2.その悪夢打ち払うは勇者
謎のジジイがハンドレ村に滞在して1週間。
その間、ソロとデュオは謎のジジイに冒険者としての心構えや、戦術、訓練方法を習っていた。
元々戦技や魔法を身に着けるほどの才能を持っていた2人は、砂が水を吸収するようにどんどん自分のものにしていった。
そして謎のジジイは目的の為、今日村から出ていくことになった。
「じいちゃん、色々ありがとうな」
「うむ、訓練を怠るでないぞ。それと無茶はするなよ」
「分かってるよ。この間みたいなことはもうこりごりだからな」
流石に1週間前の出来事は堪えたのか、ソロは神妙に頷いていた。
謎のジジイは満足そうにソロの頭を撫でて別れの挨拶とする。
「おじいちゃん、魔法の事教えてくれてありがとう。あたし一生懸命頑張ってすっごい魔術師になるね!」
「お嬢ちゃんならそう遠くない将来、立派な魔術師になるじゃろうて」
謎のジジイに頭を撫でられながらデュオは褒められて嬉しそうに微笑んでいる。
「じーちゃ! ばいばい!」
「おーう、トリィも元気でな」
「あい!」
謎のジジイは最後にトリニティを抱っこして他の村人たちに最後の別れの挨拶をし、村から出て行った。
「じいちゃん行っちゃったな・・・」
「うん」
「今度じいちゃんに会ったときビックリするくらい強くなっていようぜ!」
「うん!」
「早速広場で訓練開始だ!」
「ソロ兄ちゃん、待ってよ~!」
逸る気持ちを抑えきれずに、ソロは広場に向かって走り出す。
デュオはトリニティの手を取ってソロの後を追いかけて行く。
村人たちはその光景を見てソロたちの有望な将来に期待を馳せていた。
元々才能があった2人だが何分自己流でしかなく、危険への対処の仕方も不十分なものだった。
それが謎のジジイとの出会いにより不安要素が排除され、冒険者としての道がより確実なものとなったのだ。
将来有名な冒険者となり村への貢献してもらえるかもと言う打算もあるが、子供たちの輝かしい未来に村人たちの心も踊るものがあった。
だがそんな未来は訪れることは無かった。
この後に起こる悪夢によってハンドレ村は今日終わりを告げる
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
謎のジジイが村から出て行って半日経過したころ悪夢は始まる。
村はずれの畑で作業をしていた青年が最初に異変に気が付いた。
地震とも違う揺れが足下から感じたのだ。
「おい、何か揺れてないか?」
不審に思った青年は、一緒に作業をしていた友人に気になって尋ねた。
「揺れてるって、地震か?」
「いや、地震じゃなくて、何かこうズシンズシンって感じでさ」
「それだと魔物とかの足音みたいじゃないか」
「っ!」
何気なく言った言葉に思わず2人は息を潜めて周りをきょろきょろし始めた。
すると音のする方、小屋の陰になっているところから何か巨大な生き物が現れたのだ。
片手に巨大な棍棒を持つ体長3mの一つ目の巨人――サイクロプスだ。
何故これほどまでの巨人が近づいてくるのに気が付かなかったのか。
だがそんなことを考えている余裕は無かった。
2人を見つけたサイクロプスは雄叫びを上げて駆け出す。
慌てて逃げようとしたが、今まで見たこともない魔物の雄叫びに2人は腰を抜かしてしまっていた。
「ひぃぃぃ! に、逃げなきゃ!」
「冗談じゃねぇ! 何で魔物が村の中に・・・!」
腰が抜けた状態で這いつくばって逃げようとするが、サイクロプスの振り下された棍棒により青年はあっさりとものを言わぬ肉片と化す。
残された友人は最後の抵抗とばかりに近くに会った鍬を手に取り構えるが、容赦なく再び振り下された棍棒により叩き潰されてしまう。
