
流石に風美奈も倒しても倒しても消えては現れるジャドにパニックになり、風纏装の制御が甘くなり始めた。
風美奈は再び宙に浮いて氷の蔦を躱すが、目の前には何故か2人目のジャドが居た。
「風遁・風禍玉!」
風美奈の圧縮空気弾と同じように、圧縮された空気玉が風美奈の体にゼロ距離で炸裂した。
だが風纏装を纏う風美奈には風属性の攻撃は効かず、逆に圧縮空気玉を吸収される。
そしてその力を攻撃に転換し、目の前のジャドと離れたジャドに目がけて最大の螺旋風を食らわせる。
2人のジャドを巻き込こんだ螺旋風が消え去った後も、風美奈は警戒を怠らない。
そしてまた、風美奈の背後にジャドが現れる。
「もうそのパターンは見飽きたわよ!」
背後に現れたジャドを消しさり、風美奈は風の力を使ってジャドの気配を探る。
これまでに現れたジャドも何故か気配を感じたのだが、今探り当てたジャドの気配は明らかに違っていた。
ようやく本体を見つけた風美奈は確実に仕留める為、一気に間合いを詰めてゼロ距離でカマイタチの乱舞をお見舞いしようとする。
建物の陰に隠れていたジャドは風美奈に見つかったことに驚愕の表情を見せていた。
風美奈のその一撃がジャドと捉えようとした時、上空から数十の刀が降り注ぎジャドごと風美奈を串刺しにした。
「なっ・・・!?」
降り注いだ刀は核をも貫き、風美奈はその場へと崩れ落ちた。
まさか己の身を犠牲にして相打ちを狙うとは。風美奈はそう思っていたのだが、本体と思っていたジャドも陽炎のように消えると驚きを露わにした。
「うそ・・・これも偽物・・・?」
「そうでござるよ。拙者はサポートに長けた忍者でござる。今回の戦いはウィル殿とハルト殿を援護する事でござるよ」
何とジャドは影の中から浮かび上がるように現れた。
忍術戦技の影隠れだ。
闇属性魔法のシャドウゲージと似てはいるが、影隠れは使用者本人しか入れない戦技だ。
「これは完敗ね。出来ればトリックを教えてもらえるかしら?」
「難しい事ではないでござるよ。最初から拙者は影に潜んでおり、お主の相手をしていたのは忍術戦技で作り上げた影分身でござるよ。
後はタイミングを見計らって影分身で注意を引いている隙に、ハルト殿から攻撃をしてもらっただけでござる」
「あは、あはは。これはおねーさん一本取られたわね。まさか最初っからとは。
そうやって注意を引きつけている間仲間のサポートをしていたのね~」
尤も複数の影分身の忍術戦技を使えるのは、忍者に特化したジャドだからだ。
普通の影分身であればせいぜい1・2人が限度である。
「また今度戦う事があったらおねーさんは油断しないからね」
そう言いながら風美奈は光の粒子となって消え去る。
その言葉にジャドは気を引き締める。
顕現獣であるため、風美奈の言う通りまた戦う事があり得るのだ。
とは言え、今はデュオの元へ向かうために周囲の状況を確認して戦力を再集結させるためにジャドは動き出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「アッシドレイン」
毒酸の属性を持った雨がアルフレッドとシフィルの頭上に現れた雲から降り注ぐ。
アルフレッドは水属性魔法のウォーターシールドと風属性魔法のウインドブレスを複合させたドーム状の防御魔法で酸性雨を凌ぎながら瑞月から距離を取る。
「ヴェノムショットガン」
そしてその防御が切れた瞬間を狙って再び毒水の散弾を放ちアルフレッドに降り注ぐ。
反撃の隙を伺って距離を取っていたシフィルは慌ててアルフレッドの元へ駆けより何度目かのキュアポイズンポーションを振りかけた。
「さっきはパラヴェノ毒で今度はポズムディン毒? 一体何種類の毒を扱えるのよ!?
