28.その災厄の分身は邪悪なる漆黒竜
デュオと美刃の目の前に降り立った邪竜。
それはかつて100年前の大災害時に大量の魔物と共に現れセントラル王国を滅ぼしたと言われる竜だ。
その姿から魔王の先兵とも言われ恐れられてきた。
そんな10mもの巨体の漆黒竜が今デュオたちに殺気を向け翼を広げ威嚇する。
「これ以上仲間を失う訳にいかないんでな。ここで貴様らには死んでもらう」
「それはどうかしら? 少なくとも『災厄の使徒』の手先如きに負けるつもりはないわよ」
デュオの言葉を聞いた邪竜はドラゴンフェイスにも関わらずデュオたちにも獰猛な笑みを浮かべ低いうなり声を上げる。
「グルルルル・・・手先如きか。
そう思っているうちは貴様らには勝ち目はないぞ。何故ならこの俺様も『災厄の使徒』なのだからな!」
邪竜の言葉が終わるかと同時に美刃がデュオの腕を引っ張ってその場から退いた。
なぜならば、その巨体に似合わずとんでもないスピードでデュオたちの居た場所を駆け抜けたのだ。
「ほう・・・よく躱したな」
先ほどまでの位置と正反対の方に移動した邪竜が感心したように声を上げる。
「ちょっと・・・なにあれ。幾らなんでもあり得ないでしょ。あの巨体であの速度・・・ドラゴンの常識を覆してるじゃない」
「・・・ん、ただの邪竜じゃない」
美刃に強引に引っ張られて着地もままならず地面へ転がっていたデュオは素早く立ち上がり邪竜に相対する。
美刃もデュオの着地まで気を配る余裕が無く、そのまま刀を邪竜に向けて追撃を許さなかった。
「貴方・・・さっき自分も『災厄の使徒』だって言ったわね。どういう事? 『災厄の使徒』は人の姿をした『魔人』だと聞いているけど?」
デュオは油断なく邪竜を見据えながら静寂な炎を宿す火竜王を構え、先ほどの邪竜の言葉に疑問をぶつける。
「正確には『災厄の使徒』本人ではない。が、まるっきりの別人と言うわけでも無い。
俺様は『災厄の使徒』の子でもあり、『災厄の使徒』の分身でもあり、『災厄の使徒』そのものでもある」
「『災厄の使徒』の子・・・!?」
「グルルルル・・・そうだ。貴様らは不思議に思わなかったか?
今まで何度か『災厄の使徒』が倒されたにも拘わらず今の『災厄の使徒』の従えてる魔物の数が尋常じゃないことに」
確かにそれはデュオも思っていた事だった。
冒険者ギルドの情報によれば『災厄の使徒』は約3ヵ月前に1度倒されているのだ。
それなのに今現れた『災厄の使徒』が従えている魔物は100万近くと言われている。
たった3ヵ月でこれほど集まるのはあり得ない。
「簡単な事だ。今まで倒されていた『災厄の使徒』はこれまで数多く生み出してきた分身だったということだ。
本体め、多種多様な魔物と子を為すなどと下らない事をしていたと思ったが、まさかこれを見据えての下準備だったはな」
邪竜の話によれば、『災厄の使徒』本体は魔物との子を為すことで『災厄の使徒』の分身を生み出していたと言う。
しかも子は分身でもあり『災厄の使徒』でもあるが為、倒してしまえばエンジェルクエストの討伐と見なされていたのだ。
「あり得ない・・・! 幾ら突然変異種とは言え数多くの魔物とそんなに子を作れるわけないじゃない!」
「そこは突然変異種の特徴を使ったわけだな。
奴は死ぬと記憶を持ったまま別の魔物に生まれ変わる。そう、死ぬたびに別々の魔物に生まれ変わるのだ。
生まれ変わったその種族同士で子を為し続けて己の分身を増やし続けたのだ。
