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遠き空の下  作者: 狼花
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6章‐6 星を読みし者

 ウルフォン港に到着し、一行はすぐに街を出た。大きく平原を迂回する街道を通りながら、途中ノルザックに寄った。さすがに放って置きっぱなしはまずいので、オルコットは事情を説明し、もうしばらく留守にする、と説明した。バルフもすぐ承知してくれた。


 そうして15日の徒歩の旅を終え、一行はキシニアに戻ってきた。フォルセはすぐにハーレイの元へ向かった。


「後は氷山だけか」


 ハーレイは静かに尋ねる。フォルセが頷くと、ハーレイは机の引き出しから紫色に光る宝石と紙の束を出した。


「アーリア鉱山の奥に隠されていた。これでいいのか」

「はい・・・! 有難うございます、隊長」


 これで紫紺は手に入った。これほど美しいものが、爆破されたアーリア鉱山にあったとは想像できない。


 ハーレイは少し黙り、口を開いた。


「明日には発つのか」

「そのつもりです。一刻の猶予もありませんから」

「そうか。・・・・・欠けることなく、帰ってこい」

「はい」


 フォルセは強く頷いた。


 家へ戻ると、ユリウスとルゼリオがいた。ユリウスはフォルセに提案する。


「フォルセ、夕飯はヒンメルさんのところ行こうよ。顔見せなきゃ」

「・・・・そうだな。殿下、よろしいですか」

「ああ、私なら大丈夫だ」


 3人は空気の冷たく薄暗い夜道を歩き、宿屋兼酒場「黒い豹」へ向かった。宿屋は繁盛しており、ヒンメルは忙しそうだった。ヒンメルはフォルセらの姿を見つけると、威勢のいい声と笑顔を向けた。


「おう、フォルセ! よく来たな。適当に座ってくれ」


 店内の空いている4人掛けの席に座ると、すぐにヒンメルが水を持ってきた。


「戻ってきたんだな。次はいつまでいるんだ?」

「もう明日には発ちます。しかし、すぐに戻ってきますよ」

「そうか。で、ご注文は?」


 3人とも注文し、ヒンメルはすぐに下がった。そして出来立ての料理を肘まで使って運んできた。


「ほい、お待ちどおさん」


 料理を配膳し、最後にヒンメルは誰も注文していなかった焼き菓子の皿を置いた。


「ヒンメルさん、これは」

「サービスだよ」


 ヒンメルは微笑み、空いているひとつの席、ルゼリオの真正面に座った。


「良いんですか、座っちゃって?」


 ユリウスの問いにヒンメルは頷く。


「ああ。あの事件のあと、後を継ぎたいんだって若いのがいっぱい来てな、ひとりだけ雇った。あと、宿のほうを任せている何人かもこっちに移ってもらった。おかげで、逆に暇なくらいなんだ」

「大変だったんですね。お役に立てずすみません」


 フォルセの言葉にヒンメルは首を振る。


「なんだよ、また責めてほしいのか? 何度も謝るな」


 ヒンメルは笑みを収めると、じっと真正面のルゼリオを見つめた。


「・・・・前に会った時から思っていたんだが・・・・・」

「?」


 ヒンメルが身を乗り出し、ぐっと顔をルゼリオに近づける。


「・・・・お前さん、セオンじゃないんだろ?」


 ルゼリオが目を見張った。だがそれ以外に表情は動かさない。むしろフォルセとユリウスのほうが驚いてしまった。まさかほんの少し顔を合わせただけで、そこまで見抜いてしまうとは。


「明らかによそよそしいというか、セオンはそんなにだんまりな奴じゃなかった。お前さん、誰だ? フォルセとユリウスを騙しているわけではないだろうな?」


 フォルセはうつむく。そうだ、セオンは毎日この宿屋に来ていた。テルファとヒンメルとずっと日中は過ごしていたのだ。自分などより、ヒンメルとの付き合いのほうが長いのかもしれない。ヒンメルがすぐに分かって当然だ。


