18.その封印の向こうにあるのは魔道技術大全
デュオたち一行は、隠された宝物庫から本来の宝物庫を抜け地上へと出る。
と、そこでデュオは本来の宝物庫に配置されていた近衛影士たちの事を思い出した。
近衛影士は先行して出来る限り魔物を倒す役目を負っていたのだが、流石に隠された宝物庫へ先行することは出来ない。
そこでデュオたちが隠し扉を発見しそのまま隠し宝物庫へ降りて行った後に、一行が戻ってくるまで扉の守護を近衛影士にお願いしていたのだ。
だが守られていたはずの扉から紫電は地下への隠し宝物庫へ降りてきた。
ならば守っていたはずの近衛影士はどうしたのだろうか。
本来の宝物庫には近衛影士の姿は無かった。敢えて紫電を素通りさせたのだろうか。
鬼の姿で現れた紫電を見れば素通りさせたくなる気持ちは分かるのだが、それでは王族を護衛する近衛影士としては駄目だろう。
そもそも紫電は隠された扉をどうやって見つけ開けるつもりだったのか。
この肉体派の男を見れば盗賊の様な器用な真似は出来そうに見えない。
そう思ったデュオは紫電に聞いてみた。
「ん? ここに居たはずの奴らか?
それなら秘密の宝部屋へ降りる扉の前で邪魔されたから殴って気絶させておいた。
ああ、勿論死なない様に手加減はしたぞ。
あの部屋に居なかったのは状況を探るべく、秘密の宝部屋へ降りてきたからだろう。
あの守護者との戦いの後、こっそり部屋の中に入ってカイン王子を守っていたぜ」
何時の間にか隠し宝物庫へ居たと言う事実に流石のデュオもそこまでは気が付かなかった。
「この前も失態を演じたばかりだから近衛影士の処遇もちょっと心配ね」
「あ~、この前はどうだか知らないが、今日は相手が悪かったとしか言いようがないな。
流石にこの俺が相手だと敵う奴なんかほんの一握りじゃねぇか?」
「・・・自分でそんな事言っちゃうんだ」
「だけどあの戦いを見ればあながち法螺とも言い切れないんだよなぁ」
デュオは自画自賛している紫電に呆れながらも、ウィルの言う通り相手が紫電なら仕方ないのかと納得する。
そのあたりの事をスモルタにでも話して近衛影士の今回の処遇の軽減をしてもらう事にした。
前回は通りすがりの謎の黒髪巫女・フェルがお咎めが無いように取り払ってくれたが、2度も続けてだとどこまで軽減できるのか微妙なところだ。
「で、どうやって扉を開けるつもりだったの? あの隠された扉はうちのティシリアとカイン王子の協力があって初めて開けれるよな代物よ」
「そりゃあ・・・全部の壁をぶっ壊して見つけるつもりだったぞ。
噂じゃあの宝部屋のどこかに隠し扉があるって事になってるから、全部の壁をしらみつぶしにぶっ壊せば見つかるだろ?」
紫電のその答えにデュオは呆れた。幾らなんでも酷過ぎる回答だ。
本来であれば壁を壊すことは容易ではない。
だがヒヒイロカネで覆われた隠し宝物庫の壁を素手でぶち破るような男だ。ある意味合理的とも言えよう。
但しやり方はスマートじゃない、脳筋思考だ。
「何か紫電さんを見てれば難しく考えるのは馬鹿らしくなるわね」
「ははは、人間ストレート思考が一番だぜ」
このような軽口を叩いてはいるが、実は紫電はちゃんと隠し扉の位置や開け方を知っていた。幾らなんでも全てを力で解決できるとは思ってはいない。
だが敢えて紫電はそのことを語らない。
わざわざ秘密だったとはいえ、隠し宝物庫の情報をさらけ出す必要は無いからだ。
それに知的な自分を見せるより、脳筋的な自分を見せて相手を油断させる狙いもある。
もっとも扉の開け方を知っていても、手っ取り早いと言う事で結局殴って開けていただろうが。
「なぁ、紫電の旦那。そう言えば聞き忘れていたんだが、何の目的でヴァンパイアドラゴンを退治するんだ?
