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DUO  作者: 一狼
第5章 災厄招来
27/81

26.その心に秘めたる思いは紡がれし絆

 王都北区中級商業区にある酒場『木陰の猫砂亭』。

 日も落ち薄暗くなり仕事を終えた人々が集まり始める時間帯にも関わらず、酒場には人の姿が殆んどいなかった。


 王宮から発表された100年前の大災害規模の『災厄の使徒』が出現したと言う報に王都中がごった返していたのだ。

 そんな中悠長に酒を嗜んでる者は自分とは無関係と思っている者か、討伐軍を信じていつもと変わらぬ日常を送ろうとしている者か、はたまた襲い掛かってくる『災厄の使徒』に怯えてヤケ酒を煽る者か、他の事柄に思考を捕らわれて災厄に関心が無い者か。

 そんなごく少数の者達が酒場に集まって思い思いに酒を飲んでいた。


 猫砂亭のカウンターに突っ伏している少女はその他の事柄に思考を捕らわれている者だった。


「おい、トリニティ、いつまで落ち込んでいるんだ? いい加減気持ちを切り替えろや。

 戻ってきたら悪いことが解決していたんだぜ。万々歳じゃねぇか」


「あのね、カーライムさん。問題が解決したからって納得出来るわけないよ。

 散々スパナの野郎に搾り取られたってのに、久々に王都に戻ってきたら事件は解決していて仕返しの一つも出来やしない。

 何より騙されてたことに気が付かなかった自分に腹が立つよ」


 『木陰の猫砂亭』は盗賊ギルドの猫――スリの拠点の1つで、ここにはスパナと言う盗賊(シーフ)が新人の猫の面倒を見ていた。

 が、実はスパナはプレミアム共和国第二都市シクレットからの密偵(スパイ)で、エレガント王国の盗賊(シーフ)を食い物にしていたのだ。

 具体的には年間のノルマを1か月のノルマと偽って新人たちから大金をせしめていた。


 トリニティもその内の1人で、つい数日前までスパナにノルマを納めていたりする。

 暫く異世界人とのパーティーを組んで王都から出ていたのだが、諸事情によりパーティーから離れ久々に王都に戻ってきて知った事実がスパナの裏切りだったと言う事だ。


「カカカ、これもまた人生経験だと思いな。

 と言うか、お前さん王都から出て実戦を経験してきた所為か少し見違えたぜ。

 外に出る原因を作ったのがスパナのノルマだって話じゃねぇか。ちょっとは感謝したらどうだ?」


「ふざけないで。感謝なんかできる訳ないだろ。そりゃあ、あいつらとの冒険はちょっとは楽しかったけど・・・」


「何だったらこのまま熊にでもなればいいじゃねぇか」


「それが出来なかったから今こうしてここに居るんじゃないか」


 そう、トリニティが落ち込んでいるのは何もスパナに騙されたことだけではなかった。

 カーライムの言う通り、異世界人との冒険をしていた時は熊――冒険者専用の盗賊(シーフ)になるのもいいかと思っていたのだ。

 だが仲違いしたわけでも無いが、とある事情によりトリニティは異世界人とのパーティーを離れざるを得なかった。

 そのことについてトリニティはこれで良かったのか今でも悩んでいるのだ。


 その思いを振り払うかのようにヤケ酒宜しく麦酒(エール)を煽る。


 そんなトリニティを尻目にカーライムは「飲みすぎるなよ」と言い残し盗賊ギルドの要務を片すために店から出て行った。

 彼もまた『災厄の使徒』の討伐の為に盗賊ギルドとして参加するのだ。

 酒場に寄ったのは景気付けでテンションを上げる為に来たのだが、そこへトリニティが現れ愚痴に付き合う羽目になったのだ。


 トリニティはカーライムが出て行った後もちびちびではあるがヤケ酒を続ける。

 自分が今何をしたいのか、トリニティはよく分からなくなっていた。


 と、そこへ猫砂亭に新たな客が訪れた。


「随分と荒れているわね。そんなに外の冒険は辛かったのかしら?」


 その声に振り向いたトリニティは驚いた表情を見せる。


「お姉ちゃん・・・!」


 そこに居たのは真っ赤な杖と真っ赤な服装の女魔導師(ウィザード)――デュオだった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「久しぶりね、トリニティ。約半年ぶりかしら」