「ヒンメルさん、これはですね」


 ユリウスがなんとか説明しようとしたのを遮ったのは、他でもならぬルゼリオ本人だった。


 ルゼリオは軽くヒンメルに頭を下げた。


「申し訳なかった。確かに私は貴方を騙した」


 フォルセが口を開きかけたが、またルゼリオが遮る。


「私はセオンの兄で、ルゼリオという」

「兄・・・・? 双子ってことか?」


 ヒンメルが唖然とし、フォルセとユリウスも茫然とした。


「セオンは訳あって今この場にはいないが・・・・・弟が世話になったようだ。感謝する」


 ルゼリオはもう一度頭を下げた。ヒンメルはすっかり拍子抜けし、フォルセに視線を移した。


「フォルセ、本当のことか?」

「・・・・え、ええ」


 フォルセが頷く。ユリウスが調子を合わせた。


「ほら、1卵生の双子ってやつですよ。セオンとは目の色違うでしょう?」

「確かにそうだな。セオンは綺麗な赤い目だったが、こいつは空みたいな青だ」


 ヒンメルが腕を組んだ。


「いや、まさかセオンに双子の兄弟がいたなんてな・・・・」


 ユリウスは内心で舌を巻いた。確かにルゼリオは「セオンの兄」だと言ったが、双子とは言っていない。ヒンメルの勝手な想像だった。つまり、ひとつも嘘をついていないのだ。


「・・・・セオンは無事なのか?」


 フォルセは躊躇ったが、頷いた。


「・・・・はい。今は、別行動をとっていますが」


 初めてついた大きな嘘だ。


「それと、本当に・・・・ハルシュタイルの人間なのか?」


 その問いにも頷く。


「そうか・・・・・セオンに会ったら伝えてくれ。こっちに顔を出せって」

「必ず伝えます」


 ヒンメルは立ち上がった。


「じゃ、俺は戻るよ。ごゆっくり」


 ヒンメルはそう言って歩み去った。フォルセは息をつき、ルゼリオに頭を下げた。


「有難うございました」

「いや・・・・・早くセオンを助けなければと、決意を新たにできたよ。あいつには・・・・・待っていてくれる人がいる」


 ルゼリオはそう言い、中断していた食事を再開した。


★☆


 キシニアを出てひたすら北上すること4日、一行は廃れた寒村にたどり着いた。


「エスタという名の村だ。フォーマル氷山の麓にある。地図上では、連合最北の村だ」

「ってことは、もう傍に氷山が?」


 ユリウスがあたりを見回すが、山らしきものはない。シリュウが言う。


「術で隠されているからな。見えなくて当然だ」


 ランシールは寒さに震えた。


「し、しかし寒いですね・・・・ハルシュタイルの王牙山脈とはまた違った寒さです」

「ああ。なんというか、肌に痛いよな」


 ロキシーも頷く。ルゼリオが暗い空を見上げた。まだ昼間なのに、曇天で今にも雪が降りそうだ。


「ハルシュタイルは雪の寒さ、ここは氷の寒さ。確かに、違うものだろう」

「まさにその通りだ」


 シリュウが頷き、振り返った。最後尾のオルコットは寒さで口も利けない状況だ。砂漠でシリュウが辛そうだったように、正反対の力を持つオルコットには厳しい環境だろう。


「・・・・今日はここで身体を慣れさせよう」


 シリュウの言葉にみな賛成した。


 村に宿と呼べるものはなかった。シリュウが向かったのは村長の家だ。出迎えたのは老女で、テリンという名の女村長だった。


「まあまあ、こんなど田舎に騎士さまが。どうぞ、中に入って体を温めてください。今日はお泊りになるとよろしいですよ」


 来訪者は皆無に等しいらしく、村長は久々の客を歓迎してくれた。


「なんであんなに村長に顔が利くんですか?」

「視察で来たことがあるからだ」


 あっさりシリュウは弟子の質問に答えた。


 が、家の中も外と殆ど変らない気温で、とにかく寒かった。暖炉の火は頼りなく、今にも消えそうだ。