そして村の反対側でも同じように村人が魔物に襲われていた。
「ブモォー!」
「なんだ、今日の牛たちは騒がしいな」
男は牛に食べさせる藁を纏めていたが、さっきから頻繁に牛舎から聞こえる牛の鳴き声に不審に思い確認しようと足を向けたところで牛舎が爆発した。
いや、牛舎の中から何かが飛び出してきたのだ。
牛が飛び出してきたのかと思ったが違う。
牛は牛でも二足歩行の3mもの牛の化け物――ミノタウロスだ。
手に持った金棒で牛舎をぶち破り、その勢いのまま男に向かって突進してくる。
男は慌てて逃げようとするが、ミノタウロスはそれを許さずにあっという間に間合いを詰めて棍棒を振り下した。
男はあっけなく潰されてしまい、訳も分からないうちにその生涯を終えてしまった。
同様な出来事が村のあちこちで起き始めていた。
だが村人は逃げることも叶わずに容赦なく魔物に命を狩られていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
村の外周で騒ぎが起き始めたころ、ソロたちは広場にて冒険者になるための訓練をしていた。
村の中心に井戸があり、その周辺は広場として村人たちに使われている。
特に子供たちにとっては絶好の遊び場として活躍していた。
大人たちにと手は村の中心に子供が居ることで外に出てしまう心配が無く、常に誰か大人が居ることで安心して子供を遊ばせることが出来ていた。
ソロはその広場で謎のジジイにから貰ったショートソードで素振りをしていた。
本来であれば刃物を子供に持たせるのは危険だが、大人たちはソロの実力や謎のジジイの指導により持たせても大丈夫と判断している。
そんな男の子にとっては憧れるアイテムである剣を振り回しているソロに、村の子供たちは羨ましそうに声を掛けていた。
「すげー! 本物の剣だ! いいなぁ」
「ちぇー! ソロばっかりズルいよ」
「なぁなぁ、ちょっと触らしてよ」
ソロはそんな子供たちに構わずに黙々と剣を振り続けている。
そしてソロの隣ではトリニティが小型の木剣を持って素振りをする真似をしていた。
「やぁ、やぁ!」
最初のころは他の子供たちもソロを真似して素振りをしていたが、この時間まで続けているのはトリニティだけになってしまっていた。
「お前ら、少しはトリィを見習えよな。こんな小さな子供に負けるなんて悔しくないのかよ」
「そんなこと言っても剣を振るだけなんてつまんねーんだもん」
「そうだよ。本物の剣ならもう少し張り合いがあるんだけどさー」
ソロは子供たちの気持ちは分からんではないが、強くなるには続けることが大事なのを謎のジジイに教えてもらっていたので周りに構わずに素振りを再開する。
デュオはと言うと、ソロから少し離れたところで瞑想をしていた。
謎のジジイから実戦で使える魔法をいくつか教えてもらい、それを扱うためのイメージトレーニングを兼ねた瞑想で己の魔力を高めていた。
傍から見れば寝ているように見えるので、子供たちには「デュオ寝てんのかー?」などとからかわれていたが相手をせずに迷走を続けている。
暫くすると相手にされなくなった子供たちは飽きてきて散り散りになって広場から離れて行こうとする。
そしてその時、村の周辺から悲鳴が聞こえてきた。
何事かと広場に居た大人たちは辺りを見回し、ソロとデュオは警戒をする。
「ひぃぃぃ! た、助けてくれ~!」
広場に慌てて飛び込んできた青年はそのまま足をもつれさせてその場に転んでしまう。
その背後ではズンッと言う音が聞こえたと思ったら、青年の頭上に黒い影が差しかかる。
グシャァッ!