「・・・そうだね。もう半年にもなるんだね」


 トリニティは少々バツが悪そうな顔をしていたが、デュオは気づかないふりをしてそのままトリニティの隣の席に座る。


 トリニティは孤児院から独り立ちする時、デュオに黙って内緒で独立していたのだ。

 しかもデュオには商人になると言っていたのだが、実際はデュオの後を追う様に冒険者になっていたからデュオと顔を合わせ辛かったりする。


「そ・れ・で、お姉ちゃんに何か言うことは無いのかな?」


「あ~、う~、え~っと・・・ごめんなさい」


「何に対してごめんなさいなの?」


「黙って孤児院を出てごめんなさい。商人になるって嘘をついて冒険者になってごめんなさい」


「よろしい」


 デュオの言葉にトリニティは今まで隠してきたことを話してすっきりしたのか安堵した表情を見せた。


「もう、冒険者になりたいんだったらそう言えばいいのに。お姉ちゃんは別に反対はしないわよ。

 冒険者になるための手助けだってしてあげられたのに」


「うん、お姉ちゃんならそう言うと思ってた。でも、だからこそあたし1人で頑張りたかったんだ。

 だって、お姉ちゃんA級冒険者でしょ。お姉ちゃんの妹として見られるのも嫌だったし、お姉ちゃんの手を借りてあたしの実力が見てもらえないのも嫌だったし」


「あー、まぁそう言うのもあったかもね。

 でも冒険者は1人でなるようなものじゃないわよ。色んな人の手助けがあってこその冒険者だし。

 トリニティが意地になって1人で頑張った結果がこれでしょう?」


 デュオの言葉にトリニティは姉がおおよその事情を知っているのだと分かった。

 伊達にA級冒険者、A級クランのサブマスターではないと言う事か。


「やっぱり知っているんだ。あたしのしてきた事」


「大よその事はね。出来ればトリニティの口から今までの事を教えてもらえると嬉しいかな」


 デュオに促され、トリニティは孤児院から出て冒険者になった後の事をポツポツと語り始めた。


 姉の力を借りず冒険者になったものの、所詮新人には出来ることなど少ない。

 稼ぎはスズメの涙で、日に日に生活するのが苦しくなってくる。


 そこへ現れたのが1人の盗賊(シーフ)だった。

 その盗賊(シーフ)は言葉巧みにトリニティを誘い、盗賊ギルドに所属させて猫として日銭を稼ぐ手段を与えた。

 だがそれが間違いで、思い描いていた冒険者からは大きく離れることになったのだ。

 トリニティもついさっき知ったばかりだったが、誘った盗賊(シーフ)は実はプレミアム共和国第二都市シクレットのスパイで、トリニティ達新人を食い物にして荒稼ぎをしていたのだ。


 猫として日銭を稼げていたはずが、莫大なノルマを課せられ更に貧困した生活を余儀なくされた。

 そうして紹介されたのが案内人(ガイド)としての仕事だった。


 冒険者・盗賊(シーフ)案内人(ガイド)と3足の草鞋を履きながら日銭を稼ぐも、それでもノルマには程遠い稼ぎでしかなかった。


 そしてどうしようもなくなってきた時に現れたのが、異世界(テラサード)から来た1組の男女だった。

 女の方は初心者(ビギナー)でありながら祝福(ギフト)持ちだったが故に装備が豪勢な事もあって、トリニティは案内人(ガイド)の傍ら虎――強盗紛いの事をしようと決意した。