「ったく、どんだけだよ・・・・・・」


 ロキシーが毒づく。暖炉にくべられている薪を見たユリウスが首をひねる。


「これは燃えにくい材質の木だね」

「なんでそんなのを暖炉用にするんだよ」

「他にないからだよ、当り前じゃない。外を見てみなよ、同じ木しかない」


 言われたままにロキシーが窓から外をのぞくと、確かに同じ木々がたくさんあった。


 オルコットは無言で荷物から一枚の紙を取り出し、その表面を指でなぞった。すると一瞬で紙が点火した。あっという間に燃え広がる紙を暖炉に投じると、炎が大きくなった。


「おっ、すげぇ」


 ロキシーが興奮した目でそれを見ている。オルコットはほっとしたように息をつく。


「すみません、咄嗟で・・・・・」

「いや、大助かりだけど、それって砂漠でしか使えないんじゃなかった?」

「おそらく、緋蓮がここにあるからでしょう。その石に宿った炎神オルフェイの力が影響しているんだと思います」

「へえ、便利ですね・・・・・」


 ランシールが感心したようにつぶやく。そのやり取りを見て、フォルセは黙って部屋を出た。


 外に出ると、雪が降り始めていた。北の方角を見ると、やはりそこにはただ樹林が広がっているだけだ。


(この先に、教官の故郷がある・・・・)


 フォルセは目を閉じた。あの時のシリュウの声が蘇った。


『ふっ・・・・・これから死に行くという者にその言葉はないでしょう』


 やはりシリュウは死ぬ覚悟なのだろう。死にたいのかもしれない。250年以上生きてきたシリュウが疲れているとしてもおかしくない。


 いや、駄目だ。教官がどう思っていようと、死んでもらっては困る。生きてもらわなければ。


 そう思った時、横合いから声が掛けられた。


「この寒い中雪に当たっているとは、凍死したいらしいな?」


 見ると、シリュウが歩み寄ってきた。


「教官こそ、どちらへ?」

「少し下見にな」


 フォルセは沈黙した。シリュウはそんな弟子を見つめ、向き直った。


「フォルセ。突っ立っていると本当に凍死するぞ」

「と言われましても」

「だから、身体を動かせ。ほら、剣を抜いて」


 シリュウが抜剣した。フォルセは驚いて目を見張る。


「ここでですか?」

「他のどこでやる。広くていいじゃないか。体が温まるぞ」


 フォルセは沈黙し、やがて剣を抜いた。


「はい、ではお願いします」

「だいぶ融通が効くようになったな。来い」


 フォルセは訓練生時代を思い出しながらシリュウに打ち込んだ。シリュウの剣はどれも防いでしまうが、昔よりは確かな手ごたえがある。


 しかし10合もせず、シリュウの剣がフォルセを弾き飛ばした。剣が地面に落ち、フォルセは構えを解いた。すっかり息が上がっている。


「やはり教官には敵いませんね」

「当たり前だ、300年早い」


 シリュウも茶化して剣を収めた。


「だが、昔よりはだいぶマシになったな」


 自分を師と呼べと促すにも関わらず、シリュウはフォルセのことを弟子と呼ばない。また、褒めもしない。慣れているが、こういうときくらい素直に上達したと言ってほしい。


 フォルセは壁に背を当てて座り込んだ。珍しくシリュウも隣に並ぶ。


「・・・・教官。アーリア鉱山に住んでいた部族って、どんな人々だったか知っていますか?」


 気になっていたことを尋ねると、シリュウは腕を組んだ。


「詳しいことは知らないが・・・・私が生まれたとき、既に滅んでいたな。それほど大昔の部族のようだ。鉱山に住んでいたらしい」


 シリュウは息を吐いた。呼気は真っ白だ。


「ただ、気づいているか? ここまで私たちが巡ってきたのは、この世の理の力を持っている部族だ。南の炎の部族、西の風の部族、東の地の部族、そして今から向かう北の氷の部族・・・・彼らは特殊な力を持っている」


