19.その森の変異は災いの前兆
デュオ、第三王子の依頼を受ける。
デュオ、セントラル遺跡で鬼と会う。
デュオ、魔道士協会跡地でヴァンパイアドラゴンもどきと戦う。
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白面金毛九尾の狐、玉藻の前。
遥か昔、1人の人間に恋をした9本の尾を持つ狐人の少女は、大恋愛の末に想いが通じ合い彼のものの恋人となる。
だが、物語の結末は残酷だった。
次第に気持ちのすれ違いが生じ、最後には人間じゃないと理由で裏切られた。
怒り、憎しみ、怨み、様々な負の感情が狐人の少女を九尾の大妖狐へと変えた。
九尾の狐は世界に災いをもたらし破滅へと導こうとした。
時の巫女が己を犠牲にして止めることで事なきを得たが、九尾の狐は殺生石の中の異界で復活の為力を蓄えていた。
そして100年前、26の王の1人の導きにより復活し、再び世界に災いをもたらそうとした。
だが、のちに七王神と呼ばれる英雄たちに再び倒され殺生石の中に封じ込められる。
九尾の狐は殺生石の中の異界に城を築き、再生水晶に身を包みこまれながら再び力を蓄え復活のチャンスを待つ。
異界の城の中では3人の狐人の少女が世話係として九尾の狐を包み込んだ再生水晶を甲斐甲斐しく世話をしていた。
世話と言っても、再生水晶の置かれた城の最上階の部屋を掃除したり、再生水晶に少しだけ力を与えたり、少女たちの日々の会話を聞かせたりと、他愛も無いものだった。
そして最近ではそこに3人の獣人の少女たちが加わった。
蛇人、羽鳥人、人馬の3人の原型獣人の少女だ。
おそらく偶然殺生石の中に入り込んだのだろう。
だが、3人の狐人と3人の原型獣人は仲良くなり、一緒に九尾の狐を世話をし始めた。
そのころになると、九尾の狐はかつての負の感情が薄れ始めていた。
楽しそうに話しかける6人の少女が九尾の狐の心を癒していった。
そんな心温かい気持ちも悪くないと思っていた矢先、再び負の感情が爆発する出来事が起こる。
不埒にも殺生石の中に入り込み、あろうことか九尾の狐を狙う人間の冒険者たちが現れたのだ。
羽鳥人の少女と蛇人の少女を人質に取り、1人の狐人を脅し九尾の狐の元へ無理やり案内させたのだ。
この光景を目にした九尾の狐は己の中の負の感情が再び燃え盛るのが分かった。
人間とは救いようのない愚かな生き物だと改めて認識させられたのだ。
とは言え、再生水晶内で力を蓄えている今の九尾の狐には己の力を振るう事は出来ない。
ただただ目の前の人間の卑劣な行為を見ているだけしかできない。
そこへまた新たな人間が現れる。
その人間たちは最初に来た冒険者たちに襲い掛かり、少女たちを救出したのだ。
これには九尾の狐も目を見張った。
人間同士の争いは愚かな事だが、後から来た人間は獣人の少女たちを救ったのだ。
これには九尾の狐の心が揺れる。
やがて人間同士の争いは激化し、1人の人間が再生水晶に衝突したところで九尾の狐の意識は途絶えた。
そして気が付けば九尾の狐は幼女の姿で見知らぬ森に佇んでいた。
全ての記憶を失って―――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「デュオさん、『月下』にも専属の鍛冶師とかいたりするんですか?」
クラン『月下』の新人のD級冒険者のザックは己の剣の手入れをしながら聞いてくる。
異世界人であるザックには有名クランと鍛冶師との密接な繋がりは当たり前認識なのだ。
なので、兼ねてから疑問であった鍛冶師について尋ねてみたのだ。
「専属って訳ではないけど、昔からの馴染の鍛冶師はいるわね。
あたしは魔導師だからあまり世話になったことはないけど、美刃さんが良く彼を利用しているわね」
「おお、やっぱり! くぅうう! これぞ異世界の醍醐味じゃねぇか!
