30.その奴隷を救うのは心優しき奴隷商
獣人王国へ向かうブライト商会の馬車の前には6匹ほどのブラッドウルフが道を塞いでいる。
そして挟み込む形で後ろにも5匹のブラッドウルフが威嚇している。
それに向かい合っているのはフェルト率いるパーティーだ。
前方にはフェルトとジェイクが。後方にはアリッサとペンテルが。
ブラッドウルフが現れ時はデュオたちも一緒に戦おうとしたのだが、フェルトがどうせならと自分たちの実力を見てもらう為にフェルトたちだけで戦わせて欲しいと頼んだのだ。
ブラッドウルフ単体ではそれほど強くは無く、群れで襲って来る時にはその連係により難易度が上がり、パーティーの連携が試されるのには丁度いい魔物でもある。
デュオは相手がブラッドウルフと言う事もあり、フェルトたちの実力を見る為にも任せることにした。
一応、他の魔物の襲来が無いかを周囲を警戒しながらスレイ達ブライト商会の面々を守りながらフェルト達の戦いを観察する。
「ハイタウント!」
前方ではジェイクが大盾を構えながら挑発戦技を発動し、ブラッドウルフの敵意を自分へと向ける。
連携しながら襲い掛かるブラッドウルフを大盾を巧みに使い攻撃をいなしていく。
時にはシールドチャージの盾戦技を使いながらブラッドウルフの態勢を崩し、フェルトの攻撃の援護をする。
フェルトはジェイクが攻撃を引き受けている間、ブラッドウルフの連携の隙を狙って刀戦技を叩き込む。
「一閃!」
使う刀戦技は尤も威力が低く基本的な戦技の一閃ではあるが、その分使用者の実力が如実に表れたりもする。
フェルトが使った一閃は実直でありながら鋭さ、威力、正確さが見て取れる一撃だった。
その後も危なげないところなどなく、確実に1匹1匹とブラッドウルフを屠っていく。
もう一方の後方では、アリッサがブラッドウルフの群れに突っ込んでいって、その撃ち漏らしをペンテルが叩いて行く。
アリッサは盗賊らしく、ショートソードで縦横無尽に駆け回り、手数でブラッドウルフを斬っていく。
威力が低いのは仕方ないことながらも、その一撃は正確に急所を斬りつける。
ブラッドウルフが反撃に出るときには彼女は既にその場には居なく、背後、又は別の獲物へと襲い掛かっている。
そして気が付けばまた同じ場所や別の急所を斬りつけられるのだ。
そうして何度も切り刻まれることによってブラッドウルフは次第に力を失い倒れていく。
だが、流石に一対多では抑え込めるのには限界があり、馬車を狙ってすり抜けるブラッドウルフも居る。
そうした撃ち漏らしには控えているペンテルが神官らしくメイスで叩き潰していくのだ。
ペンテルは細身の体でありながらどこにそんな力があるのかと己の身長ほどある武骨で力強いメイスで攻撃していく。
大振りながらもその一撃はブラッドウルフの頭を砕き、確実に命を絶つ。
前方の戦いが終わるころには後方での戦いもほぼ終わっていた。
「へぇ~流石は『勇者』かしら。なかなかやるじゃない」
「いやいや、相手はただのブラッドウルフだよ。このくらいならC級の冒険者でも可能だと思うけど」
「だからこそ、ね。例え弱い魔物が相手でも基本がしっかりしていればその実力も見て取れるわ。
この分だと獣人王国までの道のりはかなり余裕が出来そうね」
タダでさえ護衛の人数が過多と言えるのだ。
王都エレミアから獣人王国王都ビーストロアまでの約4日間ほどの道のりは通常の護衛と比べれば楽が出来ると言えた。
フェルト達の実力も確認できたし、実力には文句は無い。
ただ、ウィルだけは終始不機嫌ならがらも、フェルト達の実力を認めていたので何も言わない。
ウィルが不機嫌なのは実力云々よりはフェルトのデュオへのちょっかいだろう。
ちょっかい、否、どこからどう見ても口説いているのだが、ウィルはそれが気に食わないのだ。
確かに実力はあるのだが、仕事(護衛)中にそんなことをされれば不誠実であると言えよう。
だが周りが、特に依頼者が進んで囃し立てるような雰囲気が出来ており、ウィルは何も言えなかった。
唯一の救いはデュオがフェルトの口説きにしっかりと断りを入れているところだった。
尤もデュオも断りを入れているものの、満更でもない様子を見せているのがウィルの不機嫌に拍車をかけている。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
