7章‐8 終焉の刻
そよ風が吹き抜け、草の匂いを運んでくる。ランシールが肩をすくめる。
「まあ、こうなるでしょうねえ」
ロキシーが露骨に嫌な顔をする。
「二度と来たくなかったんだけどなあ」
「こういうところは、結構穏やかで良いですよ」
ランシールがそう言い、視線を前方に戻す。
「僕のお気に入りだったんです。・・・・ほら、丁度あそこに」
ランシールが指示したところに、ひとりの少年。服装は野性的に獣の毛皮が使われており、町では決して見ない。
「僕の想像通りなら、これはおそらく・・・・ハーレイ隊長と出会ったときのことだと思います」
「それって、そんなに嫌な過去じゃない?」
セオンの問いにランシールは微笑んで頷いた。
「そうだね。どちらかと言えば嬉しい過去かもしれない」
ランシールの想定どおりだった。幼いランシールの傍に一人のローブ姿の旅人、つまりかつてのハーレイが現れた。それを見て、黒豹たちは一様に複雑な顔をした。まず、若い。そして身にまとう雰囲気が違う。今は重苦しい雰囲気の中にも飄々としたところがあるのだが、この時のハーレイは鬱屈しているようにも見える。キシニアへ向かう途中だったそうだが、もし平原で死ぬことになればそれが良い、とでも思っていたのではないだろうか。
「・・・・こりゃ、さすがに分からんかもな」
ロキシーが腕を組む。
『君はここに住んでいるのか?』
ハーレイが問いかける。ランシールは頷きつつ、腰帯の短剣に手を伸ばした。それなりに隙のない動きではあるが、騎士ならばすぐ見破れる。実際、ハーレイは気づいてその腕を掴んだ。
『・・・・成程。君たちが迷い込んだ者を始末しているのか』
『・・・・すみません』
ランシールはうつむき、剣から手を離した。
そのあとランシールは旅人に興味を持ったらしく、外の町の様子をハーレイに尋ねた。ハーレイは素っ気なくも丁寧に、色々と説明していた。ランシールは少し黙った後、意を決したように顔をあげた。
『お願いがあるんです』
『なんだ?』
『僕を、この平原から連れて行って・・・・・』
言いかけた時、彼らの背後から大勢のイウォルの民が駆けつけてきた。先頭に立つのは、以前見たランシールの父、つまり族長だ。
『息子から手を離せ!』
族長が威風堂々とした声でハーレイを威圧するが、ハーレイはまったく意に介していない。ランシールに問いかける。
『家族か』
『はい・・・・集落のみんなです』
『そうか。すまないが、私は殺されてやるわけにはいかない。君は早く向こうへ走れ』
ハーレイは剣を抜きつつ前に進み出る。ランシールも一歩、前へ進み出た。
『戦うんですか? 父は強いんです、だから・・・・・!』
ハーレイも族長も聞いてはいなかった。無言でふたりとも剣を構え、そして激突する。
ハーレイは最初から族長に対し優勢を保っていた。さすがに、連隊長まで任されるだけの実力者である。
黙って見ていたランシールが拳を握った。族長が剣を振りかぶる。あわせてハーレイも剣を突き出した。ハーレイのほうが早く届く―――。
ランシールが飛び込んだ。肩から袈裟掛けの、族長の一撃。そして肩をハーレイの剣が貫いた。
『!』
『ランシール!?』
族長が驚いて声をあげる。ランシールは後方に倒れ、ハーレイが受け止める。
『なんということを・・・・!』
『早く・・・・・逃げて・・・・』
ランシールはかろうじてそう言うと意識を失った。
ハーレイはランシールを抱き起こした。と、族長がいまだに剣を構えていることに気付き、眉をしかめる。
『・・・・息子を斬った剣で、まだ戦うつもりか』
『部外者は始末しなければならない。それに、ランシールの傷は致命的だ。命を取り留める可能性はない』
『そんなことはない。平原の外に出てきちんとした治療を受ければ、助かる。・・・・だからこの子のことは私に預けろ』
『なんだと』
族長が剣を引く。
『息子を平原から出す? 馬鹿なことを。そんなことをするくらいなら、誇り高き平原の民として、平原に殉じるまでだ』