【烈火】の民の炎術、イウォルの民の風読み、【凍牙】の民の聴覚、視力である。


「・・・・では、アーリア鉱山の部族は?」


 フォルセが問いかけるとシリュウが目を閉じる。


「星読みだ」

「星?」

「ああ、一度見たことがある。あれは星占いというべきか。星を見て、未来を知るのだそうだ」

「一度見たって、部族の人が残っていたんですか?」


 シリュウがふっと笑みを浮かべた。


「カルネアだよ」

「カルネア?」

「カルネアはキシニアの生まれだった。あいつが言うには、キシニアに住む殆どの者は、部族の血を引いているらしい。つまり、お前もユリウスも、な」


 フォルセは首をかしげた。カルネアの血も僅かに混ざっているのかもしれないが、納得がいかないのだ。


 納得したのはシリュウの次の言葉だ。


「お前は父に連れられてよく星を見に行ったと言っていなかったか? 何か教わっていないか」

「ああ・・・・・」


 フォルセの脳裏に記憶が蘇る。確かアーリア鉱山の山頂まで行って斜面に寝そべりながら、父が星について話してくれたのだ。ただ、それがなんという星座なのか、などという説明ではなかった。色の明滅や位置、色など、そういうことについて話してくれた。その時のフォルセにはまったく意味が分からなかったが、星を見るのは嫌いではなかった。


「そうですね・・・・確かに、色々教わりました」

「それが受け継がれた部族の能力だろう」


 夜の帳が音もなく舞い降りてくる。いつからか空には星が瞬いていた。


「ちょうどいい。フォルセ、星を読んでみると良い」


 突然促され、フォルセはぎょっとした。


「む、無茶を言わないでください。できませんよ・・・・!」

「そうか? まあやってみるだけだ。ただし、ほどほどにな。かなり疲れるらしい」


 無理難題を押し付けられるのはいつものことだった。フォルセはあきらめて溜息をつきつつ、夜空を見上げた。


「心を無にし、すべてを受け入れる―――それがコツだとカルネアは言っていたぞ」

「はあ・・・・・」


 星空はいつもと変わらず、何の変哲もない。フォルセは力を抜く。


(やっぱり無理だって―――)


 その瞬間、フォルセが目を見張った。


「・・・・あ―――」

「何か見えたのか」


 シリュウの言葉が耳に入らなかった。


 この星の並びを知っている。意味も知っている。フォルセは求める言葉を探した。


 そして―――その言葉は見つからなかった。急に力が抜け、フォルセは壁に背を預けて目を閉じた。


「・・・っ・・・・う・・・・」

「おい、大丈夫か」


 シリュウが覗き込む。どうやらだいぶ時間が経ったらしい。


 様々な未来がフォルセの中に流れ込んでくる。フォルセの知識では、それらひとつひとつを明確に理解することはできなかったが、それでも膨大な量の情報だ。フォルセの許容範囲を超えている。そのため、酷く疲労したのだ。感覚でいえば、数時間ずっと本を読んでいたようなだ。


 フォルセは頷き、微笑んだ。


「良かった・・・・・教官の死なんて、どこにも見えなかった・・・・」

「!」


 シリュウが息をのんだ。だがあえて何も言わず、ぐったりとしているフォルセの身体を抱き起す。


「・・・・・さっきも言ったが、これは酷く体力を消耗する。もう休んだほうがいい」

「教官が、やらせたんじゃないですか・・・・・」

「・・・・ふっ、そうだ。私がやらせた。だからちゃんと部屋まで送り届けるぞ」


 フォルセは微笑み、そのまま目を閉じてしまった。


 シリュウはフォルセを抱き上げ、家に入った。誰もいない居間を通り過ぎ、フォルセにあてがわれた部屋に入り、寝台に寝かせた。普段あまり眠らないフォルセの寝顔を見、シリュウが息をつく。


「まったく、自分の未来を知りたくてフォルセに無理を言ったというのに・・・・・その結果を聞いて嬉しくないのは、なぜだろうな」


 呟きつつ、シリュウは窓の外の星空へ視線を向けた。


「・・・・そうか、私は死なないのか。だが・・・・・未来など、誰にも分からぬものさ」


 もう一度息をつき、シリュウは部屋を出た。


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