32.その奴隷勇者と相対するのは鮮血の魔女
奴隷解放戦線はどんな理由があろうと人間は隷属されるべきではないと、法的手段を取らないで強制的に奴隷を解放するためのテログループだ。
これまでに数多くの各国の奴隷商や奴隷を使役している貴族等を襲い世界的に指名手配されている。
但し襲っていたのは奴隷商や貴族などの個人レベルの小規模であり、今回奴隷解放戦線が狙っていたのは国レベルで行われる奴隷市だった。
「ふぁ~、今回はまぁまぁの売り上げか。
あと3日、もう1人か2人くらいは売りたいところだな」
若い奴隷商は奴隷市でのこれまでの売り上げを計算し、利益が出ていたのに喜んでいた。
売買の駆け引きで多少値引きされたこともあったが、大局的に見ればお得意様を捕まえることが出来たので上々とも言えた。
ふとそこで部屋の外から何やら物音がするのが聞こえた。
気になって部屋の外に出てみるも何も変わった様子は見えない。
それとも奴隷たちに何かがあったのかと気になって奴隷を管理している部屋へと向かうと、部屋の前に警備をしていた男が倒れているのが見えた。
「おい、何があった!?」
慌てて駆け寄るが、警備の者は首を斬られ既に死んでいた。
そして部屋の扉が開いているのに気が付き、中を覗くと居るはずの奴隷がおらず中は空っぽだった。
「なっ!? 賊が侵入したのか!? くそっ、こうしちゃおれん。衛兵に連絡を――」
その瞬間、首に焼ける様な熱を感じた。
「悪いな。奴隷商は1人残らず消すことになっているんだ」
慌てて振り向けばそこには黒ずくめの男が居た。
手には血の付いたナイフを持っている。
そこで奴隷商は自分が首を斬られたのが分かり、そのまま目の前が真っ暗になった。
奴隷商が最後に思ったのは、あくまで噂として信じなかったがこの奴隷市に奴隷解放戦線と言うテログループが狙っている可能性があると言う事で、何故自分はその噂を信じなかったと言う後悔だけだった。
「さて、これだけの規模だ。他の仲間は上手くやっているかな?」
奴隷商を襲った男は何事も無かったかのようにナイフを仕舞い、計画通り他の奴隷商を襲うべく屋敷を後にする。
こうして人々が寝静まった深夜に奴隷解放戦線は奴隷市に並ぶテントや建物に侵入し、次々奴隷商を1人残らず消しながら奴隷を次々解放していった。
無論、完全に気づかれずに実行することは不可能であり次第に騒ぎが大きくなり始め、祭りとは違った喧騒を見せ始めていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「え? ちょっと待って、フェルトが・・・奴隷解放戦線のリーダー・・・?」
「そう、僕は奴隷解放戦線のリーダーだ。そして今回の狙いは大規模に行われている奴隷市となっている。既に仲間が奴隷市を襲い奴隷たちを解放しているはずだ」
「何を・・・言っているの? 意味が分からないわ」
デュオはフェルトが言った事を理解しながらも信じられない面持ちでいた。
「突然こんなことを言われても驚くだろう。でも事実なんだ。
デュオは不思議に思ったことは無いかい? 人が人を隷属させている。そこにどんな理由があろうとそれは許されるべきことじゃないはずなんだ。
なのにこの世界はそれが横行している。それも女神アリスが率先して」
フェルトは人が人を隷属させるそのことが傲慢で人を増長させていると力説する。
しかも女神アリスがそれを許していることが赦せないと。
「だから僕たちは率先して奴隷を解放し続ける。そして奴隷商は一人残らず消えてもらう。例えどんなことを言われようとも。例え法を犯そうとも」
