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DUO  作者: 一狼
第5章 災厄招来
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24.その言い知れぬ不安は災厄の前兆

デュオ、ザウスの森で狐人の幼女を保護する。

デュオ、召喚従従魔師に目を付けられる。

デュオ、ソードテイルスネーク亜種と対決する。


                       ・・・now loading


 それ(・・)はある日突然生まれた。


 大災害と呼ばれたその日、天は轟き雷雲の雨を降らせ、大地は揺るがし地震により地は割れ、各地の魔力だまりから魔力が溢れ出し大量のモンスターが溢れだし人々を襲った。


 後に女神と呼ばれることになる天使アリスが世界を管理することで大災害は収まる事となる。


 そして残った大量の魔物の死骸の中から1匹の突然変異の魔物が生まれたのだ。


 大量の魔物の怨念が生み出したのか、はたまた辛うじて生き残った魔物が進化したのか、それとも大災害の原因となった魔王エーアイの意思が宿ったのか。


 それ(・・)は本能に従い他の魔物を従えていく。


 力の強い者、特殊能力のある者、空を飛べる者、火を吐く者、様々な魔物を従えてついには1万もの魔物を引き連れることとなる。


 大災害時の100万規模の魔物の群れに比べればまだまだだが、それでもこれだけの魔物を従えたそれ(・・)は十分な力を備えることが出来た。


 それ(・・)は従えた魔物の数だけそれ(・・)の力が増すと言う特異体質の魔物だったのだ。


 最初は気のせいだったのだろうと思ったのだが、それ(・・)は従える魔物の群れが大きくなればなるほど己の力が増すのが分かってからは最優先で他の魔物を従えるのにいそしんだ。


 だがそれがいけなかったのか、愚直に仲間を増やしていったそれ(・・)を危険視した天地人ノピス達がそれ(・・)を退治しに来たのだ。


 1万もの魔物を従え力を備えたにも拘らず、それ(・・)はあっけなく倒されてしまった。


 それ(・・)を倒したのは犬人(コボルト)をリーダーとしたパーティーだった。


 犬人(コボルト)は仲間の支援を受けながら2本の刀を舞い踊る様に振るい、それ(・・)の攻撃を一切受け付けずほぼ一方的に倒されてしまったのだ。


 それ(・・)は再び生を受け、犬人(コボルト)ごときに倒されたことに怒りを覚えた。


 そこでふと気が付いた。


 それ(・・)は倒された時の記憶があると言う事に。


 それから何度も倒されては蘇り記憶を引継いでいった。


 そうして幾度となく記憶を引継ぐことで知性が目覚め、己を倒す天地人(ノピス)に学んでいった。


 貪欲に知識を溜めこみ、何度も自分を殺す天地人(ノピス)に復讐する為に牙を研いでいた。


 だがそのころになると天地人(ノピス)の間でもそれ(・・)が記憶を引継いでいることに気が付き、このままでは危険なのではないかと囁き始めていた。


 そしてそれは女神アリスにも届き、世界を管理する女神としてはそれ(・・)の存在は危険すぎるものとしてある種の封印を施したのだ。


 それ(・・)に使徒として名を与え人の姿を取らせることにより力を抑え、積極的に天地人(ノピス)や異世界人に倒すことによって短いサイクルで転生を繰り返させて力を削いでいこうとしたのだ。


 それ(・・)にとっては不本意な事ではあるが、メリットが無いわけでは無かったので敢えて女神の封印を受け入れたのだ。


 短いサイクルで転生をすると言う事はその分だけ自分の殺し方の知識を得ることとなり、逆に天地人(ノピス)や異世界人を殺す術を知ることになるからだ。


 そしてそれ(・・)は何度も殺されることによって殺し方の知識を得て虎視眈々と牙を研ぐ。


 また、人の姿を取ることによって力の使い方を覚えた。


 今まで全力で振るってきた力をコントロールし、繊細に、かつ大胆に振るう術を覚えた。


 そして全ての準備が整った時、それ(・・)は世界へ向けて復讐を果たす。


 それ(・・)に与えられた使徒の名はDisaster。


 『災厄』と呼ばれ世界に滅びをもたらす使徒の名前である。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 アレストの魔物召喚による襲撃から3日ほど経過して王都エレミアは落ち着きを取り戻していた。