 結果としてはトリニティは男女2人に返り討ちに遭い、憲兵に突き出されても仕方がない状況であった。

 それを男の方の異世界人が許す代わりに、この天と地を支える世界(エンジェリンワールド)に来た理由の幼馴染を捜す手助けをしろと脅迫――もとい、お願いしてきたのだ。


 トリニティは憲兵に突き出されるのや、盗賊ギルドからの粛清を恐れて渋々2人に付き合う羽目になり、幼馴染の手がかりの女神アリスからの試練(クエスト)・エンジェルクエストの手伝いで王都から出て周辺国などを巡ることになった。


 デュオもこの辺りまではシフィルから調べてもらったから知っていた。

 当初は冒険者ならいざ知らず、盗賊(シーフ)にまでなっていたのと知った時は半年もの間放っておいたことを後悔していた。


 そしてつい最近に異世界人の男女とパーティーを組んでエンジェルクエストを攻略し始めた事で王都から出て行ってしまったのだ。


 尤もパーティーを組んだ理由がトリニティの自業自得だと知った今は少々いい薬だったのではと思っている。


 王都を出て行った為、それ以上の情報が手に入らなくなってしまっていたので少し心配をしていたのだが、後でシフィルからはデュオが火竜の血を求めて竜の巣へ向かった時、追いかけてきたパーティーにトリニティが居ると知った時は驚いていた。

