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遠き空の下  作者: 狼花
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7章‐5 霊山

 一行は王都イルシェルを発ち、ひたすら北上した。遠目にずっと見えていた、黒々とした山。それが霊山だった。


 同行するのはフォルセ、ランシール、ロキシー、オルコットの連合騎士と、ユリウス、セオン、スファル、そしてアイオラとその部下の小隊だ。


 ここまで何度か魔物の妨害があったが、部隊を引き連れたアイオラがそのほとんどを討伐してしまった。休息に立ち寄った街でも、アイオラがいるおかげで歓迎を受けることができた。


 位置的には連合のフォーマル氷山と同じ緯度にあると思われる。しかし連合以上に気温が低く風も痛いくらいに冷たい。


「なんとも不気味な山だな・・・・・」


 ロキシーが霊山を見上げてそう呟いた。と、後ろにいたランシールが真っ青な顔をして口を開いた。


「あの・・・・なんだか、息苦しくありませんか?」


 真っ先に頷いたのはオルコットだ。


「私も少し前からそう思っていました」

「そうか? 俺は寒い以外は何も感じないぞ」

「鈍いだけじゃないの?」


 ロキシーにむけてユリウスが呟く。ユリウスも若干眉をしかめていた。セオンが首を傾げた。


「俺も、何も感じませんが・・・・・」

「ふむ、私もだ」


 スファルも同意する。セオンがフォルセを振り返った。


「フォルセさんは?」

「・・・・耐えられないほどではないが、妙な感じはするな」


 スファルが腕を組んだ。


「つまり、部族出身の人間だけが感じ取れるもの、ということか?」


 イウォルの民であるランシール、【烈火】の民のオルコット、アーリアの民であるフォルセとユリウス。もしこの場に【凍牙】の民のシリュウがいれば、彼も息苦しさを覚えたのかもしれない。そのどれにも属さないロキシー、セオン、スファルは特に何も感じていないようだ。


「剣神アレースは、地水火風・・・・・つまり、世界の四大元素すべてを司っていると言います。この霊山にはそれらの力が多く渦巻いている・・・・・だから、強すぎる霊力に当たってしまうのだと思います。今何も感じていない俺たちも、進むにつれて影響が出てくるかもしれない・・・・・」


 セオンが呟く。ランシールがセオンに感心したような視線を送る。


「詳しいね」

「詳しくなりたくなかったんだけど、王族の教養とかで・・・・・一般の人は、聖職者でない限り知らないと思う」


 ロキシーが腕を組む。


「・・・・それって、炎神オルフェイや氷神ソリルより上の立場ってことだろ。剣神って何なんだよ?」

「剣神アレースは戦の神。かつてこの大地を獲得しようと多くの神々が争い、勝ち抜いたのがアレースです。彼はこの大地に緑をつくり、動物や人間を作りました。そして配下にあった地水火風の神に、地方ごとを治めさせた。しかし―――」


 セオンは一度言葉を切り、再び口を開いた。


「いまこの世界には環境の偏りがあります。砂漠があり、氷山があり、ハルシュタイルはこんなにも荒れ果てている。さらに、カルネアがひとつだった大地から連合という国を切り取ってしまった。人種差別がうまれ、部族間の争いが絶えず、人の負の感情が具現化したもの・・・・つまり魔物まで現れた。それに絶望した剣神アレースはハルシュタイルの地を去り、荒廃は激化した・・・・・これが、俺が知る限りの言い伝えです」

「だからハルシュタイルは『神に見放された国』―――というんだね」


 ユリウスは納得がいったふうに頷く。オルコットが霊山を見上げる。


「確か大陸の古語では、『ハルシュタイル』という言葉はそのまま『見捨てられた地』というのでしたね」

「でもね、かつてハルシュタイルの地で使われていた言葉では、少し違うのよ」


 アイオラの言葉にセオンは目を閉じた。


「ハル=シュタイル・・・・・『創世の大地』です。この意味のほうが正しいと言えるでしょうね」

「・・・・いわば、この大陸がハルシュタイルという名だということだろうな」


 フォルセが呟く。そして一同を振り返った。


「ここにいても仕方がない。何があるかは分からないが、覚悟を決めて―――行こう」


 一行は霊山の麓に近づいた。その時、後方で地響きが響いた。


「な、なんですか、これ・・・・・?」


 ランシールが身構える。ユリウスが目を細めて後方を見やった。


「・・・・僕の目がおかしくなっていないなら、魔物の大群だね」

「えええ!? なんてタイミング・・・・・しかも圧倒的に戦力差が・・・・・」


 ランシールがわななく。確かに、後方に少しずつ浮かび上がってきた土煙はとてつもなく巨大だ。こちらが100名弱の軍であるのに対し、2倍以上の魔物が群れて襲ってくるようである。