因みに俺様はその分身第1号ってわけだ。こう見えてまだ70年ほどしか生きていないが、それでも突然変異種の子と言う事でそれなりの力を手に入れた」
「そんな・・・」
衝撃の事実にデュオは言葉を失う。
『災厄の使徒』の脅威はその記憶保持や仲間の数を己の力に変える特殊性だけじゃなく、その知恵・知識にあったのだと言う事に今更ながらに気が付いた。
「最近では分身を倒させて楽をしていたかと思えば、同じ『災厄の使徒』として意識を共有させ知識を蓄えていやがった。
とても同じ『災厄の使徒』とは思えなんな。いや、とんでもない『親』だな」
つまり分身が倒されていた記憶も『災厄の使徒』本体が引き継いでいると言う事だ。
天地人や異世界人が自分を倒していく戦術・戦略をそうして学び、虎視眈々と復讐する機会を伺っていたのだ。
「・・・ん、御託はいい。ならば私は分身全部と本体を倒すだけ」
美刃は事も何気にとんでもない事をあっさりと口にする。
それを聞いたデュオは先程までの落ちていた気持ちが軽くなり少しだけ口元に笑みを浮かべた。
確かに幾ら『災厄の使徒』が策を練ろうと、本体とそれに付随する全ての分身を倒せば何ら問題はないのだ。
「グルァァァ! 口先だけの人間が! ならばやってみるがいい!
俺は邪竜にして『災厄の使徒・Disaster』! 貴様らに地獄を味あわせてやる魔王だ!」
邪竜は吠えた後、先ほどと同様にその巨体をあり得ない速度で移動する。
「モード剣閃半月。
――桜花乱舞:嵐」
美刃の雰囲気が先ほどの魔獣の王バロンと相対した時のように変わり、体から闘気が溢れだし向かい来る邪竜へと叩き付ける。
そして無数の乱撃を浴びせる刀戦技・桜花乱舞があり得ない威力を持って邪竜の突進を阻む。
「グルオオオォォ!」
突進の軌道をずらされ、邪竜は素早く身体を回し美刃へとその口を向ける。
デュオは美刃が邪竜の突進を防いでいる間、距離を取り援護の呪文を唱える。
ドドドドドッ!!
邪竜の口から巨大な火炎弾が連続で5つ吐き出された。
だが美刃はそんな火炎弾にお構いなしに邪竜へと向かう。
「アクアプレッシャー・デスロック!」
あわや美刃に着弾しようとした巨大な火炎弾は、デュオの放った水属性魔法により火炎弾ごと水球に圧縮され押しつぶされた。
残ったのは僅かばかりの水蒸気のみだ。
「閃牙咆哮:咢」
美刃が距離を詰め己の間合いに入ると刀戦技の突き技・閃牙咆哮を残像を描きながら上下に無数放つ。
「シャドウファング!
ダークミスト!」
対する邪竜はお返しとばかりに闇属性魔法の闇の咢を呼び出し閃牙咆哮を撃退する。
そして続けざまに闇の霧を生み出し己の姿を眩ませる。
「まずは貴様からだ」
闇の霧が発生すると同時にデュオの後ろから邪竜の声が聞こえた。
あの一瞬の間でデュオの背後に回ったのだ。
これまでの邪竜の速度から考えればあり得ない事ではない。
デュオは振り向きもせずに己の背後に向かって卵の十冠にチャージされている無属性魔法のマテリアルシールドと土属性魔法のストーンウォールを解放する。
ドン! ドドンッ!!
デュオはシールドと石壁に当たる何かを確認せずに素早くその場から離れ、唱えていた呪文を放つ。
「トルネード!」
デュオを中心とした竜巻により闇の霧が晴れる。
邪竜の姿を確認した美刃は再び間合いを詰めて刀戦技を放つ。
「五月雨:雹」
刀戦技・五月雨は一振りで5つの斬撃を放つ戦技だが、美刃の振り下す刀から無数の斬撃が邪竜に降り注いだ。
その威力は普通の五月雨と違い、雨粒が更に強固になった雹のように硬く鋭かった。
「グルウルルルゥ!