「待って、奴隷商が全員が全員悪事を働いている訳じゃないわ。フェルトだって見たでしょう。スレイ会長のように奴隷を救おうとしている人だっているのよ。そんな人たちを殺すって言うの!?」
「言った筈だよ。例えどんな理由があろうと人が人を隷属させていいわけがない。それが人を助ける事であろうと」
「ちょっと待ってくださいよ。人を助けてる人まで殺すのですか。そんなの勝手すぎるでしょう!」
黒ずくめの男に注意を払いながら話を聞いていたスティードが抗議の声を上げる。
スティードはフェルトの『勇者』としての気質に共感していたのだが、余りに自分勝手な理屈に怒りを覚えた。
それはかつて自分も似たようなことをしていた失敗からもくるものでもあった。
「聞く耳持たないって感じね。貴方が何故そんな風に思って行動しているのかはこの際どうでもいいわ。
あたしがやることはただ1つ。護衛としてスレイ会長たちを護り貴方を捕まえるわ」
「残念だけどそれは無理だね。デュオは僕にはどうやっても敵わない。いや、デュオだけではない。魔法使いそのものが僕には敵わない」
その言葉を合図に4人が動き出す。
デュオは室内であるため取り敢えず動きを封じる為雷属性魔法の呪文を唱えるのだが違和感に気づく。
何時もなら呪文を唱えるとそれに伴い魔力が集まり魔法と成るのだが、何故か魔力は一向に集わなかった。
その隙をついてフェルトは鋭い踏込で間合いを詰めてデュオに刀を振り下す。
デュオは夢幻想波流の杖戦技の受け流しで剣閃を逸らしながらそのまま棍戦技の昇竜棍でフェルトの顎を狙う。
紙一重で静寂な炎を宿す火竜王の攻撃を避け、流された刀を救い上げるようにデュオの胴へと向ける。
胴に攻撃が決まるよりも先に呪文詠唱が完了し魔法を解き放つ。
「スネークボルト!」
だがデュオの手からは魔法が発せられなかった。
「―――っ!?」
呪文の不発に驚愕しながらも胴への攻撃を避けるも、デュオは完全には躱しきれずに再び脇腹に傷を負う。
後方ではスティードが黒ずくめの男の攻撃を辛うじてだが防いでいた。
只でさえ黒ずくめの男との戦闘力に差があり、スティードは背にスレイや少年奴隷を庇いながらの戦闘だ。
黒ずくめの攻撃を防いでいるのは奇跡に等しい。
フェルトは畳み掛けるように両腕、両足を狙ってくる。
夢幻想波流を駆使し、静寂な炎を宿す火竜王で何とか刀を弾きながら再びデュオは呪文を唱える。
だがまたしても魔力は感じられず、呪文詠唱だけが室内に響き渡る。
「ウインドブレス!」
「無駄だよ」
風属性魔法の大風でフェルト達を押し付けようとしたのだが、先ほどと同様に魔法は発動しなかった。
二度も魔法が発動しなかったことに動揺し、その隙を突かれてフェルトの刀がデュオの体を斜めに切り裂いた。
「ぁう・・・!!」
「これ以上は抵抗しないで欲しいな。
ああ、止めを刺すのは待ってください」
フェルトは刀をデュオに突き付け、後方で戦っている黒ずくめに待ったをかける。
スティードと黒ずくめの方では、黒ずくめが短剣でスティードの心臓を狙うもガラスの破片で足を滑らしたスティードは体勢を崩し、狙いが逸れた短剣はスティードの肩を貫いた。
スティードも体勢を崩しながらも黒ずくめが攻撃で接近してきたところを剣で足を斬りつける。
黒ずくめは思わぬ反撃を受けたことに怒りを覚え続けざまに心臓を狙おうとしたところでフェルトに声を掛けられ止められた。
「何故止める」
「彼は交渉に使えるからね。そのまま動きを封じていてくれ」
口元が布で覆われている為くぐもった声を出しながら黒ずくめの男が批難の声を上げるが、フェルトはスティードがデュオへの交渉へ使えると判断したのだ。
黒ずくめの男は懐から何やらアイテムを取出し呟くと足の傷が治っていく。