まさか正義のためだとか言わねぇよな」
ハルトの言葉に紫電は少し考えてその理由を話す。
これから危険度S級とも言える魔物を相手にするのだ。情報も手伝いの報酬の一部として扱ってもいいだろうと。
「件のヴァンパイアドラゴンは魔術師協会跡地の地下施設に封印されているんだ。
その封印の先には資料庫があってな。俺はその資料庫の研究書に用があるんだ」
「ちょっと待って。魔術師協会の資料庫って・・・世界中の魔法や研究を纏めたと言われている魔導技術大全があると言われているあの資料庫?」
セントラル遺跡の噂の1つに、魔術師協会の跡地に古代の秘術が隠されていると言うのがある。
それは世界の中心であった魔術師協会には魔導の英知を結集した資料庫が存在し、そこには古代の秘術を修めた書があると言われているのだ。
その書の名前が魔導技術大全だ。
魔導技術大全は全部で5つあると言われ、その内の1つがプレミアム共和国に存在する。
100年前の大災害の時の騒動でその内の1つが流出したと言われている。
そして残りの4つが未だどこかに隠されているとされ、その場所が魔術師協会の資料庫と言われていた。
「お、流石に魔導師であるデュオは資料庫の事は知っているか。
まぁ俺の目的の研究書は魔導技術大全じゃないけどな」
デュオはヴァンパイアドラゴン退治にはあまり乗り気ではなかったが、目的地が資料庫ともなれば俄然やる気が違ってくる。
デュオは目を爛々と輝かせ、早く早くと魔術師協会跡地へ行こうとした。
そんな余りにも分かりやすい変化に紫電は呆れながらも言う。
「あ~、悪いが資料庫へは入れられないぜ? あそこにはマジで世界の秘密が詰まっているからおいそれと見せる訳にもいかないんでな。
それに魔導技術大全もあれは人が手にしていいものじゃないぜ。
エレガント共和国もそれが分かっているから厳重に封印しているし」
「そんなっ!? 何の為にヴァンパイアドラゴン退治をすると思っているのよ!?
魔導技術大全の為でしょう!!」
「いやいやいや、俺の為だろうよ」
「つーか、世界の秘密ってマジなのか? そんな事言われたら尚更見てみたいじゃないか」
「マジマジ、大マジ。やめておけ。世の中は知らない方がいい事があるんだよ。知ったら後悔するようなことばかりが書かれているぞ」
「寧ろ世界の秘密よりも資料庫にあるもが何なのかを知っている紫電の旦那の方がおっかねぇよ」
「おっと、それも秘密にしておいてくれ。好奇心猫を殺すってな。余計な事は忘れておいた方が長生きできるぜ」
目的を履き違え始めたデュオ、思いがけず世界の秘密を覗いてみたくなってしまったウィル、改めて紫電の怖さを感じたハルト。
3人はそれぞれの思いを抱えながら紫電に連れられ魔術師協会跡地へと到着した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオたちは朽ち果てた魔術師協会の建物の中を魔法の明かりを灯して歩いて行く。
建物の中は100年の間に粗方漁り尽くされており、各部屋にあるのは放置された机や椅子、実験器具のなれ果てだけだった。
地上1階から地下1階へ降り、ヴァンパイアドラゴンを封印された部屋へ進む途中、先頭に立っていた紫電は何かの気配を感じとり立ち止まる。
「ん? これは・・・」
紫電は周囲を観察し、何かに気が付いたかのように突如しゃがみこんで足下を調べ出した。
それはデュオたちにも分かる何者かが入り込んだ足跡だった。
未だにセントラル遺跡での一攫千金を夢見て探索に来る冒険者は多数いるが、この足跡はつい最近入り込んだものに見える。
だが明らかに人じゃない足跡も残っていた。
「何の足跡・・・? これ?」
「どう見ても魔物の足跡だな。それも向こうの部屋から出てきたように見えるぜ」
デュオとウィルもしゃがみこんで足跡の様子を探る。
盗賊ではないが2人は幾つもの冒険を重ね、簡単な足跡を調べることは出来た。
「確かこの先の部屋にあったのは・・・実験魔法生物が隠された実験室があったはず」
「へ? まだそんなのが隠されていたんですか?」
今回のセントラル城の隠し宝物庫は別格として、数多くの冒険者がセントラル遺跡に臨んできたにも拘らず未だに手つかずの部屋があるのにデュオは驚いていた。
「ああ、あの実験室はちと凶悪な魔法生物が4匹も放置されていたので下手に手を出さずに部屋の扉は俺が隠しておいたんだがな」
「そんな魔法生物が居たら俺やデュオが気配探知や魔力探知で分かるんだが?