マテリアルシールド! デモンブラッド!」
邪竜は頭上に物理無効シールドを張り、正面の美刃に向かって魔属性魔法の無数の魔弾を放ち距離を取った。
美刃は迫る魔弾を刀で弾きながら距離を取る邪竜を見据える。
「思ったより手強い。やっぱり普通の邪竜とは違う。
邪竜が闇属性魔法以外の魔法を使うのは聞いたことが無い」
「あー、あれじゃない。さっき邪竜が言っていた分身でもあり『災厄の使徒』でもあるって。
多分この邪竜にも『災厄の使徒』の従えた魔物の分だけ力が増す特性を持っているんじゃない?」
魔属性魔法なんて聞いたことも無かったが、デュオはこれまでの邪竜の話から『災厄の使徒』の特性も兼ね備えているのではないかと推測した。
「グルル・・・その通り。本体程ではないが、俺様も『災厄の使徒』として従えた魔物の数だけ力を増している」
邪竜はデュオの推測を素直に認め、己の力の凄まじさを見せつけ威嚇する。
ただでさえ邪竜としての力が凄まじいのに加え、『災厄の使徒』としての特性を兼ね備えたこの漆黒竜の強さはドラゴンとしての強さを遥かに上回っていた。
そう考えればこの邪竜の移動速度や無数の魔法を扱う術が異常なのも頷けるものがあった。
「ふん・・・それにしても人間のくせに思ったよりもやるじゃないか。なるほど、貴様らは人間の中でもかなり上位を占める強者だと言う事か。
ならばここで叩いておけばこの後の蹂躙も容易くなるな。本体の言う通りわざわざこの地におびき寄せただけのことはある」
「何ですって・・・!?」
何気に呟いたであろう邪竜の言葉に聞き捨てならないものがあった。
「おびき寄せたってどういう事よ?」
「グルルル・・・わざわざ人間の国に攻め入らずともこの地で騒ぎを起こせば貴様ら人間は軍隊を率いて来るだろう?
人間の国と我が仲間達が直接ぶつかり合うより、人間の軍を分散させて蹴散らした方がこちらの被害が少なくなるからな。
本体は伊達に何度も死んでいる訳じゃない」
100年前の大災害規模の魔物――100万もの魔物がエレガント王国、又は他のプレミアム共和国や獣人王国等に襲い掛かれば各国は全滅は免れないであろう。
だが魔物たちにも全く被害が無いわけでは無い。
それでは従えた魔物の数だけ強くなると言う『災厄の使徒』の特性の効果が低くなってしまう。
そこで『災厄の使徒』が弄した策は人間の軍隊をおびき寄せると言う事だった。
それにより全軍を出撃させるわけにもいかず、敵を責める部隊と国を守る部隊に分ける必要が出てくることになり、『災厄の使徒』を攻める軍は戦力がダウンし、魔物たちの被害も少なくなるからだ。
もしかしたら大災害規模の魔物の群れと言う事で恐怖を煽ることまでが『災厄の使徒』の戦略だとしたらその知恵は恐るべきものだ。
これまでのただの魔物には無い知恵を持っている『災厄の使徒』にデュオは改めて戦慄した。
「だったら尚更ここで魔物の数を減らして『災厄の使徒』の力を削いでおかないと・・・!」
「それはどうかな? 本体・・・『災厄の使徒』は既に戦場に出ている。
そう、これ以上仲間の指揮官が倒されるのが見てられなくて向こう側のお前らの仲間を倒しに行ったぜ」
「なっ・・・!?」
その言葉にデュオは鈴鹿達を、トリニティの事を思い浮かべた。
おそらく・・・いや、確実にこの邪竜以上の強さを誇る『災厄の使徒』がトリニティに襲い掛かる・・・そのことを考えると今すぐにでも向こう側の戦場に駆け出したかった。
「グルルル・・・向こうに行きたきゃ俺様を倒してからにしな。
尤もそんなことは万に一つもないだろうけどな」
言われずとも・・・!