空中から舞い降りてきた「何か」が青年を踏み潰して辺りに肉片を撒き散らした。
青年を潰した何かは、片手に巨大な剣、赤黒い肌に額に一本角の5mもの巨体の鬼――オーガだった。
一本角のオーガはその体で空高々に跳び上がり一気に距離を詰めて青年を押し潰したのだ。
そのオーガは明らかに他の一般的なオーガとは違い過ぎた。
オーガには似つかわしくない剣が握られている上、平均的なオーガの身長が2m程なのに対し、一本角のオーガは優に2倍以上もある身長で異彩を放っていた。
敢えて名づけるとすれば、オーガ亜種となるだろう。
もっともこの場に居る者にとってはそんなことは一般のオーガであろうとオーガ亜種であろうと関係のない事だった。ただ現れた魔物に恐れおののくばかりなのだから。
「に、逃げろ――――――――――――――っ!!」
ソロの叫び声と共に大人たちや子供は蜘蛛の子を散らすように我先にと駆け出した。
ソロもすぐさま踵を返しデュオとトリニティを伴って駆け出そうとした。
謎のジジイに最初に受けた教えは、「生き残る事」だった。
冒険者にとって一番大事なのは戦い抜く力ではなく、どんな苦境であっても生き残る術を見つけることと教わったのだ。
その教えを受けたソロは一本角のオーガを見た瞬間にすぐさま逃げの選択を決めた。
だが運悪くソロたちが向かおうとした先には新たな魔物が行く手を阻んでいた。
大柄な鎧に剣と盾、騎士のようにも見えたが頭のあるべき場所には何も存在しない首無しの亡霊騎士――デュラハンだ。
ソロはついデュラハンを前にしてショートソードを構えるが、一本角のオーガと同様とてもじゃないが叶う相手じゃない。
何とかして逃げ道を探そうと模索するが、オーガとデュラハンの2匹の容赦ない攻撃が襲い掛かる。
背後ではダンッと言う音と共にオーガの姿が掻き消える。
否、消えたのではなく青年を踏み潰した時と同じく空高く跳び上がったのだ。
それに気が付いたソロは慌ててデュオとトリニティをその場から突き飛ばし、自分もその場から慌てて下がる。
その瞬間、先ほどまでいた空間に一本角のオーガが地響きとともに落ちてきた。
一本角のオーガによりソロとデュオは分断された形になる。
「デュオ、逃げろっ!! 教会へ行けば結界があるはずだ! そこへ逃げるんだ!」
長男としての責任か、ソロは一本角のオーガを自分へ引き付けてデュオたちを逃がそうとした。
村の端にあるAlice神教教会は結界を張って魔物の襲撃を防ぐことが出来ることから非常時には避難場所となっているのだ。
「おい! お前の相手はこっちだ!」
一本角のオーガはソロとデュオを交互に見たが、ソロの方が面白いと感じたのか剣を構えてソロの方へと向き直る。
ソロもショートソードを構えながら今度は自分が逃げる算段をする。
デュオはソロを置いて逃げるのは躊躇われたが、姉として怯えているトリニティを助けなければとAlice神教教会に向かおうと足を進めるが、もう1匹の魔物がそれを許さなかった。
反対方向に向かったにも拘らず、行く先には既にデュラハンが待ち構えていた。
いや、大柄の鎧の割に素早い動きで回り込んだのだ。
「――バインド!」
デュオは予め唱えていた土属性魔法の束縛魔法をデュラハンに向かって解き放つ。
地面より現れた蔦はデュラハンを纏わりつき5秒間動きを封じた。
その隙にトリニティの手を取りデュラハンの脇を駆け抜ける。
ソロは一本角のオーガが振り下す剣を何とかスレスレで躱し、オーガの剣を握った手を目がけて剣戦技・トリプルラッシュを叩き着込む。
「ゴアァァ!?」
親指の付け根を狙った戦技により一本角のオーガは思わず剣を取り落してしまう。
その隙を狙いソロはオーガの脇を駆け抜けデュオたちと合流し逃げようとするが、その先にはデュラハンがバインドの魔法を強引に引きちぎりデュオたちに向かって剣を振り下すところだった。
「デュオ―――!」
その叫び声によりデュオはデュラハンが剣を振り下すのに気が付きトリニティを庇って抱え込む。
容赦なくデュラハンの剣が振り下され、デュオの血が辺りに飛び散った。
だがデュオは攻撃の瞬間、出来るだけ躱せるようにバックステップで下がったお掛けで浅いとは言えないが腕に傷が出来ただけで済んだ。
ソロはデュオがデュラハンの攻撃を躱したのに安堵しすぐさま一緒にこの場を離れようとしたが、彼はこの時一瞬だがオーガの存在を忘れていた。
「ソロ兄ちゃん後ろ―――!」
デュオがソロの背後のオーガの動きに気が付き叫ぶが、ソロにはそれが聞こえなかった。
突如強い衝撃と共にソロの体が宙に浮かび上がったのだ。
一本角のオーガがその巨大な手でソロを掴み持ち上げていた。
「ぐぁ、この・・・! 放せ!」
持ち上げられたソロはショートソードで掴みあげられた手を攻撃するが、一本角のオーガはそれに構わずにその手を口へと持っていく。
「あ・・・」
その声はソロだったのか、デュオだったのか。
バクン
ゴリゴリゴリ、ゴクン
一本角のオーガは躊躇いもなくソロを食らい飲み込む。
その手に残った下半身も続けて食らい、ソロと言う存在はこの世から消えてしまった。
「あ・・・」
デュオは目の前の光景が信じられなかった。
「あああ・・・」
ついさっきまで一緒に訓練していた兄が、冒険者を目指して夢見ていた兄が目の前であっさりと死んでしまった。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
デュラハンやオーガの前にも拘らず、デュオは嘆き叫びを上げる。
その瞬間、デュオの中の何かが変わった。
デュオの感情の爆発と共に腕から流れ出る血が大量に溢れだし、血は魔力を伴って無数の血玉となってデュオの周りを飛び回る。
魔力を含んだ血玉は火を纏い、雷を放ち、冷気を振り撒き、暴風を撒き起こし、兄の命を奪った魔物に襲い掛かろうとする。
流石にこの光景には2匹の魔物も思わずたたらを踏んでしまう。
そしてその魔物たちが躊躇った瞬間、思いもよらない人物がデュオたちを助ける。
「ぬぅん!!
