図書室の主
『図書室の主』
それが彼のあだ名。
役職は図書委員の委員長で、いつも本を読んでいる。
その白く細い骨ばった指先がページをめくる。
本が羨ましいと思ったくらいにその姿は様になっていた。
真剣に文字を追う瞳に魅入られたのだ。
いつもいつも本を読む。
その本はいつも異なっていて、ジャンルもバラバラだ。
少し前に彼に聞いたことがあった。
「何故、本が好きなのですか」
いつもは文字を見つめる目が私に向けられた時だった。
私を見て本をもう一度見て表紙を撫でる。
静かな図書室に響く彼の低めの声。
『本は世界』だと言った。
ガラス玉のように透明度の高い瞳は何を見つめているのか。
『本は世界』彼の言葉を反芻する。
「綺麗だろ?物語の世界は」
どこか遠くを見つめる瞳。
耳にこべりつくような彼の声。
薄く笑ったその表情が瞼に焼き付いた。
どこの世界と比べて、なんて聞く必要はなかった。
彼は自分の生きる世界を否定しているのだ。
この世界は綺麗じゃないと、醜いと、汚いと。
だから物語の世界を愛すのだ。
本が好きなのだ。
いつも違う本を持ち歩き、ヒマさえあれば文字に目を向ける。
学校内でそのスタイルなら外でもそうなのだろう。
彼は本と物語とともに生きている。
美しい世界をとどめておきたい。
どうしてもその世界に生きたい。
そう言う彼はこの世界を拒絶した。
必要ないと告げて手放すことを選んだのだ。
綺麗な世界で生きるために。
「僕は本が好きなのではなく、物語を愛しているんだ」
あぁ、と私は頷いた。
人は皆、憧れを持つんだ。
綺麗な世界に、美しい存在に。
彼もそれを手に入れたくて本を読むんだ。
ただ一つの世界のために。