途中、羊王国を経由して行程予定の4日ほどで獣人王国の首都ビーストロアへと辿り着いた。
ブライト商会は首都ビーストロアでもかなり高級な宿を取り、護衛であるデュオたちもその宿に泊まる事になる。
宿泊費に関してはブライト商会持ちなのだが、流石にこれほどの宿に泊まるのは初めてらしく、フェルト達は少々気おくれをしていた。
「いいのかな? こんな高級な宿に僕達の宿泊費まで出してもらって」
「まぁ、こればかりは仕方がないわよ。町に着いたら護衛の必要性は低くなるけど、決して皆無とはいかないからね」
デュオたちも最初の頃は遠慮がちだったが、今では慣れたものだ。
獣人王国の首都ビーストロアでは今月、4か月おきに開催される奴隷市、月一開催される競獣レース、2か月おきに開催される武闘トーナメントが同時に行われる天獣祭が開かれていた。
奴隷市の開催期間は7日間で、デュオ達が首都ビーストロアに着いた今日は4日目だ。
ブライト商会は本来であれば開催前に着く様にしたかったのだが、いつもの護衛依頼を頼んでいるデュオが『災厄の使徒』に関わっていた為、ぎりぎりまでデュオの期間を待っていた為出遅れてしまったのだ。
「それでは着いたばかりですが、早速市を回ることにします。デュオさん、申し訳ないですがよろしくお願いします」
「はい、あたしの方はいつでも大丈夫ですよ。
ウィルたちは後は奴隷が来るまでいつも通り自由行動ね。余り羽目を外さないようにしなさいよ」
スレイはアイヒを伴って奴隷市に向かおうとする。
デュオは2人の護衛と交渉時の威圧係だ。
今やデュオの二つ名である『鮮血の魔女』はこの隣国の獣人王国にも響いており、その異名を利用して2人の背後から睨みを掛ける。
ブライト商会が仕入れる奴隷はとある事情の為、相手の奴隷商が真っ当とは言い難いのでそこを有利に取引を進めるためなのだ。
ウィルたちはスレイ達が奴隷を仕入れるまでは特には仕事が無いので自由時間となる。
「待ってください。僕も一緒に付いて行ってもいいですか?」
そこで待ったをかけたのはフェルトだ。
「デュオが一緒に随伴する理由は分かりました。ですが僕も一緒でも問題は無いでしょう?
幾らデュオが二つ名の異名で睨みを利かせても女性であることには変わりありません。
そこで僕も居れば男としての睨みも利かせられます。どうでしょうか?」
「・・・そうだね。それは良いね。デュオさんの他にもフェルト君が居ればかなり有利に話を進められそうだ」
「これから向かうところの商人は女性蔑視のところもありますのでフェルトさんが居ればかなり助かりますね」
スレイとアイヒは特には問題ないとフェルトのお供を許可する。
雇い主であるスレイにそう言われればデュオとしても拒否は出来ない。
「・・・言っておくけど市場にまで行って口説くような真似はやめてよね。流石にあの場では空気が悪すぎるわ」
「おや? それ以外の場所でなら口説いてもいいのですか?」
「ばっ!? いいわけないじゃない! あたしはフェルトを好きになるとかそう言うのは無いから!」
「そうですか。デュオは僕を好きになってくれるんですね。これは期待が持てます」
「ちょっと!? あたしは好きになるなんて一言も言ってないわよ!?」
「そう言っているうちは気持ちが揺らいでいる証拠ですよ。その内デュオに好きだと言わせて見せます。
さぁ、スレイさん達が待ってますよ。行きましょうか」
実際、デュオもフェルトに気持ちが傾いている部分はあるが、今まで面と向かって口説いてくる者が居なかったため、対処の仕方が分からずに戸惑っているのだ。
これが恋なのか、好きだと言われて気分が高揚しているだけなのか判断が付かずにいた。
そんな2人を見送りながらスティード達はこの後の自由行動をどうするか相談していた。
だがウィルだけはその中に入らずにデュオたちが出て行った扉を眺めている。
「ウィルさん、いいんですか、あれ? ぼやぼやしていると取られちゃいますよ?」
「・・・何のことだよ」
見かねたスティードが声を掛けるも、ウィルはぶっきら棒に返事をするだけで核心には触れさせなかった。
「まぁ、ウィルさんがそれで良ければいいんですけどね」
「ふん、悪いが俺は1人で行動をするよ。お前らは勝手にしな」
そう言いながらウィルは宿から出ていく。
スティードとしてはデュオとフェルトの仲が心配で後を付けたのだろうと判断し、後でからかおうと目論んでいた。