アルフレッドっち、このままじゃヤバいよ」
「いや、もう少しだ。もう少しで・・・」
そんな2人をあざ笑うかのように瑞月はただの水の散弾を放つ。
人間如きに最早毒など必要ないと言うかのように。
「舐めやがって・・・!」
それでも今の段階ではまだその時ではない。
アルフレッドは耐えに耐え、反撃の準備が整うのを辛抱強く待ち瑞月の攻撃を防ぎ続ける。
「あらあら、何時まで逃げているつもりですか? この私に一泡吹かせるんじゃなかったのかしら?」
それまで逃げ回っていたアルフレッドはピタリと足を止め瑞月に向かって杖を構える。
「そうだな。そろそろ逃げ回るのは止めようか。お前を倒す算段がついたからな」
「あら? 面白いことをおっしゃいますね。今まで私の攻撃に為す術も無く散々逃げ回っていたくせに私を倒す算段がついたと?」
「そうだよ。お前は人を散々嬲る事しかしてなかったから俺達への注意を怠っていた。それがお前の敗因だよ」
そこで瑞月はアルフレッドが何か策を弄しているのだろと今さらながら警戒し周囲に注意を配る。
すると散々水属性の攻撃を行って水浸しになった地面が蒸気を上げていた。
「これは・・・高温で私の水纏装を剥そうと言うのかしら?
そう言えば、先ほどからもう1人の方が見えませんけど。私の武器を奪ったところを攻撃する手はずかしら。
でも残念ですわね。例え地獄の業火と言えど私の水纏装は消し去ることは出来ませんよ」
「なら、試してみるか?
尤もお前を焼き殺すのは地獄の炎じゃなく、天から降り注ぐ太陽の光だがな!
――太陽神サンフレアの力を借りた古式魔法・サンライトバースト!!」
次の瞬間、天から降り注ぐ光がレンズで収束されたように一点に集い、瑞月目がけて光の柱となる。
最初は極細の光の柱が、瑞月を中心に次第に範囲を広げ全てを飲み込むかのように灼熱の光となって周囲を照らし出す。
無論、瑞月も黙って攻撃を受けるほどお人好しでもない。
この魔法の特徴から言って指定されたポイントにしか攻撃は降り注がないと判断し、すぐさまこの場を離脱しようとしたが、そこへ隠れていたシフィルにより動きを封じられた。
「チェーンバインド!」
束縛魔法で強力なチェーンバインドは3分間地面より出現した鎖に縛り付けられ動きを封じる魔法だ。
その強力な分成功率は半々と言えるのだが、実はこれには裏ワザ的な使用方法があり、接触状態で放てば成功率が90%まで上がるのだ。
シフィルは逃げ出そうとする瑞月にゼロ距離でチェーンバインドを放った。
それにより瑞月はその場に動きを封じられる。
「そ、そんな! この私が敗れるですって!?」
降り注ぐ収束光が周囲の水を、水纏装を、瑞月を飲み込んで高熱と眩い光を放つ。
シフィルは巻き込まれない様に素早くその場を去る。
少しの間収束光の中心点に居ただけでも腕に大火傷を負っていた。
そして光が収まるころには瑞月が居たと思われる場歩には直径3mの真っ黒になった焦げ跡が残るのみで何も存在していなかった。
「へっ、ざまぁみさらせ!」
アルフレッドは切り札である古式魔法・サンライトバーストは決まれば防ぎきることが不可能とも言える魔法だ。
だが使用には様々な制限が存在する。
収束光を落とすポイントを定める為、中心となる地点から均等に8つの観測点を設置しなければならないのだ。
アルフレッドは逃げながらこれを設置し、見事に瑞月を中心におびき寄せた。
だが収束光は瞬間ではなく、徐々に光力・高熱を発揮するので逃げられない様にその場に動きを封じておく必要がある。
その為にシフィルは隙を伺っていたのだ。
「使用条件が厳しいとはいえ、凶悪なほどの威力だね。
何とか倒したのはいいけど、後始末の方が大変っぽい。アルフレッドっち、大丈夫か?」
「・・・大丈夫じゃない・・・今にも死にそう・・・」