 だがそれと同時にトリニティの身の危険の心配は少ないだろうと安心もしていた。

 何故ならS級冒険者の美刃が太鼓判を押すくらいの実力を秘めた異世界人と一緒だったからだ。


 そして王都を出て行った後の事を語るトリニティからはデュオの思いもよらぬ冒険譚が語られる。


 『始まりの使徒』を攻略から始まり、初めて訪れた地下都市コバルトブルー。

 セントラル遺跡での伝説の白銀騎竜(シルバードラゴン)スノウの加入。

 『宝石の使徒』と『迷宮の使徒』との連戦、そして仲間の大怪我。

 海を渡ってのジパン帝国の港町での『竜宮の使徒』を繋ぐ竜宮の使いの行方不明事件。

 ジパン帝国王女を狙うロンリー公国による戦争。そしてオークキングの参戦による三つ巴。

 再びセントラル大陸に戻ってきては隠れ里に住む子供たちの行方不明事件。

 『牙狼の使徒』のクエストとして永遠の巫女と呼ばれる月神の巫女の訪問。そしてここでもオークキングの襲来。それをオークの突然変異の獣人猪人(ボアーク)との共闘。


 聞いていて、デュオは思いのほかトリニティの語る冒険譚に心が躍っていた。


 だが次の冒険譚を語るトリニティの声は次第に落ちていく。


「まぁそんな訳で次に訪れたのが『探求の使徒』『正しき答えの使徒』『偽りの答えの使徒』『神託の使徒』と4つの使徒を兼務する使徒だったんだけど・・・

 『神託の使徒』の神託を聞いた鈴鹿はあたしの事を足手まといだって言って切り捨てたんだ」


「そう。それでトリニティはどうしたいの?」


 これまで黙って話を聞いていたデュオは不意にどうしたいのかトリニティに問いただす。

 どうしたいのかと聞かれても、今のトリニティには自分でもどうしたらいいのか分からなかった。


「分かんない。自分でもどうしたらいいのか。

 鈴鹿がその竜人(ドラゴニュート)とたった2人で『災厄の使徒』に立ち向かうのは無謀だと思う。けど鈴鹿の言う通りあたしが居ても足手まといだし、居ても邪魔なだけ。

 あたしには『災厄の使徒』の報を冒険者ギルドに知らせる事だけしかできなかった」


 『神託の使徒』から告げられた神託は、100年間の大災害規模の『災厄の使徒』襲来だと言う。

 それをたった2人で村を襲う魔物の群れを撃退しろと言うものだった。


 トリニティも少なからず力になれればと思っていたのだが、告げられたのは戦力外通知だった。


 いや、トリニティは戦力外通知を告げた鈴鹿の真意が分かっていた。

 大災害規模の『災厄の使徒』ともなれば生きて帰れる保証が限りなく低い。その為、トリニティを戦力外通知として避難させたのだと。


「・・・そっか、分かんないか。

 でも良かったんじゃないの? トリニティは無理やり連れて行かれてたんでしょう? 脅されて行きたくもないエンジェルクエストに付き合わされて。

 ようやくお役目ゴメンになったんだから、それはそれで良かったんじゃないの?」


「そうだよ、鈴鹿の奴、あたしが逆らえないのをいいことにあれこれこき使ってさ。

 竜宮の使いの行方不明の事件を探る時なんかあたしを囮にして情報を引っ張り出そうとしたんだよ!? あの時はアイさんが一緒だったから良かったものの、鈴鹿の奴あたしを何だと思ってるんだか!」


 トリニティは話しているうちに次第に興奮して声が大きくなっているのに気が付いていない。

 デュオはそんなトリニティを嬉しそうに見ていた。


「『迷宮の使徒』の時も無茶して大やけどを負ってあたし達を心配させて! 目が覚めて異世界(テラサード)へ行って戻ってきたら人が変わったみたいに急に冷静になってさ! それまでユキを見つける為多少の無茶は構わない!って感じで突っ込んでたのに!」


 と、そこでトリニティは急にテンションが下がりポツリと呟く。


「でも」


「でも?」


「でも・・・楽しかった。無理やり脅されてだったけど、鈴鹿達に付いて行くのは楽しかった。

 今思えば無茶苦茶で死にそうだったこともあるけど、鈴鹿達と一緒の冒険は凄い楽しかった。

 ずっと一緒に居られるものだと思えた。それだけ居心地が良かったの」


「そうね。聞いていたあたしでも心が躍ったわ。しかもたった半月でこれだけの冒険は中々お目に関われないわね。

 それだけトリニティは彼らを仲間と思っていたんじゃない?」


 デュオの言葉を聞いてトリニティはハッとしたように顔を上げる。


「そう、あたしは仲間だと思っていたんだ。

 『正しき答えの使徒』と『偽りの答えの使徒』に答えたように脅されて嫌々だったのは本当。

 でも・・・それと同じくらい鈴鹿達を仲間と思って一緒に居たいと思っていたのも本当なんだ」


 『正しき答えの使徒』と『偽りの答えの使徒』は2つでワンセットの使徒であり、嘘偽りを判断する力がある。

 トリニティは『探求の使徒』により何故エンジェルクエストに挑むのかを質問され、出た答えが鈴鹿達に無理やり脅されてと言うものだった。

 そして『正しき答えの使徒』と『偽りの答えの使徒』の判断はトリニティの答えを正しい答えと判断したのだ。


 だが、正しい答えは1つではなかった。

 トリニティは心の奥底で鈴鹿達を仲間と認識し、協力するためにエンジェルクエストに挑んでも居たのだ。


「それが・・・足手まといだから? あたしの身を案じて? ふふふふふ・・・」


 何やら突如含み笑いをするトリニティ。

 ちょっと妹の様子が変わったのに戸惑うデュオ。


「お姉ちゃん! あたしに力を貸して! 鈴鹿達を助けに行く!」


 吹っ切れたように言うトリニティを見てデュオは嬉しく思う。

 出会いこそは最悪だったかもしれないが、トリニティには心の奥底から大切に思える仲間を見つけたのだと言う事に。


 デュオはそんなトリニティの気持ちを確かめる為に敢えて恐怖を煽るようなこと言う。


「あら、いいの? 折角解放されたのにわざわざ戻りに行くの? それも大災害規模の魔物の群れに」


「行くよ。だってあたしは鈴鹿とアイさんの仲間だもの。あたしだけこんなところで燻ってられないわ。

 だけどあたし1人じゃ『災厄の使徒』に立ち向かって行けない。だからお姉ちゃん、あたしに力を貸して!」


 トリニティの答えにデュオは喜んで答える。


「それでこそあたしの妹よ。いいわ、力を貸してあげる。お姉ちゃんもトリニティをそこまで言わせる鈴鹿って人を見たくなったわ」


「ありがとう! お姉ちゃん!」


「そうと決まればこんなところには居られないわね。直ぐにでも出発する準備をしないと」


 そう言って2人は席を立ち、カウンターの向かいの女店主にお金を払う。


「ところで・・・その鈴鹿ってトリニティの想い人になるのかしら?」


「ばっ・・・! そんなんじゃないわよ!!」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 デュオはまずはトリニティの装備を一新することにした。