 フォルセが前に進み出ようとしたとき、アイオラがフォルセを制した。


「任せて頂戴」


 フォルセはじっとアイオラを見やり、ふっと目を閉じた。


「・・・・・言うと思ったよ」

「なら、止めても聞きやしないこともわかってるわよね」

「どれだけ危険なことをしようとしているか、理解しているのか?」

「ええ、勿論。私、これでも常勝の将と呼ばれているのよ。魔物なんかに負けやしない。私が負けを認めたのは―――貴方だけよ、【黒豹】フォルセ」


 アイオラはフォルセに片目を閉じてみせる。


「そいつは光栄だ」

「ええ。・・・・貴方だけなのよ、私をこんなに・・・・」


 アイオラは途中まで言いかけてやめた。フォルセも続きは促さなかった。


「任せる」

「了解」


 フォルセはアイオラに背を向けた。セオンが飛び出した。


「アイオラ! 駄目だ、お前を死なせるわけには・・・・・!」

「アルセオール様、私は死にません。私の騎士としての誇りにかけて。償うと決めたんです、―――生きて、ね」


 セオンは沈黙した。それから頷き、踵を返す。フォルセは一言、投げかけた。


「死ぬな」

「ええ、有難う」


 フォルセは山へと駆けだした。それを横目で見送り、アイオラはうっすら微笑む。


「死なないわよ。剣の国で鍛えられた騎士を甘く見ると、痛い目に遭うのよ」


 独りごちたアイオラは剣を抜き放った。後方に控える部下たちも剣を構えた。


「行きましょうか」


 アイオラは剣を構えた。


★☆


 フォルセは息をつき、顔をあげた。ここまで険しい傾斜の山道をひたすら登ってきた。しかし、外見に反して霊山はとても静かで穏やかだった。魔物にも遭遇せず、聞こえるのは鳥の声と風の音だけ。しかも、あの刺すような冷たい風がない。気温も温かい。これまでの経験から考えれば楽な旅路なのだが、身にまとわりつく強い力がフォルセの足を重くする。みな、それは同じようだ。


「・・・・少し休憩したほうがいい。ここはもうだいぶ酸素が薄くなっている。休みながら進まないと」


 ユリウスが提案し、一行は開けた場所で休憩をとった。ランシールはすでに表情も険しく、かなり辛いようだ。その次に酷いのがオルコットで、フォルセとユリウスはまだ余裕がある。


 フォルセは木の根もとに腰をおろし、空を見上げた。だいぶ空が近い。視線を下に移すと、さまざまな植物が植わっている。花など、色とりどりで鮮やかだ。


「・・・・おかしな山だな。春の花と夏の花が一緒に咲いている。いまは真冬だというのに、この気温も・・・・」


 歩いただけで汗が出る温かさだ。それに四季を無視して好き勝手に花が咲き乱れている。あり得ない光景だ。


「平原にしかないような植物もありますよ。それにこれ、砂漠で育つものですし」


 ランシールが傍にある草を見つめて呟く。背が高く細い草だ。確かにフォルセは見覚えがある。この草むらで、身を隠しながら進んだのだ。


「南北で気温の差があるのは、そこを治める神の影響だ。炎神が治めるから南部は暑いし、氷神が治めるから北部は寒い。ってことはやっぱり、剣神がそいつらの親玉ってのは正しいんだろうな。ここには、全部の力がそろってるってことになる。だからどんな動植物も生きられる」