 デュオはそんな王都を眺めながら呼び出された冒険者ギルドへと向かっていく。


 事件の黒幕であるアレストは倒されたが、事件の真相は王都民には伏せられていた。

 これほどの事件がたった1人の召喚師(サモナー)によって引き起こされたと言う事実が改めて召喚師(サモナー)の危険性を認識させられたのだ。

 それにより他の召喚師(サモナー)の立場も悪くなると言う事から世間一般ではザウスの森からの魔物の襲来として処理されていた。

 無論、王国ではこれを機に召喚師(サモナー)の所在や所属を明確にし、矢鱈無闇な召喚を行わない様に厳重管理をすることとなった。


 デュオとしても王国の言い分も分かるが、冒険者は国に縛られない自由な職業として確立されているので召喚師(サモナー)達は難色を示すだろうと思っている。


 冒険者ギルドではいつも以上に賑わっていて冒険者たちが右往左往していた。

 王都は落ち着きを取り戻したが、冒険者たちには魔物の後片付けやら王都周辺やザウスルの森の追跡調査などで冒険者ギルドは暫くは落ち着くことは出来ないでいた。


「トリスさん、来たよー」


「あ、デュオちゃん待っていたわよ。

 ごめん、後はお願いね」


 受付をしていたトリスは別の職員に変わってもらい、デュオを連れて冒険者ギルドの奥の応接室へと向かう。


 応接室に連れられたデュオはトリスと向かい合わせでソファに座り、今回の呼び出された理由を尋ねた。


「で、何で呼び出しされたの? あたしなんかやっちゃった?」


「呼び出される身に覚えがあるのかしら? そこんとこ詳しく聞きたいわね」


 デュオは今回の呼び出しは事件の真相であるアレストに関連している事だと思っていたのだが、どうやらそうではないみたいだ。

 召喚従魔師(サモンテイマー)アレストとそれを倒したのがデュオだと言う事は王国と冒険者ギルドの上層部には報告してあるが、受付嬢のトリスが何処まで知っているかは判断が付かず、取り敢えず笑って誤魔化すことにした。