アルフレッドはさっきまでドヤ顔で決めポーズを取っていたが、今や地面へと臥せていた。
瑞月を倒したことで気が抜けて毒の影響がじわじわと響いてきたのだ。
「おやおや、これは急いで何とかしないと折角瑞月を倒したのにアルフレッドっちが死んじゃうね」
今手持ちのアイテムでは完全にアルフレッドの治療をするのには不可能だ。
ここまで複数の毒を喰らい続けたので、エルフォード謹製のアイテムでも完治には程遠い。
治癒魔法を使えるのもデュオ一人だけだが、幾らデュオと言え流石に毒の完治までは出来ない。精々毒の侵攻を遅らせるくらいだ。
とは言え、今はその毒の遅延も必要なくらい切羽詰っていた。
シフィルは毒で碌に身動きが取れないアルフレッドを担ぎながら援護に向かうのか助命に向かうのか、デュオの元へと急ぎ向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「マジめんどい。ねぇ、あたし居る? いらないよね? もう休みたいんですけどー」
「何をふざけた事を言っているのですか。主様の命令です。早急に目の前の敵を片づけるのです」
「いつになく闇離はやる気が無いね。あっちはあのお爺ちゃんはやり応えがありそうだから頑張るよ!」
「即時粉砕」
闇の衣の闇纏装を揺らめかせ、闇離は気だるげに佇んでいる。
そんな闇離を光璃が注意し、雷千が新たに現れた謎のジジイに対し意欲を見せ、氷檻は時間が惜しいとばかりに催促をしてくる。
「さて、と。儂が前衛を務める。デュオは援護を頼むぞ」
「了解、お爺ちゃん」
動きの止まっている4人の顕現獣に謎のジジイは手にしたハンマーを振り下す。
その攻撃を闇離が引き受け闇纏装で3割ほど攻撃力を軽減して受け止める。
その背後で氷檻が氷纏装で纏った氷の鎧から次々と氷の散弾を謎のジジイに向けて放つ。
「ハウンドドック!」
氷檻の攻撃をデュオは無属性魔法の高速自動追尾弾で迎撃し、続けざまに火属性魔法の巨大火炎弾で氷檻を狙い付ける。
闇離は闇纏装の闇を伸ばし、氷檻を襲う火炎弾を飲み込む。
「雷千! 行きますわよ!」
「あいあいさー!」
光の速度と雷の速度を持つ2人の顕現獣が謎のジジイを通り抜け、後衛のデュオに向かって突き進む。
一瞬にして間合いを詰め攻撃を放つ2人の前に卵の十冠からチャージした土属性魔法の束縛魔法・バインドを放ち、一瞬だが動きを止める。
その一瞬で謎のジジイは踵を返し、背後から光璃と雷千を攻撃する。
ハンマーの打ち下ろし、掬い上げ、そして再び打ち下ろす。
その一連の動作は洗礼された動きで、タダの打ち下ろし・掬い上げの攻撃にもかかわらず途轍もない威力を誇っていた。
今度は逆に背を向けた謎のジジイに向かって闇離と氷檻が攻撃を仕掛けるも、デュオからの援護によって2人は土属性魔法の六角柱による攻撃に押し戻される。
「ゲヘナストーン!」
そしてその隙をついて光璃と雷千を吹き飛ばした謎のジジイが再び闇離と氷檻に迫る。
「マジ意味わかんない。連携取れすぎでしょ」
「分離必須」
「固まらないで下さい! 散って四方から攻めるのです!」
「あっちは今度はおじいちゃんを抑えるね!」
老体の体でありながら機敏な動きを見せる謎のジジイに素早い動きが出来る雷千が当たる。
「ふむ、流石は白面金毛九尾の狐が生み出した顕現獣か。中々やりおるのう。じゃが、個々の動きに頼った攻めは各個撃破しやすいぞ」
一見連携が取れているように見える4人の顕現獣だが、それぞれの思惑で攻めが単調になっていた。
その隙を逃す謎のジジイとデュオではない。
幾度の攻防の末、どうやったのか光の速度で動く光璃を謎のジジイのハンマーが捉え、光の粒子へと返る。
一方、氷の鎧に守られた氷檻をデュオの古式魔法によるマグナギガの溶岩弾により蒸発するように光の粒子となって消え去った。