そう思い手にある静寂な炎を宿す火竜王を強く握る。
「デュオ、落ち着いて。焦りは敵の思う壺よ。いつも通り、私たちの戦いをするだけ」
モード剣閃半月の状態のまま、美刃は静かにデュオに語りかける。
その言葉を聞いてデュオは落ち着きを取り戻す。
そう、こんな戦いは何度もあった。その度に美刃と、仲間と1つになって乗り越えてきた。
そしてデュオは思い出す。
トリニティも覚悟を持ってこの戦場に来たと言う事を。
鈴鹿を助ける為、仲間として認めてもらう為、トリニティは己の戦いをしに来たのだ。
ならばデュオは何も心配することは無い。トリニティを信じて待つだけだ。
「そう・・・ね。あたし達はあたし達の戦いをするだけね」
デュオは新たに己を奮い立たせ邪竜を見据える。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
邪竜との戦闘は苛烈を極めた。
邪竜が空を飛べば、美刃が居合一文字:連で斬撃を飛ばし翼を斬り落とし地面へと落とす。
邪竜が魔法で魔属性のエネルギー砲を放てば、デュオが対の聖属性魔法の砲撃で迎撃する。
周囲で様子を伺っている魔物たちはデュオたちの戦いには一切手を出さない。
『災厄の使徒』としてのプライドなのか、邪竜は己単独でデュオと美刃の2人を倒そうと己の体を、魔法を、知恵を駆使し挑みかかっていた。
「リジェネレーション!」
邪竜は再生魔法を掛け切り落とされた翼を再生した。
そして再び空へ駆けのぼり、上空からの火炎弾を吐き地上を蹂躙する。
「アイスコフィン・デスロック!」
デュオの放つ氷属性魔法により、火炎弾そのものを氷の中へ閉じ込める。
ついでとばかりにその火炎弾を吐きだす邪竜の口をも氷で固めて塞ぐ。
「グルゥッ!?」
「悪いけど空で遊んでないで地上で相手して欲しいわ。私たちは空を飛べないから。
――居合一文字:連」
口を閉ざされて戸惑っている邪竜に向けて美刃は再び斬撃を飛ばす。
今度は両の翼を切り落とされただの黒いトカゲとなって地面へと叩き落される。
「グルァ!! 何度も俺様の翼を切り落としやがって!」
邪竜は口を塞いでいた氷を砕き、翼を切り落とされたことに激高する。
その怒りに任せてこれまでの火炎弾ではなく、放射状の炎――ドラゴンブレスを吐き出す。
「ストーンウォール・ウォーターシールド!」
デュオと美刃の目の前にいつもの真っ平な石壁ではなく先が尖ったくの字状の石壁が現れる。
それに薄っすらと水盾の幕が張られていた。
盾系の魔法は物理5%属性5%しか防ぐことが出来ないが、火炎を真正面から受けるわけでは無いのでそれなりに効果がある。
火炎は見事くの字状の石壁に裂かれ2人を避けて行った。
「グルルルルッ!!!」
邪竜は忌々しげに低いうなり声を上げる。
デュオと美刃の2人と邪竜は互角の戦いをしているように見えた。
だが実際は余裕が無くなってきたのは邪竜の方だった。
美刃はモード剣閃半月を使用し魔獣の王・バロンよりも苦戦を強いられているように見えるが、全力ではあるが全開ではないのだ。