 トリニティの心意気は買いたいところだが、実力不足なのは否めない。

 それを補うため、装備を一新してトリニティの戦力を上げることにしたのだ。


 今現在の装備も駆け出しの冒険者にとってはかなり良い装備ではある。

 鈴鹿達がトリニティを脅して無理やり連れまわしていたと言うが、鈴鹿達がこの装備を与えた事を考えるとそれなりに大事にされていたのだと言う事にデュオは気が付いた。


 デュオは、先ほどトリニティが『災厄の使徒』との戦いで危険な目に合わせたくないからワザと戦力外通知を出して追い出したのだと予測していたが、あながち間違っては無いだろうと思った。


(いい仲間に恵まれたじゃない)


 『災厄の使徒』の討伐で慌ただしい王都での装備の買い物は困難を極めたが、そこはA級クランの特権でなるべく優先的に買い物をさせてもらう。


 まずは防具には以前と同じように動きやすさを重視してメタルタランチュラから取れるメタルクロースと、異常耐性のあるキングバジリスクの皮とミスリルを合わせて作った胸当てと籠手と脛当てを用意した。


 武器には昨日完成したばかりのソードテイルスネークから採取し加工した蛇腹剣をトリニティに送る。


「トリニティの流派がルフ=グランド縄剣流だから丁度いいわね」


「これ、凄いよ。お姉ちゃん。

 蛇腹剣でさえあたしには過ぎた武器なのに魔力によって形が変わる蛇腹剣って・・・こんなの貰ってもいいの?」


「あげるなんて一言も言ってないわよ。冒険者足る者自らの手で手に入れよ、ってね。

 特別に出世払いにしておいてあげるわ」


「むぅ・・・ここはお姉ちゃん言う通り、冒険者なんだからそうだねって言うべきか、身内なんだからそんな硬い事言わなくてもいいじゃないって言うべきか。

 ・・・まぁ、何はともあれ装備面では格段に向上したから取り敢えずお礼は行っておくわ。ありがとう」


「確かに良い装備は実力を引き上げると言うけど、使いこなせないと意味が無いからね。

 特にその蛇腹剣はギミックが色々仕込んであるみたいなの。

 今すぐ全部使いこなすのは無理だろうけど、一通りの機能は確認しておかないとね」


 デュオはそう言って蛇腹剣を作成した風月の居る風流月雅へと向かい、トリニティの蛇腹剣のレクチャーをお願いする。


 トリニティが風流月雅でレクチャーを受けている間、デュオはクランホームへと戻り予定変更をクランメンバーへと告げた。


「ウィル、ジャド。美刃さんがこっちに来たら直ぐに『災厄の使徒』へと向かうわよ」


「はぁっ!? 直ぐ行くって・・・おま、討伐軍との合同クエストはどうするんだよ」


「了解したでござる」


 突然のデュオの出発宣言にウィルは驚きの声を上げた。

 呼ばれたもう1人のジャドは冷静に判断しすぐさま出発の準備に取り掛かった。


「ジャド、お前、何冷静に出発の準備を進めてるんだよ。ただでさえ半日しか準備期間が無いのにデュオの奴、いきなり行くって言ってんだぞ?