どうやらチャージアイテムで傷を治したようだ。
そのままスティードの動きを封じるべく、両足の甲を短剣で床に縫い付ける。
その様子を眺めて改めてデュオへ向き直ったフェルトは満面の笑みを浮かべながら話しかける。
「言っただろう? 僕には敵わないって」
「・・・いったいどうやったのかしら? 魔法を封じるなんてそう簡単に出来るものじゃないと思うけど?」
デュオは胸の傷を片手で抑えながらフェルトを睨みつける。
卵の十冠で傷を治したいところだが、今回は治癒魔法は1つしかチャージしていない。
先ほど脇腹の回復に使ってしまったので残っているのは攻撃魔法と防御魔法のみだ。
「それは僕の祝福さ。
僕の祝福は魔法無効。僕の周囲30m付近では一切の魔法が無効化されるんだよ」
デュオはその言葉を聞いてフェルトがやけに自信満々に自分に挑みかかって来た理由が分かった。
確かに魔法を無効化出来るのであれば魔法使いにとってフェルトは天敵と言えよう。
魔法使いから魔法を取ってしまえば残りは只の一般人と差が無い。
中にはデュオのように夢幻想波流で接近戦が出来る者も居るが、接近戦専門に比べれば稚技に等しいのだ。
「それで? 魔法を封じて、スティードを人質に取って、優位に立ったフェルトはあたしに何を交渉するのかしら?」
「簡単な事だよ。僕の仲間になってほしいんだ」
デュオはフェルトの言葉に耳を疑った。
あろうことかテログループの仲間になれと言ってきたのだ。
「ふざけないで。それこそどんな理由があろうとテロリストの仲間にはならないわよ」
「ふざけてなんかないさ。僕は君を愛している。愛する者を助けたいと思うのは自然な事だろう?」
「愛しているって・・・・・・はぁ、仮にそれが本気だとしても悪いけど今の貴方には1ミリも気持ちが動かないわ」
護衛の道中、散々口説かれていた時はデュオも顔を赤くしながら動揺していたのだが、今のデュオにはフェルトの言葉が少しも届いてはいなかった。
確かにデュオもフェルトの事が少しはいいなと思ってはいたのだが、今となってはフェルトのやっていることは賛同できるものではないし、力尽くでの告白も少しも響いてはこない。
「僕は本気だよ。確かにこんな風になってしまったのは少し残念だけど、僕の気持ちはデュオに向いているんだ。
その証拠に今日の護衛だって君や君の仲間の寝こみを襲う事だって出来たんだ。それをしなかったのはデュオ、君の為なんだよ」
「だから恩着せがましく貴方のものになれって? フェルト、貴方恋愛の仕方間違っているわよ。
悪いけどあたしは貴方のものにはならない。例えそれが命を奪われることになったとしても」
その言葉を聞いたフェルトは眉をしかめながら根気よくデュオを説得しようとする。
「デュオ、出来ればこれ以上君を傷つけたくないんだ。分かってくれ。デュオ達にはどうやっても勝ち目はないんだ。だったらこれ以上無駄な抵抗は止めて僕に付いてきた方がいいに決まっている」
「フェルトに付いて行ったところで国際指名手配されるだけじゃない。そんなお先真っ暗な人生を選ぶと思っている方がどうかしているわ」
「そんなことは無い! いずれ皆分かってくれるはずさ。人は虐げられる悲しみを知っている。そんな事ばかりしていれば人に未来は無いと言う事に。
だから僕達はどんな汚名を着せられようと奴隷を解放し続けるんだ。
今回は特に大規模の奴隷解放をする計画なんだ。今現在仲間達が奴隷市を解放して回っているんだ。
デュオ、君も僕と一緒に僕の隣でその手伝いをしてくれ。」
熱弁を振るうフェルトにデュオは冷ややかな視線を送る。
何でこんな男に自分はあたふたしていたのだろうと。