あくまでモード剣閃半月内の全力であって、最大出力を放っているわけでは無い。
そしてモード剣閃半月の更に上、モード剣閃満月を持っている。
美刃にはまだまだ余裕があった。邪竜はそれを敏感に感じ取っていた。
デュオの方も幾度となく範囲魔法・上級魔法・応用魔法と様々な魔法を繰り出し邪竜の魔法を迎撃し、追撃し、攻撃していくが、一向に魔力が減る気配はない。
逆に邪竜の魔力が心ともなくなってきたのだ。
たかが人間に邪竜の魔力で負けている。その事実が邪竜をさらに苛立たせた。
「いい加減決着を付ける。
――天牙一閃:断」
美刃が刀を上段に構え、ただただ縦に振り下す。
その一閃が空間すらも引き裂き邪竜の体に縦一文字の傷を負わせる。
本来なら真っ二つに斬り裂かれているところだが、そこは分身といえ『災厄の使徒』と言ったところか。
肉を抉り骨を砕き、それでも尚邪竜は息をしていた。
「ガァァァァァァァァッァ!!! くそがっ! 俺様は全てを破滅に導く邪竜だ! 『災厄の使徒』だ!! こんなところでくたばってたまるかよ!!」
邪竜の怒りに合わせるかのように、周囲に10m程の漆黒の球体が6つ浮かびあがる。
「デモンディザスター!!」
邪竜から放たれる無数の魔の閃光は周囲を薙ぎ払う。
デュオは咄嗟に卵の十冠にチャージしたストーンウォールとマジックシールドを目の前に展開し直撃を防ぐが、無差別に放った魔の閃光により辺り一面爆発物の粉塵により視界が遮られた。
その一瞬の隙を狙い、邪竜はデュオへと接近していた。
デュオが気が付いた時には石壁を破壊してその咢で噛み砕こうとばかりに口を広げ牙を向けた邪竜の姿が目の前にあった。
ほんの1・2秒先にはその咢に飲まれるであろうと判断したデュオは、咄嗟に己の右腕を風の魔法で斬り飛ばし邪竜の前に差し出した。
邪竜は目の前に放り出されたその腕を反射的に咢を閉じて飲み込む。
デュオはその一瞬の隙をついてその場から離れた。
「くぅぅぅぅぅ・・・・!」
その場に膝を突きながらすぐさま治癒魔法で傷口を塞いでこれ以上の出血を防ぐ。
邪竜はと言うと、口に含んだデュオの右腕を咀嚼しそのまま飲み込む。
ゴクン
「グルルアアアアア・・・何と言う濃厚な魔力だ。これは力が漲ってくる」
邪竜は己の体が縦に斬り裂かれているにも拘らず、デュオの右腕を飲み込んだ影響で魔力が回復し体の傷もじわじわと再生していく。
―――が、
「最後の晩餐は堪能した? 残念だけど貴方は私の血を大量に飲み込んだ。
これで終わりよ――バーニングフレア・バーストリミテッド!!!!」
邪竜が呑み込んだデュオの右腕の血を起点に、詠唱無しで火属性魔法に火属性魔法を掛けたリミットオーバーした火属性魔法を発動させる。
「―――お?」
その瞬間、ボゴンと邪竜の体が大きく膨れ上がったかと思うと、内側から爆炎が迸り強靭な竜の体を吹き飛ばし肉片を撒き散らした。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン・・・!!