「あはは、何の事かな? あたしは何もやってませんよ。ええ、何も」


「ふぅ、まぁ良いわ。デュオちゃんの事だからあたしの知らないところでまたとんでもない事をやっていたんでしょうけど、敢えて聞かないであげる。

 どうせ他の所にはちゃんと報告が言ってるんでしょうし」


 どうやらトリスにはデュオが何かをしたのかがバレているみたいだったが、敢えてそれを聞かないでいてくれた。

 と言うより少し呆れていた感じではあったが。


「それで今回呼び出した件だけど、デュオちゃん以前クランの新人研修で迷いの森に行っていたでしょう? その時の事をもう少し詳しく教えて欲しいのよ」


「確かに新人研修で3人ほど連れて行ったけど、あの時の事はギルドに話した以上のことは無いですよ?」


 デュオは以前に新人研修と称してザック、リード、サラフィの3人をB級ランクの迷いの森に連れて行ったことがある。

 その時に浅部にも拘らず深部のA級魔物のキングバジリスクが現れて退治したことがあったのだ。

 一応、冒険者ギルドには適正ランク外の魔物が現れたのを報告していたのだが、それが今さらになって改めて聞き取りとは何かあったのだろうか。


「デュオちゃんの報告以外にも他の冒険者たちから森の浅いところでもA級の魔物が見かけたって報告が沢山あってね」


「もしかしてあたしにまた調査の直接依頼ですか?」


 つい先日もザウスの森の調査の直接依頼を受けたばかりである。

 ザウスの森の調査は結果的には原因がアレストだったため事件解決と共に打ち切りとなったが、こうも連続で直接依頼を受けるとなるとギルドに束縛され過ぎる面がある。

 しかも迷いの森はここから馬でも数日かかる距離であり、クオと言う娘を養う事となった今はなるべく王都を離れたくないところでもある。


「ううん、それは大丈夫よ。既にB級クランの『ブルーツノヴァ』に依頼しているわ。

 今日デュオちゃんに来てもらったのは本当に詳しい話をもう一度聞きたいって事だけよ」


 クラン『ブルーツノヴァ』はB級ではあるが、もう少しすればA級に上がるだろうと言われ実力的にはA級と称されているクランだ。

 クランマスターのベルチェはA級冒険者であるため、迷いの森の調査を行うには問題はない。


 それならば、デュオはとわざわざ呼び出してまで聞き取りをする意味が分からなかった。

 以前報告した以上の事は何も無かったわけだし、他の冒険者の調査が出ているのであればデュオの出番はないはずだ。


「疑り深いわね。本当に聞き取り調査以外には何もないわよ。強いて言えば、あたしの勘・・・かな?

 今回のザウスの森の調査をデュオちゃんに頼んだ時の様な感じがするのよね」


「うーん・・・勘、ですか。とは言ってもあの時の事は浅部にキングバジリスクが出たくらいでそれ以上の魔物は出てこなかったんですが・・・

 迷いの森もザウスの森みたいに何か異変が起こっている、とか?」


 と、そこでデュオはあの時の迷いの森の雰囲気が今回の魔物が跋扈していたザウスの森と雰囲気が似ていたことを思いだした。


「そう言えば迷いの森の魔物の雰囲気が少し違った気がするわね。なんていうか殺気立ってたと言うか、動きが魔物らしくなかったと言うか・・・」


「デュオちゃん、それどっちなのよ。殺気があるのに魔物らしくないって」


「まぁ、そんな感じで変と言えば変でしたね」


 デュオの迷いの森の雰囲気の違いを聞いて、トリスはこの後改めて迷いの森の調査を敢行するかどうか考える。


「うーん、これは要再調査が必要かな? 『ブルーツノヴァ』の報告次第ではあるけど、危険を早めに摘み取っておく必要があるわね。

 今回のザウスの森の調査では一歩後れを取ってしまったけど、出来れば今後このような事が無いようにしたいしね」


 トリスの結論を聞いてデュオは嫌な顔をする。


「えー、それって調査にまたあたしを直接依頼するんでしょう?」


「ええ、そうね。その時はまたお願いするわ」


「やっぱり・・・あたしの他にもA級クランやA級冒険者が居るでしょう。そっちにお願いしてよ~」


「確かに他のA級は居るけど、デュオちゃんクラスのA級魔導師(ウィザード)ってなかなかいないのよね。

 魔導師(ウィザード)が居るといないとじゃ全然違うから頼みやすいのよ」


「勘弁してくださいよ・・・」


 トリスの言葉に一応拒否はするものの、まず間違いなくデュオに調査の直接依頼が来るだろうと予測できる。

 デュオとしてはクオの事もあるし王都から離れたくはないが、トリスの言葉により迷いの森の異変が気になり始めたのも事実だ。

 トリスの勘ではないが、デュオにも何やら良くない事が起こり始めているのではと言う不安が巡り始めていたので、直接依頼が来たら多分受けざるを得ないだろうと思い始めていた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 デュオは冒険者ギルドの後、鍛冶師・風月の経営する風流月雅に来ていた。