『押しつけは感心しない。この子がなぜ、私と貴方の間に割り込んだのか分からぬか? あのままだと、私の剣が確実に貴方の命を断ち切っていた。この子はそれを防いだのだぞ』
ハーレイは完璧にランシールの意思を見抜いていた。
『息子に命を助けられながら、人の親とも思えん言動だ。恥を知れ。この子は、私の名誉にかけて死なせはしない』
ハーレイはそう言い残し、踵を返した。族長は後を追わなかった。
意識を失ってからのハーレイと父の会話は初めて見たので、ランシールも茫然としていた。
「隊長・・・・・」
「なんか、格好いいね」
ユリウスが微笑み、ランシールも赤面しながら頷く。
「ランシールの傷はこれだったんだね。だいぶ痛みがあったようだけど・・・・」
「そうですね。これがトラウマでずっと戦えなくて・・・・・ですが、今はもう大丈夫です。ちゃんと、戦えます」
ランシールは傍の祠へ行き、そこにあった深緑を銃で撃ち抜いた。
★☆
ようやく記憶の扉が終わり、一行の前に階段が現れた。3階への入り口だ。ロキシーが息をつく。
「人の記憶を暴露するなんて、悪趣味な部屋だったな」
「・・・・あれは見せたのではなく、見えてしまったものだと思いますよ」
セオンがそう口をはさんだ。
「何度も言いますが、剣神は4元素すべてを司ります。そして四つの鉱石は剣としてここにある。だから、ここの魔力に反応して手近にいる人の過去を映像として見せてしまうのかも」
「ふうむ。まあなんでもいいが・・・・・上の階、行くか?」
ロキシーの問いにフォルセは頷いた。
「ああ。そろそろご対面だと良いんだがな」
フォルセは階段の上を見上げ、昇り始めた。
3階は広い空間だった。それ以上扉も階段もなく、どうやら最奥らしい。祭壇のようなものがあり、そこにひとりの青年が座っていた。それに気づき、全員が身構える。
金色の髪と瞳をもつ、鋭い雰囲気の青年。肘置きに頬杖をつき、気だるそうにこちらを出迎えている。
「来たか」
青年の声は、見目にそぐわない深く低い声音だった。セオンが緊張した声でたずねる。
「・・・・貴方が、剣神アレース?」
「そうだ。私が最初に生みだした人の血を引く者―――待っていたぞ」
アレースはゆっくりと立ち上がった。
「思っていたよりも早かったな。さすが、各部族で最も優れた戦士たちだ」
セオンはじっとアレースを見つめている。
「・・・・・教えてください。なぜエーゼル兄上にあのようなことをさせたのですか?」
「すべてはお前たちを集めるためだった。あれほどの暴挙をすれば、必ず止める者が現れよう。そして、戦えば断魔の剣が必要になると察する。断魔の剣を手に入れることができれば、私のもとへ来る資格がある、ということだ」
「それだけの・・・・ために?」
「それだけのため? 極めて重大なことだぞ。この世界のすべての人の生死は、お前たちに委ねられているのだからな」
仲間の間に動揺が奔る。アレースはひとり語り始めた。
「今から数1000年の昔、私は激しい争いを制し、この世界を手に入れた。従う4大神に自然の力を制御させ、豊かな緑を生みだした。そして私は人を創造した。誰もが穏やかに生きることができる、そんな未来を夢見てな」
アレースは首を振る。
「だが、平穏は長く続かなかった。人の欲は留まる事を知らず、次々と争いを起こした。あっという間に戦火は大陸中に広まり、大量の血が流れた。それだけなら私も耐えることができただろう。だが、ある男が部族の民を統一し、国を作った」
知れたこと、カルネアである。シリュウの視線がすっと細まる。
「連合と名付けられた囲いの中で、人々は平穏に暮らすことができるようになった。だがそれは、抵抗する者を険しい山脈地帯へ放り出し、隔離して得た平穏だ。ハルシュタイルの地は荒れ果て、緑が育たなくなった。この世界を汚した決定的な男だった」
アレースは激昂することもなく、むしろ静かに続ける。
「そして人の最大の罪は・・・・・たび重なる戦いで生まれた憎悪が行き場をなくして歪み、ついに魔物という異形の生物を生みだしたこと。欲と憎悪は表裏一体。欲が満たされれば至福に、満たされなければ憎悪に変わる。それほどまでに欲を抑えられぬこと・・・・それが人の罪。同時に、私の罪だ。だから私はこの世をあるべき姿に戻す」