近くにいたデュオはもろに邪竜の肉片を浴びて血肉塗れ状態へとなった。
「うえぇ・・・ぺっ! 口の中に入ったぁ・・・」
辺り一面邪竜の肉片が降り注ぎ凄惨な景色を広がる中、美刃がいつもの無表情のままデュオを心配して近づいてきた。
「・・・ん、無茶をし過ぎ」
流石にばらばらにされてしまっては邪竜も生きてはいないだろう。
そう判断した美刃は周囲の警戒を怠らずにモード剣閃半月を解いていた。
「あー、咄嗟の事だったからね。
それよりもトリニティ達の方が心配よ。邪竜の話が何処まで本当か分からないけど『災厄の使徒』本体が向かっているって話だし」
「・・・ん、私が向かう。デュオは教会に避難していて」
流石に片腕を無くした状態で自分も向かうとは言えず、デュオは大人しく教会へ避難することにした。
とは言え、『災厄の使徒』を倒したとはいえ今は魔物の群れの真っただ中だ。
しかも『災厄の使徒』の分身の邪竜が倒されたことにより周囲の魔獣たちは統率を再び失い各々暴れ出し始めていた。
そんな中、その魔獣の群れを突き抜けてきた集団があった。
「ヒヒィィィィ――――――――ンン!!」
美刃の騎獣・八脚馬の繚乱だ。
繚乱を先頭に4頭の走竜が魔獣の群れを駆け抜けてきたのだ。
「・・・ん、よくここまで来れたわね」
ブルルルルッ
美刃のピンチを察して繚乱は駆けつけてきたのだ。
当初は魔物の群れに怯えていた走竜達だったが、今では恐れるどころか積極的に襲い掛かろうとしている始末だ。
たった1日ほど離れている間、繚乱達に何があったのだろうか。
おそらくだが、繚乱が先頭に立って積極的に魔獣を狩り走竜達を鍛えたのではないだろうか。
デュオはそう判断し、取り敢えずこのピンチを脱する為走竜の背に乗り込む。
美刃も繚乱に跨り、『災厄の使徒』と戦っているであろうトリニティ達の元へ向かう事にした。
「美刃さん、気を付けてね。相手は『災厄の使徒』本体だから」
「・・・ん、大丈夫」
気を付けてねとは言ったものの、デュオはそれほど心配はしていない。
美刃の切り札であるモード剣閃満月は掛けなしの天と地を支える世界では最強の戦闘力と言えた。
デュオもかつて1度だけその姿を目にしたことがあったが、あれにかかれば先ほどまでの邪竜は稚技に等しい。
デュオは駆け抜ける美刃を見送りながら、残りの走竜ともに荒れ狂う魔獣の群れを突っ切って教会へと避難する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオはまだ混乱の収まらないサーズライ村から旅立とうとするトリニティと鈴鹿達を村の入り口で見送っていた。
「もう、慌ただしいんだから。もう少しゆっくりしていてもいいのに」
「あー、うん。そうしたいのもやまやまだけど、少しでも早くエンジェルクエストをクリアしたいからね。
最近はそんなに焦ったことは言わなくなったけど、鈴鹿も心の奥底じゃ幼馴染が心配でたまらないはずだし」
「鈴鹿の幼馴染ってブルーちゃんだったけ。うーむ、相手がブルーちゃんだとトリニティも相当頑張らないと・・・」
「だから! 鈴鹿とはそんなんじゃないって!」
デュオのからかいにトリニティはいい加減にしてくれとばかりに腕を振り上げて怒鳴り上げが、デュオの右腕を見て直ぐに大人しくなり心配そうに見つめる。
「右腕、大丈夫?」
「うん、心配ないよ。この後来る討伐軍本体の中には治癒魔法師が居るだろうからその人に再生魔法を掛けてもらうから。
最悪治癒魔法師が居なくても王都に戻ればブルブレイブ神殿に行けばいいしね」
あの後、美刃を見送り教会へ着いたデュオを待っていたのは思ったよりも早く到着した討伐軍だった。
討伐軍は速度を優先させるため先行部隊として走竜で構成された騎竜騎士団や王国軍、騎獣を持つ冒険者たちで強行軍を行ったのだ。