いや、俺達じゃなくても他の誰かがとっくに見つけているはず」
「実験途中だったのか、まだ起動していないから気配も魔力も感じないんだろうな。
悪りぃ、ヴァンパイアドラゴンより先にちょっとこの先の実験室の様子を見て行く」
紫電の言葉に従いデュオたちは魔法生物が居ると言う実験室を目指す。
流石にこの先の実験室に近づくにつれてデュオの魔力探知に3つの魔力の塊が探知された。
一行は警戒しながらその実験室へと近づく。
その実験室への扉は内側から破られたかのように散乱していた。
しかも扉だけじゃなくその周辺の壁も破壊されていた。
これが件の魔法生物の所為だとすれば、その大きさは優に4mは超えていることになる。
恐る恐る実験室の中を覗くと、4m程の大きさの丸い肉の塊が4つ鎮座している。
肉塊に黒と黄色の縞模様の蜘蛛の足が8本付いていて、上部には十数本の触手、肉塊の中央には縦に裂けた目玉と横に広がる大きな口が付いた、見るからに気色の悪いモンスターだった。
実験室の中には巨大な円柱のガラスケースが4つ並んでおり、1つは前面のガラス扉が開いていて、残りの3つは割れていた。
恐らくここに入り込んだ冒険者が1つのガラスケースから収めていた魔法生物を解放してしまい、その騒ぎで他のガラスケースが割れて残りの3匹が目を覚ましたのだろう。
「ち、やっぱり1匹は外に逃げたか。しゃーねぇ、後で探して駆除しておかないと。
その前にこの3匹を片づけておくか。出来れば手を出したくはなかったんだがな」
紫電はそう言って実験室に足を踏み入れる。
それに伴い眠っていたかのような魔法生物は目を覚まし紫電に襲い掛かってきた。
魔法生物は紫電目がけて無数の触手を向けて来るが、そうはさせまいとウィルとハルトが触手を切って落とす。
だが触手は直ぐに再生する。
次々襲い掛かる触手を切り払いながら2人は後衛のデュオの魔法を待つ。
「フリーズバインド!」
放たれた氷属性魔法により、氷の蔦が3匹の魔法生物を絡め取る。
「アイスコフィン!」
そして氷の蔦を起点に氷属性魔法が1匹の魔法生物を氷の棺に閉じ込めそのまま砕け散った。
そして残りの2匹が氷の蔦に絡められている間、紫電が一気に近づき目玉に向かって拳を突き出す。
「爆裂寸勁!」
魔法生物は目玉をくり抜かれ、拳戦技による爆撃に内部から破壊された。
残りの1匹は目の前の敵が一筋縄に行かないことに気が付き、慌てて撤退しようと触手を振り回しデュオたちが入って来た入り口に向かって正面突破を試みた。
ウィルとハルトは落ち着いて触手に対応し向かって来る魔法生物を叩き伏せようとしたが、突如蜘蛛の足を使い天井すれすれまで跳躍して2人を飛び越えた。
その先に居るのはデュオただ1人。
あわや魔法生物の巨体に押しつぶされようかと思った矢先、デュオの目の前、魔法生物の落下地点手前から石の壁により押し上げられた。
「ストーンウォール!」
天井と石の壁に挟まれた魔法生物は身動きが取れなくなり、そのままウィルとハルトの剣技の前にあっけなく倒されてしまった。
「危険な魔法生物だって言うから警戒したけど大したことなかったな」
「それはお前たちが強いからそう感じるんだよ。
こいつらはランクで言えばB級上位の魔物だ。他の冒険者にしてみれば厄介な魔物になるからな」
ウィルの大したことなかったと言う言葉に紫電がその理由を説明した。
「ふーん。ま、ヴァンパイアドラゴンの前哨戦だと思えばいい準備運動になったな」
「流石にA級冒険者は動きが違うな。この調子でヴァンパイアドランも頼むぜ」
その間にデュオは倒された魔法生物や床に掛かれた魔法陣を少し調べていた。
魔法生物は確かにデュオたちにとってみれば確かにそれほどの強さじゃなかったが、その体内に感じられる魔力はかなりの量があった。
そして床に掛かれた魔法陣は周囲から少しずつ魔力を集める今では希少な魔法陣だ。
この2つから考えるに、魔法陣で魔力を集め魔法生物に魔力を蓄えておいたのではないかと。
「あまり余計な事を考えない方がいいぜ。頭が禿げるぞ」
そのデュオの思考を遮るかのように、紫電が魔法陣を足で消し暗に首を突っ込むなと警告してきた。
この程度の魔法生物なら紫電1人でも片づけられたのに放って置いたことや、この魔力を集める魔法陣の事など他にもいろいろ聞きたいことがあったが、デュオは敢えて黙り込んだ。