ストーンジャベリン!!」
振り下された剣が一本角のオーガを斬り裂き、返す刀で首を刎ねる。続けて解き放った土属性魔法の土の槍がデュラハンの体に風穴を開けて活動を停止させる。
「大丈夫か2人とも」
「あ・・・おじい・・・ちゃん」
「じーちゃ!」
そう、デュオたちを救ったのは村から出て行ったはずの謎のジジイだった。
謎のジジイが助けに入ったことにより安堵したのか、デュオの周りに浮いていた無数の血玉はその力を失い地面へと落ち血だまりを作る。
謎のジジイはその光景を一瞥するが、今はそれどころではないので考察は後にすることにした。
「おじいちゃん、ソロお兄ちゃんがソロお兄ちゃんが・・・!」
「そう、か。すまん。儂が遅れてしまったばかりに」
それだけでソロの身に起こったことを理解し、もう少し早く村の異変に気が付き駆けつけれなかったことに謎のジジイは悔いやむ。
「うぁぁぁぁぁぁぁ」
「びぇぇぇぇぇぇ」
デュオは謎のジジイに抱き着きあらんばかりの鳴き声を上げ、トリニティもつられて泣き出した。
ひとしきり泣き落ち着いた2人に謎のジジイは村から避難するように指示を出す。
「やだ! あたしおじいちゃんと一緒に居る!」
「むぅ、お嬢ちゃんお願いだから儂の言う事を聞くのじゃ。
儂はこれから村中を回り魔物を倒しながら生き残った者を探す。その途中で両親や友達の死んだ姿を見ることになるかもしれんのじゃ。お主にはそれを見せたくない」
「でも・・・あたし1人じゃとてもトリィを守れないよ」
「大丈夫じゃ。ちゃんと護衛を付ける」
謎のジジイは懐から宝石を取出し、それを媒体として呪文を唱える。
「コール、フェンリルナイト」
そして地面に魔法陣が輝き銀毛の狼が現れた。
突然の新たな魔物の出現によりデュオたちは思わず怯えるが、謎のジジイは「大丈夫じゃ」と銀毛の狼にかしずく様に指示を出す。
「この狼は儂が召喚魔法で呼び出した魔物じゃ。じゃから儂の言う事を聞くようになっておる。
さぁ、こいつの後に付いて行って避難するのじゃ」
だがデュオは謎のジジイが呼び出した狼を見つめ何やら考え込んでしまう。
「ねぇおじいちゃん、どうして急に村に魔物が現れたの? それも見たことのないこんな大型の魔物が」
近くの森には魔物はいれどオーガの様な魔物はいない。デュラハンの様な死霊系の魔物なら尚更だ。
そこでデュオが思いついたのは今謎のジジイが行ったような召喚魔法だ。これならどんな種類の魔物も呼び出すことが出来る。
つまりこの村の惨劇は人為的なもので事件を起こした者がいる。
「・・・お嬢ちゃんは相変わらず聡いのう。
そうじゃ、この事件には召喚師がおる。儂はその召喚師を追ってきたのじゃ」
「じゃあ、ソロ兄ちゃんが死んだのはそいつの所為・・・!