「スティード、人の色恋にちょっかいを掛けると馬に蹴られるにゃ。程々にするにゃ」
「何の事かな? 僕はただ純粋にウィルさんを応援しているだけだよ?」
「・・・全然応援になってないにゃ」
護衛の道中もなんだかんだ言いながらウィルに発破をかけていたスティードだが、ミュウミュウから見ればウィルを使って遊んでいるように見えたのだ。
迷惑正義には珍しく、正義のための行動ではなく恋の応援のためのアドバイスなのだが、どうやらその恋の応援すらも迷惑を掛けそうな雰囲気だったりする。
「ふむ、フェルトにもいい相手が出来そうで何よりだ」
「そうね、このあたしと言う存在がありながら他の女に色目を使うのは面白くないけどね!」
「まぁまぁ、それだけアリッサには気を許している証拠ですよ」
スティード達と同様にフェルトを見送っていたジェイク達も2人の恋には積極的に応援していた。
若干一名ほど捻くれているのが居るが女としてのプライドだけなので左程問題はないようだ。
「にゃ~・・・なんか仕事より色恋沙汰の方に比重がいっているようなのは気のせいかにゃ?」
ミュウミュウとてデュオの春を応援したいのはやまやまだが、今は護衛としてこの場に居るので周囲が緩んでいないかが少し心配になって来たので思わず呟いてしまう。
「フェルトもああ見えて軽く見られますが、仕事はちゃんとしますのでご心配には及びませんよ」
そんなミュウミュウを安心させるためにペンテルがフェルトの良いところを話す。
無論ミュウミュウもそれは分かっているのだが、何か雰囲気が違うく感じるのだ。
「仕事と言えば、ブライト商会の本業が奴隷商とは少し驚いたな」
「あ、ごめん。もう少し時間があればちゃんと調べられたんだけど、急な依頼だったからね」
ジェイクは道中、スレイに言われたブライト商会が奴隷商だと言うのに驚いていたことを言い、アリッサは調べが足りなかった事を謝る。
「まぁ、確かに奴隷商ってあまりいいイメージが無いですからね。
ただブライト商会の場合は奴隷商と言うよりは奴隷保護って言い換えてもいいくらいですよ」
「スティードも最初はそれで大失敗をしたことがあるにゃ」
「・・・言うなよ。僕もあの時の失敗は身に染みているんだ」
スティードが得意げにブライト商会の奴隷商としての行いを言うのに対し、ミュウミュウは昔の失敗を引っ張り出してスティードを調子に乗らせない様に釘を刺しておく。
「ははは、その失敗是非とも聞きたいね。ブライト商会が奴隷の保護として不当に扱われている奴隷や、子供など奴隷を引き取っていることに関係しているんだろう?」
「えー・・・言いたくないです」
ジェイクがからかう様にスティードの失敗を聞こうとするも、当然スティードは断る。
ブライト商会がメイン業種が奴隷商となってはいるが、実際はジェイクが言ったように奴隷の保護をしていると言っても過言ではないのだ。
世間一般では奴隷と言えば、自由を奪われ雇い主に無理難題を押し付けられ命を削りながら強制労働をすると言うイメージが強い。
だが実際は国際奴隷保護法――通称奴隷法により、奴隷はその命は保障されており、雇い主に衣食住を提供してもらう代わりに労働をすることとなっているのだ。
更に言うのならば、奴隷には大まかに借金奴隷と犯罪奴隷の2種類存在する。
借金奴隷は文字通り借金の片に奴隷に落ちたり、家族の生活資金を工面するために奴隷等のことを言う。
この者たちは上記に述べたとおり、奴隷法により命の危険性は無く言ってみれば雇用者と労働者の強力な契約を結んだ関係と言える。
中には、衣食住を提供してもらうのを目的で自ら借金奴隷になる者まで居る。
借金奴隷は更に区別すれば労働奴隷と性奴隷に分けられる。
借金奴隷と言えば大体は労働奴隷の事を指し、性奴隷はその莫大な借金を理由に性行為を強制させられている奴隷のことを言う。
強制的と言っても暴力による強要ではないので本来であれば労働奴隷と同様に同じ基準で働かされる奴隷だ。
そしてもう1種類の奴隷である犯罪奴隷は、犯罪を犯し罪を償う為や戦争で負けた王族・軍人などがなる奴隷だ。
この犯罪奴隷にも永久奴隷と期間奴隷と区別することが出来る。
永久奴隷は一度なれば二度と普通の生活に戻れない奴隷であり、期間奴隷は犯罪の刑罰によって奴隷期間が決められている奴隷だ。
戦犯や殺人罪などの罪の重い罪人は永久奴隷になることが多く、大抵は期間奴隷として罪を償う事になる。