紫電の有無を言わさぬ迫力に押されてしまったからだ。
「さて、さっさとヴァンパイアドラゴンも片づけるぞ」
デュオは黙って紫電に付いて行く。
ウィルはデュオの様子がちょっと違うのが気になったが、この後のヴァンパイアドラゴンとの戦いの為今は何も聞かない。
ハルトも紫電を少し警戒しながら最後尾を歩く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
魔術師協会のある一室。そこには大きな観音開き扉が設置されていた。
但しその左右開きの扉には封印の魔法陣が施されている。
「やっぱりここにヴァンパイアドラゴンが封印されているのね」
魔術師協会の跡地に古代の秘術が隠されているという噂の元はこれが原因だ。
どんな解除方法でもこの封印を解くことは出来ず、これほど強力な封印がされていると言う事は余程の秘術が封印されているのではと言われていた。
尚且つ表に出ている資料庫とは別に、魔術師協会の英知が結集された資料庫の存在がこの噂に拍車を掛けている。
「まぁ、確かに噂は間違いじゃないよ。
但し資料庫と一緒に100年前の技術で複製されたヴァンパイアドラゴンも一緒だけどな」
「つーか、100年前の魔術師協会の奴らって何を考えてたんだか。
隠し宝物庫の鬼のゴーレムと言い、ヴァンパイアドラゴンと言い、あの肉塊の魔法生物と言い、碌なものを作ってないじゃないか」
「宝物庫のは当時の国王からの依頼で守護者が必要だったし、ヴァンパイアドラゴンも100年前の大災害に対抗するために作られたって言われているぜ。
もっともそれに間に合わなかったから封印と言う手段をとったんだけどな」
デュオはウィルの疑問に答える紫電に思わず目を向ける。
100年間の大災害の影響で資料はほとんど残されていないのだ。
それを紫電は何故知っているのか。もしかしたらセントラル遺跡以外から大災害時の情報を手に入れたのではないだろうか。
だからセントラル遺跡の隠された秘密を色々知っているのか。
そう思うと、畏怖の対象と見ていた紫電が興味の対象に見えてきた。
もっともその知識が目当てだったが。
「よし、開けるぜ」
紫電は懐から何やら複雑な文様が付いた鍵を取り出す。
100年間、云とも寸とも言わなかった扉が、紫電が差した鍵であっさりと開いた。
魔法の明かりの数を増やし、扉から続く道を歩いて行く。
しばらく歩くと城が2・3個入りそうなほど広大なドームにたどり着いた。
もっとも最初に用意した明かりだけではとても足りなかったので、幾つもの魔法の明かりをドーム全体に撃ち出し広さを確認することになったが。
「何だこの広さ・・・」
「でけぇじゃねぇか」
「待って、あそこの中心に居るのが・・・」
デュオが指差す先には鎖と立体魔法陣で封じられた15m程の大きさの黒いドラゴンが佇んでいた。
今にも動きそうな感じで脈動しているのがここからでも分かった。
「紫電の旦那、あれはちゃんと封印されているんだよな?」
「ああ、この鍵で封印を解く事になる。3人とも戦闘の準備をしてくれ」
扉の封印を解除した鍵がそのままヴァンパイアドラゴンの封印を解く鍵になるらしい。
紫電は鍵と一緒に隠された宝物庫から持ってきた疑似光の宝玉を取出し空に放り投げる。
すると光の宝玉はドーム天井スレスレまで浮かび上がり、そのまま太陽と思われるほどの光がドーム内に降り注ぐ。
「あの、これって別にライトの魔法いらなかったんじゃ・・・」
「・・・確かに。すまんすまん。うっかりしてたな」
紫電はデュオに謝りながらヴァンパイアドラゴンの前に進む。
ヴァンパイアドラゴンの前には小さな台座が有り、そこに鍵を差し込む鍵穴があった。
ここに鍵を指して封印を解けと言う事なのだろう。
紫電は準備を終えた3人を見て確認し、紫電も鬼の姿に変身てから封印の鉤を台座のカギ穴に差し込む。
その途端台座が地面に収まって行き、全部が収まるころにはヴァンパイアドラゴンを絡めていた鎖は外れ、立体魔法陣が消失する。
『グルアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ――――!!!』
ヴァンパイアドラゴンの咆哮がドーム全体に響き渡る。
そこへ先制攻撃としてデュオの魔法が炸裂した。
「ゲヘナストーン・ペンタグラム!