おじいちゃん、やっぱりあたし一緒に行く! ソロ兄ちゃんの敵を討つ!」
「じーちゃ! あたちもいく!」
「トリィまで・・・はぁ、仕方のないのう。
いいか、絶対儂の言う事に従うんじゃぞ。例え敵が目の前に居ても手を出すことは許さん。いいな?」
デュオは敵は討てないかもしれないが、せめて敵を一目見ようと思い神妙に頷いた。
2人は呼び出された銀毛の狼に跨り、謎のジジイに付いて村中の魔物を倒していく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
謎のジジイは村の各所を回り徘徊する魔物を総べて斬り伏せていく。
オーガ、サイクロプス、アイアンゴーレム、シザースコーピオン、デスナイト、ギガントリザードなどの大型魔物が村人たちを襲っていた。
「むぅ、まさかティラノサウルスまでおるとは・・・」
「おじいちゃん、ティラノサウルスって?」
「ああ、このギガントリザードの事じゃ」
謎のジジイの足下には今しがた斬り伏せられたギガントリザードが横たわっていた。
「それにしても、この数は異常じゃな・・・ここまでの魔物を召喚するとは、奴の腕を少し甘く見ておったか」
大量に放たれた魔物は容赦なく村人を襲いその命を奪っていた。
その中にはデュオの両親や友達も含まれている。
今のところ生き残った村人は1人もいなかったのだ。
だがデュオは悲しむことはせず、逆にソロの命を両親の命を友達の命を奪った首謀者に対し怒りに燃えていた。
「あ、そうだ! おじいちゃん教会! 教会に行けば誰か生き残っている人も居るかも!」
「む、そうか、教会には結界があるか」
謎のジジイとデュオ・トリニティの2人を乗せた銀狼は教会を目指して走り出す。
だが誰か生き残りが居るかもと辿り着いた教会はその役割を果たせずに無残にも崩壊していた。
デュオはその光景を呆然と見つめていた。
「うそ・・・教会が・・・」
「ちっ、まさかここまでの大物を呼び出しておるとは」
その無残にも壊された教会の向こうには13の蛇の頭を持った巨大な魔物――ヒュドラが居た。
そしてその傍には十数のトロールが死に絶えた村人をせっせと一か所に集めていた。
「なんで結界がある教会が・・・」
「恐らくじゃが結界の中から魔物を召喚して壊したのじゃろう。召喚師が避難した者の中に紛れ込んでな」
Alice神教教会が設置している結界は例えどんな魔物と言え攻撃を防ぎ侵入を阻む。これは世界の理によって決められていることだ。
とは言えその運用には制限時間もあり、起動するための使用条件は幾つもある。
そして当然初めから中に魔物が居れば防ぐことは不可能だ。
「お嬢ちゃんたちは下がっておれ」
謎のジジイは盾を前にし、剣を腰だめに構える。
向こうのヒュドラも謎のジジイに気が付いたのか威嚇しながら近づいてきた。
召喚師の指示だろう。何故かトロールたちはその場で待機していたので謎のジジイはヒュドラとの対決に集中することにした。
「シャァァァァァァァ!」
「ワイドスラッシュ!」
謎のジジイの剣戦技の一振りで襲い掛かるヒュドラの5本もの首を一気に刎ね飛ばす。
だがヒュドラはそんなことも気にせずに残りの首で謎のジジイに襲い掛かる。
謎のジジイはそれを上手く避けながら次々と首を刎ねていくが、斬った傍からヒュドラの首は再生していき攻撃は熾烈を極める。
「むぅぅ!」
遂には捌ききれなくなった謎のジジイはヒュドラの首に跳ね飛ばされ地面を転がる。
追撃とばかりに無数の頭の牙が謎のジジイに襲い掛かる。
その光景に思わずデュオは呪文を唱えて援護をしようとした。
「お嬢ちゃん、儂の指示があるまで手を出すなと言うたはずじゃ!」
ぼろぼろになりながらも謎のジジイは魔法を放とうとしたデュオを止めた。
思わず手を止めてしまったが、デュオは謎のジジイが嬲り者にされている姿を見ていられなかった。
「デュオ! 何も心配はいらん! 儂は必ずこやつを倒す!」
どう見てもこのままでは命が危ういのに、初めて名前を呼ばれたデュオは謎のジジイの言葉を信じてみようと思った。
「がふっ」