デュオたちの自称先行部隊と違い、正規の先行部隊は指揮の失った魔物の群れを次々討伐していった。
美刃もトリニティ達のピンチに駆け付け見事『災厄の使徒』を倒していた。
そのせいもあってか、統率の無くなった魔物の群れは暴走を開始する。
先行部隊は既に『災厄の使徒』が倒されたことに驚愕していたが、残った魔物の群れを討伐に奔走していた。
先行部隊はサーズライ村周辺の魔物を殲滅し後発の討伐軍の為の拠点の確保に当たる。
『災厄の使徒』が倒されたとは言え、邪竜の残した言葉によれば『災厄の使徒』にはまだ他にも分身が居るのだ。
デュオはそのことを討伐軍に伝えると、完全に殲滅するために今後も討伐軍指揮の元で残された魔物の討伐及び『災厄の使徒』の調査が行われることになるだろうとまずは拠点確保の為に動いたと言う事だ。
暫くはサーズライ村で『災厄の使徒』の後始末に追われるであろうことを考えるとデュオは少々気が滅入っていた。
そんな中、昨日1日使徒の証の後遺症で寝ていたトリニティ達が回復し、慌ただしくも次の使徒に向かおうとしていたのだ。
「トリニティ、何かあったらお姉ちゃんを頼りなさいよ。いつでも直ぐに駆けつけてあげるから」
「うん、お姉ちゃんありがとう。大丈夫だよ。何かあったら鈴鹿を盾にして逃げるから」
「あらら、鈴鹿の扱いが酷いわね」
言いながらデュオとトリニティの2人は笑いあう。
そんな鈴鹿とアイは一番最初にサーズライ村を守っていた竜人・リュデオとの話が終わりこちらへ向かってくる。
「いーい、鈴鹿。何が何でもトリニティの事は守りなさいよ。もしトリニティに何かあったのなら承知しないんだから!」
「ああ、分かってるよ。大事な仲間だからな」
「ふ~ん、大事な仲間ね。良かったじゃないトリニティ」
思わぬセリフが鈴鹿から出た事にトリニティは顔を赤くする。
デュオはニヤニヤしながらそんなトリニティを見る。
「もう、お姉ちゃん、からかわないでよ」
「あはは。
まぁ、そう言う訳だから、くれぐれもトリニティの事は宜しくね」
そう言ってデュオは鈴鹿にトリニティの事をよろしく頼むと念を押す。
「ま、そんなに心配することも無いだろうよ。何せ『災厄の使徒』に突っ込むような気概を持っているからな。
・・・つーか、今にして思えばなんかとんでもない奴を拾ったような気がしないでもないな・・・」
「なんだって?」
「いえいえ、何も?
・・・さて、こんな慌ただしい中悪いが俺達は先に行くぜ。ウィルとジャドに宜しく言っておいてくれ」
「美刃さんにも宜しく言っておいてね。今回は助かったって」
美刃は一段落したと言う事で一度異世界へと戻っていた。
ウィルとジャドは魔物の群れの残党処理に行っていてこの場にはいない。
アイの言葉を受けたデュオは伝えておくと言い、鈴鹿達と別れの握手をする。
「それじゃあ、また機会が有ったら会いましょう」
「元気でな。ワシもお主らに負けぬよう精進しよう」
デュオとリュデオに見送られ鈴鹿達は元の大きさに戻った騎竜スノウに乗って飛び立っていった。
「リュデオは武者修行の旅を再開しなくてもいいのかしら?」
「鈴鹿殿たちと違ってワシはそう急ぐ旅でもないのでな。
サーズライ村の復興が済んでからでも遅くはない」
「そう、それじゃああたし達はあたし達の出来る事から始めましょうか」
そう言いながらデュオは討伐軍が慌ただしく復興を進めているサーズライ村へと戻っていく。
こうして世界を揺るがそうとしていた『災厄の使徒』は討伐軍を待たずにデュオ達によって倒された。
デュオはそうそう何度も大きな事件が起きないだろうと暫くはのんびりできるかなと思っていたが、この後も起こる事件の連続に否応なしに巻き込まれるとはこのときは思いもしなかった。
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




