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DUO  作者: 一狼
第6章 奴隷勇者
34/81

33.その秘めたる力は魔道血界

 呪文も唱えずチャージアイテムも使わずデュオは魔法を解き放った。

 フェルトはそれに驚きながら咄嗟に向かい来る火炎球を刀で叩き斬る。


「馬鹿な・・・いや、チャージアイテムを使用しているんだ。でなければ僕の呪文無効化(スペルキャンセラー)が利かないはずがない」


「あら、随分疑り深いのね。それじゃあこれならどうかしら?」


 そう言いながらデュオは懐から卵の十冠(デケム・オーブマ)を取り出しフェルトの前に転がす。


「これならあたしがチャージアイテムを使っていないことが分かるわ」


 デュオは再び手をかざし、手のひらに着いた血の魔力を介し直接魔法を放つ。


「エアロボム!」


 フェルトは目の前の光景に驚愕しながらもデュオから放たれる風属性魔法を躱す。

 躱されることは織り込み済みで、デュオは胸から流れ出る血を拭いながら手を振るって血飛沫を地面へと飛ばした。

 そして地面へ撒かれた血飛沫を起点としてフェルトを囲むように雷属性魔法が放たれた。


「スネークボルト!」


 周囲に撒かれた血から3本の雷の蛇が這いずり回りフェルトを絡め取ろうと迫る。

 フェルトは刀を避雷針代わりにして2本の蛇を防ぐも、数が多いため一度刀から手を放し懐にある短剣を放ち雷の蛇を食い止める。


「・・・本当に呪文詠唱無しに魔法を使えるんだね」


「そうよ。これがあたしの切り札。あたしは血が流れれば血が流れるほど戦力が増すのよ。

 その気になればこの傷だって直ぐに治せるわ。

 まぁ、傷が完全に治っちゃあ血が無くなるから無詠唱魔法は使えないけどね」


 血を介すると言う事は傷から流れ出る血がそのまま治癒魔法に使えるのだ。

 つまりデュオにとっては切り傷はあってないようなものだったりする。


「はは、これは参った。まさかこんな切り札(ジョーカー)を持っているとは。

 流石は僕が愛した女性だけのことはありますね。

 とは言え魔法を使うデュオを相手にするには少々勘弁して欲しいのですが・・・」


 魔法が使えないデュオは少々流派を使うだけの女性だったが、魔法が使えるとなると話は180度変わる。

 微温湯に手を突っ込んでいたものが、火薬庫に体ごと入り込んでいるようなものだ。


 だが、決して勝機が無いわけでは無い。