犯罪奴隷と言う性質上、課せられる労働は肉体労働など過酷なものが多い。
特には国が管理している鉱山などで労働を強いられるのが大半だ。
借金奴隷と犯罪奴隷の大きな違いは、借金奴隷はその労働に見合う賃金を得ることが出来、最終的には自分を買い戻して奴隷を解放することが出来る。
一方、犯罪奴隷は罪を償うと言う事で、タダ働きとなっている。
だが、期間奴隷は奴隷の期間が決まっているので場合によっては借金奴隷よりは奴隷期間が短い事もある。
以上のように性奴隷や犯罪奴隷にいいイメージが無いのだが、少なくとも奴隷法により最低限の命の補償はされているのだ。
だが、法の抜け道を通る者は何処にでもいるもので、不当な扱いを受けている奴隷や陰に隠れて不正な行いをしている奴隷商も居たりするのが世の常だったりする。
そこでスレイはそんな不当な扱いを受けている奴隷――特にまともな食事を与えてもらえない子供の奴隷や、雇い主からの日常的に暴力を振るわれて怪我だらけの奴隷などを積極的に買い、正しき雇い主へと奴隷を勧めている奴隷商なのだ。
その為、スレイは不当な扱いを受けている奴隷を買い取るために自らの脚でエスメラルド鉱山を発掘し、莫大な資産を得たのだ。
尤もあまりの大鉱山が故に今では鉱山商として有名になっていたりするのだが、スレイ自身はメイン業務は奴隷商だと思っている。
因みに、中にはそれだけの資産があるのなら一々別の雇い主に奴隷を与えるのではなく自ら借金奴隷の借金を肩代わりすればいいのではと言う声があるのだが、借金奴隷は自らの正当な労働によってのみ得た賃金によって解放されると言う事は世間ではあまり知られていなかったりするので、一部の者にはブライト商会の評判は良くなかったりする。
「ま、スティード君をからかうのはそこまでにして、私たちは町の観光を楽しもうか。
スレイ会長が新しい奴隷を連れて来れば私たちの護衛の仕事も一層忙しくなる。それまでの休憩ですからね」
「それもそうね。スティードの失敗談は後で幾らでも聞けるけど観光は今じゃないと出来ないからね」
「そうにゃそうにゃ。失敗談ならあたしが後で幾らでも話すにゃ」
ペンテルはいつまでもこうしているのは勿体ないと言わんばかりに町の観光へ繰り出そうと推し進め、アリッサもこうしちゃいられないと慌てる。
スティードもミュウミュウが余計なことを言うんじゃないと釘をさすも、ミュウミュウの耳には右から左である。
残ったメンバーはスレイ達が奴隷を連れて来るまでの一時的な休憩を楽しむため、早速町の外へと出かけていく。
一応、御者2名と馬車の護衛としてジェイクが残ることになっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ウィルはイライラしながら町中をぶらつく。
護衛の道中、フェルトがデュオを堂々と口説いているのが面白くなかった。
口説かれて顔を赤くしてオロオロしているデュオも面白くない。
最終的な判断はデュオが下したが、フェルト達のパーティーと合同で護衛をすることになったことに今更ながら後悔する。
(こんなんだったらハルトさんにでも変わってもらえばよかったな)
惚れた女が口説かれる様を我慢してみているほどウィルは人間が出来てはいない。
かと言って暴力に訴えるほど男が廃っているわけでも無いので、どうにもできない自分に苛立ちを覚えていたのだ。
ウィルはいつからか孤児院に居たのかは覚えてはいない。
ザウザルド院長の話によれば生まれてすぐに孤児院の前に捨てられていたらしい。
そしてそのまま孤児院で育てられ親代わりであるザウザルド院長が元冒険者と言う事で冒険者に憧れて育った。
4歳の時、新たに3人の子供が孤児院に入ることになった。
当時のハンドレ村の生き残り――デュオとトリニティともう1人の子供だ。
ウィルはデュオが冒険者志望と言う事で仲良くなり、将来お互い有名な冒険者になろうと夢見ていた。
そして切磋琢磨しながら孤児院卒業の15歳になる前に冒険者になることが出来、時には失敗しながらも確実に実力を付けてA級冒険者、A級クランと名を上げることが出来た。
その過程でウィルはひた向きに諦めずに前へと進むデュオに魅かれていったのだ。
とは言え、年齢的にも素直になれないお年頃でデュオの気を引くためにワザと他の女の子と仲良くなって焼きもちを焼かせようとしたこともあったが、冒険に生きているデュオには見向きもされなかった。