 しかもそこらの相手じゃなく、大災害規模時の『災厄の使徒』だぞ? お前分かっているのか?」


「分かっていないのはウィル殿の方でござる。

 デュオ殿はいつもこんな感じだったでござろう。何も突発的な行動は今に始まったことではないでござる」


「・・・・・・そう言えば、そう、だな。

 ああ! くそ! わーったよ、今すぐ準備するよ! ったく、せめて理由くらいは教えてくれるんだろうな」


 ジャドに言われ、ウィルはいつもデュオに振り回されていた事を思い出した。

 とは言え、流石に理由も無しでは諸手を上げて賛同は出来ない。


「トリニティにね、助けてくれって頼まれたのよ。

 トリニティの仲間が今現在『災厄の使徒』の魔物に襲われている村で孤軍奮闘しているらしいわ。あたし達は討伐軍の先行部隊としてその村への救出に向かうの」


「何、だと・・・? トリニティの奴戻ってきたのか? ってか、トリニティの仲間が『災厄の使徒』の魔物の群れと既に戦っているだと?

 ちょ、いったい何がどうなっているんだよ」


 ウィルはデュオと一緒に孤児院に来たトリニティを思い出す。

 デュオが孤児院から独り立ちして冒険者になる時にウィルも無理やり冒険者になった為、それ以来会ってはいない。

 シフィルから聞いた噂では同じく冒険者になって苦労しているとは聞いていたが、ウィルはまさかここにきてトリニティの名前を聞くとは思わなかった。


「詳しい話はトリニティから聞いてちょうだい。

 ジャドも悪いけど付いて来てもらうわよ。補給物資や救急医療品などを運ぶ役を頼むわ」


「流石に世界の危機でござる。文句は言わないでござるよ」


 ジャドは戦闘役と情報収集を両立するために忍者として活動しているが、その一環で覚えた闇属性魔法のお蔭で荷物運びとして徴用されることが多い。(収納魔法のシャドーゲージが使える為)

 ジャドは荷物運び役として使われることを嫌がるのだが、今回の場合は流石に拒否はしなかった。


 そうしている間にも出発の準備を勧め、風流月雅から戻ってきたトリニティと合流する。

 そして明け方頃に異世界(テラサード)から帰魂覚醒をした美刃を加えて直ぐに『災厄の使徒』の魔物の群れが襲っている村――サーズライ村へと出発した。


 因みに残りの『月下』のメンバーは予定通り討伐軍との合同で向かう事になっている。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 王都の北門から抜けて真っ直ぐ東へ進むデュオ一向。

 美刃は愛馬のスレイプニル・繚乱を駆り、デュオたち4人は『月下』の走竜(ドラグルー)を駆る。


 『月下』では元々騎獣を飼ってなかったのだが、あることが切っ掛けで走竜(ドラグルー)を購入せざるを得なかったのだ。

 そこでどうせならとピノが財政を工面して数匹の走竜(ドラグルー)を飼う事にしたのだ。


「お前、あの時の走竜(ドラグルー)なの? 道理で懐いている訳ね」


 トリニティが今のっている走竜(ドラグルー)は、その購入する切っ掛けを作った走竜(ドラグルー)だ。


 トリニティと鈴鹿達が竜の巣まで美刃を追いかける時の騎獣ギルドからレンタルした走竜(ドラグルー)だったが、直ぐにエンジェルクエストの『始まり使徒』へ挑むことになった為、美刃にお願いして『月下』で購入してもらう事にしたのだ。


