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黒森の魔  作者: 銀月
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 あの場から姿を消したわたしは、結局黒森には戻らなかった。


 いや、正確に言えば、黒森から居を移したのだ。

 二度と来るなと言ったところで、ここに魔族がいるのだと知れているなら、いつか人間は来る。ベルトラムのように魔族討伐という名声を欲する人間は必ず現れる。

 あのような悪意が再び向けられるかもしれないと考えることは、とてつもない恐怖だった。


 ……それに結局、誰にも関わらず生きようとしても無理なのだ。この世界で、誰とも関わらず生きるのはとても難しいことなのだ。

 ならばほんの少しだけ、けれど気づかれないように、慎重に慎重に関わって生きていくことにしよう。それに、ずっとひとりでいることに少しだけ寂しさを感じたのも事実だ。


 わたしは姿変えの魔法を使い、なるべく魔法使いが少ない地域で人間として生きることにした。魔法使いに会わなければ、わたしにかかった魔法を見破られる危険は少なくなる。

 その上で転々と住居を移せば、早々人間でないと気づかれることはないだろう。

 ふと、他の魔族はどうやって生きているのだろうと思った。

 父さま以外の魔族を知らないが、全員が父さまのように暮らしているとも思えない。いつか会えたら、どうやって生きているのか聞いてみるのもよいかもしれない。


 黒森から離れた後、わたしは小さな村のはずれに少しだけ癒しの力を持つ薬師として住み着いた。幸い、薬草の知識ならば十分にあるし、癒しの魔法が使えることも事実だ。

 最初は若い女がなぜひとりでと訝しんでいた人間たちも、わたしの薬を役立つものと知ると、普通に隣人として接してくれるようになった。


 そうやってまた静かに暮らしていた、その日。

 部屋に篭り集めた薬草を挽いていると、誰かがどんどんと乱暴に扉を叩く音に気づいた。いったい何事なのか、急病人なのかと慌てて戸口へと駆け寄った。


「薬師殿、在宅か?」


 扉を叩きながら呼びかける声に、開けようとした手がぴたりと止まる。

 聞き覚えのある声。絶対忘れない声。

 ……なぜここにいるのかわからないが、この声の主に会ってはいけない。慌ててどこへ隠れようかとおろおろ歩き回る間にも、扉を叩く音は激しくなっていった。


* * *


 銀髪の薬師の噂を確認し、家の場所を教えてもらい、ようやく見つけたと扉を叩く。

 しかし、中に人の気配はあるのに、一向に出てこない。もしや、また逃げるのかと、消えてしまうつもりかと焦り……つい、扉を蹴り破ってしまった。

 壊れてしまった扉は、あとで責任持って修繕すればいい。それはそれとして、まずは彼女の顔を見なければとずかずかと中へ踏み込んだ。


「薬師殿、どこだ」


 許しは得ていないが、勝手に次々と部屋の扉を開けて彼女の姿を探すと……寝台に潜り込み、小さくなって震えている姿を見つけた。

 力任せにシーツをめくって細い身体に長い銀の髪を確認し、確かに彼女であると確信する。


「見つけたぞ、薬師殿……シャス」


 横に座り、こちらを振り向かせると、シャスは泣きそうな顔で俺を見上げた。


「アロイス、なぜお前がここにいるのだ」

「せっかく黒森まで行ったのに、家にいないから探したぞ。まさかこんな人里に暮らしているとは思わなかったから、おかげで見つけるのに1年かかった。

 それにしても、お前、人間の真似が上手になったな」

「お前は、わたしが怖くないのか?」

「何がだ? 相変わらずこんなに細い手をしているお前の、どこが怖いと言うんだ」

「わたしはお前の叔父に呪いをかけたんだぞ」

「ああ、あれは叔父の自業自得だな。汚いことを考えるからああなる」

「それに、お前は領主の跡取りではないか」

「それなら、俺は廃嫡になったから問題ない」


 シャスがぽかんとした顔になり、俺の顔をじっと見る。


「……なんだと?」

「家は弟が継ぐ。俺は勘当されてただのアロイスだ。まあ、父には弟が育つまでしばらくがんばってもらわなければならないが」

「……どういうことだ」

「魔に魅入られた者が領主となるわけにいかないから、家督は弟に譲ることにしたのだ。そうだ、ベルトラム叔父なら問題ないぞ。お前のおかげですっかりおとなしい」

「な……お前は馬鹿か!? 何を考えている!」

「魔に魅入られたものらしく、お前を追いかけてきただけだ。文句を言うな、シャス」


 ははは、と笑って俺はシャスを抱きしめた。


「大丈夫だ、俺はお前をひとりにはしないと約束する。お前が嫌だといっても、ここにいるつもりだ。覚悟しろ」

「……覚悟だと。覚悟するのはお前のほうだ、人間。わたしは半分とはいえ魔族だぞ。約束を違えたら恐ろしい目にあうのはお前の方だ」

「ああ、わかっている。俺は約束を違えたりなんかしない。大丈夫だ、安心しろ。ずっとお前といる」


 俺は、半泣きで凄むシャスの背を優しく撫で続けた。


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