サンダーストーム・ゲヘナプリズン!!」
ヴァンパイアドラゴンを中心に六角形の石柱が六芒星の形で取り囲む。
そして石柱から雷が迸りヴァンパイアドラゴンの体を奔り抜ける。
『ガアアアアアアアアアア!!』
火竜3匹をも一撃で葬ったデュオの雷も、ヴァンパイアドラゴンには体の表面を焦がすだけにとどまった。
「流石に一筋縄じゃいかないわね」
だがまるっきり効果が無いわけでは無い。
本来であればヴァンパイアドラゴンの特性の1つ、吸血鬼の力の再生能力で回復するのだが、天井から降り注ぐ光の宝玉の力により吸血鬼の力の再生能力が封じられているのだ。
後はひたすら体力を削って倒せばいいだけだ。
「ッラァッ!
バスターブレイカー!」
ウィルは出し惜しみ無しで剣戦技の最高戦技を雷で身悶えしているヴァンパイアドラゴンの右足に撃ち込む。
覚えたての頃はこの戦技だけで力を使い果たしていたが、今は何度か使えるほど力を付けている。
そして反対の左足にハルトが刀戦技の最高戦技を放つ。
「天牙一閃!!」
戦士2人の攻撃で前足を動きを止めた隙に紫電が空高く飛び上がり、ヴァンパイアドラゴンの顔目がけてその拳を叩き込む。
「会心拳!」
紫電の拳戦技を受けてヴァンパイアドラゴンの顔がはじけ飛ぶが、ヴァンパイアドラゴンも負けじと反撃をしてくる。
顔を殴られた勢いを利用してそのまま体を後ろ足を軸に回転し、その長い尻尾でウィル、ハルト、着地しようとしている紫電に薙ぎ払いを掛けた。
ウィルとハルトは己の武器を盾に致命傷を避けたが、2人とも思いっきり弾き飛ばされた。
紫電も着地を狙われた攻撃により防御もままならないまま飛ばされる。
そのまま追撃の為、大きく息を吸い込み火炎ブレスの動作を見せる。
デュオはその膨らんだ喉を目がけて援護の魔法を放つ。
「ゲヘナストーン・バーニングハート!」
炎を纏い熱を帯びた巨大な六角形の石柱がヴァンパイアドラゴンに直撃した。
放たれようとした火炎はヴァンパイアドラゴンの口の中で暴発する。
『グアァアッ!?』
その間にウィルとハルトは体勢を立て直し、紫電も素早く起き上がってヴァンパイアドラゴンの元へ駆ける。
ウィルとハルトの2人は武器で防いだとはいえ、尻尾の薙ぎ払いの直撃を受けかなりのダメージを負っている。
気休め程度に体力回復のハイポーションを飲むが、体の傷までは言えるわけでは無い。
それに引き替え、防御もままならなかった紫電は平気な顔をしてヴァンパイアドラゴンへ向かって行く。
もっとも紫電は鬼であるが故、ウィルたちと体のつくりからして違うのだろうが。
「三連流星昇竜脚!」
ヴァンパイアドラゴンの懐に入った紫電は右足目がけて蹴り戦技の流星脚を放ち、三角飛びの要領で飛び上がり体に昇竜脚を放ちながら最後に左足目がけて流星脚を放った。
その間にウィルたちは今度は後方から後ろ足を攻撃しようと回り込む。
だがヴァンパイアドラゴンは翼を広げ後方へ飛び上がり2人の攻撃を躱す。
そしてそのまま空中から魔法を放ってくる。
『ソニックタービュランス!』
「ぐあああああああっ」
風属性魔法による風の刃の嵐がハルトを襲う。
隠し宝物庫で装備した防具により体を分断されることは無かったが、風の刃は防具に覆われていないハルトの素肌の部分を刻み腕を斬り飛ばす。
「ハルトさん!」
デュオは慌てて駆け寄り斬り飛ばされた腕を拾って、ハルトの腕に再生能力を促すリジェネートポーションを掛ける。
その希少である再生能力のあるリジェネートポーションは高価なポーションであり、市場に出回るのは稀だ。
だが隠し宝物庫にはかなりの数のリジェネートポーションがあったのだ。
デュオは使う事はないだろうと思いながらも万一の為にリジェネートポーションを持って来ていたのだ。