「風月さん、こんにちわ~。頼んでおいたもの出来ている?」


「おう、デュオの嬢ちゃん。丁度いいところに来たな。たった今出来上がったところだ」


 風月はそう言って一振りの剣をデュオに差し出す。

 デュオは剣を受けとり鞘から抜いて出来具合を確認する。


「おお、いい具合に仕上がってるね。ちょっと試してみてもいい?」


「ああ、裏手に回りな。そこなら十分な広さがあるからその剣の性能を試せるぜ。

 もっとも扱いが難しいからお前さんに使いこなせるかどうかは別だがな」


「試すだけよ。あたしが使う訳じゃないからちゃんと機能しているかどうか確認するだけよ。

 こんな剣、使いこなそうとしたらどれだけ練習が必要なんだか・・・

 ああ、でもルフ=グランド縄剣流なら使いこなせるかもね」


「ああ、あの流派か。確かにその剣だとルフ=グランド縄剣流にはうってつけだな」


 風月は従業員の天地人(ノピス)に店番を任せ、デュオと一緒に店の裏手に向かう。


 デュオは十分な広さを確認してから剣を抜き、その状態(・・・・)のまま振り回し剣戦技を放ちながら強度や切れ味などを確かめる。


 デュオは無幻想波流の使い手であるため、一応だが剣戦技を使う事が出来るのだ。

 問題なく振り回したところで、今度は剣に魔力を流しこの剣のギミックを作動させる。


 剣に魔力が流れたことにより、刀身が複数に分割してワイヤーで繋がれたみたいに数珠つなぎの様な状態になる。


 デュオは鞭状になった剣を空や地面を叩きつけるように振り回す。

 尤もデュオは鞭戦技を持っていないので、ただ振り回すだけのような形になってしまっているが。


 デュオは更に剣に魔力を流すとワイヤー部分が伸びていき、最長で20mもの鞭剣と化した。

 但しワイヤーが伸びた分だけ分割された刀身の間隔が長くなり、剣としての機能はほぼ無い形になってしまう。


 魔力を通じてある程度操ることは出来たが、流石にデュオも20mもの鞭を振るう事は出来ずに地面を擦るだけとなってしまっていた。


「うん、いいじゃないの、これ。魔力を流すだけで長さが伸びるしある程度操ることも出来るし。

 流石、剣尾蛇から作られただけの事はあるわね」


 デュオが手にしている剣は、先日アレストが蠱毒法で生み出したソードテイルスネーク亜種の剣尾から取れた蛇腹剣だった。


 先日の騒動の決着の後、ソードテイルスネーク亜種の残骸から蛇腹剣を剥ぎ取って風流月雅に持ち込んでいたのだ。


 ソードテイルスネーク亜種の大きさが15mと巨体だったため、尾の蛇腹剣もグレートソード並みの大きさだったのだが、尾から剥ぎ取るとバスターソード並みの大きさに変化したのだ。

 おそらくソードテイルスネークから魔力が供給されていたのが止まった為、その大きさが縮んだと思われる。


 デュオはその性質を利用して人が扱える剣として風月に加工を依頼した。

 持ち込まれた風月は見たことも無い素材に興奮して武器ロマンとも言うべきこの蛇腹剣を持てる技術を駆使して色々(・・)加工したのだ。


「今デュオのお嬢ちゃんが使った機能はまだごく一部にしか過ぎねぇよ。

 これの本来の機能は、な―――」


「待って待って。あたしが使う訳じゃないからそこまで説明されても分からないわよ」


「じゃあ誰が使うんだよ。使うそいつを寄越せ。俺がキッチリ説明してやる」


 風月の言葉にデュオは少々気まずそうに顔を逸らす。

 その様子に風月は少し嫌な予感をしつつもまさかと思いながら聞いた。


「まさか・・・誰も使う予定が無いのに剣の加工を頼んだのか?」


「テヘペロ」


「テヘペロ、じゃねぇ! 一丁前に異世界(テラサード)の文化使いやがって!

 お前、使いもしない武器を頼んだのかよ」


「いやぁ、だってこれほどの素材、放っておくの勿体ないじゃないの」


「・・・いや、その気持ちは分かるけどな。武器は飾りじゃないんだよ。使ってこそ何ぼの武器なんだ。

 使い手の無い武器は武器が可哀相だぞ・・・」


「あー、うん、大丈夫大丈夫。ちゃんと使い手は見つかるって。と言うかうちのクランの誰かに使ってもらうつもりだから」


「いきなり蛇腹剣を使えって言われても無理があると思うぞ。使いこなすだけで時間がかかるし、これまでの剣技を捨てなければならないんだし」


「まぁ、いざとなったら新人の誰か・・・ザック辺りにでも使ってもらうわ。

 新人ならこれから蛇腹剣を覚えるのにも問題ないだろうし」


「うむむむ・・・新人にこの剣をか・・・ぐぬぬぬ、ここは背に腹を変えられないか?