デュオさん、俺にもその鍛冶師を紹介してもらえませんか?」
2人のやり取りを隣で聞いていた古株の1人であるピノは呆れたようにザックを見ていた。
「ザック、あんた新人のくせに何を生意気な事言っているのよ。そう言うセリフはせめてC級になってから言いな」
「あ、う、そうですよね。すいません、調子に乗りすぎました」
ピノに窘められザックは意気消沈した。
「もう、ピノ、そんなきつい事言わなくてもいいじゃない。
確かに己の身の丈に合わない武器を持って気が大きくなる人もいるけど、少なくともうちのクランにはそんな人はいないわよ。
ただでさえザックは異世界と行き来して後れを取っているんだから多少の武器くらいは大目に見てもいいと思うわよ」
「デュオ、甘い。その甘さが彼らの成長の妨げになっていると何故気づかない」
「あら、餌を目の前にぶら下げてやる気を出させる方法もありだと思うけど?」
「あの・・・本人目の前にして餌とか言わないで欲しいなぁ・・・」
思いもよらぬデュオとピノの2人の衝突でこぼれたデュオの本音にザックは思わず苦笑いをするしかなかった。
ピノは所謂クランNo3の実力者であり、クラン経営の大半を担っているので大抵の者は彼女には逆らえなかったりする。
クランマスターである美刃は異世界人と言う事であまり天と地を支える世界にはいないので、サブマスターであるデュオがその代わりをすることが多い。
デュオもクラン経営をすることはするのだが、細かいところはピノに任せているのだ。
その所為か、ピノはクランメンバーに対し厳しい意見を言う事が多々ある。
もっともデュオも普段はメンバーに対し甘いところもあるが、新人研修のように変なところで突拍子もない事をしたりするのでクランメンバーに恐れられていたりもする。
「ふむ、デュオの言う通りやる気を出させるのもありか。まぁいい。武器一つで劇的に強くなれるほど甘いものでもないからな」
「ピノの許可も貰ったところで、もし良かったらこれからその鍛冶師の所に行ってみる?」
「何か急に夢を壊された気がしないでもないですけど、行きます!」
「あ! じゃあ俺も行きたい!」
さわらぬ神に祟りなし、と言う事で離れたところでやり取りを見ていたC級冒険者のガイゼリウスが手を上げる。
ガイゼリウスは純粋なパワーファイターの重戦士で、得物はグレートソードなため武器防具の損傷が激しいのだ。
ガイゼリウスもそろそろ武器の買い替えを検討していたので、有名な鍛冶師を紹介とあらばこのチャンスを逃す手はないと考えていた。
「ガイゼリウス・・・お前もか。お前は武器を力任せに振るうんだから汎用品で充分だろ」
「ひでぇ。俺だって一級品の武器が欲しいよ。そうすれば防具の方も損傷が減ってくるんだし」
「まぁまぁ、紹介するだけならタダなんだからいいじゃない。もっとも紹介しても武器を作ってもらえるかはガイ達次第だけど」
「Oh・・・さらっと毒を吐くよ、この人」
「あー、デュオさんらしいと言えばらしいんだけど」
そんなやり取りがあった末、デュオはザックとガイゼリウスの2人を連れていきつけの鍛冶師の所へ案内する。
「その鍛冶師はザックと同じ異世界人でね。あっちの世界の都合もあるからあまり数打ちが出来ないのよ。
だからさっき言った通り、気に入った人しか武器を作ってもらえないのよね」
「美刃さんの馴染の鍛冶師って風月って人ですよね。確か王都で一流の鍛冶師だって噂の。
そっかー、だから気に入った人しか作らないって話だったんだ」
「マジですか!? うわー、異世界人なのに王都一ってどんだけ。パネェっす」
デュオは案内の途中でその鍛冶師の素性の説明をしていた。
ガイゼリウスは聞いたことある噂の理由が思いがけない事実だったことを知る。
そしてザックは同じ異世界人として風月が鍛冶師として名を上げていることに驚愕していた。
「着いたわよ。ここね。風流月雅、いつ見ても変わった名前ね」
デュオが案内したのは王都北区にある商業施設が集まる中で、主に鍛冶屋などが集う通称鋼通りだ。
「風月さん、居る?」
風流月雅の中に入ると、カウンターに1人の強面もスキンヘッドの男と、お客らしき赤い装備に身を包んだ女性が居た。
風月は異世界人の為、店に居ないこともあるのでもう1人天地人の従業員を雇っているのだが、今日はカウンターに立つくらいの余裕があったみたいだ。
「おう、デュオの嬢ちゃんか。ちょっと待ってな」
スキンヘッドの男――風月はデュオを待たせ、先にお客の女性の方を対応する。
