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遠き空の下  作者: 狼花
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1章‐6 勝利、そして安らぎ

 フォルセが頭上を見上げる。そして部下二人に指示した。


「上だ! 散れ!」


 ランシールとロキシーの対応は迅速だった。すぐふたりは同じ方向に飛び退いた。フォルセもセオンを抱き抱えてランシールとは反対の方向へ跳躍する。


 頭上からフォルセたちめがけて落下してきたのは、巨大な魔物だった。フォルセたちが普段相手をする魔物とは桁違いの大きさで、見たこともない種類だ。二本脚で立っており、二本の腕はかなり太い。顔は牛のように見えるが、比べ物にならないほど獰猛だ。


「な、な、な・・・・・なんですかぁっ、こいつ!?」


 ランシールが喚く。ロキシーが舌打ちしながら剣を抜いた。柄にもなく真面目な顔だ。


「こりゃ、ちょっとヤバいかな」

「やめてくださいっ、そんなこと言わないでくださいよっ!」

「うるせ、耳元で騒ぐなよ。前言撤回、こんなのちょろいぜ!」


 ロキシーがランシールの要望通り軽く大口を叩く。それがロキシーの役回りである。


 セオンは茫然と、その魔物を見上げている。恐怖や動揺の表情ではなかった。


「これ・・・・・・」

「セオン、そこを動くなよ」


 フォルセはセオンに囁き、立ちあがった。


「ランシール、援護しろ! ロキシー、行くぞ」

「うわぁぁんっ」


 ランシールは泣きながら銃を構えた。ロキシーもフォルセの隣に肩を並べて構えた。

 フォルセが跳躍し、剣を一閃させた。必殺の一撃で普通の魔物ならひとたまりもない斬撃だ。しかし相手は掠り傷としか思っていない。ロキシーも足を狙って斬りかかるが、たいした消耗は与えられない。ランシールの銃弾も跳ね返されてしまう。


 魔物の長い腕が伸びる。狙ったのはランシールで、フォルセがはっとした瞬間にはランシールが魔物の腕に拘束されていた。


「ランシール!」


 フォルセが叫ぶ。ランシールを掴んだ腕を、魔物は自分の顔の前まで持ってくる。強い力にランシールは息もつまる思いだった。ロキシーが腕を斬ったが、やはり効かない。


 今更になって、槍を持ってこなかったのが悔やまれる。それにセオンも、連れてくるのではなかった。フォルセが歯を食いしばった瞬間、銃声が響く。

 魔物に掴まったまま、ランシールが魔物の目をめがけて発砲したのだ。目を撃ち抜かれた魔物はのけぞった。ランシールを掴んでいた手から力が抜け、ランシールは地上に落下する。彼はなんとか自分で着地したが、ロキシーが駆けよって支えると、ランシールは地面に膝をついて咳き込んだ。


 魔物は痛みゆえにのたうっていた。それを狙ってフォルセが跳躍し、まだ無事である逆の目を剣で突いた。それもどうやら効いたようで、さらに魔物はのけぞる。


「こいつ、どうやって倒せばいいんだ!?」


 ロキシーが魔物を見上げる。鉄の武器を弾く生き物などと出会ったのは初めてのことで、どうすれば良いか分からないのはフォルセも同じだった。


 突如、魔物が口を開けた。フォルセが身構えた瞬間、この世のものならぬ『声』が魔物の口から発せられた。それは音波のように空気を振動させ、フォルセらの身体を捕える。


「くっ!?」


 フォルセが呻く。聞くに堪えない声が脳裏に容赦なく響く。それと同時に魔物の腕が唸り、フォルセが跳ね飛ばされた。


「副長ぉっ」


 ランシールが叫ぶ。フォルセは木に叩きつけられ、地面に倒れた。起き上がろうとするが、激痛がそれを阻む。ロキシーも跳ね飛ばされ、ランシールが銃を撃ってもびくともしない。ランシールさえも魔物は退けた。