言っていることは立派だが、やっていることは犯罪行為だ。
フェルトの言い分にも何処か一理あるかもしれない。だけどやり方が間違っている。
自分の自己満足の為に周りを犠牲にしているに過ぎないのだ。
「フェルトは自分の仲間が上手くいくと信じているみたいだけど、果たしてそうかしら。あまりこの国の兵士や騎士団を舐めない方がいいわよ」
「用意周到に計画を立てて、数多くの仲間を参入させているんだ。
それにこの計画を立てたのはアリッサ――シクレットの元暗殺者ギルドサブマスターだよ。万に一つもとり落としは無いよ」
まさか暗殺者ギルドのサブマスターが奴隷解放戦線に関わっているとは思わずデュオは驚愕するが、それでもフェルト達の計画が遂行できるとは思わなかった。
幾ら説得しても自分に靡かないデュオにフェルトは苛立ちを覚え始める。
「何故そんなに頑なに拒否をするんだ? 君には勝ち目がないと言うのに」
「そんなことは無いわよ。今この場で逆転する方法だってあるし、ヒーローの様に都合よく助っ人が現れるかもしれないわよ? 例えば今この場に居ない人とか」
「それはウィルのことを言っているのかい? 残念だけどウィルは偶然計画を聞かれてアリッサに始末されたよ。
今頃は川のそこで魚の餌になっているんじゃないのかな」
デュオは一縷の望みを賭けてこの場に居ないウィルが何かしらの行動を起こしているのではと思ったが、返ってきたのはウィルの死と言う事だった。
ならばデュオに残されたのはこの場を逆転する奥の手しかなかった。
覚悟を決めたその時、破られた窓ガラスから新たな人物が登場した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
若い奴隷商の男は自分が生きているのに気が付いた。
自分は奴隷解放戦線に首を斬られて死んだんではないか、そう思っていたのだが、気が付けばベッドに寝かされ首には包帯が巻かれている。
周囲を見渡せば自分の他にも怪我をした人たちがベッドに寝かされていた。
こちらに気が付いたのか衛生兵と思しき女性が声をかけてくる。
「あ、まだ寝ていてください。魔法で治したとは言え、貴方は首を斬られていたんですよ」
「俺は・・・助かったのか?」
「はい、今日は奴隷市には予定より多く騎士団や衛兵が詰めてましたから。
ただ貴方みたいに何人か間に合わないで怪我をされてしまった方もおります」
その言葉を聞いて若い奴隷商は王国が奴隷解放戦線の計画を知っていたのではと思った。
何はともあれ自分は助かったのだ。
もしかしたら奴隷解放戦線に商品である奴隷が連れ去られてしまったのかもしれないが、まだやり直しが利く。
今は少しでも怪我が良くなるように休んでおこうと再び眠りに着いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「残念だが俺は生きているぜ」
窓ガラスから乗り込んできたのは死んだと思われたウィルだった。
部屋に突入したウィルは素早く黒ずくめに剣を突き立て命を奪う。
そしてスティードとスレイ達を庇うようにフェルトの前に立ち剣を突きつけた。
「馬鹿な・・・生きていたのですか。まさかアリッサが仕留め損なうとは・・・」
「はぁ、フェルト、お前『勇者』のくせして言っていることが悪役丸出しだぜ。
悪役は悪役らしく大人しくお縄に付きな。言っておくが奴隷市の方も、宿に泊まっている奴隷商たちの方も事前に衛兵や騎士団も駆けつけてお前のお仲間は捕まっているぜ。
因みに衛兵や騎士団だけでなく使徒四天王も駆けつけているってよ」
「そんな馬鹿な・・・! あれだけ用意周到に計画したのに失敗するなんてあり得ない!