「ほらよ。ったく、ジャスティも武器の扱いには慣れているんだろうよ。いい加減手入れ位自分でやれよな」
「だって、あの時は手入れなんて必要なかったんだよ。武器の手入れなんてやったことないよ」
「そりゃあ、あの時とは違うだろうけど、この世界に来たからには自分で出来るようになっとけ」
「いいじゃん、この方が風月も儲かるんだし」
「儲かる儲からないの話じゃないんだがな。まぁいい。用が済んだらとっとと出ていきな。次の客が控えてるんだ」
「もう、連れないんだから。まぁ良いわ。又来るからその時は宜しくね~」
そう言いながら女性は渡された剣を持って店から出て行った。
「随分親しそうに話すわね。もしかして異世界の知り合い?」
出て行った女性はプラチナブロンドに白のシャツの上から金の縁取りをした赤い革の胸当てをし、赤いスカートをはいていたのだ。
デュオは自分と同じように赤い装備に身を包んだ女性が少し気になり風月に尋ねてみた。
「まぁそんなところだ。
で、今日は何だ? もしかしてその坊主たちの武器の注文か?」
デュオの質問はあっさり流され、逆に後ろに控えたザック達の方に注視されてしまう。
多少気になった程度だったので、デュオは流されたことは気にせず本来の目的である2人を風月に紹介する。
「ふん、新人どもの武器の作製ねぇ・・・
おい、坊主ども。冒険者ランクはどのくらいだ?」
「あ、俺はD級です」
「俺はC級だね。もう少し頑張ればB級に上がれそうだけど」
それを聞いた風月はザックを一瞥し、ガイゼリウスの装備に注目した。
「話にならん。せめてC級になってから来い。
で、重装備のお前、ちょっと武器を見せみな」
ガイゼリウスは言われるままに背中に背負ったグレートソードを渡す。
風月はグレートソードを鞘から抜き、武器の状態を確認する。
「ふん、思った通り武器の扱いがなってないな。力任せに振るっているだけだろう。
悪いが武器の扱いがなってない奴にも作る気はなれん。他を当りな」
「あらら、残念だったわね」
「まぁ現実はこんなもんですよね。顔つなぎ出来ただけでもマシですよ」
「ちぇ~、まぁいいや。もう暫くは汎用品で我慢するか」
無下に断られたことにデュオは慰めるものの、2人は左程気にした様子ではなかった。
「ところで美刃の奴、ここんところ顔を出さないな」
「何か異世界の方が忙しいみたいよ」
「忙しいねぇ・・・あいつまた変な事に首を突っ込んでいるんじゃないだろうな」
「変な事って?」
流石に異世界の事情に詳しくはないデュオは、風月の言葉に向こうの世界で美刃が何かトラブルに巻き込まれているのではないかと心配になった。
「ああ、いやなんでも無い。ちょっと昔ある事件に関わったことがあってな。もしかしてそれが尾を引いているんじゃないかと思っただけだ。
事件そのものは解決しているから何の心配もないさ」
「そう、ならいいんだけど」
「ある事件って俺も知ってる事件かな?」
横で聞いていたザックがこれまで異世界で起こった事件を思い浮かべるも、近年事件が有り過ぎてどれの事だか絞り切れずに思わず聞いてきた。
「なんだ、坊主お前も異世界人なのか」
「そうっす。あ、同じ異世界人のよしみで武器を作ってもらえないかな」
「それとこれとは話が別だよ。さっさとC級になりな。そうしたら考えてやる」
「ありゃ、やっぱ駄目か。
で、その事件って俺も知っている奴ですか?」
「有名っちゃ有名だがかなり昔の事件だ。聞くのなら美刃の口から直接聞きな」
「いや、無理っす。美刃さんって美人なのに口数少ない上無表情だから話しかけ辛いんですよ。もう少し表情を作ってほしいんですけどね。そうしたら話しかけやすいんだけど」
「あー、それは分かるよ。美人なのに勿体ないって思うんだよねぇ~ もう少しにこやかにして欲しいって気持ちはあるね」
カイゼリウスもうんうんと頷いていた。
それを聞いていた風月は呆れて2人を見ている。
「お前ら・・・自分の所のクランマスターだろ。少しは敬う気持ちを持てよな」
「ふぅん・・・そう、2人は美刃さんをそんな風に思っていたんだ。これは少しお仕置きが必要かな?」
「え゛? ちょっと待ってくださいよ。敬ってますよ!? S級冒険者だから敬うに決まってるじゃないですか」
「え? もしかして俺達なんかやっちゃった? あれ? 美刃さんに笑ってほしいって言っただけなのに」