 魔物の目が一つの場所に向けられる。それは、微動だにしないセオンだった。


「セオンっ、逃げろ!」


 フォルセが叫ぶ。セオンがはっとして我に返り、後ずさりする。ロキシーが立ちあがって少年を突き飛ばす。セオンがいた場所に魔物の腕が振り下ろされた。それを庇ったロキシーが地面に叩きつけられる。しかし見た目以上にタフなロキシーはすぐさま身体を起こす。


「退散したほうが良いぜ、副長!」


 ロキシーが怒鳴る。と、傍でセオンが立ちあがった。頭痛がするのか、額を抑えてよろめく。魔物がセオンに向かって突進した。


「セオン!」


 ランシールが名を呼ぶ。セオンは腕を下ろすと、コートの内側に手を入れた。

 セオンの手に握られていたのは、ハルシュタイルの軍刀だった。セオンはそれを一振りして剣を伸ばすと、思いきり振り上げた。


 力任せにも見える斬撃。だが、その威力は凄まじかった。


 魔物の身体に一筋の赤い線。セオンが魔物の身体に傷をつけたのだ。セオンは素早く、何度も斬撃を浴びせた。その度に魔物の身体が抉られて行く。魔物の攻撃も、軽くセオンはかわしてしまった。フォルセがランシールに叫ぶ。


「ランシール、撃て!」


 ランシールが頷いて銃を構え、発砲した。セオンがつけた傷と同じ場所を、銃弾が貫通した。完璧に、心臓の真上だった。


 魔物が倒れる。セオンがとどめを刺し、魔物は討伐された。


 フォルセがセオンの傍に駆け寄ると、セオンは糸が切れたように倒れた。地面に激突する寸前にフォルセがセオンを抱える。軍刀も地面に落ちた。


「セオン、大丈夫か!?」


 フォルセの声にセオンは薄く眼を開け、頷いた。


「良かった・・・・・」


 フォルセが安堵して息をつく。ランシールとロキシーも歩み寄ってきた。

 それと同時に、大勢の人間が駆けてきた。応援にやってきたフォルセの部下たちだ。


「副長! ご無事ですか!?」

「ああ、大丈夫だ。すまないが、負傷した猟師たちの手当てを頼む」

「了解しました」


 騎士たちは四方に散らばり、猟師の手当てを行った。それと並行して魔物のほうも調査を開始した。


「しかしすげぇな、坊や。俺たちじゃ傷も付けられなかったのに」


 ロキシーの言葉に、セオンはぼんやりと答える。


「俺がやらなきゃいけない、と・・・・・そう思ったんです・・・・・・」

「使命・・・・・みたいなものかな?」


 ランシールが呟く。フォルセはセオンを支えて立ちあがった。


「とりあえず街へ戻る。さっきの猟師たちと、隊長に報告を。妙な魔物が出た、と」

「はい」


 ランシールは頷いてから、フォルセに声をかけた。


「あの、副長。報告は僕とロキシーさんで済ませます。副長はセオンと一緒に戻ってください」

「ええっ、俺もぉ?」


 ランシールがロキシーを一睨みし、ロキシーは降参した。


「ま、副長は今日非番だったんですもんねぇ」

「・・・・・・危険な魔物の出現が分かって、良い収穫だったよ」

「はあ、立派だねぇ。分かったよ、報告はランシールがするから」

「ロキシーさんもです!」


 ランシールが怒鳴った。無視してフォルセがセオンを見やる。


「セオン、歩けるか」

「大丈夫です・・・・・」


 そう言いつつも、少年の足取りは不安定だ。フォルセはセオンの肩を支えながら、ゆっくりとその場を離れた。


★☆


 夕方近くになってユリウスが家に帰って来た。ランシールやロキシーから聞いていたらしく、事情は知っていた。


「巨大な魔物、か。そんなのに4人で挑むなんて、フォルセらしくないことをしたね」

「一度砦に戻って応援を呼ぶ暇なんてなかったからな」


 フォルセはそう言いつつ、夕食のパンをちぎって口に運んでいるセオンを見やった。


「けどセオンのおかげで助かった。本当に有難う」


 セオンは瞬きし、慌てて首を振った。


「いえ、そんなこと・・・・無意識だったから戦っていた間のこと、あまり覚えていないんです」

「そうなのか? だが、戦い慣れているようだったな」


 武器が違ったから、と言い訳をする気はフォルセにはない。たとえあそこでフォルセが槍を持っていたとしても、きっとセオンでなければ勝てなかった。セオンが斬った場所はすべて、フォルセもロキシーもランシールも狙っていなかったところだ。セオンは迷わずに斬り、そこが急所だったということになる。