無論その間にもヴァンパイアドラゴンの攻撃は止まらない。
『サイクロトロン!』
ヴァンパイアドラゴンの周りに光の輪が現れ、そこから大量の雷が迸り俺達に襲い掛かる。
加速荷電粒子砲とも呼ばれるこの雷属性魔法はダメージの量が桁違いだ。
ウィルは咄嗟に剣を避雷針代わりにして突き刺し離れるが、放たれた雷は剣をも巻き込んでウィルを弾き飛ばす。
「ぐあぁ・・・っ!
なん・・・だよ、空に居ながら連続魔法って・・・反則臭いじゃないか・・・!」
ウィルは全身に雷が走り軽い火傷を負いながら痺れて地に伏せる。痺れる体を無理やり動かしながらヴァンパイアドラゴンから距離を取る。
『インフェルノ!』
3人目を仕留める為、ヴァンパイアドラゴンの放つ火属性魔法の獄炎が紫電に向かって放たれる。
だがすかさず援護の魔法をデュオが放つ。
「ダイヤモンドミスト!」
氷の霧が辺り一面を覆い、獄炎を中和するかのように消し去る。
直ぐに消されたとは言え、炎に巻かれたはずの紫電は多少の火傷は追っているものの平気な顔をしていた。
「げほっ、流石に空からの魔法は厄介だな。
ここは大人しく地上に降りてきてもらおうか」
そう言いながら紫電は腰だめに拳を構えて溜めの態勢を取る。
「虚空!!」
ヴァンパイアドラゴンに向かって空に拳を放つ。
放たれた不可視の攻撃は見事ヴァンパイアドラゴンの顎を捉え、一瞬頭を揺らされそのままバランスを崩し地に落ちた。
「っし! ・・・とは言え、こっちの被害も大きいな。
出来ればもう少し弱らせてからにしたかったが仕方がない。
デュオ! 少しの間だけでもヴァンパイアドラゴンの動きを封じてくれ!」
デュオとしてはウィルの方にも治癒魔法を掛けに行きたかったが、ヴァンパイアドラゴンを挟んで反対側に居る為直ぐには行けない。
ここは紫電の要請に従ってヴァンパイアドラゴンの動きを封じることにした。
「チェーンバインド!!」
無属性魔法の縛鎖の魔法により、地面の魔法陣より現れた鎖がヴァンパイアドラゴンの動きを封じる。
1秒~3秒ほど動きを封じる土属性魔法のバインドや氷属性魔法のフリーズバインドとは違い、チェーンバインドは3分間動きを封じることが出来る。
但しその分成功率は低いのだが、デュオの放った魔法の鎖は見事にヴァンパイアドラゴンに絡みついて動きを封じていた。
「よし! よくやった! これで決めてやる。
――ふぅぅぅぅ・・・鬼獣化!」
紫電の体が守護者を倒した時の様に、鬼のまま獣の体へと変えていく。
そして右手を掲げ高らかに叫ぶ。
「俺の拳が真っ赤に燃える! 悪を倒せてと轟き叫ぶ!!」
すると掲げた右手は炎に包まれ燃え上がる。
「うそっ!?」
デュオはその光景を見て驚きの声を上げていた。
明らかに呪文詠唱無しに魔法を使ったのだ。
そしてデュオの驚きを余所に、紫電は今度は左手を掲げる。
「対の拳が稲妻纏う! 悪も痺れる漢を魅せる!!」
掲げた左腕に雷が纏いバチバチと鳴り響く。
「天・地・掌・握!」
炎を纏った右手と雷を纏った左手を握り込み、炎と雷を纏った1つの拳を作り上げる。
そしてそのまま滑る様に身動きの取れないヴァンパイアドラゴンへと疾走する。
「エンジェリンフィンガーーーーーーーー!!!」
握りこんだ拳を広げ、上下に開いた掌打をヴァンパイアドラゴンへと叩き込む。
『ガァァァァァァァァァァァァァァッ――――!!』
その掌打はヴァンパイアドラゴンの硬い鱗を突き破り、肩までめり込んだ掌打は心臓まで届いていた。
紫電はそのまま心臓を掴み外へと引きずり出す。
『グラァァァァァ!!』
吸血鬼の特性か、心臓を取り出されてもヴァンパイアドラゴンはまだ生きており、致命傷を与えた紫電に向かって前足の爪を振り下す。
「さ、せ・・・るかぁっ!!