背後にオーラを漂わせたデュオに気圧されてザックとカイゼリウスはこの後お仕置きと称してサブマスターの特別訓練を受ける羽目になった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオは最近は何かと王宮からの直接指名が多かったため、冒険者ギルドを倦厭しがちだったが久々に訪れた。
因みに王宮からの直接指名は第三王子の話し相手が主だったりする。
この前みたいに外への遺跡探索などは例外中の例外だ。
「トリスさん、久しぶり」
「あら、デュオちゃんいいところに来てくれたわね」
デュオの顔を見るなり受付のトリス嬢は丁度良かったとばかりに微笑みかける。
トリスの笑顔を見て嫌な予感を覚えつつも何事かと尋ねた。
「また王宮からの直接指名ですか? もう勘弁して欲しいんですけど」
「あはは、流石のデュオちゃんも王族相手じゃ上手くいかないみたいね。
大丈夫よ、今回は王宮が相手じゃないから。冒険者ギルドからの直接指名よ」
冒険者ギルドからの直接指名と言う事でデュオは何か事件が起きているのかと気を引き締める。
冒険者ギルドが直接指名を出すと言う事は、それなりのトラブルがあったことを意味する。
冒険者同士のいざこざ然り、新たに出現した迷宮の探索然り、強力な魔物の発生然り。
冒険者同士のいざこざにはA級冒険者などが調停に駆り出されることもしばしばある。
場合によっては盗賊ギルドに協力を依頼することもあったりするが、それは極まれの話だ。
新たに出現した迷宮は、内部の調査の為に迷宮になれた冒険者に依頼することがある。
この場合案内人ギルドと協力して迷宮案内人と共に迷宮の構造・魔物の種類などを調査する。
強力な魔物の発生は生半可な冒険者じゃ太刀打ちできないため、実力ある冒険者に直接指名をして討伐を依頼するのだ。
「それで、依頼内容は?」
「ザウスの森の調査ね。
最近深部は愚か中部や浅部でも見たことない魔物が現れたって報告があるのよ。
それでついさっきヒュドラを見たって報告も上がってきているわ」
「それはまた・・・明らかにおかしいですね」
ザウスの森は王都エレミアの南に広がる森で、そこに住む魔物は比較的ランクの低いのでE級からC級までの冒険者の狩場として重宝している。
勿論、森の奥に行けば行くほどランクが高くなるので大抵の冒険者は浅部から中部付近で狩りをしていることになる。
そして深部とは言えど、今までヒュドラが出たと言う事例はないのだ。
「それでデュオちゃんに調査を依頼したいのよ。
勿論デュオちゃんの他にも2名A級冒険者に指名依頼を出すわよ」
デュオとしてもクラン『月下』の若手メンバーがザウスの森で狩りや依頼を受ける事があるので、これは是非ともクランメンバーの安全の為受けておきたい依頼でもあった。
「分かりました。あたしで良ければその依頼受けますよ」
「ありがとう。明日の朝にギルドに来てもらえるかしら。これが調査の為の支度金よ」
デュオはトリスから支度金を貰い、錬金術ギルドのエルフォードを訪ねて調査のための消耗品などを用意したりした。
次の日の朝、デュオは冒険者ギルドに来るとそこには既に2人の冒険者が揃っていた。
『月下』と同じA級クランの『クリスタルハート』と『梁山泊』の2人だ。
『クリスタルハート』の方はティティと言い、小柄な女性で傍には大型の狼が控えている。
彼女はデュオと同じく『クリスタルハート』のサブマスターで、従魔師だ。
従魔師は調教した魔物を育てることが出来、育て方次第では魔物の進化を遂げることがある。
傍に控えている狼も元はザウスの森に生息するウェアウルフだったのだが、今では上位魔物のバトルウルフを経て最上位魔物のフェンリルナイトとなっている。
『梁山泊』の方はゴウエンと言い、エレガント王国では数の少ない魔導戦士だ。
背中にはバスターソードを背負い、腰には短杖を刺している。
彼の戦闘スタイルは片手でバスターソードを振り回しながら、短杖で防御を行いながら魔法を行使するスタイルだ。
強者が大勢集う『梁山泊』の中では第5席と言う幹部の地位にいる人物だ。
「あら、ティティとゴウエンも調査依頼を受けたのね」
「あ、デュオさんお久ー♪」
「おう、ギルド直接の依頼とあっちゃあ受けないわけにもいかんだろ」
3人が揃ったところを見計らってトリスが今回の調査の説明をする。
「依頼の内容は昨日話しした通り、ザウスの森の従来存在しない魔物の調査よ。
どの魔物がどの辺にいるかなどを調査願いするわ。