 セオンはあの魔物をよく知っているのではないだろうか。


「・・・・・・」


 フォルセが難しい顔をして眉をしかめる。


「眉間に皺が寄っていますよ、副長」


 ユリウスがからかうように言い、フォルセが顔を上げる。


「けど、よくアーリアまで行ったね。・・・偉いよ、フォルセ」


 ユリウスはフォルセの頭に手を置く。フォルセが赤面した。


「兄さん、俺はもう子供じゃない」

「はいはい。まあゆっくり寝て明日頑張ろうじゃないか」


 ユリウスはそう言って食器を手に立ちあがる。セオンが手伝うために後を追った。


 翌日は朝からフォルセは騎士の制服姿で、ユリウスと共に砦へ出かけた。ひとりになったセオンはさてどうしようかと、だだっ広い居間を見まわした。


 男ふたりの家だが、掃除は行き届いていて清潔だ。初めてぐるっと家の中を回ってみたが、どこも綺麗な部屋だ。唯一の例外は地下にある書庫。書庫とは名ばかりの倉庫で、本棚は壁際に追いやられて床に本が散乱し、工具などが押し込められていた。両親が使っていた仕事道具だろう。何年も入っていないような様子で、床は埃で白くなっている。ただ本棚の周りだけは人が歩いたような痕がある。おそらくユリウスだ。


(掃除・・・・・・どうやってやるんだっけ?)


 セオンは束の間そう考えた。床に散らばった本を元に戻して。床を掃いて、濡らした雑巾で拭いて。そんなことを考え、首を捻る。いちいちこんな風に確認しなくては、自分は掃除ができないのかな、と。床を拭くなど、少し抵抗があった。


 勝手にやると迷惑になるかとも思ったが、埃の絨毯に我慢できず、セオンはさっさと書庫の掃除をした。床を拭き、散らばっている本を本棚に戻す。戻しながら一冊一冊の本をじっくり見ていたのでかなりの時間が経っていた。殆どが歴史書で、カルネア連合やハルシュタイル、それ以外の様々な国の本があった。きっと記憶を失う前は常識として知っていたことなのだろうが、いまは初めて知る内容だ。


 居間へ戻ると太陽はほぼ真上にあった。3時間近く、書庫で潰していたことになる。案外、熱中すると止まらなくなる性分なのかもしれない。


 昼食はあの宿に行けばいいとフォルセが言っていた。食事代としては充分過ぎる金を置いて行ってくれたので、とりあえずセオンは外に出た。料理を作ろうとは思わなかった。作れないはずだ。包丁すら、まともに握れる自信がない。


 そのまま宿に行こうかとも思ったが、ふと遠回りしたくなったので市場に向かった。相変わらず人が多かったが、セオンには心地よい喧騒だ。以前も、こうやって大勢の人が暮らす場所で生活していたような気がする。