バスターブレイカーーーーー!!」
痺れた体を無理やり動かし、ウィルは渾身の一撃を前足に叩き込み斬り落とした。
「ヒートエンド!!!」
その間に紫電は炎と雷を纏った両の手で心臓を握り潰す。
心臓を握り潰されると同時にヴァンパイアドラゴンはそのまま崩れ落ち、灰となって消え去ってしまった。
『グ・・・ガァァ・・・ァァァァ・・・・』
ヴァンパイアドラゴンが消え去ったのを確認したデュオは安堵してそのままへたり込んでしまった。
ウィルは無理をして体を動かした影響でのたうち回っており、ハルトは全身が切り刻まれているので体を動かすだけで悲鳴を上げていた。
「はぁ、まさかここまで手こずるとは思わなかったわね・・・」
「おう、お疲れさん。やっぱ人手があるとないとじゃ全然違うな」
あれほどの戦闘にもかかわらず鬼の姿を解いた紫電が平気な顔をしてデュオの傍へとやってくる。
「なんか紫電さん1人でもなんとかなったような気がするんだけど?
と言うか、最後のあれは何よ。呪文詠唱も無しに魔法を使うなんて、紫電さんもしかして詠唱破棄を使えるの?」
「おいおい、買いかぶりすぎだよ。流石に俺1人でも倒しきれるかどうか・・・
ああ、最後のあれはチャージアイテムを使ったんだよ。幾ら俺で詠唱破棄は出来ないぜ?」
そう言われてデュオは納得する。
チャージアイテムは予め魔法を込めておくことが出来、キーワード1つでいつでも込めた魔法を解放することが出来るアイテムだ。
多分あの時の掛け声がキーワードなのだろう。
キーワードにしては随分とアレなものがあるなとデュオは思ったが。
「さて、デュオは2人をちゃんと回復してやりな」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ウィルとハルトが回復している間、紫電は台座が収まった地面を調べていく。
台座が収まっていた地面には隠された鍵穴が付いており、紫電は三度封印の鍵を差し込む。
それと同時にヴァンパイアドラゴンが封印されていた場所から隠し部屋がせり上がってきた。
これが魔術師協会が秘匿した魔法の英知が納められた資料庫なのだろう。
紫電は資料庫の扉を開け中に入り、中の状態を確認する。
100年たったとは言え、流石に魔法の英知が納められた資料庫だ。当時のままの状態で書物等が保管されていた。
「えーと、なになに? 『この天と地を支える世界は0と1で成り立っている。我々天地人も0と1で出来た夢泡沫の存在である』・・・何のことなのかな?」
紫電が思わずその声がした方を振り向けば、いつの間にか入ってきていたデュオがそこらへんにある書物を見ていた。
慌てて紫電はデュオから見ていた書物を取り上げる。
「だーーー! 見るな読むな触るな! お前らは資料庫に入るなって言っただろう!」
「えーーー! ちょっとくらいいいでしょ! これだけ苦労したんだもの。あたし達には資料庫の中を見る権利があるわ!」
「駄目だ! これをやるから大人しく資料庫から出ろ。ヴァンパイアドラゴン退治の報酬としては破格の代物だ」
そう言いながら紫電はデュオに向かって小さな宝玉の様な物を放り投げる。
デュオは慌ててそれをキャッチして何のアイテムか鑑定するが、詳しくは知ることが出来なかった。
「何これ? 見たところ魔法アイテムみたいだけど」
「それはチャージアイテムだ。ただし込められる魔法は10個も込められる優れものだよ。
魔法使いにとってはそこら辺の物より役に立つと思うぜ。だからそれで納得してこの資料庫の事は諦めな」
デュオは思わずそのチャージアイテムをまじまじと見つめた。
チャージアイテムは魔法使いに取って切り札の1つに数えられている。