 折角の武器が宝の持ち腐れだけは避けたいしな・・・」


 風月はC級以上の冒険者にしか武器を作らない鍛冶屋として店を出しているのだ。

 とは言え、作ってしまった以上使ってもらわなければ武器としての意味が無い。

 一般向けに作った剣なら兎も角、このロマン武器だけは誰かに使ってほしかった。


「てめぇ。俺がそう言うのも見越して誰が使うか言わずに武器の加工を頼んだな?」


「さぁ? 何の事でしょう?」


 デュオはすっとぼけるが、風月にソードテイルスネーク亜種の蛇腹剣を見せて、興奮する風月を言葉巧みに口車に乗せて使い手を明確にしないまま剣を加工させたのだ。


「ふん、まぁいい。使い手が見つかったら俺のところに寄こせ。ちゃんとギミックの全てを教え込んでやるからな。

 あと、それと今回の費用請求は俺を上手く乗せた分も上乗せして請求してやるから覚悟しておけよ」


「え? ちょっと、面白い素材を加工できたんだからその分はチャラでしょ!?」


 風月の思わぬ反撃にデュオは抗議の声を上げるも、当然却下され予定外の出費をせざるを得なかった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ただいまー」


「マー、おかえりー!」


 クラン『月下』のクランホームに着くと、そこに1人の狐人(フェネックス)の幼女――クオが出迎えてくれた。

 デュオは駆け寄ってくるクオを拾い上げ、ギュッと抱きしめる。


「クオ、ただいま。ちゃんといい子にしてた?」


「うん! クオ、いいこにしてた! みんなとあそんでもらっていた!」


「そう、皆と遊んでもらってたの。よかったわね」


 先日の事件を経て、クオはクラン『月下』で育てることが正式に決定した。

 クオの正体が不明の為、いざと言う時に何かあった場合対応できる人物が居る方がいいと言う事で、発見者でありA級冒険者のデュオとS級冒険者の美刃の居るクラン『月下』が望ましいとクランメンバーに強引に決定されたのだ。