 ロキシーが珍しく真面目な口調で言う。ユリウスが茂みをかき分けながら呟く。


「連合ができる前は、世界中こんなだったんだろうね。・・・・おや、これは・・・・・?」


 ユリウスが何か見つけ、しゃがみこんだ。地面から引き抜いたらしい植物は、濃い緑の草だった。


「ルイエの草! もう何100年も前に絶滅したはずなのに・・・・!」


 ユリウスは興奮からか、頬が上気していた。セオンが瞬きする。


「絶滅した草まであるんですね」

「幻の薬草と言われているんだ。これがあれば・・・・ケイオス殿下を救えるかもしれない・・・・!」

「本当ですか!?」


 セオンが身を乗り出す。ユリウスは頷いた。


「救える、ああ、絶対大丈夫だ!」

「思わぬ収穫だな」


 フォルセは呟きつつ立ち上がった。


「もう少し進もう。ランシール、オルコット、大丈夫か?」

「・・・・はい」


 ランシールが立ちあがり、オルコットも頷く。


 一行はさらに上へ登った。足取りはとにかく重く、フォルセの息もあがってきた。


 暗くなる前に野営地を決め、見つけた岩窟に腰をおろした。携帯食で粗末な夕食を終えると、ランシールとオルコットはすぐ眠ってしまった。


「ランとオルコットさん、大丈夫かな・・・・・」


 セオンが心配そうにふたりを見つめる。スファルが頷きつつ腕を組む。


「おそらく、部族の血の濃さが影響しているのではないでしょうか」

「濃さ?」

「シャスティーンは純血のイウォルの民です。オルコットも、おそらくそれに近い。しかしフォルセとユリウスは部族自体が滅んでいるため、ほかの人間の血が混じって薄まっているのでしょう。だから、ふたりに比べると影響が少ない」


 それを聞いていたフォルセが頷く。


「確かに・・・・・母方の曽祖父が、首都の生まれだったような気がする。そうだったよな、兄さん」


 ユリウスは顔をあげた。


「うん、聞いたことがあるよ。父さんのほうは、純血のキシニアの人間だけど・・・・・」


 黙っていたロキシーが口を開いた。


「その話はいいだろ。何にせよ何が起こるかわからねえんだ。ふたりとも、もう休んだほうがいいぜ。明日以降が辛くなる」


 ユリウスは微笑んだ。


「ロキシー、だいぶ頼もしくなったねえ。気を遣ってくれてありがと。・・・・せっかくだから、お言葉に甘えるよ」


 ユリウスは毛布を体に巻きつけ、地面に横になった。


「フォルセさんも」


 セオンがそう言う。フォルセは苦笑を浮かべた。


「有難う」


 フォルセは壁に背を預けたまま、目を閉じた。


 数分して、フォルセらは完全に寝入っていた。眠りが浅いはずのフォルセも、だいぶ疲労がたまったらしい。セオンがそっとフォルセの身体を横たえる。


「フォルセさん・・・・・」

 

 セオンが心配そうにつぶやいた。フォルセの寝入りはかなり垂直なものだった。


 まるで、気絶したように。


「おふたりは大丈夫なわけ?」


 ロキシーの問いにセオンとスファルは同時に頷いた。


「そういうロキシーさんは?」

「俺なんか、逆に調子良いくらいだぜ。もしものときは・・・・俺たち3人で戦うことも覚悟しなきゃいけねえな」


 セオンの顔が曇る。誰と戦うことになるのかまったくわからないが、3人はさすがに辛いだろう。


 セオンが拳を握りしめる。それを見たスファルがそっと尋ねる。


「セオン様、大丈夫ですか?」

「・・・・・ああ。みんな・・・・ずっと俺を守ってくれた。だからこの先何があっても、今度は俺が守る」


 セオンはそう強く決意した。


★☆


「今日は俺が先頭になるよ」


 翌朝出発の時、ロキシーがそうフォルセに申し出た。


「しかし」

「ただ上に行きゃ良いんだろ? それくらい俺にもできるさ。たまには任せてくれ」


 ロキシーがそう言って笑う。フォルセは頷いた。


「分かった、頼む」


 そうしてロキシーが先頭になって登山を続けた。


 やはり魔物にも遭遇せず、順調に山を登り続けていた。それにつれて一行の体調は悪化するばかりだ。さすがのフォルセもきつそうだし、影響がなかったセオンらも足取りが重くなっていく。


 昼を少し過ぎ、道らしい道もないまま登り続けていたロキシーの前に、ひとつの整備された山道が現れた。視線を上にあげると、生い茂っていた木々がなくなり、視界が開けている。


「もうすぐ頂上だ!」


 ロキシーは後方に続く仲間をそう言って励まし、歩くのもだいぶ楽になった道を進んだ。


 坂を登りきると、目の前に巨大な建物が現れた。古びて不気味な印象だが、建設当時にあったのであろう風格のようなものは健在だった。中央に大きな扉があり、町で言うのなら3階分の高さだ。