ウィルのこれまでの気の引き方にも問題があったりはするのだが、そこは幼馴染のご愛嬌。傍から見れば微笑ましい光景でもあったりする。
デュオの気を引くためにあれこれ手を尽くしたのだが、結果は見ての通り自分よりも他の男に頬を染めて自分の見たかった顔を他の男に見せている。
これが面白いわけが無かった。
とは言えここでデュオにあれこれ口を出そうものなら仲がこじれるのが目に見えている。
そう、今デュオを口説いているフェルトに違和感があるのだが、それを今口にしても男の醜い嫉妬としてしか取られないだろうと。
幸か不幸か、ウィルは色んな女性と色々なお付き合いをしたから分かるのだが、フェルトの口説き方にどことなく違和感があるのだ。
そんな違和感がはっきりしないままビーストロアに来てしまったのだが、どうにもその違和感が嫌な予感になってくるのを感じていた。
ふとそこへ、ある人物が歩いているのが目に入る。
フェルトのパーティーのアリッサだ。
何気ない様子で町を観光しているように見えるのだが、よく見れば周囲に気を配りながら町を歩いていた。
まぁ冒険者だから警戒を常にするのは間違ってはいないが、フェルトの違和感の所為もあり、アリッサの行動にも違和感を感じてしまう。
幸いにも向こうはウィルに気が付いた様子は無く、然も自然に溶けるようにふらりと脇道へと入って行った。
「近道・・・にしては周囲を警戒しすぎているな・・・」
気になり始めたウィルはアリッサに気づかれないよう尾行を始める。
脇道から暗い道、人気のない通りへ出るのには左程時間は掛からなかった。
アリッサが人気のない裏道で暫く佇んでいると、冒険者らしき姿をした男3人が現れた。
「準備の方はどう?」
「ああ、予定通り今夜決行できる」
「それよりそっちの方はどうなんだよ。予定にない『鮮血の魔女』まで連れてきて」
何やらやばげな会話をしているアリッサに危機感を募らせながら聞いていると、思いもよらぬ言葉が出てきてウィルは気配を悟られぬようにするのに必死だった。
「確かに当初の予定では災厄の事件に関わっている今なら最高だったけど、向こうが間に合っちゃったからね。
でも大丈夫よ。『鮮血の魔女』はフェルトが抑えてくれるわ。フェルトの祝福の前には流石に『鮮血の魔女』も手が出せないわよ」
「確かにフェルトの祝福ならそれは可能なのだけど・・・フェルトの戦力が当てにできないのもちと辛いな」
「今回の計画の最大の障害がフェルト1人で抑えれることに利点を見るべきよ。
幸いと言うか、フェルトは彼女を本気で口説いているし、向こうも満更ではないから『鮮血の魔女』の排除は容易よ。
後は市場とブライト商会以外の奴隷商は手配した人数で大丈夫なはずよ」
その言葉にウィルは自分の中の違和感が間違っていなかったことを確信する。
フェルトは本気でデュオを口説いていたのだろうが、それはアリッサの言う計画の為でもあったのだ。
しかもその計画の内容は奴隷に関する事だ。
話の内容から言って、まさかとは思うが奴隷解放戦線ではないかと。
奴隷解放戦線とはどんな理由があろうと人間は隷属されるべきではないと、法的手段を取らないで強制的に奴隷を解放するためのテログループだ。
まさかフェルト達パーティーがテログループの一味だと言う事にウィルは驚きを隠せないでいた。
だとすれば宿屋でのアリッサ達の会話は俺たちを騙すための演技だったのだろう。
アリッサ達奴隷解放戦線の計画が実行されればデュオもヤバければブライト商会もヤバい。
ウィルはアリッサ達に気づかれないようこの場を離脱しようとしたが、会話を盗み聞きするのに夢中で背後に新たな気配が現れたのに気が付かなかった。
「おや、ウィルさん。この場で何をしているのですか?」
慌てて振り向けばそこに居たのはAlice神教の神官、ペンテルだった。
「アリッサさん、貴女ともあろうものが後を付けられていたのですか。大事な計画ですのでもう少ししっかりしてください」
「え? あっ!? うっそ、付けられてた!? うっわー、マジあり得ない。こんな時にこんな失敗をするなんて」
アリッサは額に手をやり思わず項垂れる。
一方のウィルは前後に挟まれてどうやってこの場を切り抜けるか必死に頭を働かせていた。
「あーー・・・ウィル、あんたは結構あたしの好みだったけど、この場を知られたからには仕方がないね。
―――死んで?」
次回更新は10/26になります。