いざという時、キーワード1つで込めていた魔法が使えるのだ。これほど便利なものは無いだろう。
だが、通常のチャージアイテムは1つのチャージアイテムに1つの魔法しか込めることが出来ない。
複数の魔法のチャージが必要になればその数だけチャージアイテムの数が必要になり、その分かさばってしまうのだ。
これが紫電の言う通り10個の魔法が込められるチャージアイテムだとすれば、ヴァンパイアドラゴンの報酬として納得できるものでもある。
「くっ、分かったわよ。今日のところはこれで引き上げてあげる。けどここの存在を知ってしまったんだからいつかまたここに来るわよ」
「来れるもんなら来てみな。ここはこの封印の鍵が無ければどうしようもないからな。
言っておくがそれ以外の方法でここに来るのは無理だからな。精々頑張りなよ。
ほら、行った行った。俺はこれから調べものをしなければならないんだ」
「ふふん、紫電さんはあたしを侮っているわね。見てなさい、いつかきっとあたし自身の力で魔導技術大全を手に入れてやるんだから」
デュオは紫電に捨て台詞を放ち、資料室を後にする。
すると資料室は再び地面へと沈んでいき、見事跡形もなく見えなくなった。
回復したウィルとハルトを引き連れドームを出ると、ドームへ続く扉も再び閉じ封印の魔法陣が輝きだした。
これで外からは二度と中に入ることが出来なくなってしまった。
中に居る紫電は封印の鍵を持っているので中から出てくることは可能なのだろう。
「俺としてはヴァンパイアドラゴンと戦えたから十分な経験になったけどな。
複製品とは言え、流石に強敵だったぜ。あれが七王神の強さに繋がっているんだな」
「確かに化け物だったな。俺は出来れば二度と勘弁してほしいな。命が幾つあっても足りやしねぇ」
「あ! しまった! ヴァンパイアドラゴンの灰を持ってくればよかった!
あ~~! あれほどの研究材料を何で持ってこなかったんだろう。エルフォードの土産にしても良かったんだし・・・」
デュオたちはヴァンパイアドラゴンとの対戦の感想を言いながら、カイン王子の待つ隠し宝物庫へと向かう。
カイン王子達は隠し宝物庫から持っていく財宝の選別を終えており、後は一時帰還するだけとなっていた。
デュオたちがカイン王子達の元へ戻ると、カイン王子はヴァンパイアドラゴンとの戦闘を興味津々で聞いてきた。
デュオは興奮しているカイン王子を落ち着かせて取り敢えず王都へ戻ることを勧める。
一応、隠し宝物庫内は安全になったとは言え、いつまでもセントラル遺跡に居ることは流石に危険だし王族をこの場に留まらせるのも良くはない。
「よし! デュオ殿たちには城に戻ってからヴァンパイアドラゴンとの戦いの詳細を聞かせてもらうぞ! いいな!」
セントラル遺跡の探索は一応大成功に終わったものの、デュオたちのカイン王子からの依頼はまだまだ終わりそうになかった。
そんなカイン王子を尻目に、デュオはあの資料庫で見た書籍の一文が少し気になっていた。
――この天と地を支える世界は0と1で成り立っている。我々天地人も0と1で出来た夢泡沫の存在である――
天地人が夢泡沫の存在とはいったい何のことなのか。
デュオは考えれば考えるだけ奇妙な寒気が身を震わせた。
これがデュオに取って世界の秘密を知る始まりの第一歩にしか過ぎなかったのは後になって知ることとなる。
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次回更新は7/2の予定になります。
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