「これが、王の言っていた神殿か・・・・・」


 フォルセが呟く。扉に近づいた瞬間、不穏な気配を感じてフォルセは手を引っ込めた。そしてあたりを見回す。


 風がそよぐ。その風に乗せられた危険を感じ取ったランシールがはっとして叫ぶ。


「上ですっ!」


 フォルセは確認するより先に後方へ飛びのいた。フォルセがいたところに、上空から巨大な影が下りてくる。


 巨大な鳥だった。片翼だけで人間の2倍はある。鋭い鉤爪を光らせ、確実にフォルセらを狙っている。


 翼がはためくと、ものすごい風圧が生まれた。ユリウスが顔をかばう。


「おおっと・・・・・」

「この神殿の門番、って感じか?」


 ロキシーが身構える。セオンが頷く。


「はい、おそらく。魔物ではありません。もっと知能的な何かです」

「来るよ!」


 ユリウスが注意を促した。


 翼をはためかせていた巨鳥は一気に身を低くし、地面すれすれを突進してきた。フォルセはそれを避け、槍を一閃する。しかし、翼を貫こうとした槍は空を切っている。


 ランシールが銃を連射した。銃弾の弾速を見きれる人間はそうそういない。しかし巨鳥は余裕を持ってすべてを避けてしまった。


 セオンが初めて断魔の剣を抜き放った。眩い光が現れ、セオンはそれを一閃した。巨鳥の翼を衝撃波が襲い、巨鳥が僅かによろめいた。それを狙ってスファルが剣を振り上げた。若干の傷が翼に刻まれる。


 巨鳥が甲高い声をあげる。そして一直線にオルコットへ向けて突進した。剣を構えるのは間に合わない。オルコットは手を振り上げ、炎の柱を巨鳥へ向けた。


 巨鳥はそれを正面からまともに食らった。真っ黒な死体となって地面に落ちるのが目に浮かんだが、それは一瞬で破られた。


「えっ!?」


 オルコットが声をあげる。オルコットの炎を巨鳥はものともしなかった。それどころか、吸収している。炎があっという間に失せた。


 一瞬の自失。対応が遅れたオルコットの肩口を、強力な鉤爪が深く抉った。


 オルコットは力なく地面に倒れた。肩からの出血は酷く、オルコットは息も絶え絶えの様子だ。ここまでの疲労と魔力の負荷、そして強力な術を使ったことの精神力が蓄積され、限界だったのだろう。


 ユリウスは手早く布でオルコットの傷を堅く止血すると、彼を傍の木に寄りかからせた。


「少し休んでいて」

「すみません・・・・・」


 オルコットは申し訳なさそうに頭を下げる。ユリウスは首を振り、立ち上がった。


 戦いは長引いた。フォルセらは巨鳥の攻撃を避けることしかできず、しかも相手はまったく疲れ知らずだ。少しでも動きを止めてくれれば、翼を貫き通す自信がフォルセにある。しかし、そんな隙は生まれそうにない。


 銃声が響く。だが、銃弾は巨鳥の遥か上を通り過ぎて行った。明らかに誤射だ。


 まさかと思ってフォルセはランシールを振り返った。予想通り、ランシールは銃を取り落とし、地面に膝をついていた。辛そうに手を地面につき、激しく呼吸を繰り返している。


 ユリウスの動きが鈍る。巨鳥はそれを見逃さず、ユリウスを吹き飛ばした。木に叩きつけられ、起き上がる力は残っていないようだ。


「う・・・・っ」


 フォルセの視界が一瞬暗くなる。立ちくらみのような目眩に襲われ、フォルセは思わず額を抑える。巨鳥が旋回しつつ、急降下した。狙いはフォルセの首だ。


 はっとしたとき、セオンが割り込んだ。苦しげな表情で断魔の剣を構え、巨鳥の鉤爪を受け止めている。セオンはそれを押し切り、跳躍した。


 セオンが断魔の剣を横に薙ぐ。まだ無事だった片翼の付け根を深く斬り裂いていた。


 初めて巨鳥から血が流れる。ロキシーが叫んだ。


「セオン、避けろ!」


 痛みに任せ、巨鳥は鉤爪を振るった。斬撃後の僅かな無防備な時間に、セオンはその一撃をまともに食らった。


 セオンが落下し、寸前でスファルが受け止める。


 フォルセの手から槍が滑り落ちる。さすがにもう限界だった。無意識のうちにフォルセは膝を折り、倒れかけた。


「・・・・こんな、ところで・・・・・!」


 フォルセが呻く。その瞬間、しゅっと短い音が響いた。


「なん、だ・・・・!?」


 フォルセは目を見張った。

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