 魔法が封じられなかったとは言え、デュオが魔法を使うには血が流れ出ている必要がある。

 つまりデュオも相応のダメージを負いながら戦っているのだ。

 実際、血が流れ過ぎて眩暈を起こしている姿をフェルトははっきりと確認している。


 それともう1つ。今この場所で戦っていることがフェルトに有利に働いている。

 デュオは魔導師(ウィザード)級の魔法使いであるが、その力を遺憾なく発揮するのは広範囲攻撃が必要になる集団戦だ。

 こうした室内での戦闘は魔導師(ウィザード)にとっては使用できる魔法が制限されるのだ。


 戦いが長引けば長引くほどフェルトには有利に働くのだ。

 フェルトがこの後取る戦術はデュオの魔法を凌ぎながらデュオが貧血で倒れるのを待つだけだ。

 そうすれば当初の予定通りデュオを確保して連れ出すことも出来る。


「残念ですが僕は諦めが悪くてね。最後まで抵抗させてもらいますよ」


 デュオの繰り出す魔法に集中し、全てを防ぐつもりで刀を握りしめる。

 そんなフェルトを見てデュオは最後通牒を突きつけた。


「フェルト、悪いことは言わないわ。大人しく捕まって罪を償いなさい。

 例えこの場から逃げおおせたとしても貴方の進むべき道には光は無いわ」


「いいえ、僕が進むべき道はこれしかないんですよ。・・・いえ、これが僕に課せられた運命なんです」


 フェルトは自分が奴隷解放の為身を捧げることになった時のことを思い出していた。


 子供の頃に幼馴染の女の子が攫われたのだ。

 村が山賊に襲われ辛うじて生き残ったのがフェルトを含む数人だけだった。

 男は容赦なく殺され、女子供は山賊に慰み者として連れて行かれた。


 フェルトは復讐を果たす為、死に物狂いで力を身に着け僅か1年で大人をも打ちのめすほどの実力を手に入れたのだ

 その過程で自分には呪文無効化(スペルキャンセラー)祝福(ギフト)があると気が付いたのだ。


 そして復讐の為に山賊の情報を集めていた時に暗殺者ギルドの元サブマスターのアリッサと出会い、その山賊が違法奴隷を集めるための奴隷商の手先だと言う事が判明した。


 フェルトはアリッサとアリッサの伝手を利用して仲間を集め山賊を全滅させ復讐を果たし、その影で操っていた奴隷商を壊滅させた。


 違法奴隷として捕まっていた幼馴染や村の人々を違法奴隷商の販売ルートから探し出し救出したのだが、時は既に遅く奴隷として身を落とした幼馴染は心が壊れており、最後には衰弱して死んでしまう。