 その後、紆余曲折の末その走竜(ドラグルー)はトリニティ達の手を離れ『月下』で飼う事になったのだ。


 トリニティは乗る時にやけに懐いていることを不思議に思っていたのだが、その時のっていた走竜(ドラグルー)を思いだし鱗を優しくなでた。


「あー、あの時の走竜(ドラグルー)を買う切っ掛けになったのはトリニティの所為だったわけね。

 あの時ピノが散々文句を言ってたわよ。幾ら美刃さんの頼みだからって散財もいいところだって」


「う・・・文句を言うなら鈴鹿に言ってよね。あいつが強行軍で行こうとした結果がそうなんだから」


「ふーん、鈴鹿って言うのか、トリニティの好きな奴は」


 隣で並走して話を聞いていたウィルがニヤニヤしながらトリニティをからかう。


「ちょっ! だから違うって! もう何でそんなにくっ付けたがるかな。

 大体そう言うウィルだってお姉ちゃんが・・・」


「わーーー! わーーーー! わーーー! 悪かった、俺が悪かったから何も言うな!」


 ウィルの気持ちを知っているトリニティはからかわれた仕返しに暴露しようとしたが、ウィルが慌てて止めに入り逆に謝ることになってしまった。


「お主ら余裕でござるな・・・拙者、相手が大災害規模の『災厄の使徒』と聞いてブルっているでござるのに。しかもたったの5人で向かっているでござるよ?」


「そんなことないわよ。みんなビビっているわよ。これはその緊張を解す為にわざとおどけているようなものね。

 それに・・・トリニティの仲間がたった2人で『災厄の使徒』に挑んでいるって話じゃない。そんなの聞かされたんじゃビビッてもられないわよ」


 ジャドがウィルとトリニティのやり取りに少し呆れていたが、デュオがすかさずフォローをする。

 その上でトリニティの仲間の事を上げ、士気を高めようとする。


 トリニティはサーズライ村で奮闘していると思われる鈴鹿の姿を思い浮かべ逸る気持ちが抑えられなくなってくる。


「・・・ん、大丈夫。あいつはそんな軟な男じゃない。きっと生きてる。それにアイちゃんもいる。滅多な事は起きない」


 そんな気持ちを察して美刃がトリニティへ落ち着くよう声を掛けた。

 トリニティと美刃は竜の巣で一度会っているので細かい説明はほとんど必要なかった。

 天と地を支える世界(エンジェリンワールド)に帰魂覚醒した美刃がトリニティを見た瞬間に大よその事を察したのだ。


「美刃さん・・・でも、アイさんは今『探求の使徒』のペナルティで1週間も戦えない状態なんだよ。村には竜人(ドラゴニュート)が居るらしいけど、鈴鹿1人で・・・戦えないアイさんがいるかと思うと・・・」


「・・・ん、それでも大丈夫。2人を信じて」


 何やら確信めいた物言いだったが、トリニティは敢えて何も美刃へ問わなかった。

 トリニティも何か思うところがあったんだろうか。


 これまでトリニティが同行していたアイと言う異世界人は他の異世界人と何かが違っていたのだ。

 ズル(チート)と言われれば正にズル(チート)と呼ばれる存在がアイだったとトリニティは思った。

 今は戦闘不能に陥っているアイだが、何かやってくれるような、トリニティはそんな気がした。




 走竜(ドラグルー)に無理をさせて限界まで走らせ2日半が過ぎた頃、ようやく目的地が見え始めてきた。


「なんっだ、ありゃあ・・・」


 ウィルがそう呟くのも無理はない。

 例えるなら死骸に群がる蟻のように、遠目ではあるが村があると思われる場所に魔物と思われる黒い点が大量に群がっているのだ。


「これはまた・・・ある意味圧巻ね」


「あの中に鈴鹿達が・・・」


 大量の魔物を前に皆が圧倒されている。

 『災厄の使徒』の脅威をこれほどの魔物の群れを見て改めて認識させられたのだ。

 しかも今村に居るのは1,000にも満たない魔物の群れだ。

 『災厄の使徒』がどれ程の力を有しているのか想像するだけでも眩暈がしそうだった。


「む・・・各々方、これから先は徒歩で進まなければならないでござるな」


 ジャドが騎乗していた走竜(ドラグルー)が魔物の群れを前にして怯え二の足を踏んでいたのだ。

 ジャドの乗っていた走竜(ドラグルー)だけじゃない。美刃を除く全員の騎獣が怯えて前に進もうとしなかった。


「仕方ないわね。走竜(ドラグルー)の移動力に任せて突っ切ったかったけど、流石にそれだと走竜(ドラグルー)の命は無いからね。

 残念だけど走竜(ドラグルー)たちはここに置いて行くわ」


「・・・ん、繚乱を護衛にしておく」


 流石に美刃の騎獣であるスレイプニルの繚乱は魔物の群れに怯えることは無かったが、美刃1人だけ騎獣に乗って突っ切るわけにもいかないので、走竜(ドラグルー)の護衛としてここに残していくことにした。