後は何故従来存在しない魔物が現れたか原因を解明出来れば助かるわね」
「存在しない魔物ねぇ。そいつらを見つけたら倒してもいいのか? つーか俺達が倒した方が早い気がするんだが」
「その辺は皆さんの判断にお任せするわ。
脅威となるようだったら倒しても構わないし、危険と判断したのなら後で合同で討伐チームを組んで殲滅をするから」
今回の依頼は調査を行うと同時に脅威になる魔物の討伐も兼ねているのだ。
その為A級クランの実力者を集めている。
3人と言う少人数で調査を行うのは動きやすさを優先させたためだ。
「後は調査のついでで構わないから、森の中に取り残されている冒険者の保護をお願いするわ」
「森の封鎖をしていないんですか?」
デュオはトリスの森の中にまだ冒険者が取り残されているのを聞いて驚いた。
通常であれば昨日の段階でザウスの森への出入りは禁止されているはずだ。
「ヒュドラが発見されたのは昨日だからね。昨日の今日で直ぐに全員の冒険者が森から出てきてるわけじゃないのよ。
依頼も止めてあるし、出入りも禁止しているけどその前から森に入っている冒険者が居るからね。
殆んどは戻って来たけど、まだ1組の冒険者が森の中に残っているのよ」
「ふむふむ。そこでウルちゃんの出番って訳ですね」
そう言いながらティティは傍で控えるフェンリルナイトの頭を撫でる。
今回の森の調査もさることながら、このような人探しには動物系の魔物の嗅覚は大変役に立つため従魔師のティティが調査に組み込まれたのだ。
「魔物に殺されてなきゃいいけどな」
「ちょっとゴウエン、余り縁起でもない事言わないでよ。そう言うの異世界ではフラグ?って言うらしいよ。
そんな事言った人が真っ先に犠牲になるとかなんとか」
「デュオ・・・お前かなり異世界かぶれになっちまったな。それもS級の影響か?」
「美刃さんは関係ないわよ。うちは元々異世界人も多いのよ」
『月下』のように天地人と異世界人の混合クランは珍しい部類に入る。
大抵は天地人だけのクランや、異世界人だけのクランが殆んどだ。
理由としては異文化の黄龍摩擦はもとより、お互いの時間のズレがクラン運営に影響をもたらしているからだ。
「調査の期間は3日ほどでお願いするわ。それ以上日数を掛ける訳にもいかないし、それでわからなければ王国騎士団と合同で魔物の殲滅を優先するから」
「へっ、3日も要らないぜ。今日中に原因を突き止めてやるよ」
「あたしとしてはまずは人命救助を優先したいね~。ウルちゃんの鼻なら直ぐに見つかるかな?」
「3日ね、妥当なところだわ。問題は何が原因なのか見極めるのが難しいところね・・・」
3日と言う限られた範囲で原因を突き止めなければならないが、ゴウエンは魔導戦士の割には脳筋よりだし、ティティは従魔師の影響か人の命を優先しがちの為、調査は一概にも簡単とは言えなかった。
デュオの言う通り原因そのものがはっきりと分かるものが見つかるのも怪しいとも言える。
「ところで・・・この調査隊のリーダーってあたしでいいよね?
ウルちゃんの鼻で調査するんだからあたしが先頭に立った方がスムーズに行くんだし」
何気ないティティの一言が場を凍らせる。
「何を言っているのかな? ティティは。リーダーはあたしに決まってるじゃない。
同じA級クランとは言え、S級の美刃さんが居るクランだし、サブマスとは言えあたしはほぼクラマスと同じことをやっているのよ。
ここは誰がどう見てもあたしがリーダーでしょ」
「おいおい、何ふざけた事言ってるんだよ。
ここは魔導師でもあり戦士でもある俺様が調査隊のリーダーだろ」「
どうやら3人が3人ともリーダーの場を譲るつもりはないようだ。
ゴウエンはクラン内で第5席とは言え、いつかはトップの座に納まろうと上を目指す出世欲の強い男だ。例え調査の為の一時パーティーとは言え、先頭に立ちたい気持ちが強く出ている。
ティティも見た目は物腰が柔らかそうに見えるが、従魔師はその性質上、群れのトップに立とうとする気質が大きいのだ。
デュオもこの2人のどちらかに任せてしまえばまともな調査なるのか怪しいので、自らリーダーの座を買って出たのだ。まぁ人より上に立ちたいと言う気持ちが無いと言えば嘘になるが。
お互いが譲り合う事を知らない頑固者の為、調査隊出発は思いのほか時間が経ってからになる。
結局リーダーの選抜は冒険者ギルドからの依頼と言う事でトリスが決定権を持ち、デュオに任せることとなった。
次回更新は6/24になります。