計画が漏れていたのですか・・・? それとも誰かが裏切ったとか・・・」
ウィルの口から出た新たな事実にフェルトは信じられない面持ちで混乱していた。
確かに計画の通り実行されていればフェルトの望みどおりの成果が得られたであろう。
それはウィルも思っていた事だ。
だが結果は違った。どういう訳か奴隷解放戦線が実行に移す前に予定にない衛兵や騎士団の配置があったのだ。
それにより多少の犠牲者が出たものの奴隷解放戦線のメンバーは捕縛されていた。
「さてね。計画が漏れていたのか誰かが裏切ったのかは俺は知らんよ。ただ結果としてお前は失敗したと言うのは間違いない事実だよ」
絶望しているのか、それともまだ諦めていないのかは分からないが、ウィルはそんなフェルトを一瞥しつつデュオの方を見る。
「ん? どうした? もしかして俺が本当に死んでしまったと思って泣いちゃってた?」
デュオはウィルが死んだと聞かされた時信じてはいなかったが、心のどこかではまさかとは思っていた。
だがこうして生きていることが分かると自然と笑みがこぼれる。
ウィルはその一瞬の笑顔を捉えていた。
「ばっ・・・! そんなことないわよ! あんたの事だからしぶとく生きているって分かってたわよ。煮ても焼いても死なないようなくせに!」
いつもの軽口、いつものやり取り、そんな当たり前のことなのにデュオはこんな時でも嬉しく思った。
そしてそれはウィルも同じだった。
「ははっ、言ってくれるね。ま、それだけ俺を信じてくれているって事で。
さて、と。どうやらここから逆転の一手を打とうとしていたみたいだが、どうする? このまま俺が片を付けるか? それともデュオが自分でやる?」
「・・・あたしがやるわ。この戦いはあたしの戦いよ。ウィルは手を出さないで」
「了解しました。サブマスター様」
デュオは自分の手で決着を付けるべくフェルトへと向かい合う。
そんなフェルトはデュオとウィルのやり取りを見ながら再び剣を握りしめた。
「そう、か。どうあっても僕に付いて来てくれないんだね。残念だよ、デュオ。
・・・あまり僕を舐めないで欲しい。今この場で最も弱いのはデュオですよ。貴女が僕に勝てるわけがない。
確かにウィルの言う事が本当なら今回の計画は失敗もいいところでしょう。ですが僕は諦めません。言った筈です。罵られようと法を犯そうとも僕は奴隷を助け続ける。
そう、例え1人になろうとも」
「心意気は立派だけど、お前やり方間違えてるよ」
「ウィル、無駄よ。何を言っても彼には通じないわ。自分の正義に目が眩んでいるのよ。
かつてのどこかの誰かさんみたいにね」
「ああ、なるほどね」
ウィルは自分の脚を縫いつけられていた短剣を引き抜いているスティードを見ながら納得していた。
「随分と余裕ですね。それともウィルが来たから強気に出ているのですか?」
「あら、そんなこと無いわよ。あたしも血を流し過ぎて少し眩暈がしているから早めに決着を付けないといけないしね」
「デュオが自分の手で決着を付けるって言ったんだ。俺は手を出さないよ」
フェルトは目の前で会話をしているデュオとウィルを睨みつけながら、攻撃をする隙を狙っていた。
そのデュオは魔法を封じられて傷の治療が出来ないため、押さえている胸の傷から血が溢れていた。
確かにこのままでは血を流し過ぎて貧血で倒れてしまうだろう。
血を流し過ぎたデュオは一瞬目が眩んで膝が落ちそうになる。
フェルトはその隙を見逃さずすかさず剣を一閃させる。
「桜花一閃!」
「マテリアルシールド!」
力で押し切ろうとフェルトは刀戦技を放ち押し切ろうとする。
デュオは咄嗟に卵の十冠を使いチャージされたマテリアルシールドで防いだ。
そしてチャージアイテムが発動したことにより自分の予想が間違っていなかった事を確認した。