「ええ~嘘でしょう? マジやってらんないわ」
「むふふぅ、こうなったら特・攻あるのみ!」
やる気の明暗がはっきり分かれた残された顕現獣も謎のジジイとデュオの攻撃の前に光の粒子となって消え去った。
「さて、残るは玉藻の前だけじゃな」
「さぁ、クオを返してもらうわよ!」
顕現獣も倒され2人を前にしたにも拘らず玉藻の前は余裕の表情で佇んでいた。
「くくく、高々妾の顕現獣を倒したくらいでいい気になりおってからに。分かっておるのか? お主らが倒したのは顕現獣――即ち幾らでも作り上げることが可能なのじゃぞ」
そう言うと、玉藻の前は再び顕現召喚を行い4人の顕現獣を呼び出す。
「ちぃ、分かってはいたが厄介じゃな。
・・・ふむ、とは言え再び呼び出したのも先と同じ性能みたいじゃ。デュオ、ここはお主1人でも大丈夫じゃな? 儂は玉藻の前を叩く」
「まって、お爺ちゃん! 九尾の狐はあたしに任せて欲しいの。これはあたしの戦い――母親として娘を戻すためのあたしの戦いなのよ」
「・・・そうか、分かった。こやつ等顕現獣は儂が引き受けよう」
謎のジジイは再び現れた4人の顕現獣に向き直り、ハンマーを担ぎ上げ魔法を放ちデュオと隔離する。
「むむぅ、幾らなんでもアッチらを舐めすぎ」
「この程度の魔法、当たるはずがありません!」
雷千と光璃はそれぞれの纏装を展開し、謎のジジイの魔法を躱す。
氷檻と闇離は構えるタイプと面倒臭がりタイプ故、その場に留まり纏装の力で魔法を防ぐ。
デュオはその隙に玉藻の前の前に走り抜ける。
「下賤な人間の分際で未だに母親を名乗るか。妾も舐められたものじゃのう。
じゃが、少しばかり遅かったようじゃな」
玉藻の前の言葉に再生水晶を見れば中に閉じられたクオの姿が透き通ってそのまま消えてしまったのだ。
「クオ!? そんな・・・間に合わなかったの・・・」
「その通りじゃ。最早妾の半身は既に妾の中に戻った。くふふ、この湧きあがる力は正に全盛の時と同じじゃ!
さぁ、妾の復讐を果たそうか。まずは貴様が第一号じゃ!」
クオが消えたショックで呆然としていたデュオに9本の尾が槍のように伸び迫りくる。
デュオは慌てて静寂な炎を宿す火竜王を振り回し何とか回避に努めるも玉藻の前の攻撃はデュオの腕や足を容赦なく貫いていく。
「デュオ! 諦めるな! お主が紡いできた絆が確かなものならクオはまだ玉藻の前の中に居る!
呼び続けるのじゃ! さすればクオはデュオの声に応えてくれる!」
4人の顕現獣をいなしながら叫ぶ謎のジジイの声にデュオはハッとし、玉藻の前をキッと睨みつける。
(そうよ、まだ諦めちゃ駄目。クオはあたしを待っているのよ!)
デュオはクオから貰ったペンダントをギュッと握りしめ、傷を治しながら杖を構える。
と、そこへ聞こえるはずのないクオの声が聞こえてきた。
(マー、マーの血を使って。マーの血の中の無限のプログラムを玉藻の前の体の中に打ち込んで)
「クオ!?」
無限のプログラムとはデュオの血に秘めた魔導血界の事だろうか。
いや、デュオはそんなことはお構いなしにクオの言葉を信じ体を張って己の血を玉藻の前に打ち込もうと前へと突き進む。
「とうとう気が触れたか? 幾ら叫ぼうが妾の半身の意思はとうに消え失せておるわ」
玉藻の前は容赦なく再び9本の尾を槍にしてデュオへと打ち付ける。
だが、デュオは防御などせず、まともに尾の攻撃を受けた。
9本のうち4本がデュオの体を貫く。
肩、胸、腹、太腿。辛うじて急所を避けたものの致命傷の傷だ。
「ぐふっ・・・・・・・・・捕まえた」
デュオは串刺しになりながらも体に突き刺さったうちの1本の尾を掴み取る。
そして流れ出る血から直接魔法を行使しその腕を尾に突き刺して魔導血界を玉藻の前の中へと入れた。
「なん・・・じゃと!? まさか己の身を犠牲にしてまで妾に攻撃を仕掛けようとは・・・!