「あるべき姿・・・・・?」
オルコットは不穏な空気を感じ、若干身構えた。
「緑が生い茂り、動植物が何にも怯えず生きる豊かな世界・・・・それを守るため、人を滅ぼす」
アレースの顔に微笑が浮かんだ。
「しかし、人は高い知能を持つ生き物だ。多種多様な考えがある。だからお前たちをここへ呼んだ。この大地の代表として十分な力量を持つ者・・・・・お前たちには選択の権利がある。私の裁きに従い、命を捨てるか。それとも、裁きに抗い、私を止めるか・・・・」
フォルセが槍を手に進み出た。
「聞かれるまでもない。貴方を止める」
「ほう、言いきったか。理由を聞かせてもらおう」
「簡単だ。ただ、・・・・守りたいものがある」
セオンも頷いた。
「ハルシュタイルは変わる。いいえ、変えてみせる! 豊かな未来を、俺たちが創る!」
「ふっ・・・・私たちを生みだした創造主に楯突くなど、なかなかいい刺激になりそうだ」
シリュウが口元に笑みを浮かべる。
「しかしこれだけは言っておこう。カルネアが未来へ懸けた想いは、ここまで知らぬ存ぜぬを決め込んでいたような神に一言で論評されるような、そんな薄っぺらいものではないのだ」
シリュウの痛烈な言葉に気を悪くした様子もなく、アレースは微笑む。
「好き勝手に言うな。人はやはり面白い」
「面白いって思うなら、やめればいいのに」
ランシールの言葉にアレースは首を振る。
「私は世界の創造主。人だけでなく、他の生き物に対しても責任を負わねばならない。私に抗うというのなら、止めて見せろ」
アレースは両手を広げた。フォルセらは全員身構える。セオンの断魔の剣を見たアレースが言う。
「断魔の剣は、人の助けとなるよう、私の力の片鱗を地上に留めたもの。私には通じぬぞ」
アレースの手から青い球が生まれ、フォルセらに向けて幾つも飛来した。シリュウが刀でたたき落としながら呟く。
「氷神ソリルの力だな。我らが神はやはり人とは相容れぬらしい」
「だとすれば、炎神オルフェイも・・・・」
オルコットの言葉にランシールも頷く。
「名前は知りませんが、平原の守護神も敵でしょうね」
「誰が敵だろうが構いはしない。天罰があれば俺が引き受ける。迷わずぶっ叩け」
フォルセらしくもない言葉づかいをし、勇気づけるように微笑む。さすが、怖気とは無縁の豪快キシニアの民。むしろ楽しむような表情だ。
「そうだ、そうだ。こいつ、師を敬わぬとんだ罰あたりだからな。一度と言わず二度、三度、天罰をくれてやってくれ」
「ちょ、教官・・・・・・」
シリュウの言葉にフォルセが肩を落とす。アレースが呼びかけた。
「ふざけている余裕があるとは、命取りだな」
「そうだろうか? 私はむしろ、持てる力をすべて発揮できる良い雰囲気だと思うが」
シリュウはそう反論し、刀を振るってアレースに肉迫した。
高速で剣を振り上げる。アレースは完全に見切り、それを避けてしまう。そして腕を一振りした。
シリュウの身体が強い風圧を受けて吹き飛んだ。風の神の力だろう。無傷だったが、シリュウほどの男が傷一つつけられないとは。
「ふむ、さすがだな」
シリュウは焦っていない。素直に感心している。シリュウが焦ったら終わりだとフォルセは思っているので、まだ大丈夫だ。
アレースが言った通り、セオンが振るう断魔の剣はほとんど効果がなかった。それを悟ると、すぐにセオンは愛用の軍刀に持ち替えた。手によく馴染むそれは、フォルセが槍を振るうようにセオンと一体になっている。オルコットもまた、炎術を使わなかった。使っても、神殿の入り口の巨鳥の時と同じになってしまうだろう。ランシールも、風を呼んで相手の次の攻撃を予測することは不可能だった。
もともと部族の影響をほとんど受けないフォルセとユリウスの連携は抜群だった。ここまであまり共に戦わなかったが、ユリウスの鋭い格闘とフォルセの力強い槍が連続してアレースを襲い、アレースには他の仲間を攻撃する暇がない。
「人も、なかなかやる」