 そしてフェルトはこの時に誓ったのだ。どんなに困難な事でもこの世から奴隷と言う身分を廃止しようと。


 だがこれは言ってみればただのフェルトの奴隷に対する復讐でしかない。

 そこをアリッサが巧みに誘導し、フェルトに取って奴隷解放は自分にとっての使命であり運命であると思い込ませたのだ。

 呪文無効化(スペルキャンセラー)もその為に天から授かったものだと。


 アリッサが何を思いフェルトを唆したのかは不明だが、フェルトにとってはそれはどうでもいい事でもあった。

 ただこの世から奴隷が無くなればいいと、己の使命に殉ずることにしたのだ。


 そんなフェルトの決意の表れを感じたデュオは、これ以上は本当に何を言っても無駄だと判断し決着を付けるべく血の魔力を集める。


 フェルトは刀を鞘に納め居合の態勢を取る。

 デュオとフェルトの間合いは6m程。戦士(ファイター)にとってはほぼ一瞬で詰めれる距離だ。


 対するデュオは両手に血を滴らせ何時でも魔法を発動できる状態にする。

 それを見たフェルトはデュオの血にさえ気を付ければ魔法の対処が可能だと判断した。

 飛ばした血、もしくは血の付いたデュオの手の動きを見極めれば回避できると。


 後はタイミングだけだった。

 長いようで短い時が流れ、デュオの呼吸を読み、息を止めた一瞬を狙いステップで間合いを詰め居合切りを放つ。


「刀戦技・居合一閃!」


 フェルトの居合がデュオを狙うも、デュオの放った魔法の壁――マテリアルシールドによりその一撃が阻まれる。

 だがフェルトはそんなことは織り込み済みだった。


 振り抜いた刀を翻し、袈裟斬り振り下す。それと同時に鞘を引き抜き左手で逆袈裟斬りに振り抜く。


「武天士流・居合咬竜閃!」


 斬撃と打撃。その両方を挟み込むように放った一閃は見事デュオの不意を付き、一撃を与える。

 だがフェルトの放った斬撃は斬り裂かれると同時に治癒していった。

 そう、斬撃によって出来た傷から流れ出る血で瞬時に治癒魔法で治していったのだ。


 フェルトは自分が攻撃を誘われたことに気が付き咄嗟に身を捻る。

 デュオの手のひらから雷属性魔法の麻痺を伴うスタンボルトがフェルトが今しがた居た場所に突き出されたのだ。

 そして躱されたと悟るや否や今度は反対の手で無属性魔法の鞭――ウィップストライクを放つ。

 その攻撃も鞘に鞭を絡ませ何とか凌ぎきる。


「まさか斬られながら治癒魔法を使うとは・・・デュオ、貴方の正気を疑いますよ。

 だけど斬られた痛みまでは無視はできませんよね。少々心苦しいですがこうなれば何度も斬ってその集中力を消して見せますよ」


 一度距離を取り、刀を両手で握りしめ再び間合いを詰めようとしたが、フェルトは不意の痛みによりその場に蹲ってしまう。

 気が付けばフェルトの胸には氷の散弾が突き刺さっていた。

 無数の内の1つは心臓付近に突き刺さっている。致命傷だ。


「・・・出来るだけ傷つけないで捉えようとしたのがいけなかったみたいね。フェルトとは違い覚悟が出来ていないあたしが未熟だったみたい」


 そう言いながらデュオは少し悲しげな表情を見せる。


「悪いけど最初から勝負はついていたのよ。言ったでしょ? あたしはあたしの血を介して魔法が発動できるって。

 勿論貴方に付いた返り血もね」


 フェルトはよく見れば自分の竜鱗の胸当てに幾つもの血の跡が付いているのに気が付いた。

 これは最初に不意を突いてデュオを斬った時に付いた血だった。


(――そうか、デュオは本当ならいつでも僕を攻撃することが出来たんだ)


 フェルトは最初から自分の負けが決まっていたことに気が付き、その場へと倒れ込んだ。

 最早決着が着いたと言わんばかりにデュオはフェルトへと近づいて行く。

 仮にフェルトがまだ反撃の力を残していたとしても、即座に治癒が使えるデュオにはほぼ効果が無いので意味が無い。


 尤もフェルトはデュオの最後の攻撃で心までも断ち切られていたのでその気力は既になかったが。


「大人しくしていて。今その傷を治してあげるから」


「情けを掛けるんですか・・・? やめてください。僕は負けたんですよ。奴隷解放と言う願いが叶わないのならこのまま死なせてください。こんな奴隷が蔓延った世界は見たくありません」


「何を勘違いしているのよ。言ったでしょう? 貴方には罪を償ってもらうって。こんなところで死なれちゃ困るのよ」


 実際、今回の事件の首謀者であるフェルトが死なれれば困るのはデュオだけではなく、獣人王国も今後の事件の処理に困ることは目に見えている。

 フェルトが奴隷解放戦線のリーダーや幹部たちが隠されていたのはアリッサの情報操作のお蔭だが、こうして判明した以上これまでの事件の取り調べ等を行う為にも生きていなければならないのだ。