 セオンはふと足を止めた。前方に、食材が大量に入った紙袋をふたつ抱えている少女が、更に何か買い物をしていた。宿屋の娘テルファだ。なぜだか、どきりとした。


 セオンに背を向けて歩き出したテルファだったが、荷物の重さゆえか不意に少女がぐらついた。態勢を崩して倒れそうになり、慌ててセオンが駆けよって彼女を支えた。


「大丈夫・・・・・?」


 セオンの声にテルファは驚いて顔を上げ、セオンをまじまじと見た。


「貴方は、フォルセさんのところの? 昨日来てくれたよね」


 テルファの言葉にセオンは驚く。フォルセの連れなど覚えていないと思っていたのだ。さすが客商売は人の顔を覚えるのが早い。


「うん。・・・・荷物、持つよ」


 セオンは短く告げ、ひょいっと紙袋を持ち上げる。テルファは微笑んだ。


「有難う。私、テルファ。貴方は?」

「セオン」

「そっか、よろしくね」


 セオンは大量の荷物に視線を落とす。すべて食品で、食堂で使うことは明白だ。


「・・・・こんな時間に買い出し?」


 そう尋ねるとテルファは頷いた。


「うん。朝も買いに出るんだけど、この時間にまた買っておかないと食材がなくなっちゃうの」

「大変だね」

「でも楽しいよ」


 テルファは微笑んだ。


 宿屋の前に到着し、セオンは看板を見た。「黒い豹」というのが店の名前らしい。


「黒い豹・・・・・」


 セオンが呟くと、テルファが振り返る。


「それってね、フォルセさんのことなんだよ」

「え?」

「フォルセさんの渾名。それがそのまま、キシニアの騎士の通り名になっているの。第一大隊、【黒豹(くろひょう)】ってね」

「そうだったんだ・・・・・フォルセさんってすごいんだね」

「すごい、すごい。フォルセさんがいなかったらキシニアは3回くらい滅んでるよ」


 あっけらかんとしたテルファは宿の裏に回って裏口の扉を開けた。そこは厨房だった。


「お父さん、帰ったよ」


 テルファが奥に向かって声をかけると、男性が現れた。


「おう、お帰り・・・・ん、そっちは?」


 視線がセオンに向けられ、セオンは男性に頭を下げた。


「昨日話したでしょ? フォルセさんと暮らしているセオンだよ。手伝ってくれたの」


 テルファが説明すると男性は破顔した。


「お前がそうだったのか。俺はヒンメル。面倒をかけたな」

「いえ・・・・・」


 セオンが首を振ると、テルファが思い出したように顔を上げる。


「ねえ、もうお昼は食べた?」

「まだだけど・・・・・」

「じゃあ、ここで食べて行って! 良いでしょ、お父さん?」


 ヒンメルは豪快に笑って頷いた。


「ああ、いいぞ。特別メニューを出してやるよ」

「俺、たいしたことしていませんから・・・・・」

「良いから、ねっ」


 テルファがぐいぐいとセオンの背を押していく。

 テルファが案内したのは小さな個室だった。大食堂ではなく、居住区間の一室だった。


「私もこれからお昼休みだから、一緒に食べよう? お父さんの料理、美味しいんだよ」


 テルファはそう言ってセオンを椅子に座らせた。そうしてすぐにヒンメルが出してきたのは、色々な料理が少しずつ盛られたものだった。メニューには載っていない。


「金なんかいらないから、好きなだけ食ってくれ」

「・・・・・でも」

「じゃあこう思え、初回大サービス。次からは、余っているようなら払ってくれ」


 セオンは肩の力を抜いた。テルファが嬉しそうに笑う。


「フォルセさんに話しちゃ駄目だよ。フォルセさん、無銭飲食とか許せない人だから。内緒!」


 セオンはくすりと笑った。テルファが瞬きする。


「どうしたの?」

「キシニアの人はみんな、楽しい人だね」


 キシニアで目覚めてから、初めての笑みだった。テルファも頷いて微笑んだ。


 ヒンメルの料理は昨日も思ったが、素朴で家庭的な味だった。豪華ではないが、とても美味しい。あっという間に食事は進んでしまった。


 テルファがセオンに尋ねる。


「セオンはフォルセさんみたいに騎士になるの?」

「そのつもりはないけど」

「ずっと家にいる?」


 セオンが頷くと、テルファは嬉しそうに笑った。良く笑う子だな、とセオンは思ったが、若干テルファの頬に赤みが差している。


「じゃあ、暇だったらまた来てくれる?」


 大胆で積極的な、いかにもキシニアの住民らしい一言だ。セオンは頷く。


「やった! 約束だよ、セオン!」


 セオンは、フォルセやユリウスの傍にいる時とはまた違った安らぎを感じていた。


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