アレースが不敵な笑みを浮かべた。
「人は可能性の塊だ。私でさえ予想のつかないことをする。こうして、たったふたりの人に翻弄されているというのも、信じられん」
「可能性があると知っているのなら、もう少し待ってくれればいいのに」
ユリウスが間合いを取る。フォルセも頷いた。
「しかし遅い。何もかも・・・・遅かった」
アレースはそう言うと、持てる力をすべて爆発的に解放した。フォルセとユリウスが吹き飛ぶ。地面に叩きつけられたフォルセを、アレースが追撃する。その手にあるのは魔力で作られた細い槍のようなもの。その先端は鋭い。
銃では無理だ。そう思ったランシールが剣を抜き放ち、フォルセとアレースの間に割り込み、アレースの槍を受け止めた。しかし、あまりの力量差にランシールが押し切られる。しかしその時にはフォルセは態勢を立て直していた。改めて振り下ろされた一撃を受け止める。
「人から欲を取り除いたら・・・・・何が残る?」
フォルセが静かに問いかけた。
「何も残らない。人が生きるということは、すべてが欲だ。生きたい、死にたくない、平和に暮らしたい・・・・・そういう生き物を創ったのは貴方だ」
「だからそれは私の罪だと言った。同じ話を二度するつもりか?」
「貴方の罪ではない。俺たち人は、支え合って生きている。誰も貴方の手を借りていない。すべて、俺たちの責任だ」
「・・・・・何が言いたい?」
アレースが問う。フォルセは微笑んだ。
「自分たちの責任は自分たちで果たさねばならない。俺たちにやり直すという選択を与えてもらえないか?」
「・・・・やり直してどうなる。結局は同じ場所へ戻るだけだ。悪循環が繰り返され、大地は滅ぶ。そうならないための私の決断だ」
アレースが手を掲げた。フォルセが身構える。
だが―――。
「どういうことだ? なぜ反応しない・・・・・ソリル?」
アレースが顔をゆがめた瞬間、強力な冷気がアレースを襲った。シリュウが術を放ったのだ。だが、命を代償に使う氷壁の術ではない。それ以上の術だった。
『貴方の考えは正しい。けれど、私は山を下り、たくさんの出会いと別れを経験した我が民の思いを信じたい。人はやり直せると』
どこからともなく女性の声が響く。シリュウが笑みを浮かべる。
「御声を授かるのはこれで二度目だな、氷神ソリル」
『そう。一度目は、貴方が禁を破って術を使ったとき・・・・・私が貴方を生かした』
アレースが言葉を失っている。
『そうそう。すんごい不愉快だけど、僕もソリルと同意見だね。不愉快だけど』
次に聞こえたのは少年のように無邪気な声だ。
『いちいち不愉快を連発するな、こちらが不愉快だ。気分屋なお前にどんな明確な理由がある?』
『だって、人がいないとつまらないよ。僕の炎を見て、みんなすごいって言うんだ。そう言ってもらえるのが僕の楽しみなんだから。ねー、オルコット?』
「あ、は・・・・はあ」
オルコットが曖昧に頷く。
『つれないなあ』
「い、いえ・・・・・ですが、貴方と言葉を交わせたことはとても嬉しく思います、炎神オルフェイ・・・・」
戸惑いながらもオルコットはしっかりと頷いた。
ランシールがふっと顔をあげる。
『私の声が聞こえるか?』
ランシールは頷いた。
「いつも聞こえていた声・・・・・そうか、僕が読んでいた風の声の正体は、貴方だったんだ」
『私の力は小さきものゆえ、領域である平原にいる者にしか声を届けられぬ。しかし、こうしてお前が風を覚えていてくれたこと、嬉しく思うぞ』
「貴方の名を聞いても良いですか?」
『風を司る者、風神シュイシェル』
生真面目な声が、そう名乗った。
『お前たちとは、これが初めましてになるのぉ』
老人のようなしわがれた声がフォルセとユリウスにかけられる。
「貴方が地の神」
フォルセの言葉に答えが返ってくる。
『その通り。地神ラフィンじゃ。まあ、他の者どもに比べれば役に立たん力ではある・・・・・お前らは自分の力でなんとかせい』
「丸投げですかあ」
ユリウスが苦笑する。
『仕方がないじゃろう。わしはつい先日まで鉱山の奥深くで眠っていたのじゃぞ。人の時間で言うなら、10年ほど前になるがな』