くぅ・・・! 何じゃこれは!? 妾の中の力が暴れておる!?」
玉藻の前は慌ててデュオから尾を引き抜こうとするが、その内の1本、デュオの血が入った尾は言う事を聞かず玉藻の前に逆らうかのように暴れまくる。
玉藻の前は否応なしにその尾を斬り放し、新たな尾を生やす。
斬り放された尾は丸まり光を放ったかと思うと1匹の狐人の姿へと変えた。
その姿は目の前の玉藻の前と同様に妖艶で9本の尾を持ち、膨大な魔力を放っている。
但し、その表情は険しいものではなく、穏やかな優しい顔だった。
「マー、ありがとうございます。マーのお蔭で私の本来の姿を取り戻せました」
「クオ・・・なの・・・?」
「はい、そうです」
「あはは、マーよりも大人になっちゃって。しかもすっごい美人。ちょっと妬けちゃうね」
「マーはそこで待っていてください。直ぐに終わらせます」
デュオはクオに言われるままにその場で蹲り魔導血界を使って体に空いた傷を塞ぐ。
実は魔導血界があるとは言え、流石に攻撃をまともに体で受けるのは無茶だったらしく、立っているのがやっとの状態だったのだ。
「何故じゃ・・・何故再び力が分かれたのじゃ・・・!? あり得ぬ、あり得ぬ、あり得ぬ!!」
「もうやめましょう。これ以上恨んでも決して心は晴れません。寧ろ尚一層、苛立ちが募るだけです」
「今さら・・・今さらやめろと言うのか! 妾が受けた仕打ちは世界を滅ぼすまで決して消え失せることは無い!
妾の半身のくせに妾の邪魔をするではない!!!」
そう言いながら9本の尾と魔力波を放つも、クオの前ではそよ風の如く全てが簡単に防がれてしまう。
そしてそこで玉藻の前は今の自分の力に気が付く。
「妾の力が減っておる・・・!? まさかっ!?」
「はい、分かれるとき貴女の力の大半を奪わせていただきました。今は私が白面金毛九尾の狐と言えましょう」
「く、返せ! その力は妾の力じゃ! 返すのじゃ!」
「いいえ、返せません。ここで貴女は再び眠りに付くのです。もう一度やり直しましょう。
怨みを忘れ、怒りを鎮め、慟哭を歌声に変えましょう。
大丈夫、私も一緒に貴女と共にいます。私は貴女ですから――」
クオが9本の尾を広げ、かつて見たセフィロトの樹の様な魔法陣が展開し玉藻の前を光に包んでいく。
暴れまわっていた玉藻の前は次第に落ち着いていき、最後には光の玉となってクオの手の中に納まった。
「終わったの・・・?」
「はい、後は再生水晶で再び浄化の処理を行います。また一からのやり直しですので何百年もの歳月が必要になりますが」
何百年もかけてあと一歩と言うところまで浄化した訳だが、その浄化をもう一度行うと言うのだ。同じくらいの年月を掛けて。
クオは玉藻の前の事を思ってなのか、それとも別の事を思ってなのか、その表情はさえないものだった。
デュオはその表情を見て先のクオの言葉を思い出す。まさか―――――
「どうやら終わったらしいの」
玉藻の前が消えたことにより、4人の顕現獣も消え解放された謎のジジイが2人の前に現れる。
隣には3人娘も並んでいた。
「はい。御爺様にはご迷惑をおかけしました」
「なぁに、儂は儂の思惑で動いておるのじゃ。気にするでない」
「やはり・・・彼らの仕業なのでしょうか?」
「む? お主気づいておったのか?」
「何となくですけど。
天と地を支える世界に住まう生物に負荷を与え理想郷に捧げる為、私や他の力ある存在を呼び起こしていると」
クオの言葉に謎のジジイは神妙に頷き天を仰ぐ。
「そうじゃ。あ奴らが本格的に動き始めておる。異世界がこちらと繋がったのがその証拠じゃ。
儂とてあ奴らとは関係が無いわけでは無い。寧ろ大有りじゃ。
あ奴らの事は儂に任せお主は安心して休むがよい」
何やら謎めいた会話をしていた謎のジジイとクオ。