「罪を償う・・・? 何を言っているんですか。何度も言いますが僕は何一つ間違ったことはしてません。奴隷制度は必要ないんですよ」


 この期に及んでもまだフェルトは己の行為を犯罪だとは認めなかった。

 そこへ別の男の声が加わる。


「まだそんなことを言っているんですか。フェルトさん、貴方は自分が正しいと思って解放した奴隷がどうなるか知っているんですか?」


「スティード! 傷の方は大丈夫なの? ウィルと一緒にスレイ会長を守っていたんじゃないの?」


 上の階から降りてきたスティードだった。怪我の方は治っているらしく、しっかりした足取りで歩いている。


「ええ、怪我の方は大丈夫です。ミュウミュウに治癒魔法を掛けてもらいましたから。

 ウィルさんは何かお礼をしなきゃいけない奴がいるからって窓から出て行きました。護衛はスレイ会長たちを同じ部屋に集めてミュウミュウが見てます」


「もう、護衛の任を放って何をしているのよ。戻ってきたら説教ものね」


 そうは言うものの、デュオはウィルがこの事件のもう1人の首謀者であるアリッサを止める為向かったのだろうと思った。

 フェルトの話だと、計画を知ってしまったウィルをアリッサが始末したと言っていたのでその時のお礼も兼ねているのだろうと。


「スティード君、僕が解放した奴隷がどうなったかって? それは自由を得て誰にも縛られない生活を送っているに決まっているじゃないか」


 フェルトはスティードの問いに何を愚問だと言わんばかりに自分の正しさを証明して見せた。

 だがスティードはそんなフェルトを悲しそうな目で見ている。


「フェルトさん、それは自分の目で確かめたんですか? 自分が解放した奴隷全てを」


「・・・いや、全ては見ていない。だけど自由を得たんだ。僕は正しい事をしたんだよ」


「・・・僕もかつてはそうでしたよ。フェルトさんみたいに奴隷と言う制度は正義だとは思えなくて奴隷を強引に開放したことがあります。

 けど、それは大きな間違いでした」


 スティードの告白に、フェルトは自分と同じ考えを持つ者が居たことに喜んだものの、次に出た間違いと言う言葉に何を言っているのか分からなかった。

 フェルトにとっては奴隷解放は正しきことであり、間違いではないのだ。


「今回の様に以前僕はブライト商会の護衛に付いたことがあります。

 その時にブライト商会が奴隷売買を行っていることを知り、正義に反する行いに奴隷を逃がしました。

 けど数日後、僕が解放した奴隷は死体で見つかりました」


 スティードはその時のことを思い出しながら苦い表情で言う。

 あの時はブライト商会や『月下』に大きな迷惑を掛けただけでなく、自分の正義の所為で解放した奴隷を死なせてしまったのだ。


「僕が逃がした奴隷は自由を得たところで生きる術を持たない少年だったんですよ。

 そう、奴隷法は自由を奪うんじゃなく奴隷と言う身分を保証していたんです。

 自由になった少年は食べる物も自分で何とかしなければならず、それすらままならぬまま外に出て魔物に殺されたんですよ。

 フェルトさんは自己満足だけで奴隷を解放してませんか? 解放した奴隷のその後の事なんかまるで考えずに」


 スティードの言葉にフェルトは衝撃を受けていた。

 奴隷を解放した後のその後は自由を謳歌しているものばかりだと思っていたのだ。

 中には解放してもらって助かっただのお礼を言いに来てくれたものも居るのだが、確かに解放した奴隷のその後は何も知らない。

 スティードの言う通り生きる術を見いだせず再び奴隷になったものが居てもおかしくは無いのだ。


 だとすれば自分がやったことはまともな生活が送れない者にとっては余計なお世話ではないのか。

 これではスティードの言う通りただの自己満足ではないか。


 尤もスティードの上げた例は数ある中の一面を捉えているだけに過ぎず、逆に奴隷解放をしてもらって助かる者も居るのも事実だったりする。


「だけど・・・! 僕は・・・僕は・・・」


「フェルトさんが何を思って奴隷解放の道へ進んだか分かりません。だけどやり方が間違っているんですよ。

 力で解決しようとするんじゃなく法で解決するべきだったんです。

 スレイ会長が行っているのもやや特殊ですが法で解決する道なんですよ」


 スティードの思いもよらぬ説得にフェルトは今度こそ完全に心が折れてしまった。

 そんなやり取りを見ていたデュオはまさかスティードがフェルトを説き伏せるとは思っていなかったので、この結果には驚きながらもスティードの成長を嬉しく思っていた。


 スティードとフェルトは『正義』と『勇者』――何処かしら似た者同士だったのでスティードに取ってもう1人の自分でもあるフェルトには何かしら思うところがあったのだろう。


「さて、と。こっちはこれで解決だけど、ウィルの方は大丈夫かしら。ウィルが向かったのって主戦場とも言える奴隷市の方よね」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 デュオたちが泊まっていた高級宿を飛び出したウィルは首都ビーストロアを駆けまわっている騎士団等に携帯念話(テレボイス)で連絡を取りながら首謀者の1人であるアリッサを追っていた。