咎められた子供みたいな口ぶりだったラフィンの声音は、ふっと老賢者のようになった。
『きっかけはお前らの母親だった。あれがいなければ、わしはいまだに目覚めることができんかっただろう。はっきり言うぞ。お前らの母は素晴らしかった。誰が何と言おうとな』
フォルセは微笑んだ。
「有難う。その言葉が何よりの励ましです」
フォルセはアレースに向き直る。アレースが嘆くような視線を送ってくる。
「私よりももっと身近に人を見ていたお前たちが、人の可能性を信じるというのか」
『だからこそなんだよねー』
オルフェイが無邪気そうに言う。と、セオンが持つ断魔の剣が激しく光った。
『これから私たちはこの剣に宿る。ハルシュタイルの王子よ、存分に振るうと良い』
ソリルの言葉を受け、セオンが前に進み出る。フォルセが隣に並んだ。
「援護する。真っ直ぐ行け」
「はい」
これ以上ない、頼もしい人の頼もしい援護だ。セオンは一切の迷いなくに跳躍し、アレースに斬りかかった。
防がれる。だが、横合いからフォルセが槍を突きこんだ。その瞬間に断魔の剣を受け止めていたアレースの槍が砕け、その勢いのまま断魔の剣がアレースを斬り裂いた。
アレースが床に崩れ落ちる。血などはまったく出ていないが、流石に直撃を受けて力が尽きたようである。
アレースはふっと顔をゆがめた。おそらく、笑った。
「・・・・・そうか。お前たちは自分の足で立っていられるのだな。もうずっと昔から・・・・・知らなかったのは、私だけか」
アレースは呟きつつ立ち上がった。
「・・・・お前たちの勝ちだ。配下に見限られては仕方がない・・・・・人を滅ぼすのはやめる。人をもう少し見守らせてもらおう。ただし、先ほどの言葉を違えるな、ハルシュタイルの子」
視線を受けたセオンはしっかりと頷いた。
「はい。俺がハルシュタイルを変える」
アレースはふっと笑みを浮かべ、それから掻き消えた。それと同時に、断魔の剣を包んでいた光も消えた。おそらく、四大神も還ったのだろう。
一瞬白い光に包まれ、目を開けると、霊山の麓まで戻ってきていた。まるで夢だったかのようだ。
不意にまぶしい光が目に突き刺さった。空を見上げると、暗い空に一筋、太陽の光が差し込んでいた。
「日の光なんて、珍しい」
セオンが微笑んだ。
「呆気ないけど、終わったんですね」
ランシールの言葉にフォルセは頷いた。と、遠方から大勢の人が駆けてくる。
「フォルセ! アルセオールさま!」
アイオラだった。彼女とともに戦っていた騎士たちも一緒だ。人数は減り、みな疲弊していたが大部分が無事だった。
「無事か」
フォルセが問う。だが、アイオラは答えなかった。
黙ってフォルセの元に駆けより、そのままの勢いでフォルセに抱きついたのだ。
「!?」
フォルセが目を丸くする。仲間たちも、アイオラの部下たちも目を見張っている。
「お、おい・・・・?」
フォルセが戸惑い気味にアイオラを見下ろすと、アイオラは顔を上げて微笑んだ。
「ほら、生きてるでしょ?」
「・・・・ま、まぎらわしいことをしないでくれ」
「だって私、貴方が帰ってきてくれて嬉しいんだもの・・・・」
フォルセは真っ赤になった。シリュウが唖然としているランシールに耳打ちする。
「・・・・おい、あのふたりはいつの間にあんな関係になっていたんだ?」
「い、いえ、僕も初めて見ました・・・・・」
アイオラはフォルセから離れ、告げた。
「魔物は討伐したわ。こっちの犠牲も少なくて済んだ。舐めたものじゃないでしょ?」
フォルセも自失から立ち直り、微笑んだ。
「そうだな。有難う」
スファルがセオンに問いかける。
「この後、どうするおつもりですか?」
「王都へ戻って、すぐキシニアだ。待っている人がいる」
セオンが言い、視線をフォルセに向ける。フォルセも頷いた。
人は神からやり直す機会を与えられ、滅びを免れたのだ。滅びを防いだのが自分たちだという自覚は、フォルセにはあまりない。ただ、みなが無事でよかった―――そう安堵するだけだ。