「さぁ、急いでサーズライ村に向かうわよ。もたもたしていたらトリニティの想い人が死んじゃうかもしれないし」


「お姉ちゃん! だから違うって!」


 美人とジャドを先頭に、デュオとトリニティが続き、ウィルが殿(しんがり)を務める。

 村が近づくにつれこちらに気が付く魔物がちらほら現れ始める。

 美人が先陣を切って魔物を斬り伏せ、ジャドが忍術で魔物の動きを阻害し、デュオの範囲魔法で村へ続く道を切り開いていく。


「スタンドフレア・バーンロード!」


 本来1柱だけ立ち上がる日俗世魔法の火柱が、2連・3連と続けざまに村に向かって立ち上がる。

 火柱が消えた後には正に焼け道(バーンロード)が出来上がっていた。


 とは言え群がる魔物は数多く、折角できた焼け道も直ぐに魔物に埋め尽くされてしまう。


「む、村の入り口と思われる場所で黒髪の男と竜人(ドラゴニュート)が戦っているでござる!」


 鷹の目を持つジャドが切り開いた道の向こうに、魔物に立ち向かっている人物の影を捉えていた。

 その言葉を聞いたトリニティは居ても立っても居られずに魔物の群れに向かって突き進む。


「あ、こら待ちなさい! トリニティ! ああ、もう! 彼が心配なのは分かるけど1人で行くなんて無茶よ。

 ・・・たく、世話が焼ける妹ね」


「あ、おい! ちょっ、突っ走るなよ!」


 デュオは先走るトリニティを追いかけていく。

 置き去りにされたウィルは思わず苦情を言うが、既にデュオはその場から離れていた。


 そして美刃もデュオに付き添う形で並走してく。


「・・・ん、私が目の前の敵を斬る。デュオは奥へ続く道を切り開いて」


「了解。

 こうして共闘していると最初の頃を思い出すわね。美刃さんがあたしを守りながらあたしが周囲の敵を屠るのを」


「・・・ん、そうね。最近は一緒に戦う事が無かったから」


「今回は久々と言う事で思いっきり暴れましょう!」


 デュオは美刃に守られながら目の前の魔物を、そしてその奥の魔物を解き放った魔法で薙ぎ倒す。

 そうしてトリニティに追いつき、気持ちを落ち着けさせる。


「トリニティ落ち着いて。貴女1人で突っ走ってもどうしようもないでしょう。

 何の為にあたし達に力を借りようとしたのよ」


「う、ごめん」


「あたしが道を切り開くから、トリニティは美刃さんと一緒に付いて来て。いいわね」


 トリニティの気持ちを落ち着けさせたところでデュオが再び魔法を放ちならが魔物を蹴散らし、サーズライ村へ続く道を切り開いていく。


 村の門と思われるところまで近づいた時、デュオの目に二角獣のバイコーンに体勢を崩され、リザードアーチャーに弓矢を向けられ今にも矢衾にされそうな黒髪の青年の姿が目に移った。

 おそらく彼がトリニティの言う鈴鹿なのだろう。


 デュオは咄嗟に十の魔法を溜めておくことの出来るチャージアイテム・卵の十冠(デケム・オーブマ)に込められた1つの魔法を解き放つ。


「ハウンドドック!!」


 デュオの放った魔法は無属性魔法の高速自動追尾弾であり、ターゲットロックしたエネルギー弾はバイコーンを弾き飛ばし悉く矢を撃ち落とす。


「どうやら間に合ったようね。

 災厄討伐軍先行部隊・クラン『月下』のデュオ、ただいま到着よ!!」


 デュオは驚愕の表情でこちらを見る鈴鹿に向かって名乗りを上げた。








次回更新は8/28になります。

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