 そしてウィルは昼間に襲撃されたのとは逆にアリッサを追い詰めていた。


「さぁて、覚悟しな。てめぇは俺がキッチリ引導を渡してやるよ」


「まさかあれを生き延びていただけじゃなく、この計画自体をここまで壊されるとは思ってもみなかったよ。

 要に警戒するのは『鮮血の魔女』じゃなくそのサポートブレイン『蒼剣』ウィルだってわけだ。

 あたしも焼きが回ったものだね」


 ウィルの背後には騎士団や四天王と呼ばれる26の使徒の1人の兎の獣人――兎人(バニット)の少女が居た。


「ボクは逃げ専門で追いかけるのは向いてないんだけどなぁ~」


 そんなことを呟きながらもその視線はしっかりとアリッサへと向いている。


 ウィルは剣を突きつけながらも騎士団がアリッサを逃がさないように配置するまでの時間稼ぎを行う。

 アリッサの側には数人の奴隷解放戦線のメンバーが倒れており、立っているのはアリッサとジェイク、そして黒ずくめの男が1人の計3人だけだった。


「ま、俺があの傷で生きていたのは運が良かったからさ。

 知っているか? スティードの祝福は(ギフト)絶対幸運(クリティカルラック)って言って、不幸な出来事そのものが幸運を運んでくれると言う奴なんだ。

 これはパーティーにも効果があってな、俺が生き残れたのもそのせいだ」


「なに、それ。不幸なのに幸運って訳が分かんないわよ」


 ウィルのとんでもない隠し玉にアリッサは半ば呆れながらもウィルによってまんまと一杯食わされた事に気が付いた。


 ウィルはスティードの祝福(ギフト)の効果によって川に落ちても死なないと確信していたから逃げる手段として川へ飛び込んだのだ。

 その前提として体に大怪我を負う必要があった為、敢えてあの時アリッサの攻撃を受けたと言うのが事の真相だ。

 決してウィルが油断してアリッサの攻撃を躱し損ねたわけでは無い。


「ああ、あと計画が漏れていたのは俺の所為じゃないぜ。

 獣人王国騎士団はあんたらがこの奴隷市を襲撃するって前から分かってたらしいぜ。

 ヒントは神託」


 その言葉を聞いてアリッサは獣人王国の誰かプレミアム共和国の首都ミレニアムで『神託の使徒』の神託を聞いて今回の計画を知ったのだと理解した。


 自分も今回の襲撃に際して何か不具合が生じるかもしれないので『神託の使徒』へ神託を授かりに行ったのだが、その時は何も問題が無いと言われたのだ。

 無論、奴隷解放の計画の事は伏せて自分のこれからの行いの結果を知りたいと願ったわけだが、神託は予知ではないのでアリッサの望む答えは得られなかったのだ。

 神託そのものは自分の進むべき道は間違いではないと告げられたので計画そのものには問題が無いと思っていたのだが、結果はごらんの有様だ。


「参ったわね・・・あたし達を大々的に捕まえる為、表面上はいつも通りの行動をしていたわけね」


「そうらしいな。俺がアリッサに襲われるのは予定外の事だから騎士団の人たちも少し焦ったらしいぜ。

 尤も、王宮の方でも予定外の事件が起こってたらしいから俺達の騒ぎは対応が遅れたらしいが」


 ウィルの言う通り騎士団や衛兵たちは予定通りの行動を行うはずだったのだが、前日に国王のアーノルドに来客――『勇者』が訪れそれが騒ぎに発展したらしい。

 その原因がアーノルド国王にあるのだから騎士団たちも無下に扱う事も出来ずに、その対応に追われウィルの事件への対処が遅れたのだ。


「アリッサ、俺達がここを食い止める。お前だけでも逃げろ!」


 ジェイクと黒ずくめが武器を構えアリッサを背後に庇う。


「逃がすかよ!」


 ジェイクが動いたことによってアリッサも隙を見て逃走しようとしたが、次の瞬間背後には使徒の兎人(バニット)が退路を塞いでいた。