だがこのままでは部屋の中で争うには狭すぎ、且つ護衛対象であるスレイが未だに危険に晒されるため、デュオはその後の追撃をするフェルトの攻撃を躱しながら部屋の外へと誘い出す。
今はウィルがスレイの側にいる為、デュオは安心して部屋の外へと出る事が出来る。
立ち眩みしそうになる中、何とかフェルトの剣を凌ぎつつ宿のホールである1階へと辿り着いた。
1階のホールの奥は食堂も兼ねておりかなりの広さを有している。
「ここなら思う存分やれますか? だが残念なことに貴女は魔法が封じられている。そんなんでどうやって僕に勝とうと言うのですか」
誘い込まれていることを知ったフェルトは敢えてそれに乗り自分も戦いやすいホールへと来たのだ。
それにウィルは手を出さないとは言ったものの、あのままあの場で戦っていればいざデュオがピンチに陥った時には手を出してくるだろうと思ったのだ。
「勝てるわよ。フェルトの祝福の秘密が分かったからね。
魔法無効化とは上手く誤魔化したものね。確かに魔法が発動しなければ魔法を無効化されたと思うわ。
けど残念ながらフェルトの祝福は魔法無効化じゃないわ」
「ほう・・・それじゃあ何だと言うのですか?」
フェルトはデュオの指摘に眉をひそめたものの、祝福が魔法無効化ではない事を否定はしなかった。
「あたしも詳しくは知らないけど魔法無効化は文字通り魔法を無効化する。つまり祝福所持者本人に魔法が利かないって筈よ。
フェルトの言う周囲30mに効果が及ぶなんて聞いた事ないわ。
そしてそれなのに魔法の効果があるチャージアイテムが発動するのはどうしてかしら?
答えはチャージアイテムには呪文詠唱は必要とはせず、力ある言葉を言うだけで魔法が発動するから。
つまり貴方の本当の祝福は魔法無効化じゃなく呪文無効化なのよ」
黙って聞いていたフェルトは笑みを浮かべながらデュオを見る。
「素晴らしいですね。僅かなヒントを頼りにその答えに辿り着くなんて。流石は僕の愛した女性ですよ。
だけどそれは僕を倒せる理由にはならない。魔法を使うにはどうあっても呪文詠唱が必要になる。
まぁ、チャージアイテムみたいに呪文詠唱が必要ない魔法なら発動はするけど、大抵は切り札で1発だけだ。君はかなりのレアアイテムのチャージアイテムを持っているみたいだけど。
けどそれを使い切れば呪文詠唱の出来ない君は打つ手がない。どうやっても僕には敵わないんだよ」
余程自分の祝福に自信があるのか、フェルトは自分の勝利を確信しながら剣を突きつける。
あわよくばデュオを気絶させ運び出せればベストだ。
今は否定的でもいずれは自分の言う事が正しいと理解してくれる。いや、理解させる。それがデュオの幸せだと思いその本人を見てみるが、どこから出て来るのかフェルトと同様に自信満々で血に濡れた手を付きだしていた。
「そう言えば言ってなかったわね。あたしがどうして『鮮血の魔女』なんて呼ばれているのか。
これは相手を血まみれにするとか、相手の血に濡れるから――じゃなく、あたしが自分の血で血まみれになることから付いた二つ名が『鮮血の魔女』なのよ」
突然の二つ名の由来に戸惑いながらもフェルトは警戒を怠らずデュオの様子を探る。
怪しいところは何もない。なのにフェルトは嫌な予感を覚える。
「そう、あたしの血には特別な力が宿っていてね。祝福でもないのにあたしの血には大量の魔力が宿っているのよ。
だからあたしはそれを切り札として自ら血に塗れる。血を介せば呪文を使わずに直接魔法を発動出来るから。
―――こんな風にね! ファイヤーボール!」
直後、呪文詠唱無しにデュオの手のひらから火属性魔法の火炎球が飛び出した。
次回更新は10/30になります。