何とか丸呑みにされることを防いだ謎のジジイだったが、ヒュドラの牙により体のあちこちは斬り裂かれ血だるま状態だった。
謎のジジイは腰の皮袋からポーションを取出し飲むが、今の状態では気休めでしかない。
剣を支えにして辛うじて膝をついた状態でいるのが精いっぱいだった。
そんな状態の謎のジジイの前にトロールの陰から1人の少年が現れた。
年の頃はソロとそう変わらない6歳くらいの子供だ。
「なぁんだ。僕を追ってきている奴がいると思ったらこの程度か。そんなに心配することは無かったかな?」
「ごほっ、お主がこの事件の首謀者の召喚師か」
「そ、僕がこの惨劇を招いた召喚師のアレストだよ」
突然の少年の出現にデュオは目を見張る。そしてその言葉を理解すると同時に殺意を向ける。
この少年が村を襲った張本人だと言うのだ。怒りがわかない方がどうかしている。
「何故この村を襲った? お主には何の関係もないじゃろう」
「うん? 別に何の意味もないよ? ただの気まぐれ? 強いて言うなら魔王様の生贄かな?」
「魔王信者か・・・!」
今から100ほど前に現れたと言う魔王は世界を混沌させ破滅へと導こうとした。
だがこの世界を創造したと言われる八天創造神に導かれた冒険者たちが魔王を倒したと言われている。
その魔王の与えた影響は人々に深く刻まれ、中には破滅願望を持つものまで現れたと言う。
それが魔王信者だ。彼らはいつの日か魔王を蘇らせこの世界を破滅へと導こうとする存在だ。
「まぁそれだけじゃないけどね。この村人たちは僕の新たな僕の生贄さ。
―――さぁ来い! コール・邪竜!」
少年アレストの唱えた召喚魔法により魔法陣が刻まれ新たな魔物が出現する。
全身漆黒に覆われ瘴気を撒き散らす邪悪なる竜。
かつて魔王が生み出し世界を破滅へと導こうとした先兵。
100前の大国であったセントラル王国を一夜にして滅ぼしたと言われる最凶魔竜。
それが邪竜だった。
「僕を追いかけて来る奴にぶつけようとしていたんだけどね。どうやらその必要は無かったみたいだ。
とは言え折角準備したんだから呼びさないと勿体ないよね。何せ魔王様の忠実なるドラゴンだもの」
村を滅ぼすため、謎のジジイをやり過ごすためだけだったら何も今日ではなくても良かったのだ。
何故アレストは謎のジジイが村を出て半日で事件を起こしたかと言うと、自分を嗅ぎまわっている輩を排除する為謎のジジイが戻ってこれる範囲で騒ぎを起こし、尚且つ魔王に捧げる生贄と邪竜を召喚するための一石二鳥の作戦だった。
そして戻ってきた謎のジジイに邪竜をぶつけ後顧の憂いを絶とうとしたのだ。
「それはそうと、僕あんたに追いかけられるようなこと何かしたかな?」
「・・・儂にじゃなく自分の故郷の村にならあるじゃろう?」
「・・・あの村とあんたに何の関係があるんだよ」
「儂はあの村がお主に滅ぼされた後に訪れてな。そこには辛うじてまだ息をしていた嬢ちゃんに頼まれたのじゃ。敵を討ってくれと」
謎のジジイはたまたまアレストの村の近くにいて異変に気が付いた。
大量の魔物が村を跋扈し死んでいる村人を尚も嬲っていたのだ。
魔物を排除し生き残りを探したが、辛うじて息をしていたのは小さな少女だけだった。
だがその少女も謎のジジイが発見して回復魔法を掛ける暇もなく息を引き取った。
その最後の遺言が「敵を討って」だった。
「ははっ! あんな村の為に僕を追いかけてきたの? ご苦労様。
だけどあんたの、そいつの願いもそのなりじゃ無理だね。と言うか邪竜の前じゃ何もかも無駄なんだけどね!」
「さて、無駄かどうかはこれからじゃよ」
謎のジジイは大怪我にも拘らず、然も平気だと言わんばかりにあっさり立ち上がった。
そして回復魔法であっさり大怪我を治した。
「あ?」
突然の謎のジジイのあり得ない動作にバラッドは理解が追いつかなかった。
「お主の様な者は自分が優位に立てば自ら姿を現し他人を見下す。特に召喚師にはそれが顕著に表れる。
召喚者本人はそれほど強くないから魔物の群れに隠れるのが当たり前じゃからのう」
そして理解する。
謎のジジイは敢えてピンチに陥り自分が前に出てくるのを待っていたのだと。