「残念♪ ボクは逃げのスペシャリスト。逃げるタイミングは知り尽くしているよ」


「ちぃ・・・! これまた厄介な助っ人が来たもんだ」


 兎人(バニット)がアリッサの逃げ道を防いでいる間、ウィルはジェイクを退かす為剣を振り下す。


「退け! 言っておくがお前らはもう終わりだよ。リーダーであるフェルトはもう捕まっているし、アリッサもここを逃げられてもこれからの活動が制限される。

 大人しく捕まっていた方が身のためだぜ」


「フェルトが? ハッ、バカも休み休み言え。魔法使い如きにフェルトが負けるはずないだろう。

 フェルトは俺達の希望の星だ。『奴隷勇者』なんだよ」


 ウィルとジェイクはお互い剣戟を躱しながら互いの隙を狙っていた。

 ウィルはジェイクを退けてアリッサへ至る為に。

 ジェイクは最大の障害であるウィルを斬ってアリッサの逃げ道を作るために。


「お前デュオを舐めすぎていやしないか? ああ見えてデュオは手強いぜ。たかが魔法を使えないだけで簡単に倒せる相手じゃないさ。

 尤もデュオから魔法を奪うのは不可能に近いけどな!」


 ウィルの一撃がジェイクの大盾を躱しながら鎧の上から斬撃を叩き込む。

 流石に硬度の高いルナメタル鋼であるため一撃必殺とはいかなかったが、ウィルの持つバスターソードはオリハルコンである為、ジェイクの鎧は縦に割れ浅いながら肉を斬り裂かれる。


 ジェイクは斬られながらも大盾を構え直し、盾戦技でウィルを押し返す。


「シールドバッシュ!」


 ウィルは咄嗟に剣を盾にしながらバックステップで躱す。


「例えフェルトが負けたとしてもだからはいそうですかって簡単に引き下がれるわけないだろう!

 俺達は覚悟を持って奴隷を解放してきてるんだ。今さら命乞いなどはしない! 最後まで己の信念を貫くのみだ!」


「ああ、そうかい。だったらその下らない信念を抱えたまま死にな」


 最早生半可な説得や手加減をして捕まるほど柔な覚悟ではないだろう。そう思ったウィルは止めの一撃を繰り出すべく殺気を集中させる。


 そして次に交差した瞬間、大盾が縦に割られ全身鎧も先ほどと同様、いやそれ以上の斬撃により肉体ごと斬り裂かれジェイクは血の海に沈んだ。


「馬鹿野郎が。懸ける信念が間違ってんだよ」


 ウィルはジェイクを一瞥した後アリッサを捕まえるべくそちらへ向かおうとしたが、肝心のアリッサは既にこの場に居なかった。


 どうやら思ったよりもジェイクに集中し過ぎたらしい。

 そう言った意味ではジェイクは盾役(タンク)としてウィルを引き付ける役目を果たしたと言えよう。


「にぱぱ。ほら、ボクは逃げ専門だから、戦闘を挑まれるとどうしようもないんだよね~」


 どうやらアリッサは逃げ一択ではなく、兎人(バニット)に戦闘を仕掛けつつ逃げる算段を取ったらしい。

 逃げ専門と謳いながら戦闘の合間に逃げる手段をも考慮しているのか、本当に使徒なのかとウィルは疑う。

 とは言え、ここで逃がしたのではどうしようもない。

 この町から逃げ出す前に騎士団や衛兵が捕まえてくれることを祈るだけだ。

 尤も逃げられる確率の方が大きそうだが。


 後は黒ずくめにちょっと手こずっている騎士団に手を貸し、この場での捕り物はこれで終わりだ。

 これ以上は今だ大捕り物になっている奴隷市での騒ぎは騎士団の仕事になる。

 ウィルはアリッサを逃がしたのに苦い思いをしながらも黒ずくめへと向かう。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「それで、アリッサは逃がしちゃったってワケ」