物凄く気になる内容だったが、そんな事よりも謎のジジイが発した「休め」と言う言葉はデュオに取って聞き捨てならないものだった。
「ちょっとお爺ちゃん、どういう事!? 休めって、クオは助かったんじゃないの!?」
「むぅ、それはじゃな・・・」
「マー・・・ごめんなさい。折角会えたのにお別れをしなければなりません。私はこの玉藻の前と一緒に再生水晶に入り浄化を行います」
謎のジジイが言う前にクオが割って入って理由を述べる。
無論、デュオは納得できるものじゃない。
「それって九尾の狐を再生水晶に入れるだけで浄化できるんじゃないの? クオまで一緒に入る必要はないでしょ!?」
「・・・ごめんなさい。彼女だけ再生水晶に入れても封印は弱いままだし完全な浄化は出来ないのです。
白面金毛九尾の狐と同等の力を持つ私も一緒に入って浄化は完全なものとなります。
なので・・・マーとはここでお別れです。
短い間でしたが、マーと一緒に過ごせて私は幸せでした。
マーは私が普通じゃないと分かっていても他の人と同じように、いえ、それ以上に母親として私に接してきてくれたことはいくら感謝しても足りません」
「そんな・・・お爺ちゃん! どうにかならないの!?」
「力の大半を抜き取ったとは言え、負の魔力を持つ玉藻の前の力は強力じゃ。いつまた同じような事が起きるやもしれん。
今なら九尾の力を持つクオが居ることによって浄化は安全に行えよう。寧ろクオでなければならん。
儂らには最早どうすることも出来んのじゃ」
「そんな・・・」
謎のジジイの言葉にデュオは悲しみのあまり目には涙で溢れていた。
「もうそろそろ往かなければなりません。
ネリネ、テルマ、パルフェ。また私たちの管理をお願いしますね」
「いえいえ! 姫様をお世話するのは当然です!」
「はい! 姫様もお元気で・・・っていうのも変ですね」
「ぁう・・・折角姫様と会えたのに・・・でもまた頑張る」
3人娘に再び管理・世話をお願いし、クオは最後との挨拶としてデュオに向き直る。
「マーが母親で私は幸せ者です。マーから貰った愛情は私にとっては宝物です。
もう会う事もありませんが、マーの・・・」
「また会えるよね!?」
クオの言葉を遮ってデュオは叫ぶ。
ここでお別れなんて嫌だ。デュオはこれは我儘だろうとそう思いながら、確約も出来ないが再会の約束を取り付ける。
クオの視線を受け謎のジジイがデュオの心情を察し優しげな言葉でその可能性を示す。
「まぁ、浄化が早く終われば会えない事も無いじゃろう。
但しその場合はかなりの負担が予想される。長い年月をかけ浄化するのを早めるのじゃ。
再生水晶に注ぎ込む魔力は甚大なものになるじゃろうし、急激な魔力の注入は負荷が掛かりすぎるからアブソーバーなようなものも必要になってくる。魔力だけでもどうにかなるものじゃないし、それ以外のファクターも必要になってくる。
デュオが生きている間にもう一度会える可能性は限りなく低いじゃろう」
「それでも可能性はゼロじゃないのね。だったら約束よ!
クオ、もう一度会いましょう。今度こそ笑って会えるように、皆で!」
「・・・はい、約束します。マーと、皆とまた会う事を」
クオは最後の言葉を残すと玉藻の前の光の玉と一緒に再生水晶に取り込まれ、永い永い眠りについた。
「クオ、約束よ。必ずまた会いましょうね・・・」
デュオはクオから貰ったペンダントを握りしめ再会を誓う。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
深緑の森のアーキティパ村に住む住人によると、何時の頃からか九尾の城では甲斐甲斐しく再生水晶を管理し世話をする3人の狐人の少女の他に、赤い杖と赤いローブを身に纏った女性の姿が確認されていると言う。
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