「馬鹿な! 敢えて傷つき僕を誘い出しただと!? あり得ない!」
「じゃがお主はまんまと現れた」
「ふ、ふん! だけど邪竜は予想外だろう! ヒュドラと邪竜の2匹に敵うものか! やれ!」
アレストはヒュドラと邪竜に指示を出し謎のジジイに差し向ける。
だが謎のジジイは慌てた様子もなく呪文を唱えて剣と盾を手放した。
「シャドウゲージ」
シャドウゲージは闇属性魔法の1つで、所謂アイテムボックスの役割を持つ。
手放した剣と盾は謎のジジイの足下に広がった影に沈み込んだ。
そしてそのまま影の中に手を入れ新たな武器を取り出す。
その手にしたのは身の丈もある巨大な黄金のハンマーだ。
「ぬうん! ブロークンヘル!」
謎のジジイは見事な跳躍で邪竜の噛み付きを躱し、ヒュドラの頭上に跳びあがり巨大なハンマーを振り下す。
「プロテクトヘブン!」
地面に叩き付けられたヒュドラと共に地面に降り立ち、すかさず掬い上げの一撃を自分の攻撃がかわされたことに気が付いていない邪竜にお見舞いする。
顎を跳ね上げられた邪竜の頭上に再び跳躍し、止めの一撃を叩き込む。
「シャイニング・ザ・ハンマー!!」
巨大なハンマーを叩きつけられた邪竜は光の粒子となって消え去ってしまった。
そしてその叩きつけられた衝撃は光の波動となり、その周辺に居たヒュドラやトロールたちも光の粒子となって消え去ってしまう。
「凄い・・・!」
「わぁ、じーちゃかっこいい!」
デュオは謎のジジイの攻撃に驚いていた。
魔物を魔力と化して大気へと還す技・・・それはかつて伝説と言われた勇者の御業そのものだったからだ。
「ば、馬鹿な・・・! 邪竜が一撃だって・・・!? 何だその力は!? 僕はそんなの知らない!!」
光の波動の衝撃に飛ばされたアレストは魔物の全滅を信じられないながらも己の状況を素早く把握し、逃げの一手を選ぼうとした。
だがそれよりも素早く謎のジジイがアレストの行く手を阻む。
「鉄槌制裁の時間じゃ。大人しく観念しろ」
「嘘だ、嘘だ! 僕は魔王様に選ばれた御子なんだ! こんなところで死ぬはずがない!」
「いいや、お主はここで死ぬんじゃ。罪もないハンドレ村を襲った報いじゃ。
――シャイニング・ザ・ハンマー!」
容赦なく振り下された巨大なハンマーはアレストを光の粒子と化しこの世から消し去る。
「おじいちゃん、終わったの・・・?」
「ああ、終わりじゃ。坊主――ソロと両親の敵はキッチリ討った。
じゃからデュオはこれからは前を向いて歩くんじゃ。いつまでも後ろを向いていては死んでしまった者達が浮かばれんからの」
「うん・・・そう、だね。いつまでも落ち込んでちゃソロ兄ちゃんたちが悲しむね。
あたしソロ兄ちゃんの分も頑張って立派な冒険者になる!」
「あたちもー!」
デュオは悲しみを振り払うかのように前を向いて進もうとする。
トリニティはまだよくは分かっていないのだろう。いつの日か今日の出来事の悲しみを理解し挫けそうになるがそれはまた別の物語となろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それじゃあここでお別れじゃな」
「うん・・・おじいちゃんまた会えるよね?」
「ああ、また会えるよ。その時はデュオは立派な冒険者かの」
「うん、直ぐにおじいちゃんに届くような立派な冒険者になってみせるよ」
あのハンドレ村の惨劇の後、生き残った者はデュオ、トリニティ、そしてもう1人の子供だけだった。
謎のジジイは事件のあらましを国に報告し、生き残ったデュオたちを王都の孤児院に預けた。
デュオは頑なに謎のジジイに付いて行くと言って聞かなかったが、残されたトリニティの事を考えろと言われてしまっては諦めざるを得なかったのだ。
「じーちゃ、ばいばい!」
去っていく謎のジジイにデュオは感謝の念が絶えなかった。
冒険者としての基礎だけでなく、命そのものを救われたのだ。いつの日か必ず恩を返そうとデュオは心に誓った。
――そして12年の月日が流れ、デュオの世界の真実に迫る物語が幕を開ける――
感想は第1章の終わり次第、活動報告にてさせてもらいます。
次回更新は12/26になります。