「ああ、あの後騎士団の包囲網も掻い潜られてまんまとな。

 ペンテルも捕まったって聞かないから一緒に逃げられたみたいだ」


 奴隷解放戦線の中核である2人を逃がしたことにウィルは少々バツが悪かった。


 結局、奴隷市は4日で中止となり、これ以上奴隷の仕入れが出来なくなったブライト商会は少年少女奴隷7人を連れてエレガント王国への帰路へとつく。


 帰りの護衛途中の野営でデュオはウィルと今回の事件での出来事を話し合っていた。


「奴隷解放戦線がどうやって隷属の首輪を外していたのかが疑問視されていたけど、ペンテルだったって訳ね。

 女神アリスに疑問を持った神官ね。確かにこれは厄介だわ」


「まぁ、今回の事で奴隷解放戦線の幹部の一部の面が割れたんで、今後は各国で対策が立てられるだろうよ。

 これ以上は俺達は仕事じゃない、後はお偉いさんたちの仕事だな」


 隷属の首輪の取り付け取外しが出来る唯一の存在が女神アリスに仕えるAlice神教教会の神官だ。

 そのAlice神教神官が奴隷解放に協力しているとなれば確かに厄介極まりない。


 尤も普通に裏で金銭取引で奴隷解放に協力している悪徳神官も居るのだが、こちらは個人であるのに対し、奴隷解放戦線は組織での活動をしているので違法に解放される奴隷の数が多いのが現状だった。


 まぁ、ウィルの言う通り今回の事件でペンテルの面が割れたので奴隷解放戦線の動きもかなり制限されるだろう。

 だが今回の事件で面が割れることを想定しているのなら別の手段、もしくは他の神官を確保している可能性もある。


 デュオはそのことを懸念したが、確かにこれ以上は自分たちの仕事じゃなく各国の政府の仕事だ。頭の隅に留めておくぐらいでいいだろうとそう判断した。


「ところで、今回はスティードがフェルトを説得したって話じゃないか」


「ええ、そうよ。まぁスティードもあの時のことはかなり堪えていたからね。同じような事をしてるフェルトには思うところがあったんじゃないかしら」


「スティードも少しずつだけど成長しているな。まぁいつまでも『迷惑正義(トラブルジャスティス)』のままじゃ困るけどな」


「そうね。と言うか成長してもらわないと困るわよ。

 でも今回は頑張ったから後でご褒美でも上げといたほうがいいかしら」


 スティードの褒美への当りでウィルは何か思いついたようににやけた顔を見せた。


「良いんじゃね? 何時も叱ってばかりよりたまには褒美も上げとかないと。

 で、だ。今回は俺も頑張ったんだけど何か無いのかなぁ~?」


「・・・そう言えばそうね。ウィルにも特別にご褒美を上げるわ。ちょっと目を瞑って頂戴」


 少し考えてそう言いながらデュオはウィルの隣へと座る。

 何時もなら何を言っているだの冗談でも言わないでとか蔑ろにされて来たのでデュオの発言に戸惑いながらもまさかと思いながらウィルは目を瞑る。


 ちゅっ。


 ウィルの頬に柔らかいものが触れた。

 いやウィルには唇だったようにも感じた。


「――!? えっ? マジ? って今の頬か? いや待て唇じゃねぇのか!? どっちだ!?」


「さぁ、どっちだろうね」


 デュオは微笑みながらウィルの隣から離れ再び野営の護衛として周囲に気を配る。

 後に残されたのは思いもよらぬ褒美を貰えて戸惑うウィルだけだった。








ストックが切れました。

暫く充電期間に入ります。


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