 特にクオがデュオの事を母親と認識していたのも大きい。


 それにより『月下』内ではクオを構いたがる者が大勢いたりする。


 最初にクオをザウスの森で保護した時はまだ1・2歳くらいの大きさだったのが、今では3歳くらいの大きさまで成長していた。

 無論、この成長速度に疑問視する声もあったが、それ以上にクオの愛らしさにクランメンバーがメロメロになっていたりする。

 少なくともクオがデュオを母親と慕っている以上、他者に牙を剥くことは無いだろうと。


 デュオはそんなことでいいのかと少しクランメンバーに呆れつつも、クオを正しく育て、問題があった時には自分が前に出るつもりでいたから敢えて何も言わないでいた。


「そうだ、クオにお土産を勝って来たわよ」


 そう言ってデュオはクオにステッキ状の小さな杖を渡す。


 杖には様々な大きさがあり、身長ほどの大きさの杖は魔力増幅などが行えたり、チャージアイテムのように特定の魔法を組み込んで使えたりする。


 デュオの静寂な炎を宿す火竜王(フレアサイレント)はこれに当たり、魔力増幅の役割を果たしている。


 逆に30cmほどの小さなステッキ状の杖は魔力増幅の機能は無いが、意識を集中しやすくなったり詠唱速度を上げたりすることが出来る。


 中間の大きさの1m程の杖は魔力増幅と意識集中を行う事が出来る。

 尤も大杖よりも魔力増幅は出来ないし、ステッキ杖よりも意識集中は出来ない為、大杖より人気が無い杖でもある。


 ステッキ杖はお子様・初心者用として使われるため、子供にプレゼント用として渡すことが大半だ。


 クオが魔法を使えるのは既に周囲の事実でもあるし、魔法を正しく使う様に導くためにデュオはクオにステッキ杖を与えたのだ。


「わー! マー、ありがとう!」


「いい、クオ。魔法で悪さをたら駄目よ? マーと約束よ。

 クオが正しい魔法の使い方をしてもらうためにこの杖をクオにあげるの。この杖を見てマーとの約束を思い出してね。いい?」


「あい!」


 そんな様子を見ていたウィルがからかって声をかけてくる。


「おーおー、随分と母親してるじゃないか。こりゃあこのままシングルマザーになって結婚出来なそうだな」


「クオ、許可するわ。あのバカウィルを退治してもいいわよ」


「あい! マーのめいれいによりうぃるをたいじします!」


 クオは早速ステッキ杖を構え集中して呪文を唱える。

 初心者どころか中堅並みに素早く呪文を唱えたクオは雷属性魔法の雷の蛇を解き放つ。


「え゛? ちょっ!? 待っ・・・!」


「すねーくぼると!」


「ビギャッ!」


 電撃を受けたウィルはあっけなくその場に崩れ落ちた。


「ビクトリー!」


「びくとりー!」


 デュオと一緒にクオも勝利のブイサインを高らかに掲げる。

 そんな様子をクランメンバーは微笑ましそうに見ていた。


「お前ら・・・酷いよ・・・」


 痺れて地に伏せたままウィルは涙を流しながら講義するも誰も聞いちゃくれなかった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――迷いの森――


 クラン『ブルーツノヴァ』の3人は迷いの森の深部から抜け出すために走っていた。


「はぁ、はぁ! もう、ダメ!」


「バカ! 死にたくなかったら走りなさい!」


「そうよ! ベルチェが何の為に殿(しんがり)を務めたと思っているのよ!」


 1人の少女が諦めたと言わんばかりに足を止め、それを少女と女性が叱咤して走るように促す。


 クラン『ブルーツノヴァ』は王都エレミアの冒険者ギルドの直接依頼で迷いの森に来ていた。

 浅部に深部のA級魔物が現れたり、深部では見た事のない魔物が出現したりと何か異変が起こっているのではと言う事で、近々A級クランになるだろうと言われている『ブルーツノヴァ』の面々に調査をお願いしたのだ。


 クランマスターのベルチェはA級冒険者としての実力があり、今回の調査に引き連れてきたクランメンバーもB級冒険者としての実力を持っていた。

 魔物の領域に異変があることは常であるので、今回の調査も異変無しと言ったもので終わるだろうとベルチェは思っていたのだが、実際迷いの森に入るとそんなお気楽な考えでいた自分を責めたかった。


 迷いの森の深部ではどこに隠れていたかと言うほどの異常なまでの魔物が蔓延っていたのだ。


 そして大量の魔物が居る深部まで入り込み、無事に戻ってこれるかと言えば否と言わざるを得ない。

 案の定、魔物に見つかり追いかけられる羽目になった。


 この事を冒険者ギルドに確実に伝える為、ベルチェは殿(しんがり)を務め3人を逃がしたのだ。


「いい! 必ず誰か1人でもこの事を外に伝えるのよ! 他の誰かが倒れても見捨てて行くの! いいわね!」


 サブマスターのカロナは2人の少女に過酷な命令を伝える。

 おそらくだが自分はここから生きて出ることは無いだろうと思い、次は自分が魔物を食い止めなければと考えていた。


「そんな! カロナさんまで置いて行くなんて出来ないよ!」


 そんなカロナの考えを読んだ1人の少女――ピルマはそんなことは出来ないとカロナを説得しようとする。


「バカ! 行きなさい! ここに止まってベルチェの命を無駄にするの!?」


 後ろを見れば足を止めたせいか魔物が直ぐそこまで追い縋っていた。

 ピルマは血が出るほど唇を噛みしめてもう1人の少女――マトマの手を握って走り出す。


「カロナさん! 絶対生きて戻ってきてくださいよ! 絶対ですよ!」


「ちょ、ピルマちゃん、あたし、もう・・・」


「いいから走る!!」


 2人の少女を見送った後、カロナは少しでも足止めをする為に背中の刀を抜き構えた。


「さぁ来なさい。ここを通りたければあたしを倒すことね!」


 後ろから聞こえてくる怒声を振り切ってピルマとマトマは必死に走り抜けた。


 そうして迷いの森を抜けてイートス草原の南にある、セルタルト丘に構えたガルデナ砦に辿り着いたのは満身創痍のマトマ1人だけであった。








次回更新は8/24になります。

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